第23話 アンデッド

 数時間後、ジャスティン・ローズ号は王家の島の海岸にまで辿り着いた。


 王家の島はまるで全体が砂漠のような砂地になっていた。どこを見渡しても緑の草や木々は生えていない。

 その上、生き物の気配というのがまるでないのだ。

 黄色い砂を巻き上げる風には死の臭いすら混じっているように感じられた。それを吸い込む度に肺が腐っていくような錯覚さえ覚える。

 そんな島の中央には大きな墓があった。墓と言ってもその外観は神殿に近く、荘厳な雰囲気が漂っている。

 

 話によると墓にはパールハルト一世を始めとする歴代のパルメラーダ王国の国王の遺体が埋葬されているらしい。

 三千人の付き人は初代、国王の時に埋められたのだという。もちろん、付き人たちは生きたまま埋められたのだ。

 彼らの恐怖は想像に余りある。

 なので、さすがに次の代では付き人を埋めるようなことはしなかったらしいが、それでも王家の島には死者の怨念のようなものが感じられた。

 

「さてと。ここからだとグールたちの姿は全く見えないが、とりあえず墓を目指して歩いてみるか?」


 草や木がないので、遮るものは全くなく、見晴らしは良かった。墓までの道も石畳になっていたし、しかも、それは一直線に伸びている。

 これなら、墓まで行くのに迷うということは皆無だろう。

 だが、話に聞いていたグールの姿が一体も確認できないというのはどうにも不気味だった。

 

「そうだね。でも、どこからグールが現れるか分からないから慎重に行こう。何も出てこないということはあり得ないと思うし」


 この島の淀んだ空気がそれを如実に物語っている。


「私も付いていくわよ。ここまで来たら、国王の墓の中を見物したいもの」


 ラヴィニアは腰に下げているサーベルの柄に手を置いた。


「はっきり言って、危険だぜ。それに、足手まといになりそうな女の同行はご免だ」


 ジャッハはにべもなく言った。


「馬鹿、言わないでよ。私の剣の腕前は相当なものよ。伊達に海賊の船長をやっているわけじゃないわ」


 ラヴィニアは目にもとまらぬ速さでサーベルを抜くと、その切っ先をジャッハの喉元に突き付ける。

 これにはジャッハも気圧されたような顔をした。

 

「なら良いが、相手はグールだぞ。いざ戦いになったら、怖くて体が動かないなんてことはなしにしてくれよ」


 ジャッハは鼻の頭にサーベルの切っ先を突きつけられながらも、せせら笑って見せた。


「安心しなさい。本当に怖いのは死んでる人間より生きてる人間よ」


 ラヴィニアはそう持論を口にする。


「そりゃそうだ」


 ジャッハもおどけたように首を竦めた。


「とにかく、無駄話はこれくらいにして墓に行こう。もちろん、行くのは僕とジャッハとラヴィニアだけだ」


 アルビスは小舟を下ろしてくれと頼もうとする。


「アッシたちだって剣は扱えますし、一緒に行かせてください」


 海賊の一人が進み出てきた。


「あなたたちが戦えるのは分かっています。でも、何が起こるか分からないのがこの島なんです。もし、たくさんのグールたちに襲われたら、みんなを守り切れる自信はありませんよ」


 アルビスの言葉に海賊は怒ったような目をする。子供にそのようなことを言われては海賊としての面目が立たないのだろう。


「アルビスは一人の犠牲者も出したくないって言ってるのよ。あんたたちはおとなしく船で待っていなさい」


 ラヴィニアの言葉には海賊もすごすごと引き下がった。


「船長がそう言うなら仕方ないですね。ですが、アッシたちの力が必要になったらいつで言ってくださいよ」


 海賊は不満げだったがラヴィニアの言葉には逆らえないようだった。


「よーし。そうと決まれば上陸だし、小船を出してくれ」


 ジャッハがそう言うと、海賊たちは数人がかりで小舟を下ろし始めた。その小船にアルビスたちは乗ると櫂を使って船を漕ぎ始めた。

 そして、すぐに島の陸地へとたどり着く。


「何も出てこないな。死霊使いかどうかまでは分からないが、邪悪な力はひしひしと伝わって来るのに」


 ジャッハがそう言うと、いきなり砂地が盛り上がった。

 すると、砂の中からボロボロの格好をした人間たちが現れる。しかも、彼らの肌は黒ずんでいて、その濁った目はまるで死魚のようだった。口からは鋭い牙も生やしている。

 現れたのは間違いなくグールだった。

 それも一体や二体ではない。次々と砂の中からグールたちが現れたのだ。これにはさすがのラヴィニアも引き攣った顔をする。

 だが、アルビスは慌てなかった。

 

「やっぱり、現れたか。しかも、尋常な数じゃないし、これを全て打ち倒して墓に入るのは無理そうだね」


 アルビスがそう言うと、砂地が大きく盛り上がった。砂の地面を突き破るようにして現れたのはドラゴンだ。

 ドラゴンはゾンビ化しているようで、体のあちこちが腐っていた。だが、相当な巨体だし、ゾンビ化している分、タフネスも増しているように思える。

 あれを打ち倒すのは骨が折れそうだ。

 その上、現れたドラゴンのゾンビは十体だった。どう足掻いてもまともに戦ったら勝ち目はないだろう。

 

「これは人間の力でどうにかなるもんじゃないな。例え、海軍でも太刀打ちはできなかっただろうぜ」


 下手すれば死んだ兵を吸収してグールたちの数が増えることになるだろう。


「三千体のグールに十三体のドラゴンゾンビか。確かにこれを全て打ち倒すには、何万人もの兵が必要になるね」


 たった三人ではどうにもできないのは明らかだ。


「だが、そんな数の兵をこの島に送り込む余力は今のパルメラーダ王国にはない」


 その余力が戻るまで待っていたら、国王は必ず死ぬ。こちらには悠長に構えている時間はないのだ。

 とはいえ、考えもなしに突っ走るのは自殺行為だ。

 

「うん」


 アルビスはどうしたものかと考え込んだ。


「で、どうするのよ。グールたちは少しずつこっちに向かって来てるし、このままここにいても多勢に無勢だし、殺されるだけじゃない?」


 ラヴィニアはサーベルは抜いていたが、さすがに戦う気にはなれないようだった。


「情けないけど、一旦、船に戻ろう」


 アルビスはそう決断した。


「本当に情けないわね。手下たちには大口を叩いてこの島に上陸したって言うのに、良い笑いものだわ」


 ラヴィニアはやれやれと息を吐いた。


「あの数のドラゴンゾンビを見ても笑える人間は、この世にはいないよ。とにかく、ここで逃げるのは恥じゃない」


 八メートルはあろうかというドラゴンの巨体が墓の入り口を守るように立っているのだ。

 あそこを通る勇気のある人間なんていはしないし、船にいる海賊たちだってあの絶望感を与えるような光景は見えているはずだ。

 

「そうだな。俺たちは高潔な騎士様じゃないんだ。死んででも誇りを貫こうなんていう趣味は持ち合わせていない」


 ジャッハはそんな奴はただのバカだとでも言いたげだった。アルビスも誇りはあったが、命を捨てでもその誇りを守る気はない。

 そんな二人にとっては逃げるのも立派な作戦だった。


「それはあたしも同じよ。でも、ここまで来て何もできないのはやっぱり悔しいわ」


 ラヴィニアは唇を噛みながら言った。


 そんな話をしていると、グールたちがアルビスたちを完全に敵とみなしたのか、大挙して押し寄せてきた。

 グールたちの前に身を投げだしたら、骨まで貪り食われそうだ。今のアルビスたちはグールたちにとって新鮮な肉でしかないのだろう。

 何にせよ、グールたちが津波のように迫って来る光景はまさしくホラーそのもので、気弱な人間なら卒倒していたはずだ。

 なので、アルビスたちも慌てて小舟に乗ると、ジャスティン・ローズ号のデッキの上に逃げ帰ったのだった。

 




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