第25話 国王の霊

 ネクロマンサーを打ち倒したアルビスは祠の外に出た。


 すると、グールやドラゴンゾンビたちは物言わぬ屍になっていた。まるで何年も前から打ち捨てられていたような死体のように見える。

 このまま放置し続ければ、いずれは砂になって消えていくことだろう。少なくとも、もう生者を襲いたくなるような欲求には苛まれなくて済む。

 心静かに休んで欲しいと、アルビスもたくさんの屍を前にして祈った。それから、のんびりしてはいられないと思ったアルビスは墓の入り口の方へと向かう。

 墓の入り口の方にはぞっとするほどの数の人間とドラゴンの屍があった。だが、その屍は砂の風に吹かれてもピクリとも動かなかった。

 

 アルビスは生きた心地がしないまま、墓の中へと足を踏み入れた。墓には光る石が取り付けられていたので明かりは確保されていた。

 たぶん、あの石には魔法の力が込められているに違いない。

 

 アルビスは邪気こそ感じなかったが、何が襲い掛かって来ても良いように体の感覚を研ぎ澄ませながら歩いて行った。

 そして、何とも厳かな空気が漂う石室にまでやって来る。石室には棺桶が幾つも並べられていたが、棺桶の蓋は全て閉じられていた。

 更に石室の一番奥の壁には眩い光を発しているクリスタルがあった。それを見たアルビスはあれがホーリークリスタルに違いないと確信する。

 なので、ホーリークリスタルを取りに行こうとしたが、その行く手に思わぬものが現れた。


「ここは王家の者たちが安らかに眠る場所。その眠りを脅かしに来るのは何者ぞ」


 アルビスの前に現れたのは半透明な体をした幽霊だった。

 幽霊は何とも威厳のありそうな顔をしていて、身に着けているのも高貴さを感じさせる服だった。

 ただ、足の方は消失するように見えなくなっている。

 

「あなたは?」


 アルビスはぎょっとしたような顔をした。幽霊を見たのは初めてだったからだ。だが、グールやドラゴンゾンビほどの恐怖は感じない。


「余はパルメラーダ王国の初代国王、パールハルト一世だ。お前の方こそ何者だ?」


 幽霊、いや、パールハルト一世は声帯などないはずなのに、明瞭な声を石室に響かせた。


「僕はアルダナント王国の伯爵、アルビス・アルマイアスです」


 アルビスは国王の霊を前にしていることを理解し、礼を失することのないような態度で自分の身を明かした。


「ほう、異国の伯爵か。それで、何をしにここにやって来た?」


 パールハルト一世は疑心を感じさせる目で問いかけてくる。


「僕たちはホーリークリスタルを手に入れるためにやって来ました」


 アルビスは王を前に嘘は吐きたくないと思い、正直に言っていた。


「この石室に安置されているホーリークリスタルは、邪気から我々の遺体を守る大切な物。それを取り外しに来たというのか?」


 ホーリークリスタルがあったから、国王の遺体もグールにならなかったのかもしれない。


「そうです。あなたの子孫であられるパールハルト八世は、呪いで苦しんでいます。その呪いを解くためには、どうしてもホーリークリスタルが必要なんです」


 アルビスは訴えかけるような声で言った。


「その話、嘘ではあるまいな」


 パールハルト一世は勿体ぶったような仕草で顎に手を這わせる。


「はい」


 アルビスはまっすぐ前を向いて返事をした。


「だが、余はどうしてもお前を信用することができぬ。お前の肩にいる竜からは邪悪な力を感じるからな」


 パールハルト一世はジャッハを指さした。


「俺のせいで、アルの言うことが信じられないって言うのか。そいつは聞き捨てならないぞ!」


 ジャッハは目を吊り上げて怒りの声を上げた。


「だが、邪悪な者にホーリークリスタルを渡すわけにはいかん」


 パールハルト一世は頑迷な態度を崩さない。


「じゃあ、どうするって言うんだよ?」


 ジャッハはパールハルト一世の怒りを煽るように顎をしゃくった。


「お前たちの体から生気を奪い尽くしてくれる!」


 その声と同時に、肉付きのあったパールハルト一世の顔が骸骨へと変化した。

 これにはアルビスも全身が粟立ったし、幽霊を相手に物理的な攻撃が通じるか分からないが、剣を引き抜いた。


「それじゃあ、やっていることは死者たちを冒涜していたネクロマンサーと何も変わらないじゃないの。あんたはそれでも、この国の王様だった人なの?」


 声を差し挟んだのはサーベルを抜いたラヴィニアだった。


「お前は、余を馬鹿にするつもりか」


 パールハルト一世の骸骨の指がラヴィニアに向けられる。


「そんなつもりはないわ。でも、一国の王だった人間ならアルビスが悪い人間じゃないってことくらい分かりそうなものでしょ、って言いたいのよ」


 ラヴィニアは諭しを与えるように言った。


「ふむ」


 パールハルト一世は冷静になったような態度を見せて腕を組む。


「大体、国王なんって言うのは、どいつもこいつも…」


 ラヴィニアが更に言い募ろうとすると、彼女の胸から赤い光が漏れ出した。


「な、何だ!」


 アルビスは目を白黒させる。


「この光は…」


 ジャッハも眩しそうな顔をした。それくらい、ラヴィニアの胸元から漏れていた赤い光は鮮烈だった。

 が、それを見たパールハルト一世は揚々とした笑い声を漏らす。

 

「フッ、そういうことか。あい、分かった。お前たちならホーリークリスタルを持って行っても構わん」


 パールハルト一世は元の肉付きの良い顔に戻ると、愉快そうに言った。


「どうしてですか?」


 さすがのアルビスも訳が分からなかった。


「それは余の口から語ることではないだろう。とにかく、お前たちを信用するし、もしパールハルト八世の呪いが解けたなら、ホーリークリスタルはまたこの場所に戻すのだぞ」


 パールハルト一世は笑みを深めながら言った。


「分かりました」


 アルビスが返事をすると、パールハルト一世の霊は背景に溶け込むようにして消えた。

 それを受け、訝るアルビスだったが、また何か出ない内にホーリークリスタルを手に取ろうとする。

 ホーリークリスタルは白い光を放っていたが、石室の壁から外すと何の変哲もないクリスタルに戻った。

 

「やったわね、アルビス。後はパルスに戻って、ルノール国王の呪いを解くだけよ」


 ラヴィニアははしゃいだように言った。


「そうだな。本当に何から何まで上手くいったし、さすが俺の相棒だ」


 ジャッハはアルビスの肩を何度も叩いた。


「喜ぶのはルノール国王の呪いが解けてからだよ。まだホーリークリスタルの力が実証されたわけじゃないし」


 だが、このクリスタルから放たれていた光に力があったことは分かる。とにかく、イリエルならこのクリスタルの力も扱えるはずだ。


「そうね。でも、ホーリークリスタルを使っても呪いが解けなかったら、ルノール国王はお終いね」


 ラヴィニアは芝居じみた仕草で肩を竦めた。


「その時は俺たちも報酬を受け取れなくなるだろうな」


 ジャッハの言葉にアルビスも下手したら、もっと悪いことが待っているかもしれないなと危惧する。


「うん。でも、船に戻る前に君の胸が光った理由を教えてもらいたいんだけど」


 アルビスはそのことがどうしても気になって仕方がなかった。


「そんなの私にだって分からないわよ。ただ、私の胸には産まれた時から紋章のようなものが刻まれてただけで」


 ラヴィニアは困惑したような顔をする。


「その紋章は何なの?」


「さあ」


 ラヴィニアは惚けたような顔をした。


「でも、パールハルト一世はラヴィニアの胸から漏れている光を見て、僕たちを信用してくれたんだ。なら、必ず何かあるよ」


 アルビスはその点に執着心を見せたが、ラヴィニアは涼しい顔をした。


「かもね。でも、今はそんなことを言っている場合じゃないでしょ。一刻も早くルノール国王の呪いを解きたいんじゃなかったの?」


 ラヴィニアは話を打ち切るように言ったので、アルビスも不信感を残しつつも石室から出て行ったのだった。



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