第19話「接敵」

 レアンに長く伸びた髪が襲い掛かる。

 大きく飛び退くと、先ほどまでレアンが居た場所に髪が突き刺さる。

 さっきホルンに押し倒されていなければ、あれが僕に直撃していたことになるかと思うと背筋が凍る。


「ずいぶんと剛毛だなっ」


 余裕の態度で軽口を叩く。


「ケアが大変なのよッ!!」


「そうかい! ご苦労なことで」


 反撃に移るべく、レアンは相手に向かって駆け出そうとしたそのとき。


「これはッ!」


 レアンの両手、両足にいつの間にか、黒髪が巻きついている。


「ふふふっ、いくら灯りが大量にあるとはいっても、この暗がりの中、全ての光りを吸収するような黒髪にそうそう気づけないわよね。自由自在の髪とはこういう事よ!! わたしの髪は一度巻きついたら、わたしが離すまで絶対に外れないッ!! そしてッ! その髪はあなたの身体に徐々に食い込み、いずれその腕と足を切断するわっ! どう? すでに食い込んで皮膚が裂けてきたんじゃないっ?」


 長髪のオカマは勝ちを確信したかのように高笑いをあげる。


「まずい! ホルン。僕らも加勢するよ!」


 いつまでもホルンに押し倒されている場合じゃないっ!

 レアンを助けないと!!


 ホルンはすぐに飛び退くと、臨戦態勢へ入る。


「カペリのアネゴの邪魔はさせないわよ」


 僕らの元に、ガッチリとした体躯、そして先ほどは気づかなかったが、恐ろしく長い爪を持ったオカマが間へと割って入る。


 会話の内容からして先ほど、妹分と言われていた、ウンギアだろう。

 

 そんな敵を前にしてもホルンはまっすぐに僕を見つめる。


「良しッ! 行くよ。ホルン! スキル発動――」


 スキルを発動させようとした瞬間、レアンの声によって制止させられた。


「いや、待て、待て! シグノっ。ようやく、ちょうどいい運動になるんだ。アタシにやらせろッ!」


 レアンにニタッと犬歯を覗かせながら笑みを浮かべる。


 身動きの出来ないはずなのだが、レアンはその右腕を思いっきり引いた。


「これくらいでアタシの筋肉を拘束できると、思うなッ!!」


「ッ!? ウソッ! 髪を伸ばさなくちゃッ!!」


 カペリが言葉を発したときにはすでに遅く、その身体は宙を舞っていた。


「なっ、なんて、力なのッ!!」


「別によぉ、髪を切り落としても良かったんだけど、髪は女の命だろ? それから顔も」


 レアンの拳はまるで拘束など無いかのようにカペリの腹部を捉えた。


「がはっ! な、なんて男前なの……」


 カペリは一撃で意識を失った。

 それと同時に髪の拘束が解かれる。


「カペリのアネキが作った隙は無駄にはしないわッ!」


 ウンギアは誰もがレアンの戦いに注視する中、ただ一人、カペリの身を案じると共に、その意思を引き継ぐべく行動していた。


「レアンッ!! 危ないっ!!」


 僕の叫びは、なんの意味もないほど遅く、すでにウンギアの爪はレアンの腹部直前にまで迫っていた。


「もう遅いっ! った!!」


 ガチンッ!!


「はぁ? へっ!?」


 ウンギアからマヌケな声が漏れる。


「その程度の爪で、アタシの鋼の腹筋は貫けんッ!!」


 ウンギアの長く伸びた爪は、レアンの腹筋でピタリと止まっている。


「はぁぁぁっ!? バカじゃないの!! このゴーレム女っ! この爪はスキルでハガネ並の強度なのよっ!!」


「ゴーレム女だと?」


 冷たいその声音に味方にも関わらず、僕はたじろぐ。

 それを直に浴びせられたウンギアは自身がとんだ失言をしたと悟った。

 

「ゴーレムみたいな筋繊維の1本もないヤツと一緒にしてんじゃねぇ!!」


 レアンの右ストレートはウンギアの顔面を捉え、めり込む。

 完全に決まったその一撃で、ウンギアが壁にまでぶっ飛ぶ。


「う、うぅ、さっき、女の顔は殴らないって言ったのに……。ガクッ」


「ふんっ! お前のような礼儀知らず、女にあらずッ!!」


 レアンは鼻息を荒くして、そう宣言した。


 パチパチパチ。


 最後に残ったオカマ、コラナは余裕の表情で、賞賛の拍手を送る。

 コラナは2人と違い、身体的に特化した特徴はなく、華美な宝飾品をいたるところにつけている。

 3人の中で一番女性的な顔立ちで、その肉体もあいまって、真っ当に男装をしていれば女性にモテたことだろう。


「妹たちを瞬殺なんて、流石にやるわね。でも、そんなに激しく動いていいのかしら? あなたのスキルは動けば動く程弱くなるのでしょう?」


 なぜ、コラナがレアンのスキルのことを知っているんだ?

 なんとも言えない不安が僕を襲う。


「妹たちを相手にして、もう随分弱っているんじゃあないかしら? 馬力があるというのも考え物ねぇ。これがあたしの1手、そして、さらにもう1手よっ!」


 今まで気が付かなかったけどコラナの背後にもう1人おり、影から出てくる。


「あっ! あの人は、レアンの元パーティのッ!!」


 僕でもその男性を覚えていたのだ。レアンならすぐにわかっただろう。


「ふふっ。これがあたしのスキルよ。首輪をした相手を操れるスキル。犬の首輪ドッグ・カラー


「わざわざ、能力まで教えてくれるのか?」


 レアンは面倒くさそうに尋ねる。


「ええっ。だって、かつての仲間が操られているなんて知ったら手が出せないでしょ? これであなたは攻撃できず、ただ消耗するだけッ!! 行けッ! あたしのワンちゃん!!」


 レアンの元パーティの男は、苦悶の表情を顔に張り付かせながら、剣を抜く。


「い、イヤだ。や、やめろ! レアン、離れろ! おれのそばに近寄るなああーッ!」


 男は悲痛の叫びを上げ、見ているこっちが辛くなる。


「おいっ! 卑怯だぞ!」


 僕のスキルでは足止めが精々で、彼を自由にする方法がない。


 男はレアンに向かって剣を振り下ろすと、その一撃は空を切る。

 回避の為、大きく沈み込んだレアンは拳に力を込める。


「まぁ、操られてるから仕方ないよな。やらなきゃ、やられるしな。うん。前から思いっきり殴りたかったとかじゃあないからな?」


「だから! 近づくんじゃねぇぇぇっ!!!! 誰か助けてくれーーーッ!!」


 あっ、そういう意味だったの。


 男の悲痛の叫びも虚しく、レアンの拳は男を捉えた。


「オラオラオラオラオラオラオラッ!!!!」


 そう、何発も……。


「だから、イヤだぁばぁぁぁぁ!!!!」


 元パーティの男はブッ飛ばされ、壁へと激突する。


「あ、あんた、元仲間でしょ……」


 人質のように扱った敵の方が同情している。


「もちろん。仲間だから斬らずに殴るだけにしただろ?」


「あたしの妹たちより扱い悪くて可哀相になるんですけど?」


「男女差だなッ!」


 レアンはすごく良い笑顔で答えた。

 これ、絶対にパーティのときの鬱憤うっぷん晴らしだ。


「さて、とうとう、本当にお前一人だが、まだやるのか?」


「う、ううっ」


 コラナはレアンの気迫に圧され、1歩後ずさる。

 どうすべきかを考え、コラナの頬を汗が伝った、そのとき。


 ギィィーーーーーーッ。


 レアンの背後に位置する扉が開き、中から生暖かい風が吹き込む。


 何か、いるッ!!


 その圧倒的な存在感に姿が見える前から僕らは冷や汗を溢れさせた。 


 

 

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