第20話「ボス魔物」

 開け放たれた扉から強烈な獣臭が流れ込む。

 そこから出てきたのは、巨大なネズミだ。


「あ、あの、このネズミ、もしかして……」


 巨大ネズミを見たウルラは酷く狼狽ろうばいして、ある一点を震える指で指し示す。

 その指が差す方をみると、どうやら、尾を差しているようだ。


 体躯が巨大なこと以外は普通のネズミだと思っていた僕だったけど、そのネズミの尾を見た瞬間、その考えは誤りだと気づく。


「複数の尾があり、それらが絡みあっているネズミの魔物……。ネズミの王ッ!? そんなバカなっ! ここのボス魔物はビッグスパイダーっていうクモの魔物じゃなかったのっ!?」


 ネズミの王の強さは未知数と言われており、王の元に辿り着く前に配下のネズミよってほとんどが敗走するか死ぬかだ。なんとかネズミの王に辿り着けても満身創痍まんしんそういで満足に戦えないと聞く。

 奇跡的にほぼ万全な状態であたることになるとはいえ、強さがわからない以上、皆を危険には巻き込めない。

 僕はとっさに目配せで、逃げるよう指示を出す。


 流石のレアンもその考えに賛同し、出口へ向かう。


「おっと! させないわ! あなたたちを逃がす訳にはいかないわ!」


 オカマのコラナは、僕らを通さないよう、両手を広げる。


「あなたも逃げないと死ぬかもしれないのに、なんでッ!」


 僕の声に答えるようにコラナは語った。


「あたしらみたいな半端もんは、ダメなのよ。同じ境遇の仲間を、妹を見捨てられない。だからっ! 妹たちが生き残るにはあんたらを巻き込んで、やつを倒すしかないじゃないッ! 妹を助ける、その1点においてはあたしは必死よッ!!」


 確かに、レアンによって倒された3人を確実に助けるにはネズミの王を打倒しなくてはならない。

 けれど――。


 僕の逡巡しゅんじゅんが伝わったのか、ホルンは一人、ネズミの王の方を向くと、杖を構えた。


「なっ!? ホルン!?」


 レアンも、「いいね。気に入った」と言って、剣を抜くと、王に対峙した。


「レアンまでっ!? ああっ! もう!! 僕だって皆生き残るのが一番だと思うよ! でも、どう理論的に考えても、パーティが生き残るには逃げるのが最善なんだ。それなのにっ!! ごめん。皆、倒すのに付き合ってもらうよ!!」


 ホルンは大きく頷き、レアンも「もちろん」と応える。

 そして最後、ウルラは。

 

「この部屋をもっと見たいです。それからあの扉の先も! ボクも微力ながらお手伝いします!!」


 僕はもう一度、皆と視線を合わせた。

 気持ちは皆同じだっ!


「あなたたち……。ありがとう……」


 コラナはしんみりと礼を告げると、自分の首に首輪を当てた。


みにくくなるから、あんまり好きじゃないんだけど、贅沢は言ってられないわね! 犬の首輪ドッグ・カラー裏!」


 首輪をつけた途端、コラナの身体は筋肉が盛り上がり、爪が鋭く伸びる。口元には無骨な牙が漏れ見え、体毛が全身を覆うほど生える。


「犬の首輪は自分につけると、動物のような身体能力を得るのよ」


 コラナはスキルを簡単に説明し、手を地面へとつき、四足の構えをとる。


「あいての出方がわからないから、まず、僕とホルンで牽制。レアンとコラナは隙をついて攻撃して。あと、もし可能ならレアンは何か食べて」


「最後のはヤダ。あとは了承した」


 僕はレアンから予想通りの答えをもらうと、ホルンに目配せで合図を送った。


「スキル発動。クラクション!」


 僕が手をあげると同時に、道路標識が現れる。

 ホルンはその標識をしっかりと見ると、声を出した。


「炎っ!!」


 火球がネズミの王へ向かっていく。

 ネズミの王は、その火球を見た瞬間、素早い速度で回避する。


「なっ!? 早いッ!!」


 そのまま王は僕らの前へ迫り来る。


「ッ!!」


 攻撃を止めるため、スキルを使用しようとすると、いつの間にかネズミの王の動きに対応し動いていたレアンとコラナが剣と抜き手を構える。


「隙だらけだな!!」

「もらったわ!!」


 2人が同時に攻撃すると、その攻撃は体に届く前に止められた。

 無数のネズミたちによって。


「なっ!!」

「ウソっ!!」


 一瞬にして壁のように集まったネズミは攻撃を止め、尚且つ2人の足を止める。

 そして、そのネズミたちごと、レアンには鋭い爪が、コラナには鉄球のようにまとまった尾が襲う。


 レアンは、その鋼の肉体に切り傷を作り、コラナは獣の肉体が簡単に飛ばされる。


「2人とも大丈夫!?」


 僕はホルンと共にネズミの王から距離を取りつつ、安否を気にする。


「う、ううっ、なんとか大丈夫よ」


 先に答えたのは意外にもコラナだった。


 僕はレアンを見ると、しっかり立っているには、立っているけど、小刻みに身体が震えている。


「さ、寒い、なんだ、これは……」


 レアンはその場に倒れ伏してしまった。

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