第24話 死霊使い
船まで逃げ帰って来たアルビスは、陸から離れた場所から島を観察する。幸いにもグールたちは海の中にまでは入って来れなかった。
なので、亡者の呻き声を発しながら、海岸を彷徨っている。
アルビスはドラゴンゾンビに固められた墓の入り口を見た。どうもグールやドラゴンゾンビは何者かの意志によって操られているらしい。
だから、知性が失われているようなドラゴンゾンビも墓の入り口の前から動かない。だが、これほどの数の死者を操るのは幾ら死霊使いと言えども至難の業だ。
人間の死霊使いだったら、とっくに力を使い果たしているはずだ。死者を動かすには想像もできないようなたくさんのエネルギーを使わせられるのだ。
アルビスは何はともあれ、死霊使いを何とかしないことには墓には辿り着けないなと判断する。
なので、ジャッハにも意見を求めた。
「どうすれば良いと思う?」
アルビスは弱り果てたようにジャッハに尋ねた。
「そう言われても困るが、とりあえず空を飛べる俺が死霊使いのいる場所を探し出すしかないだろう」
グールもドラゴンゾンビも空を飛ぶジャッハには手は出せない。
「それができるの?」
「強い呪力が発せられている場所を見つけるだけだから、何とかなるはずだ。幸いにもこの島には隠れられるような場所は少ないからな」
海賊の島のように密林でもあったら、見つけ出すことは不可能だったはずだ。だが、この島には墓と砂地しかない。
見通しはどこまでも良いのだ。
「そうだね。たぶん、死霊使いはグールたちを操るのに霊脈のようなものを利用しているんだと思う」
霊脈には様々な力が流れ込む。また様々な力を流し込むことも可能だ。
「となると、どこかに呪力を隅々まで行き渡らせられるような場所があるってことだな」
霊脈が島の隅々にまで張り巡らされているとすれば、その霊脈に呪力を流し込んで、呪力を島、全体に行き渡らせることは十分、可能だ。
「その通り。でなきゃ、さすがにこの数のグールとドラゴンゾンビは操れないよ」
偉い人間の墓は、大抵、霊脈の力が強い場所に作られているとアルビスが読んだ本にも書いてあった。
「だが、墓の中に死霊使いがいないのは確かだろう。墓からは邪悪な力を跳ね除けるような力が発せられているからな」
なら、一旦、墓の中に入ってしまえばグールやドラゴンゾンビは追いかけて来れないということか。
「魔除けってやつだね。まあ、墓に魔除けを施すのは珍しいことじゃないけど」
高貴な死者を悪い力から守る風習は決して珍しいことではない。
「そういうことだな。ま、幾ら焦っても仕方がない状況だし、お前たちは俺が戻って来るのを待っててくれ」
そう言うと、ジャッハは空を飛んで王家の島の方に行ってしまった。
その間、アルビスは海賊から飲み物を貰って、乾いた喉を潤す。また、腹が減っては戦はできないと思い、パンや干し肉なども食べた。
そして、休息を取る。
すると、一時間ほどで、ジャッハが戻って来た。
「思ったよりも早く帰って来てくれたけど、死霊使いは見つかったの?」
アルビスは期待を滲ませながら尋ねた。
「ああ。王家の島の裏側には小さな祠があるんだよ。その祠の中から強力な呪力が発せられていた」
ジャッハは鼻の頭を擦りながら言った。
「そうだったんだ」
「祠にいた奴はヌーグ教の神官服を着てたし、あいつが死霊使いと見て間違いないだろうな」
やっぱり、死霊使いもヌーグ教の手の者だったかとアルビスは歯噛みする。
「その祠は元々、聖なる力を持ったイリス教の神官が死者の霊を慰めるために使っていた場所だって私も聞いたことがあるわ」
口を挟んだのはラヴィニアだ。
「なら、その祠が隅々まで行き渡っている霊脈の中心地なんだろう。昔の人はそう言うことも良く計算してお墓を作ったって言うからね」
アルビスもその辺の知識は持ち合わせていた。
「なら、さっさとその祠を目指しましょう。船は王家の島の裏側まで移動させてあげるわ」
ラヴィニアは手下の海賊に舵を切らせると、王家の島の裏側にまで船を移動させる。すると、目立たない祠がポツンと立っていた。
祠の周りにはドラゴンゾンビが三体、立っている。グールも二十体ほどいた。
「やっぱり、祠もグールやドラゴンゾンビに守られてるか。でも、墓の正面よりは守りは手薄だし、何とかなりそうだ」
アルビスがそう言うと、ラヴィニアの手下は船を崖になっている部分に付ける。それから、長い梯子をかけて上陸できるようにした。
アルビスたちは梯子を昇って行くと、島へと上陸した。
すると、たちまちグールたちが襲い掛かって来たが、アルビスはそのグールの首を的確に撥ねる。
生半可な傷ではグールは動きを止めてくれない。だから、確実に首を胴体から切り離す必要がある。
まあ、闇雲に襲ってくるだけのグールなど数が少なければアルビスの敵にはならない。
ラヴィニアも力強くサーベルを操ってグールたちの首を容易く撥ねていく。それを見たアルビスも自慢していただけあって大した剣捌きだと思った。
そして、残りはドラゴンゾンビだけになった。
ドラゴンゾンビは腐臭を漂わせながら襲い掛かって来る。だが、その動きは遅い。
アルビスはドラゴンゾンビの懐に入り込むと足を切り飛ばした。ドラゴンゾンビは倒れて立ち上がれなくなる。
もう一匹のドラゴンゾンビもやはり足を切断して動きを止めた。起き上がれないドラゴンゾンビなどただの木偶の坊と同じだ。
だが、最後のドラゴンゾンビは果敢にアルビスに爪を振り下ろしてくる。そこへラヴィニアが横合いから獅子奮迅のごとき気合で、ドラゴンゾンビの足を切り裂いた。
ドラゴンゾンビは体のバランスを保てなくなり倒れる。すかさずアルビスがドラゴンゾンビの脳天を剣で貫いた。
そのドラゴンゾンビは沈黙する。
アルビスはまだ動けるドラゴンゾンビに構うことなく、また、次々と砂の中から次々と起き上がるグールを無視して祠へと突っ走って行った。
そして、祠の中に入ると、眩暈がするような強烈な邪気が漂ってくる。
アルビスはこれ以上、進みたくないと思ったが歯を食いしばって、祠の奥まで突き進んで行った。
すると、神聖な印象を受ける祭壇があるところまで辿り着いた。しかも、そこにはヌーグ教の神官服を着た男がいる。
「ここまで入って来るとは、ただ者ではないな」
男は青白い顔でニヤリと笑った。
「お前が死霊使いだな」
アルビスは緊張しながら剣を構える。甘くみられる類の敵ではない。
「ああ。だが、私は死霊使いを超えたネクロマンサーだし、舐めてもらっては困る」
男は謳うように言った。
「ネクロマンサーねぇ。だが、こんな水も食力もない場所で良く生きていられたじゃないか」
ジャッハの疑問に男はクックと笑った。
「私は生きてなどはいないなよ。既にこの身はアンデッドと化しているのだからな。新鮮な肉と水が取り込みたいという渇望はあるが、それが満たされなくても動けなくなることはない」
自らアンデッドになるなんてどうかしてるとアルビスは言いたくなった。
「人間を辞めちまったわけか。大した執念だぜ」
ジャッハは半ば呆れたように言った。
「全ては邪神ヌーグ様のためよ。あの方がこのパルメラーダ王国で正式な神として崇められる日が来るためなら、どんなことでも犠牲にはできる」
男は狂信とも言える態度を見せた。
「残念ながら、その望みは叶えるわけにはいかないね。あなたにはここで朽ち果ててもらう」
アルビスは剣の切っ先を男に向けた。
「やってみろ」
男は持っていた杖の先端に紫色の炎の球を浮かべると、それを放ってきた。アルビスはその炎の球を巧みな動きで避ける。
だが、紫色の炎の球は矢継ぎ早に放たれて、その一つがアルビスの肩を掠めた。すると、肩の部分の服がジューッと溶けていく。
その際、肌が焼けるような痛みが走った。
アルビスは舌打ちしながら、剣で男の体を切りつけた。男は肩を大きく切り裂かれたが、苦痛の表情は見せなかった。
なので、すぐに反撃するように炎の球を放ってくる。
アルビスは無数の炎の球を潜り抜けとると、何のためらいもなく男に閃光のような突きを放っていく。
男の体に幾つも刺し傷ができた。
男は杖を握る手を貫かれてグッと呻くと、後ろに跳躍してアルビスに特大の炎の球を放とうとする。
狭い祠の中なので避けるスペースはない。
あれを食らったら骨まで溶かされることだろう。
アルビスは万事休すかと思った。
が、その瞬間、男の背後にスーッとラヴィニアが現れる。
男は特大の炎の球を作り出すのに意識を集中してしまったせいか、ラヴィニアの接近に気付かなかったのだ。
「私を無視してくれるなんて、良い度胸じゃないの。でも、その油断は命取りよ」
ラヴィニアはサーベルを力いっぱい振り抜くと男の首を切断した。
男は「こ、こなんところで…」と呟きながら倒れる。放たれようとしていた特大の炎の球も霧散するように消えた。
そして、それっきり、男が口を開くことはなかった。
だが、アルビスはアンデッドは少しでも生かしておくわけにはいかないと思い、男の脳天に剣を突き立てる。
すると、祠に充満していた邪気がスーッと薄れていった。
「美味しいところを持っていくじゃないか、嬢ちゃん。今の一撃は見事なものだったぞ」
ジャッハは称賛するように言った。
「ええ。でも、これでアルビスも私を連れて来て良かったと思ってくれたでしょ」
ラヴィニアはにんまりと笑った。
「まあね。今の攻撃には本当に助けられたよ」
アルビスは脱力しつつも、完全な屍となったネクロマンサーの男を見て額に浮かんだ冷や汗を拭った。
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