第8話 法外な報酬
アルビスは先を歩く騎士と共に謁見の間の前まで来た。それから、騎士は大きくて重々しい扉を開ける。
すると、そこは広い空間になっていて、天井も抜けるように高かった。その上、床には赤い絨毯が敷かれている。高い位置にある窓からは、綺麗な光も差し込んでいた。
そして、奥には宝石が埋め込まれ、金で作られたような立派な玉座もある。
まさに王に謁見するには相応しい荘厳な場所と言えた。
そんな謁見の間の玉座の近くには貴族のような典雅な服を着た男がいた。男は太っていて、背もあまり高くない。顔の方も神経質そうだ。
また、その近くには神官のような服を着た男もいて、その男は何とも気味の悪い顔をしていた。
少なくとも、外見を見ただけではとても善人とは思えない。悪の臭いがプンプン漂ってくるような人物だ。
そんな二人の男とは反対の位置に立派な鎧を着こんだ男が立っていた。あの男が騎士団の団長のカードランに違いない。
アルビスは謁見の間の中央へと進み出る。すると、前を歩いていた騎士は「では、私はこれで」と言って去って行った。
残されたアルビスは胸がドキドキしながら前を向く。
「私はこの国の大臣を務めるロッソだ。アルダナント王国の伯爵、アルビス・アルマイアス卿とはそなたのことか?」
貴族の服を着た男、ロッソは居丈高な口調で問いかけてきた。
「は、はい」
アルビスは気後れしたような顔をする。
「では、聞くが、他国の貴族であるアルマイアス卿が、なぜこの国の事情に首を突っ込もうとする」
ロッソの声は手厳しい。
「実も蓋もない言い方をすれば、ただお金が欲しいからです」
アルビスは取り繕う風でもなく言った。
「伯爵ともあろうものが、ただ、金が欲しいからだと言うのか?」
ロッソは青筋を蠢かせながら言った。
「ええ」
アルビスは恐縮したような顔をする。
「噂によると、アルマイアス卿の父上は悪徳な商人ギルドに騙されて、領地を失ったそうだな」
ロッソの言葉にアルビスは痛いところを突かれたような顔をする。
「その通りです。ですから、その領地を取り戻すには、とにかく、大金が必要なんです」
その大金の額は三十億ルーダだ。
「そのために危険を冒してホーリークリスタルを手に入れてくると言うのか?」
「はい」
アルビスは覇気を取り戻したような返事をした。
「そう威圧しなくてもよろしいのではないか、ロッソ大臣。聞くにアルマイアス卿は子供でありながらアルダナント王国を恐怖のどん底に陥れた魔王ジャハガナンを討伐したこともあるお方。なら、ホーリークリスタルも手に入れられるかもしれませんぞ」
そう助け舟を出すように言ったのはガードランだった。
これにはアルビスもほっとさせられたが、その言葉に水を差すように神官のような男が口を開く。
「ですが、魔王ジャハガナンは死んではおりません。なぜなら、ジャハガナンはアルマイアス卿の肩の上におられるからです」
神官のような男は薄い笑みを浮かべながら言った。
「本当なのか、ボルゾフ?」
ロッソはボルゾフと呼んだ男に問いかける。
「はい。闇を司る神、ヌーグ様に仕える私の目は誤魔化せません。あの小さな竜こそ、魔王ジャハガナン、本人です」
ボルゾフは自信を漲らせながら言った。それを受け、アルビスもここは正直になるべきだと思った。
「その指摘に間違いはありません。ですが、僕は確かにジャハガナンを討伐しました。結果、ジャハガナンはアルマイアス家に仕える忠実な僕になったのです。そこに何か問題がおありですか」
アルビスは不敵な声で言った。それを聞き、ロッソも渋面になる。
「そういうことであれば、別に問題はない。だが、本当にホーリークリスタルを手に入れることができるのか?」
ロッソはしつこく問いかけてくる。
「ホーリークリスタルは必ずや手に入れて見せましょう。その代わり、報酬は一億二千万ルーダ頂きたいと思います」
アルビスはここで臆してしまったら負けだと思いながら言った。
「一億二千万ルーダだと!王宮が提示した報酬の額の十倍ではないか」
ロッソは目を剥いた。
「その通りです」
アルビスはそう返答すると、流暢な声で続ける。
「どうも話を聞く限りでは、ただホーリークリスタルを手に入れようとしてもそれは不可能なこと」
アルビスは淡々と言葉を紡ぐ。
「そして、これは長年の経験ではありますが、この国のゴタゴタを一つずつ片づけることが、結局は国王の呪いも解くことになるのではないかと思ってもいます」
アルビスは力を込めて更に続ける。
「この国のゴタゴタが全て消えてなくなり、国王も助かるのであれば一億二千万ルーダは決して法外な額の報酬ではないと思うのですが」
少なくとも一千二百万ルーダでは、アルビスにとっては割に合わない額の報酬だった。
「貴様、この国の事情に付け込んで、そんな大金を要求するとは恥を知らんのか!」
ロッソが吠えた。その声は謁見の間に響き渡る。そして、ロッソの言葉に便乗するようにボルゾフも口を開いた。
「アルマイアス卿は自国では魔王を倒した勇者と持て囃されているようですが、その一方で金の亡者とも呼ばれていると聞いています」
ボルゾフがロッソの怒りを仰ぐように続ける。
「大儀なき金で傭兵として雇われたり、古代の遺跡から財宝を見つけて来ては、それを好事家にとんでもない額で売りさばいているとか。他にも、財産目当てに異国の王女と婚約しようとしたこともあったらしいですな」
そう言って、ボルゾフは粘りつくような笑みを浮かべた。
「アルダナント王国はこいつを使って、この国を転覆させるつもりなのかもしれん。やはり、王家の島に行く許可は与えられんな」
ロッソは言いがかりをつけるように言った。
「よろしいではありませんか、ロッソ大臣」
そう穏やかな声音で言ったのは謁見の間の入り口から姿を現した一人の女性だった。女性は麗しい金髪を腰まで伸ばし、何とも高貴な出で立ちをしている。
「ルイーザ王妃ではありませんか。どうしてここに?」
ロッソは顔から噴き出る汗を服の袖で拭った。
「宮殿を歩いていたら、あなたたちの喧しい声を耳にしたので、失礼ながら立ち聞きさせてもらいました」
ルイーザは凛とした表情で言った。
「そうですか」
これにはロッソも声を荒げることができなくなる。
「アルマイアス卿、あなたなら本当にこの国の問題を解決し、ホーリークリスタルも手に入れることができるのですか?」
ルイーザは穏やかながらも芯の通った声で問いかける。
「必ずや」
そう言うと、アルビスは恭しく頭を下げた。
「分かりました。では、私から王家の島に行く許可を出しましょう」
ルイーザの言葉にロッソがグッと声を詰まらせ、ボルゾフも睨むような顔をする。
「ありがとうございます。今のところ海竜がホーリークリスタルを手に入れる上では一番の障害になっているようですし、それなら、同じ竜であるジャハガナンに海竜と話をさせて見せましょう。そうすれば海竜を説得できるかもしれません」
海竜を説得できる可能性は高いとアルビスも踏んでいた。
「では、海軍の船にあなたを乗船させてあげましょう。軍の船が海に出れば、海竜も必ず姿を現しますから」
ルイーザの視線を受けたガードランが拳で胸を叩いた。
「ありがとうございます」
アルビスは再び頭を下げた。すると、ルイーザはどこか遠くを見るような目をして笑う。
「もし、私の殺された娘が生きていれば、あなたと同じくらいの歳の女の子になっていたでしょうし、あなたもその若さで死んではいけませんよ」
ルイーザはアルビスのことを心から気遣うような声音で言った。
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