第4話「新たな仲間」

 MPが尽き、ぼんやりとした感覚の中。もやがかかったように白んだ風景が徐々にはっきりとしてくる。

 そこには今まで見たこともない高い建物。地面を凄まじい速度で走る箱。あれは、高層マンションにビル。それに車だ。


 あれ? なんで僕は見たことのない物の名前を知っているんだ?

 それに、ここは僕の世界では見たことのない物ばかりなのに、なぜか懐かしさを感じる。

 目の前に『一時停止』の文字が現れる。いや、これ、文字なのか? とにかくそういった意味合いの図だ。

 その意味通りに止まっていると、突如眼前が光りに包まれ、直後に激しい轟音が鳴り響いた。



「うわぁぁああッッ!!!! ハァハァ、ここは……、うっ!」


 ズキッと頭が痛む。

 意識を取り戻した僕は頭痛に耐えながら周囲を伺う。そこで最初に見たのは所々に穴があくボロボロの見知らぬ木の壁だった。


 下には薄汚れたシーツが敷かれ、薄い布が体に掛けてあった。

 状況から見て誰かが介抱してくれたのは明確だろう。


 周囲を見回しても誰もいない。

 ゆっくりと体を起こし、動けることを確認してから、僕は家を出た。


 外に出て改めてその家を見ると、ギリギリで建っている木造のあばら家だ。

 こんなところに住んでいる人が居るのかといった感想を抱いていると、ローブの人物が重そうにバケツを持ってやって来る。


 薄汚れたローブを頭からすっぽりとかぶり顔も体型もほとんどわからず、せいぜい長身ではないということが分かる程度だ。見た目すごい怪しいけど、どう見てもこの人が助けてくれたよね。


「あっ、持つよ!」


 僕は少しでも恩を返すべく、バケツを代わりに持とうと近づく。

 ローブの人物はビクッと肩を震わせる。


「あっ、ごめん、そうだよね。僕は……」


 僕は自分の首輪を見つめる。

 急に今日、爆弾を渡されたようなもので、未だに自分の境遇に慣れない。


 一歩、二歩と後ずさる。

 ローブの人物にはその様子がえらく僕が落ち込んでいる様に見えたようで、バケツを落とす程慌てて、手と首を振る。


 かえって気を使わせてしまい、僕は、大丈夫といった意味を込めて笑みを作ったが、上手く笑えていなかったのか、ローブの人物は余計慌てて、大きく右を見て、左を見て、わなわなと体を震わせてから――。


「えっ、ええっ!?」


 いきなり僕に抱きついてきた。

 ガリガリの体で温もりがあるどころか、むしろ痛みすらあったけど、なぜかとても心地よく、心がほくほくと暖かくなる。


「あ、ありがとう」


 多少とまどいながらもお礼を言うと、ローブの人物は僕の表情を見ようとしてか、顔を上げる。

 そのとき、ささやかではあったが、ローブをはだけさせるには充分は風が吹くと、その人物の顔があらわになる。


「えっ? 女の子? それに、角?」


 ローブの下には、パッチリとした瞳がよく合う可愛らしい顔、自分で頑張って切ったと思しき亜麻あま色の髪。その髪の中から巻き角が覗く。


 ローブがはだけたことに気づいた女の子は、さっと離れてかぶり直す。


「か、かわいい……」


 思わず僕の口から漏れたのはそんな言葉だった。

 ローブの少女は僕の言葉を聞くと、ポカンとその場に立ち尽くす。


「えっ? あっ、ご、ごめん。急にそんなこと言っちゃって……、うぐっ!」


 またしても頭痛が襲う。

 頭痛に耐えながら僕は、今の発言が不思議でたまらなかった。

 角などの人間にない特徴を持った人間は魔人とのハーフであり、忌避きひされる存在である。


 僕自身は好きでも嫌いでもなく、ただただそういう人種がいるのだなといった乾いた感想しかなかった。

 だから実際に出会ってもなんとも思わないと思っていたのに。


『かわいい』ってなんだよーーッ!!


 その瞬間、脳裏に精巧に出来た絵が何百ページにも及び載っている本が浮かぶ。

 それと同時に、亜人、人外、ケモミミ、モンスター娘萌えという単語が頭の中に流れてくる。


「くっ!」


 変な考えと、頭痛を追い出すように、ぶんぶんと頭を振った。

 ローブの少女は、何も言わず、恐る恐る僕に近づくと今度は頭を撫でた。

 その行動にいつの間にか頬が紅潮するのが分かる。


「ありがとう。もう大丈夫。ところで、君の名前は?」


 ローブの少女のは困ったような表情を見せ、それから近くに落ちていた枝を拾って、角の絵を描いた。


 ん? この女の子はなぜ喋らないんだ?


 あっ! そういえ聞いたことがある。

 魔人とのハーフは魔人由来の恐ろしい筋力か魔力、またはその両方を有する事があって、万一人間に害さないよう生まれると物理と魔法に区分けされ、物理なら筋肉の5%しか出せない手枷を魔法なら声が発せられなくなる首輪を着けられる。


 手に枷は見えなかったから、彼女は魔法タイプなのだろう。

 だから――。


「声が出せないんだね。でも名前を聞いて角を描くってことはそれが名前に関係するってことだよね」


 字で名前を書かなかったのは、書かなかったのではなく、書けなかったのだろう。

 字はしっかりと教育を受けるか、本などで独学で覚えるしかない。さっき見た家の様子ではどちらも難しいだろう。

 幸い僕は、教育も受けられたし、そこから本で色々な言葉を覚えられた。


 さて、改めて彼女の名前を理論的に推理すると、角に関係する名前だ。いくつか候補は考えられる。そこから、女の子がつけるような名前っていうと。


「名前は角子だねっ!」


 ローブの少女はローブが取れるのもいとわず、全力で首を振った。


「ははっ、冗談だよ。名前はホルンでしょ。良い名前だね」


 ホルンは俯くがその口元がひっそりと上がっていたのを僕は見逃さなかった。


「あっ。名前なら普通にディスクを見せてもらえばよかったね。僕、何気に緊張してたのか」


 ホルンも言われて気づいたようで、『あ』の形に口を開けた。

 そして、抑えきれなくなったように2人して笑った。


「うん。ホルンはやっぱり笑ったほうが、もっとかわいいよ」


 ホルンは頬を紅潮させ口をへの字に曲げると、逃げ出すように、バケツを拾い、水を汲みに走った。


「水汲みなら僕がやるよっ!」


 追いかけようとすると、急に眩暈が襲う。

 

「体力も魔力もカツカツなの、忘れてた……」


 その場に座ると、楽な姿勢をして休息を取った。



 少し体力が回復してきた頃、ホルンが戻ってくる。

 僕が座っているのを見ると、ホルンはすぐにコップに水を入れると僕に差し出す。


「ありがとう」


 ところどころ欠けたコップに口を切らないように、口をつけて一気に水を飲み干す。

 心なしか、だいぶ体力が落ち着いてきた気がする。

 ほっと一息つくと、ホルンがいないことに気づく。

 

 いったいどこにっ!!

 

 キョロキョロと周囲を見回すと、ホルンは残った水を水瓶に入れる為、いつの間にか家の中に入っていたようで、壁の隙間から姿が確認できた。


「……やっぱり、喋れないのは不便だね。何かいい方法は」


 少し考えると、今まで考えもしなかった方法が浮かぶ。

 話すときの唇の動きで何を言っているか推測できるんじゃないか?

 

 でも、これは結構練習しないといけないかな。

 その練習を終えるまでのあいだ用に――。


 僕は木の板を探すと、あきらかに壁から崩れ落ちたであろう板を見つけた。


「ちょうどいいのがあった!」


 僕はナイフを取り出すと、その木に66コの文字を刻んだ。


「あとは頭文字がこれに対応する絵を刻めば完成なんだけど……」


 夜のとばりが降り始め、これ以上は灯りもないこの状況では出来そうになかった。


 う~ん、流石に女の子の家にいつまでもいる訳には行かないよね。

 家に帰れるか微妙な体力ではあったけど、立ち上がって帰り支度を始める。

 木の板をディスクに仕舞い、ホルンが用意してくれた寝床を片付けてから去ろうと家の中に戻る。


 そこにはなぜかシーツが2枚敷かれていた。

 1枚は先ほどまで僕が寝ていたやつ、もう1つはそれよりもボロボロで黄ばんでいる。


「もしかして、泊まっていけってこと?」


 僕の言葉を聞いていたホルン振り向くとコクコクと頷く。

 そして、壁に炭でおもむろに絵を描き始める。


 その絵は月と人間と魔物で、人間が魔物に襲われている。


「上手いね。いや、そうじゃなくて、これは、今から僕が帰ろうとすると魔物に襲われるってことかな?」


 再び、ホルンは頷く。


「そういえば、ここってどこ?」


 僕は気絶したまま運ばれたので、このホルンの家がどこに位置しているのかわからない。

 周りに家が見えないことから、かなり端の方だと思うけど。


 今度はホルンはこの街の地図を描き、最後に街の外、北東に位置する森の中に×を描いた。


「ここは街の外なのっ!? なるほど、夜にこの位置から帰るにはかなり危険だね」


 嬉しそうにコクコクコクと激しく頷く。

 

 でも、こんな危険なところに一人で住んでいるというのは……。

 ギリッと歯を食いしばる。

 色々と理由は思いつくけど、それでもこんなことは許されないだろ。

 それでも努めて冷静になろうと、深呼吸をしながら壁へと目をやると、よくよく見ると壁には魔物避けの魔法が込められている。

 これなら、周囲には魔物は来ないのか。


「でも、女の子があったばかりの男と一緒に一夜を過ごすのはどうかと思う。倫理的に考えてダメでしょ! 僕は外に出てるよ。無闇に歩くよりは安全だと思うし、火をいてればそこまで危険はないでしょ」


 僕が外へ行こうとしたら、不意に袖が掴まれた。


 ホルンは僕を真っ直ぐに見つめると、首を横に振って外に出るのを阻止する。

 その瞳の強さに僕は観念する。


「わかったよッ! ちゃんとここで一夜過ごすよ! でも、ホルンみたいな可愛い子とだと間違いが起きるかもしれない。だから、縛ってくれっ!!」


「ッッッ!!」


 ホルンは顔を真っ赤にして、その場をオロオロとうろつく。

 手頃なロープが無かったので、シーツをロープ代わりにして、ホルンに差し出す。


 しかし、ウロウロと落ち着き無く動き回るホルンに僕を縛り付けることは出来ず、仕方なく、適当に物を置いて仕切りを作るだけに留まった。


 冷静になって考えると、縛られた男が部屋にいるってのもかなり危ない光景だよね。ホルンが僕を縛らなくて本当に良かった!!


 色々な考えが頭に浮かんできたが、それを振り切るように、ぐっと目をつぶって一晩をやり過ごした。

 明日にはきっとスキルを解明してやるという思いを抱いて。

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