第11話 女海賊
浮き輪に捕まっていたアルビスたちの前に派手な赤色をした船がやって来る。船の大きさはそれほどでもないが、乗っている人間の数は多かった。
どういう行動に出るのか船を観察していたアルビスだったが、赤い船に乗っていた女はアルビスたちに向かって自分たちは海賊だが危害は加えないと叫んだ。
それから、海賊たちは海に向かってロープを垂らすと、慌てずに船まで上がれと海に浮かぶ騎士や船乗りに声をかけてくる。
アルビスも海賊たちの手によって船に引き上げられた。
「これで全員よね。もし、まだ引き上げられていない騎士や船乗りがいるなら、ちゃんと言いなさい」
そう言ったのは女というより、長い金髪に青色の目をした少女だった。歳はアルビスと同じくらいで、まだ幼さを感じさせる顔つきをしている。
だが、浮かべられている表情は抜き身のサーベルのように鋭く、その声も男勝りなものだった。
「大丈夫です。みんな揃っています」
助けられた船乗りの一人が言った。
「それは良かったわ。私はこの海賊船、ジャスティン・ローズ号の船長、ラヴィニアよ」
ラヴィニアはいかにも海賊に見える服の襟を正す。その名乗りを聞き、騎士の一人が聞いたことがあるなと零した。
「女船長か」
ジャッハがそう呟くと、ラヴィニアはキッとした目をする。女ということで侮られたと感じたのだろう。が、すぐに怒りを抑えたような表情で口を開く。
「私たちは海賊の船からしか、金品を奪わない海賊。その活動はちゃんとパルメラーダ王国にも認められているわ」
それを聞いた騎士の一人は、その話なら私たちも知っていると言った。
「それで僕たちを助けてくれたの?」
尋ねたのはアルビスだ。
「そういうことよ。王都パルスに忍び込ませている密偵から、海軍が無謀にもまた船を出そうとしてるって聞いたのよ」
ラヴィニアは居丈高な口調で続ける。
「だから、心配して見に来たら案の定、船を沈められているじゃない。あんたたちは海竜の恐ろしさがまだ身に染みてなかったの?」
ラヴィニアは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「僕たちは海竜と話しをしに来たんだよ。こっちにも竜の言葉を話せるジャッハがいるから、海竜に事情を聞こうと思って」
事情は聴けたが、説得はできなかったし、アルビスにとっては痛い失敗だった。
一方、アルビスの言葉を聞いたラヴィニアはジャッハを胡散臭そうな目で見ると、腰に手を当てて息を吐いた。
「それで海の上に投げ出されていれば、世話がないわね。ま、私も海軍には常に恩を売っておきたいし、無駄足にはならなかったのは良かったけど」
ラヴィニアの言葉に助けられた者たちは恥じ入るような顔をした。
「とにかく、助けてくれたことには感謝するし、君は僕たちを港まで運んでくれるんだよね」
アルビスの言葉にラヴィニアは済ました顔をした。
「ええ。でも、こんな無謀なことを繰り返すなら、次は助けになんて来ないわよ。今日の日のことはちゃんと教訓にしなさい」
ラヴィニアの言葉には誰も反駁できなかった。
「分かったよ。ところで君に訊きたいことがあるんだけど」
アルビスはおずおずと切り出した。
「何よ?」
ラヴィニアは喧嘩でも売るような目つきで言った。
「海竜が人間に卵を奪われて困ってるんだよ。その上、卵を奪った人間は海竜に軍の船を沈めるよう、脅してるし」
海竜に同情したわけではないが、平和な海を取り戻すためにも何とかして卵は取り戻さなければならない。
結局はそれが王家の島へと辿りつけることにも繋がるのだから。
「そうだったの。それは私も知らなかったわ」
ラヴィニアは嘆息する。
「竜の卵は孵化するまでに数十年はかかるって言うからね。そこを狙われたんだ。でも、海竜の巣に近づける人間なんて海賊ぐらいなものだし、君は何か知らない?」
アルビスはラヴィニアたちのことも疑っていた。そして、それに気付いたのかラヴィニアも疑いを晴らすように声のトーンを上げる。
「あいにくと私は何も知らないわ。でも、今の状況が海賊の狙い通りなら、海竜の卵を盗んだのはスカルゴスの手下で間違いないわね」
ラヴィニアはそう断言する。
「スカルゴス?」
聞いたことがない名前だった。
「あんた、そんなことも知らないの?ゴルゴス・スカルゴスって言えば、海賊の島を支配している海賊たちのボスじゃないの」
知らないの?と言われてもアルビスはこの国の人間ではないし、パルスに来たのもつい先日のことだ。
海賊のボスの名前など知らなくても無理はない。
「へー」
海賊のボスというからには、よっぽどの強面に違いないとアルビスは想像する。でも、一対一の戦いなら負けるつもりはない。
「スカルゴスの手下には竜のことに精通し、竜の言葉を話せる奴もいるって聞いてるわ」
それは大きな情報だった。
「なら、竜の卵は海賊から取り戻すしかないってわけだね」
アルビスは光明を見たような顔で言った。
「そんなに簡単に行くなら苦労はしないわよ。一番、頼りになるはずの海軍の船は海竜のせいで海賊の島には辿り着けないんだから」
海竜は王家の島に行こうとしていない海軍の船も沈めているのか、とアルビスは心の中で舌打ちする。
やはり、この国の海は海賊に良いように操られているらしい。
「でも、冒険者や傭兵ならどうかな?」
海軍とまではいわなくても、冒険者や傭兵だって戦える力は持っている。
「確かに冒険者や傭兵なら大丈夫かもしれないけど、相手は大勢、数を揃えている海賊よ。殺されるのがオチよ」
海賊なら冒険者や傭兵たちと同じくらい屈強な男たちを揃えているはずだ。なら、やはり数に勝る方が勝つ。
「八方塞がりだね」
アルビスは辟易した顔をした。
「ええ。私だって暴虐の限りを尽くすスカルゴスは何とかしたいと思ってるけど、いかんせん数と力が違いすぎるわ。だから、今の状況じゃどうしようもないのよ」
ラヴィニアは嘆くように言った。
「そっか」
「でも、海賊の島には密偵を送り込んでるし、海竜の卵については探らせてみるわ」
ラヴィニアは強気の姿勢を取り戻したように笑った。
「ありがとう」
アルビスははにかんでいた。
「お礼なんていらないわよ。この国の海を平和にしたいのは、海軍だけじゃなくて私も同じだし」
そう言うと、ラヴィニアはフンッと鼻を鳴らし、アルビスから視線を逸らす。彼女の頬は少し赤かった。
そして、そんなやり取りを見ていた騎士の一人が控え目な声を上げる。
「ラヴィニア殿、私とどこかで会ったことはありませんか?」
騎士の声にからかいの響きはない。ただ、その目には探るような光がある。
「ひょっとして、私を口説いているのかしら、騎士の殿方」
ラヴィニアは優美に笑った。
「いえ、そういうわけではありませんし、私の勘違いだったようです」
騎士は恐縮したような顔をすると、下を向いてしまった。これにはラヴィニアも眉を顰めたが、騎士に言葉を返すようなことはしなかった。
「とにかく、今からあなたたちをパルスの港まで送り届けるわ。でも、さっきも言ったことだけど次は助けないし、救われた命は大事にすることね」
そう言い聞かせると、ラヴィニアは舵を握る海賊に向かって「王都パルスへ舵を切りなさい」と船長らしい声で叫んだ。
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