第7話 王宮へ
次の日、アルビスは宿で朝食を食べていた。食べていたのは値段の安い魚のフライだったが、これはこれで香ばしくて美味しかった。
だが、宿に泊まり続ければお金がかかるし、なるべく早く大金を掴まなければならない。何もせずにのんびりしていれば、本当に路頭に迷うことになる。
そう思ったアルビスは、魚のフライを頬張るジャッハを横目にして口を開いた。
「いつまでも食べてないで、そろそろ王宮に行くよ」
アルビスはリンゴジュースを飲み干すとそう言った。
「そうか。確か昨日の情報屋の話じゃ、王宮に許可を貰わなきゃ王家の島には行けないんだったよな」
ジャッハは魚のフライを一気に口の中に放り込む。それからムシャムシャと咀嚼した。
「そうだよ。冒険者たちが無闇やたらに王家の島に行こうとすれば、犠牲が増えるだけだからね。王宮としては、それは看過できないんだと思う」
もちろん、それだけが理由ではないことはアルビスも察しているが。
「海賊に襲われれば、海賊の勢力が益々、大きくなるだけだからな」
下手に海に出れば、海賊にお金と人材を渡すようなものだ。
「うん。だから、例え普通の船でも出してもらうためには王宮の許可が必要なんだよ。漁船や旅船、商船なんかも王宮の許可をもらって船を出してるわけだし」
許可がなければ、船が出せないのはどこの国でも同じだと思うが、それでも自由に王家の島に行くことができないのは歯痒い。
「この国は本当にルールにうるさいな。どうりで情報屋ギルドなんてものが幅を利かせているわけだぜ」
「それを言ったらお終いだよ」
アルビスがそう言うと、ジャッハ満足したように口の周りに付いた魚のフライの油を舐め取った。
それから、二人は宿を出ると、王宮へと向かった。
アルビスは宮殿の前まで来ると、これからこの中に入らないのかと思い緊張する。が、ここで二の足を踏んでいては先が思いやられるし、勇気を出して宮殿の中に入った。
さすがに宮殿の中は美しい乳白色ではなく、茶色を基調とした温かみのある色をしていた。でも、壁や床には芸術的な模様が描かれていて、それが絢爛な空気を醸し出している。
その上、王宮を歩く人たちはみんな仕立ての良い服を着ていた。使用人の服でさえ光り輝いて見えたくらいだから。
アルビスはそんな宮殿の中を歩いていく。
すると、真っ直ぐ伸びている横幅の広い通路の前に、槍を手にした衛兵の男が二人いた。衛兵の一人はアルビスを呼び止める。
「ここより先は許可をもらった者しか入れない。君は何をしに宮殿にやって来たのかね?」
衛兵は子供のアルビスを見て侮るような目をした。
「僕は王家の島に行く許可を貰おうとしているだけです」
アルビスはハキハキと答える。
「君のような子供が王家の島に行くと言うか?」
衛兵は胡乱な目をした。
「何か問題でもあるんですか?」
アルビスは舐められていると思い強気に言葉を返した。
「それを判断するのは私ではないよ。まあ、そういうことなら騎士団の詰め所に行きたまえ。詰所は右側の通路の奥にある」
アルビスは衛兵に促されるまま、右側の通路へと歩いて行った。
その際、鎧を身に着けた騎士たちと何度もすれ違う。さすが騎士だけあって、何とも頼りになりそうな雰囲気を放っていた。
もっとも、威圧的に感じられる部分もあるが。
アルビスは不審に思われないように歩きながら、突き当りの部屋までやって来た。
部屋には鎧を脱いでいる騎士たちがたくさんいて、笑いながら話をしていた。テーブルには飲み物なども置いてある。
まるで、サロンみたいだとアルビスも思う。それから、入り口のすぐ近くにあるカウンターの内側に立っている騎士に話しかけようとする。
「ようこそ、騎士団の詰め所へ。ここに来たからには、何かの許可が欲しいのかな」
騎士はアルビスが口を開く前に柔和な表情で言った。
「僕は王家の島に行きたいんです。だから、そのための許可をもらいたいんですが」
アルビスの言葉に騎士の顔が少し険しくなった。
「だが、その許可は誰にでも与えられるものではない。とりあえず、君の出自や経歴などが知りたいから、この紙に嘘偽りなく書いてくれ」
騎士はすぐに紙とペンを出して、それをアルビスに渡した。
「分かりました」
アルビスは余計なことは書かないように心掛けながらペンを走らせる。そして、全ての項目を書き終えると、紙を騎士に渡した。
「これは…」
紙を見た騎士の顔が強張る。
「どうかしましたか?」
アルビスは不安そうに尋ねた。
「団長と話をしなければならないから、ちょっと席を外すよ。君はどこにも行かずにここで待っていてくれ」
「分かりました」
アルビスが頷くと、騎士は慌ただしく詰所から出て行ってしまった。
「あの騎士、お前の書いた紙を見たら血相を変えてたぜ」
ジャッハはニヤニヤしている。
「まあ、その理由は大体、予想がつくよ。僕としては話がややこしい方向に行かないことを祈るばかりだけど」
アルビスは最低限のことしか書かなかったが、それでも自分の出自は誤魔化しきれるものではないことを理解していた。
「だが、そう上手くはいかないのがこの世の中だ。お前も自分の持つ血の宿命は受け入れることだな」
ジャッハ知ったような口を利く。
「それは理解しているよ。ま、相手が騎士たちなら取って食われるようなことはないはずだし、今は信じて待つしかないよ」
騎士が信じられないような国は、もう終わりだとアルビスも思ってるし。
「そうだな」
ジャッハが頷くと、アルビスはジリジリと心が焦げるようなもの感じながら待った。すると、先ほどの騎士が戻って来る。その顔はどこかそわそわしていた。
「待たせて済まなかったな。とりあえず、君には謁見の間に来てもらう」
騎士の言葉にアルビスは心が冷やりとした。
「謁見の間ですか」
謁見の間に入れるのは、国王とその臣下たちのはずだ。少なくとも一介の冒険者が入れるような場所ではない。
そこへ通されると言うからには、ここではできないような特別な話があるのだろう。
「ああ。君と話をしたがっているお偉いさんがいるみたいでね。ま、その場には信頼できるガードラン団長もいるし、そんなに固くならずに私の後に付いてきてくれ」
騎士は軽い口調で言ったが、アルビスは不安を隠しきれない。それから、アルビスは先を歩き始めた騎士の後に付きながら謁見の間へと向かった。
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