第12話 追い出された神官
海竜に船を沈められ、海賊の船に運ばれてアルビスは港へと逃げ帰って来た。それから、ラヴィニアに下ろしてもらった港で騎士や船乗りたちと別れると、とにかく疲れたので宿に泊まることにする。
もちろん、その宿は巻貝亭ではない。
だが、誰かに襲われても迷惑にならない宿となると探すのは大変だった。なので、仕方なくアルビスはスラム街にある宿を選んだ。
宿の周りには怪しげな品物を売る店があり、そういった店に来る客もまた怪しげな雰囲気を漂わせる人物ばかりだった。
正直、店にも客にも近づきたくはない。
だが、幸いにもアルビスが泊まったのは至って普通の宿で、一泊、千ルーダと格安の宿泊料だった。
なので、アルビスとしても特に不満はなかった。歓楽街にも近いし、料理屋にもすぐに足を伸ばすことができるから。
アルビスはそんな宿で一夜を過ごすと、次の日に宮殿へと向かった。国王を助けるために別の手を取る必要があると考えたからだ。
そして、騎士団の詰め所へとやって来る。運が良いことに詰め所には騎士団の団長のガードランがいた。
「昨日は散々だったな。だが、死人が出なかったのは幸いだったし、海賊ではあるがラヴィニアには感謝した方が良いだろうな」
ガードランはアルビスを責めるわけでもなく笑いながら言った。これにはアルビスも落ち込んだような顔をして見せる。
「そうですね。でも、今回の件では僕たちの力が不足していたのは確かです。大事な船も沈められてしまいましたし」
船を弁償しろ、などと言われたらアルビスも首が回らなくなっていたところだ。
「そう思い詰めなくても良い。君はやるだけのことはやってくれたのだから。それに、君が海竜から聞き出した情報は大変重要だ。それに比べれば船の一隻や二隻はどうってことはない」
ガードランの言葉にアルビスも胸を撫で下ろした。海竜の背後に海賊がいると分かれば、騎士団も何か手を打ってくれるかもしれない。
「そう言ってもらえると心が楽になります」
本心だった。
「それで、今日はどういう用件で騎士団の詰め所にやって来たのだ。ただ、昨日のことを謝りに来たわけではないのだろう?」
ガードランの目が光る。
「はい」
アルビスも気落ちばかりしてはいられないと思い力の籠った返事をした。
「では、聞かせてもらおうか」
ガードランは顎を引いた。
「海竜やラヴィニアから話を聞いて、この国を揺るがしている勢力は全て裏で結託しているのではないかという疑念を持ちました」
それは疑念ではなく確信と言った方が良いかもしれない。まるで、息の合った連係プレーのようにあらゆる勢力が国王や王宮を苦しめているのだから。
「なるほど」
「とはいえ、今のところは一つ一つ問題を解決していくしか手はありません。ですが、その解決する問題の順番を誤れば、国王の命はなくなります」
些細な動きが国王の命を危うくしかねないのだ。
それでなくても、相手は目障りだと思ったらすぐに暗殺者を何人も送り込んでくるような連中だし。
なら、こちらも断固とした態度で臨む必要がある。
「そうか」
「なので、まずはヌーグ教の神官から国王の命を守ることが先決だと思いました。どこかに国王の呪いを和らげるような力を持った人はいないでしょうか?」
ボルゾフが国王の命を握っているのは確かだ。あの男に国王の傍にいられるのは非常に危ういものがある。
「いなくはない」
そう言いつつも、ガードランは表情を曇らせた。
「それは誰ですか?」
「イリス教の神官だ。呪いが解けるというホーリークリスタルを作ったのも昔のイリス教の神官だと聞いているし、イリス教の神官なら何とかできるかもしれん」
そんな人物がいるなら、なぜボルゾフのような奴が幅を利かせるように宮殿にいるのだろうとアルビスも疑問を持つ。
「それで、イリス教の神官はどこに?」
アルビスは逸るように尋ねた。
「イリス教の神官は神と宗教を嫌う国王によって王宮を追放された。現在はこの王都の外にある山でひっそりと暮らしていると聞いたな」
ガードランは窓の外に視線をやった。
「では、さっそく来てもらいましょう」
アルビスの勢い込んだ言葉にガードランは目を伏せる。
「それは難しいと思うぞ。イリス教の神官だったイルダスは、何が起ころうと二度と国王の力にはならないと豪語して王宮を去って行った人物だし」
ガードランの言葉からイルダスは相当の堅物なのかもしれないとアルビスも想像した。
「そうですか」
それは困った。
「おそらく、王宮に仕える者たちが助けを求めても耳は貸してはくれないだろうな。それくらい、イルダスは国王と王宮にいる者たちを憎んでいる」
まあ、追放なんて仕打ちを受ければ、憎みたくなるのも当然だろう。でも、その憎しみは捨ててもらわなければ困る。
今は国家の一大事なのだ。過去の遺恨は抜きにして、協力をしてもらいたい。
「そこは辛いところですね」
何にせよ、イルダスの助力は今の状況では必要不可欠だし、土下座してでも王宮に来てもらわないと。
「ああ。だが、君が説得に言ってくれるなら、彼の心も動くかもしれん。まあ、会って損はない人物だし、君も訪ねて見てくれ」
そう言うと、ガードランはアルビスの二の腕を軽く叩いた。
「分かりました」
アルビスはガードランとの話を終えると、騎士団の詰め所を出た。それから、宮殿を出ると大通りまでやって来る。
そこには乗り合いの馬車が走っていたので、アルビスも適当な馬車を捕まえようとする。さすがに歩いて山まで行く気にはなれないし。
すると、一台の馬車がアルビスの前で止まった。しかも、その馬車はアルビスにとって見覚えのあるものだった。
「また会うとは奇遇じゃのう、お前さんたち」
顔を上げたのは、アルビスをこのパルスまで連れて来てくれたあの老人だった。その顔はアルビスにとって酷く懐かしく見える。
別れてからそんなに日は立っていないはずなのに。
「お爺さんじゃないですか。まだ、この王都にいらしたんですか」
アルビスは思わぬ再開を喜ぶように言った。
「ああ。だが、息子夫婦にも会えたことだし、そろそろ王都を出て自分の家に帰ろうと思っていたところじゃ」
老人は何とも朗らかな笑みを浮かべている。きっと元気な息子夫婦に会えたんだろうなとアルビスは思った。
「そうだったんですか」
簡単にではないにせよ、会うことができる家族がいるのは本当に幸せだとアルビスも思う。自分がかつて住んでいた屋敷に帰れるのはいつになることやら。
「で、お前さんはこんなところで何をしているんじゃ?」
老人は眉を持ち上げながら尋ねた。
「僕は乗り合いの馬車を捕まえて山に行こうとしてるんです。山にはイリス教の神官のイルダスさんがいると聞いていますから」
自分の言葉でイルダスを説得できるかどうかはまだ分からない。でも、会って損はない人物だと聞いているから、無駄足にはならないだろう。
「そうじゃったか。なら、ワシの馬車に乗っていくが良い。急ぐ用事もないし山までなら乗せてやっても良いぞ」
老人の言葉にアルビスはパァっと明るい顔をした。
「ありがとうございます」
アルビスは思いっきり頭を下げていた。この老人には本当に世話になってばかりだし、この借りは必ず返したい。
「なに、こういう世の中だし助け合いは進んでせんとな」
老人は優しげに言うと、アルビスに馬車の荷台に乗るよう促した。
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