第9話 暗殺者
アルビスは王宮から戻ると、宿の部屋にいた。
とりあえず、何から始めれば良いのか、その指針は大体、固まった。あとは恐れることなく全力で事に当たるだけだ。
とはいえ、明日は海軍の船に乗って、海へ出ることになる。もし、船が沈められたら、死ぬのは自分だけではすまない。
それだけに、今から緊張で胃がキリキリする。
とにかく、今の自分はたくさんの人の命も預かっているわけだし、軽率な行動を取るわけにはいかない。
もちろん、その考えはジャッハにもちゃんと伝えてあるが、ジャッハは緊張感とは無縁の顔をしていた。
それもそのはず、ジャッハは例え船が沈んでも、空を飛んで陸に戻れるのだ。なら、死ぬのは非力な人間たちだけだ。
アルビスは今日はなかなか眠れないなと思いながらベッドの上で寝返りを打った。すると、ジャッハの囁くような声が聞こえてくる。
「おい、アル。眠そうな顔をしているところを悪いんだが、宿に変な連中が入って来たぞ」
ジャッハの声を耳元で聞いて、アルビスは上半身を起こした。
「お客さんじゃないの?」
アルビスは髪形の乱れた頭を掻く。
「ご丁寧に足音を掻き消して、宿に入って来る客がいると思うのか。たぶん、連中は暗殺者だぞ」
ジャッハの言葉にアルビスもたちまち真剣な顔をする。
「暗殺者か。さすがに動きが早いな。宮殿で大口を叩いた僕を早くも目障りな人間と見なしてくれたわけか」
もう少し目立った動きをすれば、襲いに来る人間も現れるとは思っていた。が、こうも早く暗殺者たちがやって来るとは。
この国は闇の組織に骨の髄までしゃぶられているのかもしれない。
「宮殿でのやり取りは暗殺組織に筒抜けになってるな。俺はヌーグ教の神官あたりが臭いと思っているが」
アルビスもボルゾフとかいう神官からは邪悪なものを感じていた。
「決めつけるにはまだ早いよ。まあ、あの王宮に僕たちの動きを歓迎していない連中がいるのは確かだろうけど」
あらゆる人間を怪しむと言うことが求められている。下手な決めつけをすれば、足元を救われることにもなりかねない。
「そうと分かれば返り討ちにしてやろう。相手が筋金入りの暗殺者なら拷問しても口は割らないだろうし、生け捕りなんて器用な真似はしなくて良いぞ」
ジャッハは全員殺して良いとでも言いたげだった。
もっとも、アルビスはそこまで非情にはなれない。だが、アルビスも過去に何人もの人間の命を奪ってきた。
なので、いざ戦いになれば殺す気で剣を振るうことはできる。
「そんな余裕はないさ」
アルビスは枕元に置いてあった剣を手に取ると、ごろつきを相手にした時とは違い剣を鞘から抜き放った。
ここから先は命がけの戦いになるし、鞘で相手を殴るなどという甘い戦いはできない。
もっとも、祖国で剣の腕を鍛え上げた自分が、忍び寄ることに失敗した暗殺者に後れを取るとは思わない。
アルビスが立ち上がって剣を構えるとジャッハが「入って来いよ、この間抜け共」と挑発するように言った。
すると、ドアを蹴破って黒装束を身に着けた男たちが四人、雪崩れ込んでくる。男たちの顔には仮面が被せられていた。
「貴様がアルマイアス卿だな。気配を消してここに来た我々を察知できたと言うことか。やはり生かしてはおけん!」
先頭の暗殺者はそう叫ぶと、短刀でアルビスを切りつけようとする。アルビスは短刀には毒が塗ってあることを意識しながら剣を振るう。
僅かな傷が命取りになる戦いだ。
が、暗殺者たちは迅速な動きで、三方向からアルビスに襲い掛かって来る。アルビスは殺気を瞳に宿らせて剣を一閃させた。
その一撃は短刀を握っていた暗殺者の腕を切り飛ばした。鮮血が迸る。
それでも暗殺者たちは動揺することなく、入れ替わるように短刀で切り付けてくる。アルビスは必死にその短刀を弾くと、雷撃のような斬撃で一番、近くにいた暗殺者の体を袈裟懸けに切り裂いた。
その暗殺者は血を吹き上がらせながら崩れ落ちる。
残り二人になった暗殺者は挟撃するように絶妙のタイミングでアルビスの側面から短刀を突き出してきた。
この辺の動きはさすが暗殺者としか言いようがない。
が、アルビスは竜巻のように回転して、斬撃を繰り出す。その旋風を纏ったような斬撃は二人の暗殺者を一度に切り裂く。
右側にいた暗殺者が喉を切り裂かれ、口から血の塊を吐き出しながら倒れた。もう一人の暗殺者は胸を切られたが傷はそこまで深くない。
もし、相手がごろつきだったらここで逃げていただろう。しかし、暗殺者はそんなに甘い相手ではない。
最後の暗殺者は短刀を素早く投げてきた。だが、アルビスはそれを機敏に避けると、一気に間合いを詰めて暗殺者の首を切り飛ばした。
宙を舞った頭部はベッドに落ちて、ベッドを赤い鮮血で濡らした。
全ての暗殺者が戦えなくなるとアルビスは大きく息を吐いた。
「お前はまだ生きているな。と言っても、その出血じゃ長くはないだろうし、何か言い残すことはあるか?」
ジャッハの問いかけに腕を失った男は口を開く。
「即刻、国に帰ることだな、アルマイアス卿。でなければ、仲間が必ず我々の仇を取りにやって来るぞ」
そう言うと、男は腰に差していた短刀で自分の喉を突いた。そして、血の泡を吹きながら倒れる。
こうして暗殺者たちはみな血だまりに沈んだ。
「この国の暗殺者は気合が違うな。口を割るくらいなら、自ら死ぬことを選ぶとは。だが、俺たちにとっては厄介なことに変わりないし、これからどうする?」
ジャッハは感情を掴ませないような声で言った。
「どうするって言われてもね…」
アルビスは胸が痛くなるのを感じる。それから、人を殺すことの辛さは理屈じゃないなと思った。
もっとも、その辛さを乗り越えてきたからこそ、数々の死線を潜り抜け、魔王ジャハガナンも打ち倒せたのだが。
「おい、夜中にガタガタうるさいぞ、小僧。眠れないじゃないかって、何なんだよ、これは!」
入り口から現れたのは宿の主人だった。宿の主人は倒れている暗殺者たちを見て、大きく目を見開いた。
「話すと長くなるんです」
アルビスは力なく言った。
その後、宿には何人もの騎士たちがやって来て、暗殺者たちの死体を運んで行った。死体でも調べれば分かることがたくさんあるらしい。
でも、騎士の一人は暗殺者たちはドクロの真珠団の人間で間違いないだろうと言った。それから、良く撃退で来たなとアルビスを見て感心したような顔をする。
アルビスと宿の主人は騎士たちから事情聴取を受ける。すると、見覚えのある騎士の男が話しかけてきた。
「君も今日は騎士団の詰め所に泊まると良い。この宿に宿泊し続けるのは危険が多すぎるからな」
騎士団の団長、ガードランは柔らかい声でそう言った。
アルビスもがっちりとした体格をしている割には細やかな気配りを感じさせる人だなと思った。
謁見の間で会った時も自分のことをフォローしてくれたし。
「そう言ってくれると助かります」
この宿に泊まることは二度とできないだろう。そんなことをすれば、宿の主人も命の危険に晒してしまうから。
「なに、海軍を脅かしている海竜を何とかしてくれるなら安いものだ。それにちゃんと寝ないと明日は船酔いするぞ」
アルビスも船に乗ったのは初めてではないし、船酔いもしたことはない。でも、こんな気分で、船に乗れば気持ち悪くなりそうだった。
「そうですね」
「そんな顔をしなくても、さすがに騎士団の詰め所には暗殺者もやってこないだろうから君も安心して寝られるよ。それとも、何か食べるかね?」
ガードランはアルビスの肩を叩いて笑った。
「いえ」
アルビスは俯く。それを見たガードランは柔らかかった声を硬くさせる。
「ドクロの真珠団には王家の島に辿り着けるような力のある冒険者を何人も殺されている。奴らの魔の手はどこまでも伸びているし、それを何とかしなければこの国に未来はないだろうな」
ガードランは虚空を睨みつけながら言うと、アルビスに背を向けて去って行った。
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