第26話 呪いからの解放

 念願のホーリークリスタルを手に入れたアルビスはジャスティン・ローズ号で無事、パルスの港まで戻って来た。

 パルスの港にはいつも通りの活気があったが、桟橋にいた船乗りたちは一際、派手なジャスティン・ローズ号を見て呆けたような顔をしていた。

 一方、アルビスは海賊に捕らわれたり、アンデッドたちと戦ったりして、心身ともに疲れていた。が、今、休むわけにはいかない。

 アルビスは港の桟橋に降りると、王宮に行こうとした。

 

「ここでお別れよ、アルビス。ハラハラさせられたこともあったけど、あなたと一緒にいられて本当に楽しかったわ」


 ラヴィニアはどこか寂しそうな目で長い髪を風に棚引かせていた。


「僕としては君にも王宮に来てもらいたいんだけど」


 アルビスは穏やかな声音で言った。


「それは無理よ。私は仮にも海賊の船長よ。王宮の中に入れるような身分じゃないわ」


 ラヴィニアは気分を害した様子もなく言った。


「でも、君のおかげでホーリークリスタルを手に入れることができたわけだし、王宮に来れば褒美はもらえると思うよ」


 ラヴィニアの功績は大きい。


「そんなのいらないわよ。私はこの国を憂う一人の人間として、あなたに力を貸しただけなんだから、褒美のことなんて最初から頭にはなかったわ」


 ラヴィニアは指で白い項を掻いた。


「立派な言葉だけど、それは海賊の言葉じゃないね」


 おそらく、ラヴィニアは自分の出自については知っているのだろう。それを知った上で、海賊としての身分を良しとしているのだ。


「私も自覚しているわ」


 ラヴィニアは自嘲するように笑う。それを見たアルビスは少し意地が悪いなと思いながらも問いかける。


「もしかして、海賊であること以外に王宮に入りたくない理由でもあるの。例えば君の胸に刻まれている紋章のこととか」


 アルビスの探るような視線を受け、ラヴィニアは胸元をキュッと隠した。


「余計な詮索はしないでちょうだい。とにかく、私が同行できるのはここまでだから、アルビスは何も気にせず王宮に行って」


 ラヴィニアは恥ずかしそうな顔をしながら、アルビスの胸を掌でそっと押した。


「分かったよ」


 そこまで言うのなら、仕方がない。


「さようなら」


 ラヴィニアは名残惜しそうに別れの言葉をアルビスに告げた。

 

 その後、アルビスは、あまりグズグズはしていられないと思い早足で王宮へと向かった。

 そして、王宮に辿り着くと、まずは国王の寝室に入る許可をもらおうと騎士団の詰め所に足を運ぶ。

 

「無事に戻ってきてくれたか、アルビス。こっちも君に会って相談したいことが山ほどあったんだ」


 詰め所にはガードランがいてアルビスを見るなり嬉々とした顔で駆け寄って来た。


「何か進展でもあったんですか?」


 でなければ、こんな顔はできないだろう。


「ああ。ドクロの真珠団のアジトから色々なものが見つかってな。その中にはこの国を転覆させる計画が書かれた紙や、国王に呪いをかけたヌーグ教の短刀なども見つかった」


 ガードランは興奮気味に捲し立てた。


「それはお手柄でしたね」


 アルビスは嫌味にならないような口調で言った。


「全ては君のおかげだよ。それでホーリークリスタルは手に入れられたのか?」


 ガードランは急に不安に駆られたような顔をする。


「はい。王家の島に行って、ホーリークリスタルは手に入れてきました。それと、海竜とも話を付けてきましたし、これでもう海軍の船が襲われることもありません」


 アルビスの言葉を聞いたガードランは感激すらしたような顔をした。それを聞いていた他の騎士たちも思わずといった感じでガッツポーズを取る。


「そうか。君には何から何までやってもらって、私としても頭が下がる思いだよ」


 ガードランは恥じ入るように頭の後ろに手を回した。


「気にしないでください。全ては報酬のためですから」


 アルビスは無感情な声で言った。


「私にはそうは思えないんだが、まあ、良い。とにかく、ホーリークリスタルを手に入れられたのなら国王の寝室に行こう」


「ルノール国王は大丈夫ですか?」


 容態が悪くなったのは聞いているし、自分が戻るまで持ち堪えてくれるか心配だったのだ。


「一時は容態も悪くなったが、そこはイリエルさんが踏ん張ってくれたおかげで、また持ち直したよ」


「それは良かったです」


 国王もイリエルも無事なら言うことは何もない。


「だが、イリエルさんも余力があるわけではない。早くホーリークリスタルを使って国王の呪いを解き、楽にさせてあげないとな」


「分かっています」


 アルビスがそう返事をすると、ガードランはアルビスと共に騎士団の詰め所から出る。それから、国王の寝室に向かうとその中に入った。


「ルイーザ王妃。アルビスが無事にホーリークリスタルを手に入れて戻ってきました」


 ガードランの言葉にやつれた様な顔をしていたルイーザの目が輝いた。


「それは本当ですか!」


 ルイーザは本当の神様でも見たような顔をした。


「はい」


 ガードランは拳でビシッと胸を叩く。


「さすがはアルマイアス卿ですね。私もあなたなら、やってくれると思っていました」


 ルイーザはアルビスを見て頭を下げる。それを受け、アルビスも王妃に深々と頭を下げられたことに恐縮してしまう。


「ですが、ホーリークリスタルの力は僕では扱えませんし、イリエルさんはこのクリスタルの力を扱えますか?」


 アルビスは糠喜びにならないように話を進めると、懐からホーリークリスタルを取り出す。それを見たイリエルは目を何度も瞬かせた。


「これは聖なる力が結晶化したようなクリスタルですね。このクリスタルの力があれば、ルノール様の呪いも完全に解けるはずです」


 イリエルはアルビスからホーリークリスタルを受け取ると、それを大事そうに触った。


「それは良かった。では、さっそく呪いを解いてくれませんか?もう、これ以上、何も起こらない内に」


 アルビスはいつ裏の勢力が動き出してもおかしくないと思いながら言った。


「分かりました」


 イリエルは何かを念じるような顔をして、ホーリークリスタルを輝かせ始めた。それから、ホーリークリスタルをルノールの胸元に置く。

 すると、ホーリークリスタルは目も眩むような光を発する。光は全ての邪気を打ち消すような清浄な力を纏っているように見えた。

 そして、ホーリークリスタルの光が収まると、皆が見守る中、ルノールはゆっくりと目を開ける。


「あなた!」


 ルイーザが喜びを爆発させたような顔をして、ルノールに抱きついた。


「ルイーザではないか。そんなに大粒の涙を流してどうしたというのだ?」


 ルノールは目を擦りながら微苦笑した。


「あなたは呪いにかかってずっと眠っていたのですよ。その間、私がどれだけ心配したか」


 ルイーザの言葉にルノールの顔が急に厳しくなる。だが、すぐに表情を和らげた。


「そうだったか。私もずっと苦しみながら悪い夢を見ていたような気がする。だが、急に暖かな光が私の中に流れ込んできて、それが私の苦しみを取り払ってくれたのだ」


 それこそがホーリークリスタルの力だ。


「あなたの呪いを解いてくれたのはあのイルダスの娘、イリエルですよ」


 ルイーザは涙ぐんでいるイリエルの方に目をやった。


「イルダスの娘が私を助けてくれたのか」


 ルノールは目を伏せた。


「はい」


 イリエルは小さく返事をした。


「イルダスにはあんな仕打ちをしたというのに、まさか、その娘が私を助けてくれるとはな。世の中とは分からんものだ」


 ルノールの言葉は国王らしく達観したものだった。


「ですが、一番、大きな働きをしたのはここにいる少年です」


 ガードランが背後からアルビスの肩に手を乗せた。


「君は誰だ?」


 ルノールは怪訝そうな顔をする。


「僕はアルダナント王国の伯爵、アルビス・アルマイアスです」


 アルビスは小さくお辞儀をしながら言った。


「アルビスはルノール様が倒れて山積みになっていたこの国の問題をことごとく解決してくれたのです。その働きの大きさはもはや言葉では言い表せないでしょう」


 ガードランの言葉にあくまでお金を目当てとして動いたアルビスは恥ずかしくなった。


「そうか」


 ルノールはふーっと息を吐く。


「ルノール様も呪いが解けたばかりで本調子ではないご様子。詳しい話は後で聞かせてあげましょう」


 アルビスはそう言って、国王の寝室から出ようとする。すると、ガードランが急に険しい顔をしてアルビスに話したいことがあると言った。

 

 そう、アルビスたちにはまだやるべきことが残っているのだ。

 





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