第16話 アジトの壊滅

 次の日、アルビスはまた王宮へと足を運んでいた。

 昨日は暗殺者たちに襲われたが、ジャッハのおかげで暗殺組織、ドクロの真珠団のアジトがどこにあるのか判明した。

 なので、それを騎士団に伝えに行こうとしていたのだ。さすがのアルビスも一人でアジトに乗り込む勇気はなかったし。

 だから、どうしても騎士団の力が必要だと考えていた。

 アルビスはガードランがいることを祈りながら騎士団の詰め所に入った。幸いにもガードランは詰所のテーブルでウイスキーを飲んでいた。だが、その顔に酔いはなかった。

 

「ドクロの真珠団のアジトを突き止めたのか。そいつは凄いし、はっきり言って大手柄だぞ、アルビス」


 アルビスから話を聞くとガードランは明るい顔で言った。

 あと、慣れてきたのか、ガトーランもアルビスのことをアルマイアス卿と呼ぶことはなくなっていた。でも、その方が気楽で良い。

 

「いえ、僕は暗殺者たちを返り討ちにすることしかできませんでした。これはジャッハの功績です」


 アルビスは肩の上にいるジャッハの額を撫でた。


「そうか。魔王ジャハガナンと聞いていたから、どこまで人間に力を貸してくれるか疑問視していたが、それも今回の件で払拭されたよ」


 ガードランの声は喜色に満ちている。


「俺は気に入りさえすれば、誰の味方にもなる。そこに人間かどうかの区別はない。もちろん、善悪の区別もな」


 ジャッハは魔王ではあったが、悪党ではないのだ。もし、ただの悪党だったら、たくさんの魔族や魔物たちを従えることなどできない。闇に生きるものにも倫理感はあるのだ。


「なるほど。含蓄のある言葉だ」


 ガードランは唸るように言うと顎を撫でた。


「とにかく、ドクロの真珠団を一刻も早く壊滅してください。今まで殺された人たちのためにも」


 アルビスの力強い言葉にガードランも鷹揚に頷く。


「そうだな。では、さっそく騎士たちを集めよう。それで、アジトはどこら辺にあるのかね?」


 ガードランはジャッハの言葉を待つ。


「アジトは港にある使われていない倉庫の中だ。倉庫の中には地下へと続く隠し階段があって、その先に奴らのアジトがある」


 隠し階段の奥まではジャッハも入ってはいないので、アジトがどの程度の大きさなのかは分からないが。


「確かにあそこには大きな倉庫がたくさんあるからな。しかも、倉庫は商人ギルドが厳重に管理していて、騎士団でも迂闊に手を出せない」


「でも、今回は踏み込めるんですよね」


 アルビスは商人ギルドなんかに臆してもらっては困ると思いながら言った。


「もちろんだ。我々、騎士団は何もできない組織ではない。その気になれば、大きなギルドだって潰すことはできるのだ」


 ガードランは騎士としての自負を滲ませながら言った。


「なら、安心ですね」


 アルビスもジャッハの情報が無駄にならなくて良かったと思った。


「ああ。それで君はどうする。君も何度も暗殺者に襲われたクチだし、アジトの壊滅作戦に参加するかね」


 ガードランの言葉にアルビスは暗い顔で首を振った。


「いえ、僕は遠慮しておきます。暗殺者の恨みは怖いものがありますし、その恨みを買えば例え暗殺組織を潰しても、また命を狙われることになるでしょうから」


 いつまでも命を狙われるという事態になるのは避けたい。アルビスも剣の腕は立つが、基本的に小心者なのだ。常に暗殺者の影に怯えていては心労で参ってしまう。

 

「そうだな。ドクロの真珠団も一度は壊滅したはずなのに、また再興してしまったのだ。これ以上、暗殺者の恨みを買いたくない君の気持ちは分かる」


 ガードランはアルビスの肩にそっと手を乗せた。


「力になれなくてすみません」


 アルビスは薄く目を伏せる。内心ではこういのは引き際が肝心なのだと思っていた。深く関われば良いというものではない。


「とんでもない。アジトの場所を突き止めただけでも、君やジャハガナンの働きは大きすぎるものだよ」


 ガードランの声を大にして言った。


「そうですか。なら、僕はガードランさんや他の騎士たちの無事を祈っています」


 それくらいしか自分にはできない。こういう時に、神の助けが欲しいと切に思えるのだ。


「ありがとう。これからも、君は君にしかできないことをやってくれ。結局はそれがこの国を救うことに繋がると思えるからな」


 ガードランはアルビスを安心させるように頷くと、周囲の騎士たちに声をかける。すると、騎士たちも慌ただしい動きを見せ始めた。

 それを受け、後は騎士団に任せても大丈夫だなと思いアルビスも肩の荷を下ろす。それから、イリエルのことが心配になったので国王の寝室に行く許可をもらった。

 アルビスは近衛騎士に連れられて宮殿の中を歩く。それから、国王の寝室にまでやって来ると、その中に入ろうとする。

 

「失礼します」


 そう言って、アルビスは寝室に足を踏み入れた。前に来た時とは違い、悪い空気は感じられなかった。


「まあ、アルマイアス卿ではありませんか。今日はどうしたのですか?」


 ルイーザ王妃が朗らかな笑顔で声をかけてきた。


「ドクロの真珠団のアジトを突き止めたので、それを騎士団に報告しに来たんです。あと、イリエルさんが心配だったので、その様子も見に来たのですが」


 アルビスはイリエルの邪魔をしてしまったのではないだろうかと思い、急に心配になった。


「そうでしたか。自分をこんな目に遭わせたドクロの真珠団が壊滅すれば夫も喜ぶでしょうし、私も怯えて暮らす必要もなくなります」


 ルイーザは眩しい光を見たような目で笑った。


「ええ。それでイリエルさんは大丈夫なんですか?」


 アルビスはイリエルの方に視線を向ける。イリエルは少し疲労したような顔をしていた。


「私は大丈夫です、アルビスさん。ルノール様の容態も良くなりましたし、後は自力で目を覚ましてもらえると良いのですが」


 イリエルは気丈に言った。


「呪いは解けたんですか?」


 アルビスは期待を持ってしまった。


「いえ、呪いはだいぶ弱まりましたが消えてはいません」


 イリエルは苦い顔をしている。彼女も自分の力には自信をもっていたので、呪いを消せない悔しさも一入なのだろう。


「そうですか」


 アルビスは落胆の感情を見せないように息を吐いた。


「やはり、呪いを完全に体の中から排除するにはホーリークリスタルが必要なようです」


 ヌーグ教の神官の言葉も全くの出鱈目ではなかったのだ。


「王家の島に行くのは避けられないということですね」


 王家の島に行くのは自分の役目なのだろう。それからは逃げられない。


「ええ。ですが、死霊使いは手強い相手ですよ、アルビスさん。下手をしたらアルビスさんもグールの仲間入りをしてしまうかもしれません」


 それはアルビスにとってぞっとしない言葉だった。


「そうならないように、僕も頑張ります」


 アルビスはイリエルを弱気にさせないように強い声で言った。


「はい」


 イリエルも微笑した。


 その後、アルビスはルイーザの計らいで、宮殿の食堂で料理をご馳走になる。アルビスは出された高級な料理に舌鼓を打った。

 それから、騎士団がドクロの真珠団のアジトを壊滅させて戻って来るのを待った。

 アルビスは昨日は暗殺者に襲われたせいで、ほとんど寝ていなかったので、ついうとうとしてしまう。

 そして、とうとう食堂のテーブルに突っ伏して寝てしまった。


「起きてください、アルマイアス卿」


 アルビスの頭上から声が降って来た。その声でアルビスは眠そうな目を開ける。


「はあ」


 アルビスの視線の先には若い騎士の顔があった。


「寝ぼけてないでください。あなたのおかげでドクロの真珠団のアジトを潰すことができたんですから」


 騎士は嬉々とした表情で言った。


「本当ですか?」


 アルビスもそれを聞いて途端に目を輝かせる。それから、自分は随分と長い時間、眠ってしまっていたらしいし、寝顔まで見られたので恥ずかしくなった。


「ええ。でも、アジトを調べた結果、ドクロの真珠団のアジトは一つではないと分かったんです」


「そうなんですか?」


 アルビスは思わず肩を落としてしまった。


「はい。まだ小さいアジトが幾つか残っています。なので、団長は小さいアジトも残らず潰そうと騎士たちを指揮しています」


「全てのアジトを潰せそうですか?」


 一つでも残せば、またそこを拠点に暗殺組織が再興しかねない。


「最初に潰した一番、大きなアジトには色々な情報が書かれた書類がありました。その中には他のアジトのことも書かれていましたし、それを調べれば全てのアジトを潰すことも不可能ではありませんよ」


「それを聞いて安心しました」


 アルビスは心の底から胸を撫で下ろした。


「全てはあなたのおかげです、アルマイアス卿」


 騎士はアルビスに敬礼して見せた。これにはアルビスもこそばゆくなったので、照れ隠しに頬をボリボリと掻く。

 何にせよ、ドクロの真珠団の一番、大きなアジトは潰せたのだ。さすがにもう自分たちにちょっかいを出して来ることはないだろう。

 そう思ったアルビスは浮かれることなく次の手を打とうと考えた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る