第30話 父親
アルビスの父親、アルフレッド・アルマイアスは町の酒場で、友人たちと酒を飲みながらポーカーをしていた。
そんなアルフレッドの着ている服はヨレヨレで汚らしく、元、伯爵だった人間とは思えない風体だった。
アルフレッドは安いウイスキーを呷りながら、自分の手札を見て今日もついてないぜと思っていた。
一方、薄闇の舞う酒場はオレンジ色の光で照らされ、何とも粗野な雰囲気を漂わせている。少なくとも、貴族が足を運ぶような酒場ではなかった。
「アルフレッド、今日はもう酒を飲むのは止めたらどうだい。さっきから、負けっぱなしじゃないか」
友人の一人が窘めるように言った。
「うるせぇー、俺の本気はこれからなんだよ。さっさとカードを配りやがれ」
アルフレッドはテーブルを叩いた。
これには同じテーブルに付いていた友人たちもビクッとするが、いつものことなので腹を立てたりはしない。
「あんたは負けが込むといつもそれだ。それでも、この領地を治めていた伯爵様かね」
物怖じしない友人の一人がそう皮肉を浴びせた。
「そんなのは過去の話だ。今の俺はただのギャンブラーよ」
アルフレッドは髭面の顔でニヤニヤした。
「そうらしいな。ところで旅に出ている息子さんからは頼りの一つでも来たのかい?」
友人の言葉にアルフレッドは憎々しそうな顔をする。それは実の息子に向けられるような感情ではなかった。
「あんなのは息子じゃねぇ。俺から無理やり伯爵の地位を奪いやがって。おかげで、俺は毎日、食っていくのがやっとだ」
だが、それはこの国の王宮が決めたことなので、アルフレッドが何を言おうと覆るものではなかった。
「食っていくのがやっとなら酒とギャンブルは止めるこった」
友人は諭すように言って笑った。
「そいつはできねぇ相談だ」
アルフレッドはまたウイスキーを喉に流し込んだ。
友人たちの言う通り、今日は飲み過ぎているせいか、アルフレッドの喉は焼け付くように熱かった。
「やれやれ」
友人は憐れむような目で落ちぶれたアルフレッドを見た。
「おい、アルフレッド。この新聞を見てみなよ。あんたの息子さんのことが大きく書いてあるぞ」
バーカウンターの内側にいた酒場の主人が新聞を広げてそう言った。その顔には嬉しさと驚きが入り混じっている。
「なになに、アルダナント王国の伯爵、アルビス・アルマイアスはパルメラーダ王国を救った英雄だって!」
友人の一人が酒場の主人から渡された新聞を見る。それから、声を出して新聞の見出しを読んだ。
「ちょっと、俺にも読ませろ」
アルフレッドは強引に友人の手から新聞を奪った。
「あんたの息子さんは凄いな。色々な国で活躍してるとは聞いてたが、まさか英雄なんて呼ばれるような人間になっとったとは」
友人は心底、感心したように言った。
「何が英雄だ。俺だって若い頃は、それくらいの活躍はしていたさ」
アルフレッドは吐き捨てるように言った。
「嘘を吐け。お前さんは若い頃から酒とギャンブルしかしてこなかったじゃないか。だから、奥さんにも逃げられて」
アルフレッドの妻は王家の出の美しい女性だった。だが、政略結婚だったせいか、二人の間に愛はなく、別れるのも早かった。
「うるせぇー。俺だってなぁ、好きで伯爵の家に生まれてきたわけじゃねぇ」
アルフレッドは自棄になったように言った。
誰にも教えていないことだったが、アルフレッドは本当は冒険家になりたかったのだ。それで世界中の国をこの目で見たかった。
だからこそ、その夢を実現しているような息子のことが妬ましくてたまらないのだが。
「それを言うなら、俺たちだって好きで平民に生まれてきたわけじゃないさ」
友人が気の利いたような皮肉を返す。
もしも、アルフレッドがしっかりしていれば、元、アルマイアス家の領地は安泰だったことだろう。
だが、今は強欲な商人ギルドがこの地を支配している。その煽りを一番食っているのは間違いなく平民たちだった。
「だろう」
アルフレッドは据わったような目をして笑った。
「でも、あんたの息子が、あんたの父親だったら、俺たち平民ももっと良い暮らしができるようになっていたと思えるよ」
それは、ここにいる誰もが思っていることだった。
「ふん、そいつは仮定の話だ。そんな話は幾らしても意味がねぇよ」
アルフレッドは不貞腐れたような顔をする。
どう足掻いても自分は息子の足元にも及ばない人間だということは分かっているのだ。だが、それを認めるのはちっぽけなプライドが許さなくて。
「違いない」
友人は苦々しい顔で笑った。
「アルビス…」
アルフレッドは新聞の見出しを飾ったアルビスの名前を見て、少しだけ息子のことを誇らしく思ったのだった。
〈第一部・完〉
竜と少年貴族の領地を取り戻す旅 カイト @kaitogo
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます