第18話 海賊の島
次の日、アルビスは密偵の男に口を利いてもらい、密漁で違法にお金を稼いでいる漁師の船に乗せてもらうことになった。
もっとも、船の船長は海賊に襲われるかもしれないと怯えていたが。だが、そこは高いお金を払って丸め込んだ。
その際、船に乗せなければ密漁で荒稼ぎしていることを騎士団に話すと脅しもしたし。
一方、船に乗るお金は密偵の男が支払ってくれた。アルビスのお金も残り僅かになっていたので、それには助けられた。
密偵の男もアルビスの計画を聞いて、すべてを託しても良いと言ってくれたし、船に乗せるくらいのお金は工面しても良いとも言ってくれたのだ。
逆を返せば、それくらいのことはしてやっても良いと思えるほど危険な作戦だということなのだが。
とにかく、アルビスは普通の船に乗って、パルスの港を出る。船は海軍の船よりもずっと小さくて、他の船に攻撃を加えられるような装備は何もついていない。
また乗っているのも船長とその息子だけだった。
ちなみに、王家の島に向かう時は王宮への報告が義務付けられているので、それも忘れることなくやった。
だが、これは作戦でもあった。
どうも海に出る冒険者の情報が海賊たちに伝わっているらしいとガードランは言っていたし、それなら自分が海に出れば海賊たちは必ず現れると踏んだのだ。
後は、作戦通りに事が運ぶようにすれば良い。
アルビスはハラハラするものを感じながらも、冷静に立ち回れるように心を静めながら船のデッキに立っていた。
「アルビス、本当にわざわざ海賊に捕まる必要はあるのか。やっぱり、危険が大きすぎると言わざるを得ないぞ」
ジャッハは潮風で翼を揺らしながら言った。
「大丈夫だよ。海賊は抵抗さえしなければ、襲った船にいる人間はそのまま海賊の島に連れて行くって聞いてるし」
その後に使えそうな人間は仲間にすると聞いている。反対に使えない人間は殺されるか、奴隷のように働かされるかのどちらかだが。
「それを利用して海賊の島に行くということは俺だって分かってるよ」
ジャッハは爪で頬を掻きながら言った。
「なら、良いじゃないか。僕だってリスクは承知の上だし。とにかく、僕たちが船に乗って王家の島に行こうしていることは騎士団に報告したし、その情報は必ず海賊に伝わる」
全て計算した上での行動なのだ。
「海賊が裏の勢力と繋がっていれば、俺たちにホーリークリスタルを手に入れられては困ると思ってくれるんだよな」
海軍の船を沈めるのが海竜の役目なら、冒険者や傭兵を王家の島に辿り着かせないようにするのは海賊の役目だ。
「そういうこと。僕たちが力ある人間だということは海賊だって知っているだろうしね」
たぶん、仲間になるよう強要されるはずだ。
「なら、この船を襲わない理由はないな」
「うん」
アルビスは潮風で肌が、かさかさするのを感じながら頷いた。
「だが、捕まった後のフォローはちゃんとしてくれるんだろうな。ラヴィニアが潜り込ませている密偵とやらは」
「その密偵がドジを踏んだら僕たちの命はないよ」
もし、わざと捕まって海竜の卵を奪おうとしていることがバレたら、海賊たちは本気でアルビスを殺そうとするはずだ。
「お前はともかく俺は死なん」
ジャッハ白い雲に向かってニヤリと笑った。
「かもね。まあ、ジャッハならその気になれば幾らでも逃げられるし」
みんなジャッハがどれくらい強大な力を秘めているのか理解していない。
「だが、俺はお前を見捨てるつもりはないぞ。いざとなったら巨大化して海賊の島は火の海にしてやる」
ジャッハは口から小さな火の息を吐いて見せた。
「まあ、それは最後の手段だよ」
アルビスは例え巨大化しても五分間では自分をパルスの港まで運ぶのは難しいかもしれないと思った。
「おい、あんたたち、海賊が現れたぞ」
船長の男が血相を変えて、アルビスに声をかけてきた。
「やっと現れたか」
ジャッハは退屈が振り払われたような顔で笑う。
「しかも、あれは海賊のボス、スカルゴスが乗っているスカル・クラッシュ号じゃないか!」
船長はガクガクと震えていた。
「海賊のボスが直々に現れてくれたのか。それは大した歓迎だぜ」
ジャッハの視線の先には乗せてもらった軍の船を超える大きさを誇っていた。しかも、帆にはお決まりというべきかドクロのマークが描かれている。
そんな船から放たれる毒々しい空気と、船自体が持つ迫力は圧倒的なものがあった。
「どうやら、僕たちは思っていた以上の評価を受けているみたいだね」
でも、海賊のボスが直々に現れてくれたのは運が良いかもしれない、上手くいけば、この船を見逃してもらうくらいの交渉はできるかもしれないから。
「そうだな。海賊は普通に現れるが、そのボスであるスカルゴスが直々に現れるようなことはあまりないって聞いてたし」
ジャッハが言ったのはガードランの話だ。
「あんたら、そんな暢気なことを言っていて良いのか。俺たち、海賊に襲われようとしてるんだぞ」
船長は恐慌状態だ。
「抵抗しなければ、殺されることはありませんよ。僕もあなたたちだけはパルスの港に戻れるよう頼んでみます」
もし、それができなければ、謝るしかないが。でも、密漁者なんかに下手な同情はしない。
「ああ、頼んだぞ」
船長は震えながら頷くと海賊船、スカル・クラッシュ号はどんどん近づいてくる。そして、ついにはアルビスの乗る船のすぐ傍までやって来た。
海賊たちはアルビスの乗る船の真横に自分たちの船をつけると即席の橋をかける。それから、次々とアルビスの元へやって来た。
汚い服装をしている海賊たちはアルビスを取り囲むと、三日月のような曲刀を手に下卑た笑みを浮かべる。
だが、アルビスは動揺を顔に出さないようにした。
すると、一際、恰幅の良い男がゆっくりとアルビスの方に向かって歩いてくる。
その顔は黒いモジャモジャの髭だらけだったし、誰の目から見てもこの男が海賊のボスなのは明らかだった。
とにかく、持っている風格が他の海賊たちとはまるで違う。
「俺の名前はゴルゴス・スカルゴス。海賊の島を治めるボスだ。お前が噂に聞いてるアルビス・アルマイアスだな」
アルビスの前まで来ると、スカルゴスは品定めでもするような目でアルビスを見た。
「そうですけど」
アルビスは今ならその気になればスカルゴスの首は撥ねることができるんだよなと思った。でも、そこは作戦があるし、我慢だ。
「お前のせいで、あのドクロの真珠団が潰されかけていることは俺も知っている。だが、幾らお前でも海賊をどうにかできるなどとは思わないことだ」
スカルゴスは顎髭をしごきながら言った。
「分かっていますよ」
アルビスはわざとしおらしい顔をして見せた。
「なら、良い。とにかく、お前を王家の島に辿り着かせるわけにはいかん。だから、ちょっくら海賊の島まで来てもらうぞ。なに、悪いようにはしねぇよ」
スカルゴスは話の分かる人間を演じているようだった。アルビスはそこに付け込むように口を開く。
「一つお願いがあります。僕を連れて行くのは構いませんけど、この船の船長とその息子さんはパルスの港に帰らせてあげてください」
アルビスは怖気づくことなく明瞭な声で言った。それを聞いたスカルゴス口の端が大きく吊り上がる。
「俺と交渉するつもりか。ガハハハッ、こいつは大した度胸だし、気に入ったぜ。そういうことなら、この船だけは解放してやる。だから、お前も妙な真似はするなよ」
スカルゴスの言葉に船長は口から魂が抜けたような顔をした。
「はい」
アルビスは計画通りに進んでいるなと思い、心の中でほくそ笑んだ。
「よーし。では、お前を海賊の島に招待してやろう。そこで酒でも飲みながら、とっくり話そうじゃねぇか」
スカルゴスはそう言うと、アルビスを従わせるように連れて、スカル・クラッシュ号へと戻って行った。
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