第23話「七曜の魔王」

「さて、それじゃあ、吾輩の話を聞いてもらおうか。でもその前に」


 ネコ魔人が指をパチンッと鳴らすと、巨大なヘビと怪鳥がそれぞれ一脚づつ椅子を持ってくる。


「彼らも、セリオ同様、吾輩の配下だから安心してくれ」


 そして、僕とホルンの分の椅子が用意されると、魔人は座るよう促す。

 僕らは大人しく座ると、ようやく、魔人は本題を切り出した。


「キミは、なぜ文字化けスキルがあるのか知っているかい?」


 その問いに僕は首を横に振る。

 文字化けスキルの文字が異世界のものだというのは知っているけど、なぜ異世界の文字が使われたスキルがあるのかは、全くわからない。


「にゃあ、そうだろうねぇ」


 ネコの魔人が目を細めてそう頷くと、目の前に小さな影が現れる。


「もしかして、魔人さんは、文字化けスキルについてかなり詳しく知っているんですか!? それ、是非、ボクにも教えてください!!」


 ものすごい勢いで迫るウルラに、先ほどまで圧倒していた魔人も、たじろぐ。


「にゃ、にゃ!? キミはなんなんだい?」


「ボクですか? ボクはウルラ=イオ。文字化けスキルの研究者のタマゴです!」


 尚もくし立てるウルラ。


「そ、そうかい。それなら、吾輩の話を一緒に聞くかい?」


「はい! お願いします魔人さん」


 ネコの魔人は苦笑いを浮かべる。


「その魔人さんはやめてほしいね。吾輩にはミトというちゃんとした名前がある」


「はい! ミトさんッ!!」


 ウルラは僕の横にちょこんと地べたに座る。


「ささっ! ミトさん、どうぞ。どうぞ!」


 ミトは場を仕切り直す為に、コホンと1つ咳払いをしてから、話し始める。


「スキルがこの世界の力に対し、文字化けスキルは異世界の力だということは知っているね。では、なぜ、その異世界の力がこちらに入り込んだのかわかるかい? 答えは七曜しちようの魔王だ」


 七曜の魔王といえば、魔物・魔人のトップに立つと言われている七体の存在だ。


 半分御伽噺おとぎばなしのような存在で、かつて、Sランクを所持した勇者に残り3体にまで倒され、いまではなりを潜めていると語り継がれている。


「七曜の魔王とは一般に各分野において最強クラスの魔物及び魔人と呼ばれているけれど、その実態は少し違う。七曜の魔王とはスキルと文字化けスキル両方を持つ者のことを言うのだよ」


「スキルを2つも!? いったいどうやって?」


「にゃにゃん。それは、異世界のスキルを我が身に降ろす、召喚術を行うのさ。そして、文字化けスキルを理解できたものは強大な力を手に入れ、魔王の一角となるのさ」


 ここまで言われれば、ある程度、僕の文字化けスキルについて予想が着く。


「つまり、ミトが言いたいのは、その魔王になろうとしたときに、召喚した異世界の力の欠片が、僕が持つ文字化けスキルってことだね」


 ミトは嬉しそうな笑みを浮かべながら頷いた。


「でも、ミトくらいの実力なら、魔王になってそうだけど?」


 僕がぽつりとこぼした言葉にミトは反応を示した。


「そう! その通りだ。吾輩も異世界のスキルを得ようと召喚術を行ったのだ。しかし、吾輩が得られたのは、読めない文字化けスキル。本当に成功した場合は異世界の知識ごと得られるという。つまり、吾輩は失敗し、中途半端に異世界のスキルだけを手に入れたという訳さ。これを理解できなければ、七曜の魔王など程遠い」


 ミトは悔しそうに拳を握りしめる。


「それから吾輩の研究の日々が始まった。規則性を見つけ、異国の地の言葉や大昔の言語、文字化けスキル保持者なども研究し、少しづつ解読は進んでいるが、そのスピードは遅々としており、一人の力に限界を感じはじめた。

そこで吾輩は協力者を募ろうとこのダンジョンを作成した。人が常に溢れるように、ボス級の魔物をローテーションで配し、やられるごとに蘇生し、少し時間を置いて再配備した。そして数多の人間のうち、文字化けが読めるものだけがここに立ち入れるように、吾輩の持てる知識を駆使し、部屋への入り方を異世界の文字で記した」


 つまり、その目的が今日やっと果たせたということか。

 それなのに、ミトは浮かない表情を見せる。


「せっかく、異世界の文字を読める人物が現れたが、それよりも前に、空いていた、月と火の魔王が現れてしまった」


「空いていたってことはもしかして――」


「にゃ。七曜全てが揃ってしまった。これは吾輩の推測なのだが、Sランクスキルが現れるのと七曜が揃うことには関連性があると考える。この世界の自浄作用といったところじゃないかな」


 スキルの話はよくわかった。解読の協力者を探しているのもわかった。けれど、なんで七曜が揃ったことやSランクスキルまで言う必要が? 

 理論的に考えれば、理由は1つかな。


「もしかして、僕らにSランク持ちと協力して七曜の魔王を倒させようとしている?」


 ミトは一瞬、驚いた表情を浮かべるが、すぐに、ニタァと笑みを浮かべる。


「にゃ~。話が早くて助かるね。まさしくその通りさ」


「1つ腑に落ちないのは、僕らより強いミトが直接倒せばいいんじゃないかな?」


 ミトは指を3本立てる。


「理由は3つある。

1つ。吾輩ではSランク持ちが協力してくれるか不明であり、確率も低いと思われる。

2つ。吾輩の強さはスキルに依存しており、防衛戦においては、一部の魔王たちには引けをとらない自負はあるが、こちらから攻勢に出るとなると、不安が残るところだ。

3つ。異世界のスキルを理解していない吾輩では、何をされているかわからずに殺される、わからん死がありうる。

以上の理由から、キミたちにお願いしたい」


「…………」


 僕は沈黙でもって答える。


「まぁ、そうだよね。いまのところそちらには、なんのメリットもないように見えるからね。でも、そうじゃあない!」


 ミトはなぜかホルンを見つめると、楽しそうに目を細める。


「そこの彼女も人事じゃあ、ないんだけどね。魔物や魔人が人を襲うのも一部の魔王の仕業だ。もちろん友好的な者もいる。吾輩とかね」


 わざとらしく自分を指差し、話を続ける。


「他にも水の魔王、金の魔王は友好的だ。つまり、それ以外を倒し、人間との共存を願う魔王だけにすれば、これ以上争いは起きなくなる。そこの娘が迫害されることもなくなるんじゃないかな?」


 それでホルンを見ていたのか。


「もちろん、今のキミたちの実力じゃあ敵わないだろうから、そこは吾輩も尽力しよう。さらに期限はキミたちの生涯が終わるまでに、吾輩が狙う月の魔王を倒してくれればいい。もし途中で死ぬような事態が起きても、文字化けスキルが読めるキミなら吾輩が何度でも蘇生させてあげよう」


 なるほど。理由は納得できる。

 ようするにリスクの軽減、及び、文字化けスキルに耐性がある僕らを斥候としても扱いたいってところだね。


 確かに、この申し出は、僕にもメリットがある。けれども、僕のパーティにはデメリットの方が大きいっ!


 僕はホルンの顔を見る。

 ホルンは僕を見つめ返す。その瞳は何を考えているのかわからない。けれど、僕を信頼してくれていることだけは言葉にしなくてもわかる。


「文字化けスキルを教えろ・魔王と戦えなんて申し出、協力があるといっても普通にいえば断るところだね」


 僕は一度目を瞑ってから答えを告げた。


「でも受けるッ! 僕の夢は英雄になることッ! 魔王討伐はそれの最短条件だッ!!」


「ニャハハ!! いい返事だ! では――」


「では、早速ッ!! お互いの研究成果を見せ合いましょう!!」


「にゃッ!?」


 僕の隣で座っていたはずのウルラはいつの間にか、ミトに詰め寄っていた。


 み、見えなかった。


「ほら、ミトさん。早くコラナさんを復活させて、研究を見せ合いましょう! ほらっ! さぁ! 早くっ!!」


「あ、圧がすごい……。わ、わかったから、少しどいてくれるかな」


 ウルラはその場からどくと、さっさと扉の前まで移動する。


「ここが研究所ですよね。先に入ってますよ!」


「にゃ、にゃんなんだ、あの人間。この吾輩が一瞬恐怖しただと……」


 ミトは冷や汗を浮かべながら、コラナに蘇生を行い、ウルラを追いかけて扉の先へと向かった。


「……この中で一番強いのって、ウルラなんじゃ」


 僕は苦笑いを浮かべながら、『好奇心はネコをも殺す』という格言が脳裏に浮かんだ。

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