第19話 海賊の首領
アルビスを乗せたスカル・クラッシュ号はかなりのスピードで海を進んで行く。大きさだけではなくスピードも海軍の船を上回っているようだった。
このような船を建造できるのも、海賊たちにお金がある証拠だろう。
アルビスは一体、スカルゴスはどれだけの船を襲い、お金を手に入れれば満足するのだろうかと思った。
悪党の欲望には限りがないのかと辟易したくもなる。
ひょっとして、このまま海賊が力を付けていけば、最後にはパルメラーダ王国は海賊に乗っ取られてしまうのではないかとも思えてきた。
海賊に乗っ取られた国なんてぞっとしない話だった。しかし、今のような状況が続くようなら、その話も現実味を帯びてくる。
そんなことを考えながら、アルビスは海賊の島が見えてくるのを待つ。その間、アルビスは海賊たちから色んな質問を浴びせられたが全て無視した。
一方、スカルゴス船長室で酒を飲んでいると手下の海賊が教えてくれた。
えらく機嫌が良さそうなのは、自分を捕まえられたからだろうかと思うと、アルビスも少し悔しくなったが。
すると、とうとう海賊の島が見えるようになった。見た感じあまり大きな島ではない。でも、木々の緑は多い島だった。
海賊たちも慌ただしい動きを見せ始める。アルビスもここからが勝負だと、手に汗握るものを感じた。
そして、海賊の島に辿り着くと、アルビスは海賊に左右をガッチリと固められて船から降りることになる。
海賊の島の湾岸になっている部分には幾つも建物が建てられていた。まるで、町のようだとアルビスは思う。
一方、スカルゴスがやって来ると島にいた人間たちは皆、恐縮したような顔をする。誰もがスカルゴスを恐れているようだった。
スカルゴスはそんな反応を満足そうに見回す。
それから、アルビスはちょっとした宮殿のような建物の前にまでやって来る。ここが海賊の根城かとアルビスは息を呑んだ。
「さてと、今日は滅多にお目にかかれないような極上の客を連れてくることができたし、酒の樽をたくさん開けろ。祝いだ、祝い!」
スカルゴスはテーブルがたくさん並べられた、大食堂のような場所に来るとそう歓喜の声を上げた。
それを聞いた海賊たちも興奮したような声を上げると、次々と酒と料理を運んで来る。一方、アルビスはスカルゴスの前の席に座らされた。
スカルゴスの眼力は強いので、つい目を逸らしたくなる。
「僕はどうなるんですか?」
アルビスは敢えて恐る恐る尋ねてみた。
「それはお前の返答しだいだ。ま、お前はまだ子供だし、どんなことを喚こうが、殺しゃしねえよ」
スカルゴスはニヤリと悪魔のような笑みを浮かべた。
「それは助かります」
アルビスは下手に出た。
「ただ、それでも言葉には気を付けな。言葉しだいで、お前の待遇は大きく変わるからよ」
そう言うと、スカルゴスはウイスキーのボトルの栓を開けて、それをラッパ飲みした。
「はあ」
アルビスは強すぎる酒の匂いに顔をしかめた。
「じゃあ、さっそく尋ねるが、お前、海賊になる気はねぇか?世間が思っているほど海賊も悪い職業じゃねぇぜ」
スカルゴスは大きくゲップをすると回りくどい言い方はせずに問いかけてきた。それに対し、アルビスは用意していた言葉を口にする。
「嫌です」
アルビスは即答した。これにはスカルゴスの顔も少しだけ強張った。
「そう急くなって。聞くにお前は金が欲しいんだろ。お前のことを調べたら色々なことが分かったぜ。他所の国じゃ随分とがめついことをしてきたそうじゃねぇか」
スカルゴスはガハハッと笑った。
それに吊られるように他の海賊たちも下品な笑い声をあげる。その笑い声を聞いて、アルビスも手下たちは無理やり笑っているなと察した。
「好きでやってきたことではありませんから」
アルビスは自分の素性を調べられたことに不快感を示す。正直、下卑た人間には自分のことをとやかく語ってほしくなかった。
「そうか。ま、こっちもお前の目的なんて知ったこっちゃない。だが、そのがめつさは海賊になるには相応しいってことよ」
スカルゴスは酔いが回って来たのか、リアクションがオーバーになって来た。
「そうは思えませんけど」
アルビスの水を差すような言葉にスカルゴスはクックと笑う。
「人間、自分のことなんて、分からねぇもんさ。とにかく、お前は大金を必要としていて、それには海賊になるのが一番、手っ取り早いってことだ」
その言葉にアルビスも少し惹かれるものを感じてしまった。
「海賊になれば、三十億ルーダを稼げるんですか?」
海賊がどれだけ儲かるのかは興味がある。
「これまた、でかい金額を持ち出しやがったな。ま、海賊として地道に働けば稼げるんじゃないのか」
スカルゴスの空々しい言葉を聞いて、アルビスは無理だろうなと判断していた。それに地道に働けるような人間なら、そもそも海賊にはならないだろうとも思う。
「そうですか」
「で、返答はどうだ。今なら、俺もお前の待遇を良くしてやれる。だが、変なプライドで俺の誘いを断れば、雑用係をやらされるだけだぜ」
アルビスは貴族である自分に雑用をやらせる人間がいることに滑稽さを感じた。
「なら、海賊になる話は断ります。あんたたちの仲間になるくらいなら死んだほうがマシだ!」
アルビスは猛るように叫ぶ。半分は演技だったが、もう半分は本気の叫びだった。
「威勢が良いのは結構だが、今の言葉でお前は俺を怒らせたぜ。だが、俺も子供相手にムキになるつもりはねぇ」
スカルゴスは眉間の筋肉をピクピクとさせる。もし、体面を保ちたい手下の海賊たちがいなければ、殴りかかってきたかもしれないと思わせるような表情だ。
「じゃあ、どうするというんですか?」
アルビスは挑むような目をして一歩も退かない。
「とりあえず、お前は牢屋で不味い飯でも食ってろ。まあ、三日も経てば気も変わるだろうし、牢屋の中で何がベストかとっくり考えるこったな」
スカルゴスがそう言うと、海賊たちがアルビスを取り囲み、牢屋へと連行して行く。そして、アルビスは牢屋の中に放り込まれた。
そこは石の壁に囲まれていて、鉄格子も幅が小さくなっていた。例えジャッハでも外に抜け出すのは無理そうだった。
それは分かってるのか、アルビスを連れてきた海賊たちも早く戻って酒を飲もうぜと言って去っていく。
「さてと、ここまではお前の立てた計画通りだ。だが、本当にラヴィニアの密偵は俺たちを救いに来るのか?」
ジャッハは鉄格子の隙間を何とかして通り抜けようとしたが、やはり無理だった。
「来てもらわなければ困るよ。一生、海賊の雑用なんて笑い話にもならないし」
「そうだな。ま、海竜の卵のことさえなければ、あの場に集まっていた海賊たちは俺の力で皆殺しにすることができたんだが」
ジャッハは牙を剥き出しにして悔しそうな顔をした。
「僕だってスカルゴスの首を撥ねることはいつでもできたよ」
あの顔は見るだけで腹が立つ。いつか、良いように言われた借りは返してやろうと、アルビスも暗い闘志を燃やす。
「だろうな。ま、こんなところ、抜け出そうと思えばいつでも抜け出せるし、気持ちを楽にして待とうぜ」
ジャッハは茣蓙の上で丸くなる。確かにジャッハが巨大化すれば鉄の扉と言えども、簡単に引き裂くことができるだろう。
「そうだね」
現時点では、焦っても得るものはない。
「でも、スカルゴスが飲んでいた酒は俺も飲みたかったな。他にも旨そうな肉料理がけっこうあったし、それも食いたかった」
ジャッハだけは向こうに置いてきても問題はなかったかもしれないとアルビスも思ったが、すぐにそれは駄目だなと思った。
些細な計画の狂いが命取りになりかねない。
「ここに来たら飲み食いは禁止って言っていただろ」
海賊たちは飲み物に何を入れられているのか知らないのだ。ま、それを知れば後で悔し泣きすることになるだろう。
「分かってるって。だが、こっちは暗い牢屋に入れられて向こうは旨い酒を飲んで大騒ぎだぞ。文句の一つでも言いたくなるぜ」
ジャッハは恨めしそうに言った。
「なら、本当に海賊になるかい」
アルビスは揶揄するように言った。
「馬鹿、言うな。この魔王ジャハガナン様が卑しい海賊の仲間になんてなれるか」
ジャッハは吐き捨てるように言うと、話は終わりだとばかりに鼾をかいて寝てしまった。
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