第27話 魔物

 次の日、アルビスは謁見の間にいた。

 謁見の間にはルイーザ王妃とガードラン、そして、大臣のロッソとヌーグ教の神官のボルゾフがいた。

 国王のルノールはこの場にはいない。おそらく、大事を取ってまだ寝室で休んでいるのだろう。

 アルビスは胸がドキドキして頬から汗が伝うのを感じていた。

 今日は報酬が渡されることにはなっていたが、アルビスがやろうとしているのはそれだけではなかった。

 なので、事情を知っているガードランも緊張を隠せない顔をしている。

 一方、大臣のロッソは頻りに顔をしかめ、ボルゾフも先ほどからアルビスをずっと険しい顔で睨んでいた。

 ただ、ルイーザだけが微笑ましい顔をしている。

 

「良く来てくれました、アルマイアス卿。あなたには約束通り、一億二千万ルーダを報酬として支払います」


 ルイーザの声には王妃としての高貴さが宿っていた。


「ありがとうございます、王妃様」


 アルビスは礼儀正しく頭を下げる。


「いえいえ。あなたがこの国のためにしてくださったことは真に大きく、私もルノールも心から感謝しています。ですから、報酬は気兼ねなく受け取ってください」


 ルイーザが流れるような声で言うと、使用人の一人が大量のお金が入っている袋をアルビスの前にまで持ってきた。

 おそらく、お金はただの金貨の十倍の値は付くと言われているパルメラーダ産の白金に違いない。


「分かりました。ですが、僕にはまだやらなければならないことがあります。この国の膿を全て出し切るために」


 アルビスは決然とした顔で言った。


「それは何ですか?」


 ルイーザも只ならぬものを感じたのか、表情を引き締めた。


「この国を転覆させようとした計画をこの場で明らかにすることです。それが終わるまでは、このお金を手に取るわけにはいきません」


 アルビスの言葉にお金の入った袋を持っていた使用人がビクッとした。


「そうですか。では、その計画とやらを話してください」


 ルイーザはそう促してくる。袋を手にしていた使用人も後ろへと下がった。


「はい」


 覇気の籠った返事をすると、アルビスはゆっくりと謁見の間で語り始める。ルイーザも神妙な顔で耳を傾けた。

 ロッソとボルゾフは実に嫌な顔をしている。ガードランは何があっても良いように腰に下げている剣の柄に手を置いていた。

 そして、アルビスの声は皆の前で朗々と響く。

 

 そもそも、暗殺組織、邪教徒、海賊、海竜、王家の島にいた死霊使い、隣国のワルダート王国は全て繋がっていた。

 

 まず、ヌーグ教の神官であるボルゾフが邪神ヌーグの呪いがかがった短刀を再興を目指していたドクロの真珠団に渡す。

 ドクロの真珠団の暗殺者はその短刀で国王を傷つけた。

 

 それから、ヌーグ教徒から多額の金銭を受けと取っていた大臣のロッソが、ボルゾフを王宮に招き入れて、国王の呪いの進行を止めさせる。

 

 ボルゾフは強い発言力を得ると、国王の呪いを解くにはホーリークリスタルが必要だと王宮の者に告げた。

 

 それを受け、王宮が海軍にホーリークリスタルを取りに行かせようとする。すると、ボルゾフと繋がっていた海賊は卵を奪っておいた海竜に軍の船を襲わせる。

 今度は冒険者や傭兵たちが船で王家の島まで行こうとすると、海賊に船を襲わせる。

 

 その結果、海賊は益々、力を付けることになった。

 

 それでも王家の島に辿り着いた冒険者や傭兵はヌーグ教が要する死霊使いが率いるアンデッドに殺させる。

 

 隣国のワルダート王国も、国王の重篤に付け入って軍を進行させて、国境を破る。そして、暗殺者たちを王都パルスに流れ込ませる。

 暗殺組織、ドクロの真珠団が再興できたのもそのため。

 

 ドクロの真珠団はヌーグ教や黒い噂の絶えない大臣のロッソに反感を抱くものたちを次々と暗殺した。

 

 またボルゾフは国王の呪いを盾に取り、ヌーグ教の布教を認めさせようとする。

 

 こうしてパルメラーダ王国をジワジワと弱体化さていく。パルメラーダ王国が弱体化すれば、その分、ワルダート王国も攻め込みやすくなる。

 

 その証拠にドクロの真珠団のアジトからは、今、言ったことを記した計画書も見つかっている。

 

 大臣のロッソはワルダート王国が、戦争で勝利した暁にはこのパルスの太守に任命されることになっていた。

 

 これが首謀者であるロッソ大臣とボルゾフの企みですとアルビスは言った。

 

「なるほど、そういうことでしたか。今の説明に対して何か弁明があるなら言いなさい、ロッソ大臣」


 ルイーザはロッソに事の真偽を問い質す。

 

「クッ」


 ロッソは下を向いて唇を噛んだ。


「ロッソ大臣、そのような沈黙はアルマイアス卿の説明が全て正しいものだったと認めることになりますよ」


 ルイーザの声は刃のように鋭かった。


 おそらく、ロッソが裁判に掛けられれば死罪を免れることはないだろう。本人もそれを理解しているのか顔を青くしている。

 

 一方、ボルゾフは何とも涼しい顔をしていた。それを見たアルビスは不気味な表情だと思った。

 

「まったく、この私が長い時間をかけて練った計画が、こんな子供に看破されるとはな。魔王ジャハガナンを従えていると分かった時点で、貴様はきちんと始末しておくべきだったよ、アルビス」


 そう砕けたように言ったのはボルゾフだった。それから、ボルゾフは神官服を脱ぎ捨てる。


 何をする気かとアルビスも警戒心を高める中、ボルゾフの姿は見る見る内に人ならざる者へと変わっていた。

 そして、ボルゾフは体長が三メートルはあろうかという異形の姿になった。

 今のボルゾフの頭部は奇怪な形をした魚だし、肌もびっしりと緑色の鱗に覆われている。指からは大きくて鋭い爪が生えていた。

 それを見たアルビスもまるで魚人だと思い、嫌悪感を抱かずにはいられなかった。

 

「お、お前は!」


 ガードランが引き攣った顔で叫んだ。


「私はヌーグだ。こうなったら、お前たち全員をこの場でくびり殺してくれるわ!」


 そう叫ぶと、ヌーグは床を蹴って無防備なルイーザに襲い掛かろうとした。が、それを見越していたアルビスはすかさずルイーザの前に立つ。

 そして、剣を抜刀してヌーグの体を切りつけた。ヌーグは肩を切り裂かれたが、アルビスの思っていた以上に鱗に守られた体は硬かった。

 なので、ヌーグは堪えることなく鋭い爪をアルビスに振り下ろす。アルビスはガッチリとその爪を剣で受け止めた。

 しかし、ヌーグの腕力は強く、後ろへと弾き飛ばされてしまった。何とか倒れることだけは防いだが、体制は崩れている。

 ヌーグは追撃をかけようと、爪を振り上げて跳躍した。が、そこへガードランが割って入るように切りかかった。

 その力強い斬撃はヌーグの左腕を切り飛ばした。これにはヌーグも苦痛に呻き、アルビスへの攻撃も中断する。

 そして、その隙を見逃すことなく、アルビスも迅雷のごとき勢いで切りかかる。

 また、タイミングを合わせるようにガードランも膂力の籠った振り下ろしをヌーグにお見舞いする。

 二人の挟撃は避けることができなかったヌーグは体を深々と切り裂かれる。ヌーグは血を吹き上がらせながらガクッと膝をついた。

 

「これで終わったと思うなよ…。私の主は必ずこの国、いや、全世界にいる人間たちを滅ぼし尽くしてくれる。今回のことはその始まりに過ぎん」


 そう怨念の籠ったような声で言うと、ヌーグは狂ったように笑い出した。アルビスはその不快な哄笑を止めようとヌーグの首を容赦なく切り飛ばす。

 結果、首のなくなったヌーグの体は前のめりに倒れた。


「ボルゾフは人間ではなく魔物だったのか…」


 アルビスはヌーグの無残とも言える死体を見下ろしながら呟く。

 

 この国を転覆させようとしていたのがヌーグ、本人だったことには、さすがのアルビスも動揺していた。

 しかも、ヌーグは自分に主人がいるようなことも仄めかしていたし。

 ひょっとしたら、かつての魔王ジャハガナンを超えるような巨悪がこの国を転覆させる計画に関わっていたのではないか。

 そう思うとアルビスも体が震えた。

 

「私たち人間はヌーグの掌で踊らされていたようですな。まさか、王宮の中まで魔物に踏み荒らされていたとは」


 ガードランの言葉には魔物に対する警戒を欠いていた忸怩さが滲み出ていた。


 おそらく、大臣のロッソもボルゾフが魔物だったことは知らなかったに違いない。知っていたら、こんな計画に与することは怖くてできなかったはずだ。


「このような醜悪な魔物にこの国が良いように動かされていたことには恥辱すら感じます。二度とこういうことが起こらないよう、魔物に対する警戒は徹底しなければ」


 ルイーザは新たな決意を胸に秘めたような声で言った。





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