第3話「自滅スキル」

「お前っ! そこから動くなっ! いや、ゆっくりだ、ゆっくり立ち去れ」


 僕が冒険の準備を整えようとアイテム屋へやって来るなり開口一番に怒鳴られた。


「その首輪ッ!? お前、文字化けスキルなんだろッ! 下手なことして店に損害を出されちゃあかなわないんだよッ!!」


 確かに理論的に考えて僕の立場では、店主の言うことはもっともだ。

 僕は大人しくその場から立ち去る。


 街では僕に近づく者はおらず、皆遠巻きに眺める。

 まるで檻に入った猛獣か、爆弾を抱えている人物かのような扱いだ。


 しかし、これはマズイ。アイテム屋でああなら他の店でも一緒だろう。

 と、なると後は家にあるものでなんとかするしかないな。

 僕は文字化けスキルだったことをどうやって伝えようか悩みながら帰路についた。


「ただいま~」


 恐る恐る玄関を開けると、そこにはいつもと変わらぬ母親の姿があった。


「おかえり、シグノ、あんたすごい早い時間から行っていたみたいだけど――」


 母さんは僕の首輪を見ると、言葉を詰まらせた。


「そう、あんた、文字化けスキルだったのね。大丈夫よ。母さんも父さんもあんたの味方だから」


 母さんが文字化けスキルの僕を嫌わなかったという事実だけで、僕は涙が出そうになった。

 そんな顔を見られたくないと、必死にこらえていると、母さんは物置へ入るとガサゴソと何かを漁る。


「ああっ! あったわ。これ、昔父さんが使っていたハガネの剣。ちょっとサビてるけど、なんとか使えるでしょ! あとは回復薬ね。う~ん。木の鎧もあったけど腐っているわね」


 という訳で、僕は父さんのお古のハガネの剣(サビあり)と回復薬を手に入れた。


「ありがとう。とりあえずスキルを試してくるよ」


「頑張りなさい! ちゃんと生きて、いいお嫁さんを連れてくるのよッ!!」


「いや、冒険に出るのは魔物を倒す為なんだけど……」


 苦笑いを浮かべる。


「母親にとっては世界の平和より息子の将来の方が100倍大事なのよっ!」


「全然理論的じゃないけど、了解だよ」


 肩をすくめて、笑みをこぼすと家を後にした。



 これで僕の装備は、村人の服・皮のブーツ・ハガネの剣となった。

 

「それじゃ、行ってくるよ!」


 僕は文字化けスキルを試すべく、一人街の外へ向かう。


 街の外周には魔物を防ぐ壁がそびえ立っている。強固なレンガで造られ、さらに魔法で魔物避けが施されている。

 東西南北にある門のうち、父親の商売を手伝う為、外へ出る際に1度利用したことがある一番大きな東門へ行くと。


「おいッ! お前はここを通るんじゃあないッ!」


 言うやいなや、門兵は棍で一突き!


「ガハッ!!」


 腹部に襲った痛みで膝から崩れ落ち、その場で嘔吐する。


「きたねぇな。お前みたいな首輪着きは北門からがお似合いだぜ」


「ぐ、うぅ……」


 僕はうめき声をもらしながら、よろよろと歩きはじめる。

 痛いし、いきなり攻撃してきたことはムカつくけど、確かに僕も配慮が足りなかった。


 今の僕は爆弾を持っているのと同じ扱いなんだ。そんな奴が一番人通りのある門に来たら、門兵としては追い出すだろう。


 人通りが少ない道を通り、閑散とした北門へ辿り着く。

 北門は出てすぐに森が広がり、魔物に出会う確率が高く、道も悪い為、冒険の始まりとしても、商業としても都合が悪く、滅多に人は訪れない。


 北門の門兵はいつ魔物が来るかわからない場所である為、屈強である。

 先の東門の兵とは違い、ここの門兵に一突きされたら、僕の命はないだろう。


 しかし、その強さ故か。


「文字化けか。スキルを試すなら、少し時間は掛かるが森を迂回して草原へ出たほうが幾分か魔物は弱い」


 ぶっきらぼうで、厳つい顔だが親切に狩り場を教えてくれる。


「ありがとうございます」


「……気にするな」



 僕は言われた通り森を迂回して草原へ向かう。


 草原には数匹のホーンラビットと言う有角のウサギが居る。

 魔物の中では弱い方で、スキルを試すには最適な相手と言えるだろう。


「とりあえず、どうやったらスキルが発動するのかな?」


 まずはホーンラビットに向かって手をかざして、「スキル!」と叫んでみる。


 しかし、なんの変化も起きない。

 指の形をキツネにしてみたり、思いっきり振りかぶってみたり、瞑想してみたりしたけど、一向に発動しそうになかった。


「流石に3人しかいないだけはあるね」


 そうして試していると流石にこちらに気付いたホーンラビットが、明確な敵意を持って向かって来る。


「くそっ!」


 僕は剣を振り上げ、応戦しようとした、その時、


 ズゥウン!!


 地面から突如として、細長い棒が現れ、先端には菱形の板金が付いている。


「なんだこれ? 槍かな。黄色でなにかマークも付いているし、魔法付与の武器かな?」


 僕はマジマジと見つめてしまった。すぐ近くに魔物が迫っていたというのに……。


 ホーンラビットはいつの間にか速度を増し、僕の懐に突進してきていた。


 や、やばい。避けられないッ!


 突進を腹部に受けた僕は――。


「えっ!? ガッハァッ!!」


 恐ろしい威力にゴム鞠のように何回転もするほど吹き飛ばされた。


「こ、こんな強いなんて……、ゴホッ、ゴホッ」


 呼吸も満足に出来ず、とにかくすぐに魔法の壁を作ろうとする。


「地のマナよ……、MP10を使い、土の壁を作れ」


 確かに詠唱をしたにも関わらず、土の壁は現れず、代わりに凄まじい倦怠感けんたいかん眩暈めまいが襲う。


 この症状は魔力不足? そんなバカなッ!?


 とっさにディスクを腕へ差し込み、自分のステータスを確認する。


 HP:11

 MP:6


 HPは分かる。納得だ。

 でもMPの減りが異様だ。


 そう考える間にもMPは5へと減る。

 考えうる可能性はスキルの所為かッ!

 防御も攻撃も出来ない状況。これは、マズイッ!

 

「に、逃げなくちゃ……」


 痛みに耐え、体を引きづりながら地べたを這って逃げようとするけど、ホーンラビットは明らかに僕が逃げるより、速い!


 ウサギ特有の紅い瞳が僕を見据える。


「こんなところで……」


 死を覚悟して瞳を閉じた。


 ドコォ!


 鈍い音が聞こえると、猛烈な痛みがくると思い全身が強張る。


「…………あれ? 痛くない」


 僕は恐る恐る目を開ける。

 そこにはボロボロのローブをすっぽりと被った人物が、瘤のついた杖を振るい、ホーンラビットを退ける。


「……だ、誰?」


 その瞬間、MPが尽きると共に僕は意識を失った。

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