第22話 王家の島へ
アルビスは海竜の問題も片付いたことだし、一旦、パルスに帰ろうと思う。
自分の報告を聞けばきっとガードランや他の騎士たちも喜んでくれるはずだ。もう、船を沈められる恐怖に苛まれずに済むのだから。
また、そうなれば大手を振っていた海賊や密漁者なども厳しく取り締まることもできるだろう。
海の安全が回復されるのも遠くはない。
とにかく、王宮に戻れば自分を軽んじていたような者たちも、その考え方を改めることになるだろう。
特にあの小憎たらしい大臣などは。
そして、海軍が総力を挙げて王家の島に行けば、アンデッドたちを倒しながらホーリークリスタルを手に入れることもできるはずだ。
今のところは全てが上手く行っている。
「さてと、早くパルスに戻って旨い物でも食おうぜ。さすがの、俺も今回はハラハラしちまったから腹が減った」
昨日は臭い飯すら与えられなかったし。
「そうだね。僕もパルスに戻ったら、ちょっと値が張るような魚料理も頼んでみるよ」
人間、たまには良い物を食べるのも必要なことだろう。
「それが良い。ま、俺はとにかく酒だな。昨日はスカルゴスのところでお預けを食らっちまったから、今日は良い酒をガンガン飲むぞ」
ジャッハは意気揚々と言った。
「それは困るよ。僕たちのお金も残り僅かなんだから」
魚料理ならともかく、良い酒を頼めるだけの余裕はない。特に酒はお金に糸目をつけずに高い物を頼むと、とんでもないことになるから。
「なら、王宮に行って金をむしり取ってこい。海竜を何とかしたんだから、それなりの金は貰えるだろ」
その通りではあるが、とアルビスは渋い顔をした。
「お金は纏まってもらいたいんだよ。じゃないと、ケチが付きそうだし」
何か理由を付けられて報酬の額を減らされたら元も子もない。一億二千万ルーダはキッチリと貰うとアルビスも決めているのだ。
「そうだな。だが、今日だけは思いっきり酒を飲むからな。俺が大活躍したおかげで、全てが丸く収まったんだから」
ジャッハも譲らなかった。
「全てが、じゃないよ。まだ残っている問題はあるよ」
アルビスは苦い声で揚げ足を取った。
そして、そんなやり取りをしていたアルビスとジャッハだったが、不意に一羽の鷹がラヴィニアの目の前まで降りてきた。
鷹はフワリとラヴィニアの腕に停まる。
それを受け、ラヴィニアは鷹の足に巻き付けられていた紙を解くと、そこに書かれた内容を目にする。
すると、何とも深刻そうな表情を形作った。
「どうかしたの?」
アルビスは胡乱な目でラヴィニアの表情を見る。何か良くないことがあったんじゃないかとソワソワした。
「伝書鷹が王宮に潜り込ませている密偵の報告を持って来たわ。それによるとルノール国王の容態が悪くなったみたい」
ラヴィニアは痛みを覗かせるような顔をした。
「何だって!」
アルビスは思わず大きな声を上げてしまった。
「イリエルっていうイリス教の神官も相当、力を消耗しているらしいし、ルイーザ王妃も頭を抱えているらしいわ」
確かに最後にあった時のイリエルは少し疲れた顔をしていたが、そこまで力を消耗しているとは思わなかった。
やはり、国王のことは未熟さのないイルダスに頼むべきだったか。
「それも無理はないな。ヌーグ教の神官なら、呪いを操るのはお手の物だったが、イリス教の神官は呪いを操るのではなく打ち消そうとしているんだ。だから、力も消耗させられる」
ジャッハは理路整然な言い方をした。
「そうだね。しかも、国王にかけられた呪いはヌーグ教のものと見て間違いないだろうし。自分の奉っている神様がかけた呪いなら、その呪いをコントロールするのは簡単なことだよ」
アルビスは憎らしそうに続ける。
「少なくともあのボルゾフにとってはね」
果たして、ボルゾフはどういう動きに打って出るか。たぶん、穏便な動きにはならないに違いない。
「なるほどね」
ラヴィニアはアルビスたちの考察を聞いて感心したように相槌を打った。
「でも、こうなると、パルスに戻っている暇はなさそうだ。このままだとルノール国王はホーリークリスタルを手に入れる前に死ぬことになるだろうし」
アルビスはやはり浮かれるには早すぎたかと思った。おそらく、海竜のことも、何らかの手段で一早くパルスにいる人間に伝わることだろう。
「どうして、そう言い切れるのよ?」
そう問いかけるラヴィニアはまるで自分の身内が病気になったような悲痛な顔をしていた。
「海竜がいなくなった以上、ホーリークリスタルはいつでも手に入れられる。なら、ヌーグ教の神官が国王を助ける理由はもうない」
アルビスはそう言ったが、ラヴィニアは今一つ要点が掴めないようだった。
「ヌーグ教と繋がっていたと思われるドクロの真珠団や海賊たちは近い内に壊滅させられるからな。そうなれば、国王は生かしておくより、死んでもらった方が都合が良くなるってもんだ」
ジャッハは邪気を感じさせる笑みを浮かべながら言った。
「そういうこと。国王を生かさず殺さずの状態に追い込んで、この国をジワジワと弱体化させていくことが裏の勢力の狙いだろうしね」
裏の勢力を動かしている黒幕の正体も大体、想像が付いている。
「つまり、国王が元気になったら、その計画は全てパアになるってことね。確かに、それは裏の勢力にとってはまずいことだわ」
ラヴィニアも合点が入ったような顔をした。
「うん。だから、ラヴィニアには頼みたいことがあるんだ」
アルビスはそう切り出す。
「この船で王家の島にまで行って欲しいってことでしょ。私は別に構わないわよ。私だってルノール国王の命は是が非でも助けたいもの」
ラヴィニアは肩にかかる金髪をサラッと払いながら言った。
「お前、国王に何か恩でもあるのか?」
そう不審そうに尋ねたのはジャッハだ。
たぶん、ジャッハはどういう類のものであれ海賊には違いないラヴィニアのことは全面的には信用していないのだろうとアルビスは察した。
「ええ」
ラヴィニアは遥か彼方を見るような目で言った。その目に邪なものは感じなかったし、彼女は信頼しても良いとアルビスも思った。
「まあ、王家の島に行ってくれるなら、理由は何でも良いよ。だから、すぐにでも船を出してくれないかな」
アルビスは頭を下げたくなるような気持で頼んだ。
「分かったわ。せっかく、スカルゴスが叩き潰されて気持ちがスカってしてたのに、国王がそんな状態じゃ喜ぶに喜べないわね」
ラヴィニアはうんざりしたように言うと、舵がある船首の方に歩いて行く。そして、手下と交代すると、自ら舵を切って王家の島へと船を進ませる。
「あの女、俺たちに何かを隠してるぜ」
ジャッハは舵を握るラヴィニアを一瞥して言った。
「だろうね。海賊にしては、立ち振る舞いが貴族的なところがあるし」
育ちの良さは感じなくても、生まれの良さは感じられる。そして、生まれの良さから来る気品のようなものがラヴィニアにはあった。
「ああ。確かにあの女には滲み出ているような気品がある。でも、それは貴族のとはちょっと違う気がするな」
貴族の持つ気品には、もっと嫌味がある。
「でも、海賊って立場に揺らぎはないと思うよ。ラヴィニアが長いこと海賊をやって来たのは間違いないだろうし」
どういう経緯で海賊の船長に収まっているのかは知らないし、訊く気もないが。
「そうだな。とにかく、海賊にしてはちょっとばかり俺たちに親切すぎるぜ。慈善的なものすらあるって言うか」
ラヴィニアは心に普通の人間には持ちえないような誇りと正義感がある。
「うん。僕も人の親切は疑いたくないけど、彼女には何かあるよ、絶対」
そう言うと、アルビスは長い金髪を風で舞わせている少女の顔を見詰めた。
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