第15話 暗殺者、再び
アルビスは宮殿を出ると、時間を潰すように町をブラブラしてから宿へと戻って来た。それから、お腹が減っていたので、部屋でお総菜屋で買ったフライドチキンを食べる。
この宿は食事の提供などはしていないので、何か食べたければ料理屋に行くか、食べ物を買ってくるしかないのだ。
ジャッハも酒も飲めない宿には不満を感じているようだったが、宿泊料の安さを考えれば我慢するしかなかった。
アルビスはフライドチキンを食べると、粗末なベッドに腰かける。ジャッハはフライドチキンについていた骨を頑丈な顎でバリバリと噛み砕いていた。
何ともゆったりとした空気が二人を包み込んでいる。
「国王からヌーグ教の神官を引き離すことには成功したが、次はどういう手を打つつもりなんだ、アル」
ジャッハは口の周りに付いた油を舐め取りながら尋ねた。
「色々、考えてるところだけど、まずは海竜の卵を取り返さなきゃ、次には進めないと思う」
海軍が動けるようになれば、事態は大きく改善するのだ。海賊も取り締まれるし、王家の島にもたくさんの騎士や兵士を連れて行けるからな。
「やっぱり、海竜の卵は海賊が持っているって思ってるのか?」
そう尋ねると、ジャッハは袋に入っていたフライドチキンのカスを喉に流し込んだ。
「うん。そこに間違いはないと思うよ」
アルビスの声に揺るぎはなかった。
「だとすると、お前は海賊の島に乗り込むって言うのか?そいつは自殺行為も良いところなんじゃないのか?」
ジャッハはフライドチキンが入っていた袋を丸めると、ゴミ箱に放り込んだ。
「分かってるよ。でも、どうしても海賊の島には行かなきゃならない」
海賊がこの国の平和を脅かしている以上、それは避けて通れないとアルビスも判断していた。
「幾らお前の剣の腕が立っても、相手の数が違い過ぎるぞ。それとも、俺が海賊たちを炎で焼き払えば良いのか?」
まだ食べ足りないような顔をしているジャッハは半眼で尋ねた。
「でも、五分間じゃすべての海賊を無力化することはできないよ。それに、そんなことをすれば海竜の卵も危険に晒される」
海竜の卵を壊されたら終わりだ。
「それもそうだな」
「ま、僕の考えが間違っていなければ海賊の島に行くこと自体はそんなに難しいことじゃないさ」
アルビスにも立てている計画があるのだ。
「なら、良い」
ジャッハもアルビスの頭の良さは知っている。だから、根掘り葉掘り尋ねることなく信頼の眼差しをアルビスに向けた。
「でも、その前に一騒動、起きそうな予感はするけどね。今夜あたり、暗殺組織の方にも動きがあるんじゃないかな」
アルビスはベッドに置いてある剣をチラッと見た。
「俺もそう思う。あのボルゾフとかいう奴と暗殺組織は絶対に繋がってる。なら、必ず暗殺者たちは動くな」
ジャッハの意見にアルビスも異論はなかった。
情報屋がギルドのような組合を作っているような町だし、自分がこの宿に泊まっていることも嗅ぎつけられていることだろう。
「うん。とにかく、果報は寝て待てって言うし、向こうから動くのを待とう。そうすれば、ジャッハに頼めることもある」
上手くすれば暗殺組織も潰せるかもしれない。
「そうか」
ジャッハは何を頼まれるか分かっているような顔で笑った。それから、数時間が経過して深夜になる。
すると、ジャッハがまどろんでいたアルビスの肩を揺すった。
「来たの?」
アルビスは素早く剣を手にしながら尋ねた。
「ああ。お待ちかねの暗殺者たちがぞろぞろとやって来たぜ。その数は十二人だ。こいつは気を引き締めないと殺されるぜ」
ジャッハは危機的な状況だというのに、楽しげに笑った。
「大丈夫だし、僕も暗殺者を退散させるように立ち回る。だから、ジャッハも逃げた暗殺者の後はちゃんと追いかけてよ」
アルビスは剣を鞘から抜き放った。
「暗殺者のアジトを見つけ出そうってわけだな。そういうことなら俺の仕事だし、任せておけ」
ジャッハも揚々とした顔で笑う。
「うん」
アルビスがそう返事をして剣を構えると、鍵をかけていた入り口のドアが蹴破られた。
と、同時に黒装束の暗殺者たちがスルスルと部屋の中に入って来る。その顔にはやはり仮面が被せられていた。
「アルマイアス卿だな。貴様を始末させてもらう」
暗殺者たちは殺気の籠った声で言うと、短刀で切りかかって来た。
それを受け、アルビスは一切の迷いを捨てる。それから、目にもとまらぬ速さで、切りかかって来た暗殺者の首を跳ねた。
暗殺者たちも仲間が一太刀で殺されたのを見てさすがに動揺する。
その隙を見逃さず、アルビスは疾風のように暗殺者たちとの間合いを詰めた。そして、死の風を纏った斬撃を繰り出す。
それは暗殺者の腹と背骨を切り裂き、胴を真っ二つにした。更にアルビスは動けずにいる暗殺者の肩をバッサリと袈裟懸けに切り裂く。
あっという間に三人の暗殺者が絶命した。
「何という強さだ。これなら、魔王ジャハガナンが打ち倒されたのも当然か…」
そう口にした暗殺者たちはジリジリと後退してしまった。
だが、一度、戦闘態勢に入ったアルビスは容赦をしない。退いてしまった暗殺者の懐に飛び込むと、その心臓を串刺しにする。
残った暗殺者たちは短刀で一斉に切り付けようとしたが、アルビスの雷光のような斬撃が暗殺者の短刀を何本も砕いた。
獲物を失った暗殺者は腰から短刀を抜いてそれを投擲しようとした。が、その腕が手品のように切り落とされて床に転がる。
アルビスはその男の体を勢い良く押し倒した。後ろにいた三人の暗殺者が巻き込まれるようにして倒れる。
アルビスは透かさず倒れた暗殺者の喉に剣を突き刺した。何とかして立ち上がろうとした暗殺者も首を跳ねられる。
もう一人の暗殺者は床を這って逃げようとしたが、後頭部に剣を突き立てられて絶命した。
「か、適わん。ここは一旦、退けー」
部屋に入り切れなかった暗殺者の一人がそう叫んだ。すると、まだ四人はいたはずの暗殺者たちが尻尾を巻いて逃げて行く。
それを見てアルビスも額の汗を拭う。
「わざと逃がさなくても、向こうから勝手に逃げてくれたか。ま、的確な判断には違いないけど、僕たちにとっては好都合だな」
アルビスはジャッハに向かって顎をしゃくった。
「じゃあ、ちょっと後を付けてくるぜ」
そう言うとジャッハは宿の部屋を飛び出していく。ジャッハの目と鼻なら、暗殺者に巻かれるということはないだろう。
「頼んだよ」
アルビスはジャッハの背中に向けてそう言った。それから、アルビスは宿の一階までやって来る。
そこには背中を丸くしている気味の悪い男がいた。男、いや、宿の主人はアルビスを見て小さく息を吐いた。
「あんた、部屋を汚したんならちゃんと綺麗にしとけよ。じゃないと、追加料金を取るぜ」
宿の主人は怯える風でもなく言った。アルビスも宿の主人が殺されていなくて良かったとほっとする。
「なら、雑巾とモップを貸してください。それと、部屋は死体でいっぱいですから、騎士団を呼んで来てくれませんか。そうすれば追加料金も払います」
アルビスは無感情な声で言った。
「あいよ」
そう淡白な返事をして宿の主人はカウンターの奥に行く。
アルビスは宿から追い出されるようなことを言われなくて助かったと思った。さすが、治安の悪いスラム街にある宿だ。
ちょっとばかりの騒動では動じないらしい。
その後、宿の主人は雑巾とモップをアルビスに渡すと、騎士たちを呼ぶために、ノロノロと宿から出て行った。
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