第4話 観光

 巻貝亭に泊まった次の日、アルビスは長旅で疲れが溜まっていたせいか、お昼近くまで寝てしまった。

 一方、ジャッハはほとんど疲れていなかったが、アルビスの体調を配慮して、彼を無理に起こすようなことはしなかった。

 

 アルビスはようやく目を覚ますと、ジャッハと共に巻貝亭を出て王都パルスを観光することにする。

 そして、昨日と同じようにたくさんの人で賑わっている大通りまでやって来た。

 

「さてと、町を見て回るのは良いが、昼飯はなるべく早く食べさせてくれよな。今日はまだ何も食べてないし」


 そう言って、ジャッハは腹を擦る。

 宿で何か食べたいと言っていたジャッハだが、アルビスにお腹を空かせた方が昼食は美味しいと言われたので、渋々、その意見に従ったのだ。

 

「分かってる。良さそうな店を見つけたら、ちゃんと入ってあげるから安心してよ」


 アルビスもお腹は減っている。昨日の夕食は枝豆と鶏のから揚げだったし、魚料理はまだなのだ。


「ああ。とにかく、人で賑わっているような店を探そうぜ。もちろん、そういう店は待たされるかもしれないが、ハズレは引きたくない」


「同感だね。僕だって異国の王都にまで来て、不味い料理は食べたくないし」


 せっかく、パルスに来たのだから、絶対に美味しい魚料理が食べたいというのがアルビスの偽らざる気持ちだった。


「で、最初はどこに行くつもりなんだ?」


 ジャッハが改まったように尋ねた。


「最初は宮殿を見に行こうかな。ここからでも美しい外観は確認できるけど、やっぱり近くで見たいし」


 茶色や琥珀色の建物が大半を占めるパルスにあって宮殿は唯一、美しい乳白色の石で作られている。

 パルスが真珠の都と呼ばれる所以は、海だけでなくあの真珠色の宮殿にもあるのだ。

 

「それもそうだな。やっぱり、王都ときたら城や宮殿の見物は基本だろ」


「うん。とにかく、宮殿を見たら、その近くにあるイリス教の神殿も見て、それから歓楽街に行って料理屋を見つけよう」


 もちろん、昼食を食べた後は宿屋の主人に教えてもらった情報屋も尋ねるつもりだった。自分たちはパルスに遊びに来たわけではないのだ。


「よし。なら、そのコースで行こう」


 ジャッハが威勢よく言うと、アルビスは宮殿に向かって歩き出す。そして、大通りを真っ直ぐ進んで行くと、十五分ほどで宮殿の前にまで辿り着いた。

 宮殿の壁は本当に美しい色をしていて、アルビスも間近で見ると思わず溜息を吐いてしまった。

 本当に真珠を材料にして作られた壁のように見える。もちろん、真珠の貴重性を考えればそんなことはあり得ないことだが。

 とはいえ、どうすればこのような真珠色の壁を作れるのか、建築に関しても多少の知識があるアルビスにも見当がつかなかった。

 とにかく、パルスの宮殿はアルビスがいた国の無骨な城とは大違いだった。

 

 次にアルビスは宮殿とはまた違った美しさを持つ琥珀色の神殿へと向かう。

 イリス教についてはさほど知識があるわけではなかったアルビスだが、それでも光の神、イリスの名前くらいはさすがに知っている。

 もっとも、自分の国にはイリス教の信者はほとんどいなかったが。

 とにかく、いる国が変われば奉られる神や宗教も変わる。それはアルビスにとっては、良いことのように思えた。

 世界というのは一つの価値観によって支配されるべきではないと考えていたからだ。

 

 アルビスが神殿の前にまで来ると、宗教的な服を着た人たちが、階段を上って神殿の中に入っていくのを見た。

 一方、神殿そのものは荘厳な空気を漂わせていたし、光の神を奉るに相応しい偉容も誇っていた。

 もっとも、それだけではなく、神殿には親しみを持てるような素朴さもあった。

 だから、普通の服を着た一般人のような人たちも、たくさん神殿に入っていくのかもしれない。

 

 アルビスは聳え立つような三つの尖塔を見てから、入り口とは違う方向に歩き出す。ジャッハが神殿の中には入りたくなさそうな顔をしていたからだ。

 アルビスもジャッハが神聖な空気が漂う場所を嫌っていることは良く知っている。だから、神殿の中も興味はあったが、入るのは避けたのだ。

 そして、アルビスは神殿を後にすると、歩いている人に道を聞きながら歓楽街の通りにまでやって来た。

 歓楽街は港からほど近い場所にあった。宮殿や神殿の前とは違って猥雑な空気を漂わせている。

 でも、観光客には喜ばれそうな通りにはなっていた。

 

「さすが歓楽街だな。色んな店があるし、目が回りそうだ」


 ジャッハはズラリと並ぶ店と刺激的な看板を見て、目をクルクルさせた。


「いい加減、お腹が減ったし、料理屋を探そう。自分で歩かないジャッハと違って、僕は足も疲れてるからね」


 アルビスは空腹で気持ちが急くのを感じた。


「分かった。でも、お前の嫌いな賭博場も結構あるな。しかも、どれも立派な店構えをしているし、繁盛しているみたいだ」


 歩行者を惹きつけるような看板を出している賭博場からは、粗野な男たちの姿が見えた。


「僕は絶対に賭博場には入らないよ。賭博好きの父さんが、母さんや屋敷に仕える使用人たちをどれだけ泣かせたか知っているし」


 アルビスは父親のような人間にはなるまいといつも心掛けているのだ。


「それは俺だって分かってるよ。俺も賭け事には全く興味がない」


 ジャッハはきっぱりと言った。


「ジャッハが嗜むのが食事とお酒だけで良かったよ。でなきゃ、とっくに仲違いをしているところだった」


 ジャッハは口が悪いところがあるが、あくどい性格はしていない。その辺にはアルビスも救われている。


「だろうな。でも、俺だって趣味みたいなものは持ちたいと思ってるんだぜ」


 ジャッハは口の端を吊り上げる。


「へー。なら、本でも読んだらどうだい。幸いにも、このパルスには図書館もあるみたいだから行ってみても良いよ」


 屋敷に住んでいた時からジャッハはアルビスと共にいた。が、ジャッハが書庫の中に入ったところをアルビスは見たことがない。


「本は嫌いだって、前から言ってるだろ。字ばっかり見ていると頭が痛くなるし。ま、簡単に読める絵本とかなら、俺も好きだけどな」


 もっとも、ジャッハはその絵本すら馬鹿にする時がある。


「そっか。まあ、益体のない話はこの辺にして、あの店に入ろう。ちょうど良い感じに混んでるし、店の雰囲気も良さそうだ」


 アルビスは店の外まで客が溢れている料理屋を指さした。料理屋からは魚の焼ける良い匂いが漂ってくる。

 なので、迷うことなく列に並んで、店に入った。そして、テーブルに着くと、名前を知っている魚料理を頼む。

 すると、混んでいる割には意外と早く湯気が立ち上る料理がテーブルへと運ばれて来た。

 

「うひょー、こいつは旨そうな魚料理だぜ。しかも、ボリュームも満点だ」


 ジャッハははしゃぐように言った。


「ま、その分、高いお金を取られたけどね。でも、こんな料理が食べられるなら、ケチケチするわけにはいかないね」


 アルビスも気分が高揚するのを抑えきれない。


「ああ。こいつを食べれば、旅の疲れも完全に吹き飛ぶってもんだな、アル」


 ジャッハはアルビスのことを軽く呼ぶ時はアルと省略して呼ぶ。


「うん。でも、昼間からお酒は頼まないでよ。まだ情報屋から幾らお金をむしり取られるか分からないし、無駄遣いはしたくない」


 ケチケチはしたくないが、それでも無駄なお酒に払うお金はない。それに、もしお金が無くなれば自分たちは路頭に迷うしかないのだ。なら、歯止めはちゃんと利かせないと。


「分かったよ。相変わらずお前はお堅い性格をしてるぜ」


 ジャッハは嫌みったらしく笑った。


「慎重な性格をしていると言って欲しいな。ま、お酒がなくても、この料理なら満足できるよ」


 アルビスは肩を竦めると、蒸し焼きになった大きな魚にフォークを突き立てた。



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