第21話「死に至る病」

「レアンっ!! どうしたのっ!?」


 僕はレアンに駆け寄ろうとすると、


「待ってください!」


 ウルラは僕を制止すると、レアンを観察する。


「以前、本で読んだことがあります。ネズミは病と不幸の象徴。その王たる存在は配下を操り、病を自由に扱い伝播できると」


「つまり、レアンは病気に掛かったってこと?」


 ウルラは頷く。


「その可能性は高いと思います」


 僕の頭に、ペストという単語が浮かぶ。

 今まで聞いたことのない言葉だから、たぶん、文字化け、つまり異世界の知識だ。


「なら、早く助けに行かないと!」


「ですから、待ってください。シグノさんが行ってもし移る病だった場合、ボクらの戦力がまた一人欠けてしまいます。そうなったら全滅しかありません」


「なら、どうしたら······」


 ウルラは何かを決意した表情を見せる。


「だから、ボクが行きます!」


 ウルラはネズミの王の脇をすり抜け、レアンの元へ駆け寄る。


「ホルン、邪魔されないよう壁を! クラクション!」


 ウルラを援護すべく、ホルンに魔法で壁を出すよう要請する。


「土壁!」


 ネズミの王とウルラ・レアンを強固な土の壁が分断する。


「ウルラ! なんでもいいからっ!」


「わかってます!」


 僕の考えは見抜かれていたようで、全てを言い終わる前に返事が返ってきた。


「さて、向こうは任せるとして」


 土壁によって目の前の獲物を見失った王は、僕らを見据える。


「ヂュウウウッッ!!」


 不吉を体現したような、おぞましい鳴き声と共に、襲い来る。

 ホルンに壁を出して、いや、間に合わない!


「スキル! 安全地帯!」


 レ点のついた標識が現れると、まるで見えない壁が現れたように、ネズミの王の攻撃が全て途中で止まる。


「あなた、やるじゃない!」


 コラナは感嘆の声を上げるが、僕のスキルは一度にMPを10消費するだけでなく、こうして持続して出した場合、だいたい3秒を過ぎた頃から、徐々にMPが減っていく。

 一番初めにホーンラビットでこの状態に陥ったときは知らずに死にかけた。


 今の僕の最大MPは96。すでに3回スキルを使用している為、残りMPは66しかない。

 1秒1MP消費するとして、持って約1分。

 その間にウルラがなんとかしてくれなければ、戦況は絶望だろう。


 僕は現状をウルラ含め、全員に伝わるよう声を張り上げて、簡単に説明した。


「そう······。それなら、仕方ないわね」


 コラナは後ろで横たう、カペリとウンギアの頬を優しく撫でる。


「心配しなくて大丈夫よ」


 そう言うと、自ら安全地帯の外へと飛び出した。


「ほら、こっちよドブネズミ!!」


「コラナ、何をっ!」


「何って、始めに言ったじゃない。あなたたちを巻き込んで、こいつを倒すって」


 コラナに再び鉄球のような尾が襲うが、しなやかな体を駆使し、回避する。


「見えてれば、それくらい訳ないわっ! そのほっそい爪は飾りなのかしら? まぁ、その程度じゃ、あたしを満足させられそうにないし、使わないわよねぇ」


 ネズミの王に対し嘲ながら挑発する。


「ヂュッッ!!」


 挑発を受け、振るわれた鋭い爪は無慈悲にコラナの脇腹へと突き刺さる。


「ごふっ! なかなか強烈ねぇ、でも、これで捕まえたわ」


 コラナは僕らの方を向くと、ニコッと微笑んだ。


「さぁ、あたしごとこいつを殺りなさい!」


「なっ!? で、でもそんなことしたら······」


「気にすることはないわよ。これ、完全に致命傷だから、どのみち、あたしは永くはないわ」


 ネズミの王を倒す為とはいえ、なんで、なんで、そこまで!


「なんでっ!?」


 僕の心の声はいつの間にか、悲痛な叫びとして口から溢れ出した。


「ふぅ~、ま、悪党だって、命を捨ててでも守りたいものがあっただけよ。ほら、早くしなさい。動きが止まってれば、その娘の魔法が当たるでしょ」


 コラナからは血の気が失せ、ここからでも分かる程、肌が青白い。


「ヂュウウウッッ」


 ネズミの王はコラナの拘束から逃れようと暴れ始める。


「ハッ! これから何が起きるか、ようやく、その小さなオツムでもわかったみたいねぇ! だが、絶対に離すかよォォォ!!」


「······ホルン、この一撃は、僕の一撃だ。他の誰のものでもない。僕が行う攻撃だ!」


 僕は腕を上げて、道路標識を出す。


「最大火力をぶちかます!」


火災旋風ファイヤーネードッ!」


 僕は予めホルンに、僕が有する最大火力の知識を教えておいた。


 炎の竜巻はまるで龍のようにネズミの王へと襲い掛かる。


「ヂュっ!」


 ネズミが盾となって現れるが、コラナはそれも見越しており、壁を爪で切り裂く。


「これが、最後の······攻······撃······」


 そのまま、倒れ行くコラナを弔うように、炎の竜巻が王に降り注いだ。


「ヂュウウウ!? ヂュウウウッッッッ!!」


 断末魔のような声を上げ、ネズミの王は苦しみ、体を回転させ、七転八倒する。

 そんな中でも、コラナの体は掴んだまま離さない。


「ヂュウウウ!!」


 コラナの身体に傷が増え、華美な宝石が飛び散る姿に、僕は耐えきれず、思わず目を背ける。


「すまない。遅くなった」


 そんな僕の耳にレアンの声が届いた。

 ハッと顔を上げると、レアンは抜き身の剣を振り、ネズミの王の腕を断ち切った。

 それと同時にコラナの身体も自由を取り戻す。


「弔う体くらいないとな······」


 レアンは険しい眼差しで、腕の中で息絶えているコラナを見つめた。


「すみません。ボクがもっと早く食べ物を食べさせられていれば」


 ウルラは申し訳なさそうにうつむき、その手にはこれでもかと力が込められている。


「くっ! 誰が悪い訳じゃない! 力が、力が足りなかった!」


 僕は皆の手前、歯を食いしばり、涙が零れないよう耐える。


「チッ。どうやら死を悼むのは、もう少し、先になりそうだ」


 レアンは黒焦げになってあるネズミの王へ向かって剣を構える。


「ヂュウウウッッ!!」


 黒焦げにされた怒りをぶつけるように咆哮を上げる。


 そんな······、まだ生きて。


「こいつはレベルアップして全快したアタシがトドメを刺す!」


 まだ動けない王に対し、レアンの剣が光る。

 数多のネズミが壁となって立ちはだかり、刃を防ぐ。


「これくらいでぇ! くそっ!!」


 レアンの剣はネズミの王へは、あと少し、あとほんの少しだけ、届かない。

 怒りに満ち溢れているレアン同様に、僕だって怒っている!


「レアン、こっちを見ろぉ! スキル! 一方通行!!」


 一方通行の道路標識を見たレアンの力は分散することなく、全てが一方へと向かう。

 そう! ネズミの王を打倒せんとする剣へと向かって!


 ザンッ!!


 レアンの剣はネズミの王を両断し、今度こそ、決着を迎えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る