第14話 国王の呪い
アルビスはイリエルを馬車に乗せると王都パルスに戻ろうとする。その間、イリエルは決意の表情を浮かべて口を開こうとはしなかった。
本当にこの少女にイルダスを超えるだけの力があるのか、アルビスも心配になる。でも、そこは信じるしかないと思った。
そして、馬車が宮殿の前にまでやって来ると、アルビスは何度もお世話になってしまった老人に向き直る。
「ここまで馬車を走らせてくれてありがとうございます。これはほんのお礼です」
アルビスはこれ以上、老人を突き合わせるのは悪いと思い、腰に付けていた袋からお金を取り出した。
「お金など受け取れんよ。ワシは見返りを求めてお前さんに親切をしたわけじゃない。あまり、この老いぼれを悲しくさせんでくれ」
老人は穏やかな声音で言った。
「そうは言っても」
アルビスも袋から出したお金を戻すことはできない。
「無理やり金を押し付けるのは失礼ってもんだぞ、アル。お前は貴族だから、どうしても人の心を金で買おうとする癖があるが」
そう説教でもするように言ったのはジャッハだった。
「それは悪かったね」
図星だったのでアルビスもムッとする。
「いやいや、そのドラゴンの言う通りじゃよ。お前さんもお金では買えない気持ちもあるということを知るべきじゃて」
老人は我が意を得たりと言った感じで笑った。
「そうですね。無粋なことを言ってしまいすみません」
アルビスはシュンとする。やはり、自分は人間としてはまだ未熟なようだ。
「気にするな。お前さんはまだ若いんだし、何事も勉強じゃ」
老人はアルビスの肩にポンっと手を乗せた。
「分かりました」
老人の言葉はアルビスの心に染み渡る。やっぱり、長く生きてきた人間の言葉は違うなと思った。
「ワシはこのパルスから南の地にあるルーベックという町に住んで居る。もし、ルーベックに来ることがあればワシの家を訪ねてくれ。そうすれば、茶と菓子でも出そう」
老人の言葉をアルビスも頭に叩き込む。
「南の地のルーベックですね、憶えておきます」
アルビスも記憶力には自信があった。
「ワシの家は教会のすぐ隣にあるから、それも忘れんようにな。では、ワシは自分の家に帰るとするし、さらばじゃ」
そう言って、老人は立つ鳥跡を濁さずと言った感じで去って行こうとする。
「本当にありがとうございました!」
アルビスは老人の背中に向かって大きな声でお礼を言った。すると、老人も振り返ることなく手を上げた。
それを見て、アルビスは世の中もまだ捨てたもんじゃないなと思った。
「あの爺さん、結局、俺たちに名前も教えずに行っちまったな」
ジャッハは老人の背中が消えるとそう言った。
「大丈夫だよ。いつかまた会えるし、その時はお爺さんの家でお茶でも飲みながら、ゆっくりと話を聞こう」
これが根性の別れというわけではない。
「そうだな。ま、生きてさえいれば、幾らでも会うチャンスはある。だからこそ、死んじまえばそれで終わりなんだが」
ジャッハがそう言うと、アルビスは黙っているイリエルを伴って宮殿の中へと足を踏み入れる。それから、騎士団の詰め所に行った。
すると、そこにはガードランがいたので、アルビスは事情を話して、国王のいるところまで連れて行ってくれるよう頼んだ。
それを受け、ガードランも顔の表情を引き締めて私に付いてきなさいと言った。
「にしても、イルダスの娘を連れてくるとは私も思わなかったよ。良く頑固なイルダスが許してくれたものだ」
ガードランは頭の後ろを掻く。飾り気はないがそれでも美しい顔をしたイリエルを見て、照れているらしい。
「だからこそ、イリエルさんの警護は完璧なものにしてください。もし、イリエルさんの身に何かあったら僕はイルダスさんに合わせる顔がありません」
これ以上、イルダスを王宮のことで失望させるわけにはいかない。
「だろうな。だが、大丈夫だ。騎士団の誇りにかけて、我々はイリエルさんの身を守り切って見せる」
ガードランはギュッと握り拳を作った。
「それなら安心です」
アルビスもここは信じて任せるしかないと悟っていた。
「イリエルさんも心の方は大丈夫かな?」
ガードランはどこか思い詰めたような顔をしているイリエルに話を振った。
「私は大丈夫です。パルスに来ると決めた時点で、命を捨てる覚悟はできていますから」
イリエルは顔色を変えずに言った。
「捨ててもらっては困るよ。君の命は君だけのものじゃないことを理解してくれ」
ガードランもイリエルの言葉に慌てた様子を見せる。
「そうですね。イリス教でも自分の命は自分だけのものではないと教えていますし、軽々しく命を捨てるなどと言ってすみませんでした」
イリエルはすぐに自分の誤りを認めた。それを聞き、アルビスも父親とは違ってイリエルの考え方は柔らかそうだなと思った。
「分かってもらえれば良いんだ。とにかく、王宮に来たからには騎士団を信頼して欲しい」
ガードランは頼もしさを見せるように自分の胸を叩く。アルビスもこの国の騎士団は他の国に比べれば良くやっている方だと思っていた。
「分かりました。なら、私もルノール国王にかけられた呪いと全力で戦います。ヌーグ教の神官などに後れは取りません」
イリエルは宣言をするように言った。
「大した気概だ。君はお父さんを超える神官になれるかもしれないな」
ガードランはそう持ち上げたがイリエルは殊勝な態度で首を振った。それから、アルビスたちは国王の寝室の前にまでやって来る。
ガードランは寝室の警備をしていた近衛騎士に中に入れてくれと言った。それを受け、近衛騎士も大きな扉を押し開ける。
アルビスは寝ているとはいえ国王と対面するなんて緊張の一瞬だなと思った。
「どうかしましたか、ガードラン」
国王が寝ているベッドの傍には、王妃のルイーザと神官のボルゾフがいた。二人はベッドを挟んで向かい合うように立っている。
一方、目を閉じているルノール国王の顔は蒼白で生きている力が何も感じられなかった。これが呪いをかけられた国王のなれの果てかとアルビスも気持ちが暗くなる。
「ルイーザ王妃、この度はイリス教の神官だったイルダスの娘を連れてきました」
ガードランの言葉にルイーザの顔が輝く。
「まあ、あのイルダスの娘がここに来てくれたというのですか。さあ、こちらまでいらしてください」
ルイーザは何とも嬉しそうにイリエルの顔を見た。まるで孫娘を迎えるような態度だ。
「私はイリエルです。光の魔法を使う力は父を超えていると自負しています。ですから、ルノール様の呪いの進行も抑えて見せますし、もしかしたら、呪いを解くこともできるかもしれません」
イリエルは緊張した表情を見せながらも淀みなく言った。
「それは頼もしい言葉です。私もルノールと結婚するまではイリス教の信者でしたし、あなたにルノールの身を任せることに何の依存もありません」
ルイーザの声は清らかな小川のせせらぎのようだった。
「私を信頼してくれてありがとうございます、ルイーザ様」
イリエルは小さくお辞儀をする。だが、そんな二人の会話に邪気が感じられる声が差しはまれる。
「困りますな、王妃様。ルノール国王の呪いは私が抑えているというのに、こんな年端もいかない少女に任せるなどと言ってしまうなんて」
そう粘りつくような声を上げたのはボルゾフだった。これにはルイーザも不快そうな顔を隠さなかった。
「私はあなたを信頼していません、ボルゾフ」
ルイーザははっきりと言った。
「ですが、今日まで国王の呪いの進行を抑えてきたのはこの私です。そこは信頼していただきたいものですな」
ボルゾフの声に動揺はなかった。
「それは重々、理解しています。ですが、今日からその役目はこのイリエルが務めます。あなたはどこにあるかも分からない自分の神殿に帰りなさい」
ヌーグ教の神殿はパルスの町にはなかったはずだ。
「それはできません。私は大臣殿の命を受けてこの王宮にいるのですから」
ボルゾフも譲らない。
「では、大臣と良く相談してくることですね」
ルイーザは冷淡に言った。
「分かりました。しかしながら、もし、この少女の力では呪いが抑えきれないと分かればまた私の出番ですし、もうしばらくはこの王宮にいさせてもらいますよ」
そう言うと、ボルゾフは不気味な笑みを浮かべて、国王の寝室から出て行った。
その後、イリエルはルノールの体に向かって光り輝く手を当てる。すると、ルノールの顔色は見る見るうちに良くなっていった。
だが、イリエルの力でも呪いを解くまでには至らなかったし、ルノールも目を開けることはなかった。
それでもルイーザは瞳を潤ませて、まるで別人のように血色の良い顔をするようになったルノールの頬を撫でた。
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