第21話 海竜の逆襲
ジャスティン・ローズ号は全速力で、パルスの海域まで突き進んでいた。
スカル・クラッシュ号は肉眼ではあまり大きく見えなかったが、着実に距離を詰められていることはアルビスの目にも分かった。
ラヴィニアは自ら舵を切っていたし、海賊たちも力いっぱい綱を引っ張って風を受ける帆の角度を調節をしている。
だが、それでもスカル・クラッシュ号の方が足は速かった。
「まずいな。このままだと、確実に追いつかれる」
アルビスはしだいに大きさを増していくスカル・クラッシュ号を睨みながら言った。
「この船とスカル・クラッシュ号じゃ、小魚とクジラほどの差があるからな、まともにやりあったら勝ち目はないぜ」
船員の数も違い過ぎるし、その言葉は正しい。が、だからと言って、アルビスも海賊に降伏するつもりは毛頭なかったが。
「そんなことは誰もが理解していることさ」
だから、みんな頑張っている。
「それもそうだな。だが、俺が巨大化すれば、スカル・クラッシュ号は難なく沈められるぞ」
ジャッハは自信を漲らせながら言った。
「いや、海賊以外にもまだ敵はいるし、ここで切り札を使うわけにはいかない」
自分の予測が確かなら、その敵たちは確実にジャッハの力が必要になるような手を打って来る。
それまでは我慢するしかないのだ。
「出し惜しみしていたら、どうにもならない状況から抜け出せなくなるぞ」
ジャッハの指摘にアルビスも苛立った顔をした。
「そんなことは分かってるよ」
人間、正しいことを言われると腹が立つ時がある。それが今だった。
「それなら、良いんだが。ま、策士、策に溺れるって言葉もあるし、何でもかんでも自分の計画通りに事が進むなんて思わないことだな」
ジャッハにしては思慮を感じさせる言葉だった。
「うん。だから、ジャッハもここからで良いから、大きな声で海竜に呼びかけて見てよ。パルスの海域にはまだ早いけど海竜が現れてくれるかもしれない」
海竜が現れれば全て片は付くのだ。
「分かった」
そう言うと、ジャッハは船首の方に飛んで行った。すると、今度はラヴィニアが海賊のコートをはためかせながらやって来る。
「追いつかれるまで、あと五分と言ったところね。あなたの策じゃ、卵を返した海竜に海賊の船を沈めてもらうことになっていたけど」
そう言いつつも、ラヴィニアの顔に恐れは微塵もない。さすが、海賊の船長かとアルビスも思った。
「そうだよ。海賊の船が追ってくることは予想してた。でも、海軍の船を数多く沈めてきた海竜なら、海賊の船を沈めるなんて簡単なことだから、そこに期待してたんだよ」
幾ら大型の海賊船でも海竜には適わないだろう。
「でも、その海竜は現れないじゃないの」
ラヴィニアは不満を露にする。
「しょうがないよ。ここはまだパルスの海域じゃないんだから。僕もこんなに早く追手の船がやって来るとは思ってなかった」
やっぱり、見張りの海賊たちはちゃんと息の根を止めておくべきだったかもしれない。
「でも、あなたの顔には余裕があるわ。いざとなれば何とかできるような手があるんでしょ」
ラヴィニアは麗しい金髪を風に靡かせながら笑った。
「あるけど、その手はここで使いたくはないんだ」
「そんなことを言ってたら、私の船は沈められちゃうわよ。あなたを信じたから、あなたの作戦に手を貸してあげたのに」
ラヴィニアは膨れっ面をする。
「それには感謝してる。だから、もう少し待ってよ」
アルビスがそんなことを言っている間に、スカル・クラッシュ号の巨体はどんどん近づいてくる。
そして、とうとう投石機で石を放ってきた。石はジャスティン・ローズ号の進行方向に幾つもドボンと水飛沫を上げて落ちる。
これにはジャスティン・ローズ号も船体を止めざるを得なかった。
「ガハハハッ、また会ったな、小僧。まさか、お前が海竜の卵を奪い返すためにわざと俺たちに捕まったとは思わなかったぜ」
スカル・クラッシュ号がジャスティン・ローズ号の横に並ぶと、海を挟んでスカルゴスが声をかけてきた。
「そっちこそ、追いかけてくるのが随分と早かったじゃないか」
アルビスは負けまいと強気に言葉を返す。
「お前が見張りの海賊たちをちゃんと殺さなかったからだ。やっぱり、てめぇは子供だよ。やり方が甘いぜ」
スカルゴスは腐ったような笑い方をした。
「でも、その甘さは捨てたくないんだ。あんたみたいな下種な人間には分からないだろうけどね」
アルビスの言葉にスカルゴスの顔が怒りで赤くなった。
「勝手にほざいてやがれ。とにかく、お前のおかげで目障りだったラヴィニアも捕まえることができるんだから感謝しねぇとな」
スカルゴスは勝ち誇ったように言った。
「感謝するのはまだ早いと思うよ」
アルビスはジャッハに巨大化を頼もうかどうか考える。でも、ここは我慢のしどころだと思い、耐えた。
「まだ、何か手があるって言うのか。往生際の悪い奴だぜ」
スカルゴスは面白くもなさそうに顎の髭を引っ張りながら言った。
「そこは諦めていないと言って欲しいね」
アルビスは頬から汗を滴らせながら言った。内心では、まだか、まだかと焦っていたが。
「そういう豪胆なところは嫌いじゃねぇが、それも時と場合に寄るな。おい、お前ら。ラヴィニアの船に穴の一つでも開けてやれ。そうすりゃ、でかい口も叩けなくなる」
スカルゴスがそう命令すると、手下の海賊たちが投石機に石を乗せ始めた。が、その作業は悲鳴のような言葉に中断させられる。
「ぼ、ボス、海竜が現れました!」
海賊の一人がスカルゴスにそう報告した。
アルビスが海賊の指さす方に目を向けると、そこには巨大な大蛇のような体を蠢かせている海竜がいた。
これにはアルビスも救いの神を見たような顔をする。
「何だと。小僧、まさかこれを待っていやがったのか!」
スカルゴスの顔から笑みが消えた。代わりに戦慄と恐怖が顔の表情を支配する。
「ジャッハ、海竜に事情を説明して、スカルゴスの船を沈めるように言ってくれ!」
アルビスは稲妻のように叫んだ。
「分かった」
ジャッハは返事をすると大きな声で竜の言葉を発し始める。すると、海竜は耳を劈くような咆哮を上げた。
そして、海竜は逃げようと方向転換しようとしていたスカル・クラッシュ号に強烈な体当たりを食らわせる。
これには、さしものスカル・クラッシュ号も大きく傾いた。そこに追い打ちをかけるように海竜の尻尾が全てを断裂するように振り下ろされる。
スカル・クラッシュ号の船体は真っ二つになって、弾け飛んだ。アルビスもスカルゴスの体が海竜の尻尾に押し潰された瞬間を目にしていた。
それから、スカル・クラッシュ号はブクブクと沈んでいくが、海竜の怒りはそれでも収まらない。
投げ出された海賊たちはことごとく海竜に噛み砕かれていった。
「アルビス、そろそろ海竜に卵を返してやってくれ。これ以上、凄惨な光景は見たくないからな」
海賊たちが海の藻屑と化すと、ジャッハはそう言った。
「分かった」
アルビスは海竜に向かって卵を翳した。
海竜は卵を見ると人間でも分かるような喜んだ顔をして、優しくアルビスの手から卵を受け取った。
それから、竜の言葉で何やら話すと、再び海の中へと沈んで行った。
「海竜はもうどの船も襲わないって、約束してくれたぜ。それと、これは借りだからいつか返せる日が来るのを楽しみにしてるとも言ってたな」
ジャッハは静かになった海を見ながら悠々と言った。
「スカルゴスの船を沈めてくれただけでも、こっちは大助かりだっていうのに」
借りを作ってしまったのはむしろ自分たちの方だと思う。
「海竜がスカルゴスの船を沈めたのはお前のためじゃないさ。単純に卵を奪われたことに対する親の怒りだ」
その怒りの凄まじさは誰もが見たことだ。
おそらく、この場にいた海賊たちなら、二度と海竜の卵に手を出そうなどとは考えないだろう。
また、海竜も再び卵を奪われないよう、工夫するはずだ。
「そうみたいだね」
アルビスは親の愛情は時として残酷なまでに怖くなる時があるんだなと思う。
それから、どこまでも広がる海を視界に収めると、とにかく作戦通りに上手くいって良かったとほっとした。
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