第24話「医学」

 ウルラとミトが扉の先に消えてから、1時間が経過した。

 気絶している面々はまだ、誰も目を覚まさない。


 僕はホルンとコミュニケーションボードで話ながら時間を潰していると、


「う、う~ん。ハッ! シグノ! ホルン! あの魔人はッ!?」


 目覚めたレアンは開口一番に僕らを心配する。


「レアンっ! 僕らは大丈夫だよ」


 僕は少し、距離を取りながら告げる。


「大丈夫だ、シグノ。アタシは冷静だぜ。確かに水をぶっかけられた直後はぶん殴ろうと心に決めていたが、冷静になれば、あのとき、ああされていなければアタシは死んでいただろう」


 僕はほっと胸を撫で下ろし、レアンの無事を喜んだ。

 倒れているレアンを立てあがらせようと手を差し出す。


「だが、感謝はしても、殴ると心に決めたことを撤回するのは気持ちが悪い」


「えっ?」


 次の瞬間、僕の横っ腹に拳が決まる。


「ぐへっ! ちょっ。酷く、ない……」


「ちゃんと手加減したぞ?」


 確かに、殴る場所とか、一応左手だったりとか、気を使ってはいるのだろうけど、レアンの力で殴られれば、正直、めちゃくちゃ痛い!


「まぁ、あれだ。お互い無事でなによりだ」


「そ、そうだね。僕はつい今しがた無事じゃなくなったけどね」


 脂汗を浮かべながら、よろよろと椅子へ戻る。

 心配したホルンが額の汗を拭ってくれる。


「で、これは今、何待ちだ?」


 僕はレアンにこれまでの経緯を説明する。


「レアンには魔王討伐の是非を聞いていないんだけど、もし反対なら……」


「いやいや、だいたいの冒険者が魔王討伐を目指しているだろ。普通。まぁ、前のパーティじゃ笑われたけどな。アタシの最初の目的から何1つ変わらないさ」


「それじゃあ!」


「ああ、引き続きよろしく」


 そんな会話をしていると、「う、うぅ」と2つの呻き声が聞こえ、オカマの2人が起きたことを悟った。



「こ、ここは……」


 長髪のオカマ、カペリが周囲を見回しながら、状況を確認する。

 そして、レアンの姿を見つけると、軽い叫びのような声を上げる。


「なんで、あんたら、まだいるのよッ! もしかしてわたしたちの体が目当てでっ!」


「そんなことするわけないだろっ!!」


 僕が叫んで否定するけど、信じていないようで、胸と股間を手で隠す仕草をする。


「はぁ~。そんなことより、コラナのことを介抱してよ」


 深いため息と共に告げると、2人はすぐにコラナの元へ駆け寄る。


「2人を守って死にかけていたんだ」


 僕はしっかりと確かに、2人にコラナの生き様を伝える。

 そして、コラナが本当に回復しているのかはミトにしか分からない。僕らはただ目を覚ますのを待つことしかできない。最悪の事態も覚悟するようにあんに言う結果になった。


「アネキ……」


 カペリとウンギアの瞳に涙が浮かぶ。

 2人の涙がコラナの頬へと落ちる。


「こ、ここは、地獄?」


「ア、アネキィ!!」


 コラナは2人の顔を見ると青ざめる。


「あんたら、もしかして死んだの!? それじゃあ、皆、ネズミに負けたの……」


 このまま放っておくと、延々と勘違いしそうなので声をかける。


「違うよ。ネズミの王は倒したし、その後いろいろあって、コラナはギリギリこっちに戻ってこれたんだ。誰も死んでないよ」


 コラナは周囲の風景が、ネズミの王と戦った部屋だと認識すると、「ふぅ」と安堵の息を吐いた。


「本当にあたしは死ななかったようね。それよりも喜ばしいのは、妹たちが無事で、悲しい顔をさせずに済んだことね」


 コラナは肩をすくめて、和やかな笑みを浮かべた。



 すでに2時間ほど経つが未だにウルラとミトは戻ってこない。

 さらに言えば、レアンの元パーティの男も未だに目を覚まさない。

 蘇生されたコラナより起きないって、いったいどれだけダメージ受けてるのさ!


 僕はレアンをジトーっとした目で見てから、注意を扉へと移す。


 そのとき、扉はキィ~っと音を立てて開いた。

 

「にゃ~、ウルラくん、素晴らしい解釈だよ」


「いえいえ、ミトさんの研究があったからですよ!」


 二人は意気投合し、肩を組み合って出てくる。

 この二時間の間にいったい何が······。

 困惑する僕を他所に、ミトは両手を広げ宣言した。


「にゃはは!! ついに吾輩のスキルが解明された! 祝福しろ! 次期魔王の誕生を! 驚愕しろ! 異世界のスキルに!」


 ミトは一拍置いてから、高らかに叫んだ。


「スキル発動! 『』」


 するとミトの手に一冊の分厚い本が現れた。


「医学とは異世界の治癒術! これさえあれば、吾輩は不老不死すら不可能ではないと考える! 開け本よ! 吾輩に叡智えいちをォォォ!!」


 本を開いたミトは、その瞬間固まり、ヒゲや耳がみるみる垂れ下がる。

 そして、とぼとぼと扉の先へ戻ると魔法を唱えた。


「闇のマナよ。MP50使い。シグノを引き寄せろ」


「へっ? 僕? う、うわぁぁぁ!!」


 その魔法が発動すると、僕は影に捕らわれ、強制的にミトと扉の先へ向かう事となった。



 扉の先は当然ながら部屋になっている。

 部屋には長机の上や壁に膨大な資料が置かれている。

 まさしく研究の為の部屋といった感じだ。


 僕が部屋を観察していると、ミトから先ほどの本を手渡される。


 それを開くと、ビッシリと文字化けの文字が並ぶ。

 その瞬間先ほどのミトの表情の理由を理解した。


「あ~。なるほど。中も延々、解読しないといけないと。僕が解読してもいいですけど、ただやるというのも······」


 その言葉を聞くと、ミトは深々と頭を下げ、


「魔王討伐以外もあらゆる面でサポートさせていただきます!」


 こうして、これから先の冒険におけるパトロンを僕らは手にいれた。

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