第5話「ホルン」

 翌朝。壁の隙間から差し込む柔らかな光を受け、自然と目を覚ます。

 

「う、う~ん」


 あんまり眠れなかった所為もあって体力が完全に回復したとは言いがたいがそれでも、ディスクで数値を見る分には完全に回復していた。


「ん? あれ? 少し、読める?」


スキル:? ■□▲□ ~■□▲□見た相手に◇〇与える~ MP10


「見た相手に何かを与えるスキルなのか! これってあとは出し方さえ分かればいけるんじゃ」


 僕は新たに降って湧いた希望に笑みがこぼれる。


「ホル……、あっ、まだ寝てるか」


 僕は嬉しさのあまり、思わずホルンに声を掛けようとしちゃったけど、また寝ているようだ。


 すぅー、すぅーと静かなかわいい寝息を立てている。

 コロリと寝返りをうつと、ローブがはだけ肌が一部あらわになる。


「ッッッ!!!!」


 僕は光りの速さに負けない速度で後ろを向いた。


 心臓がドキドキと脈打つ。


「ビ、ビックリした~、と、とにかく落ち着こう」


 何か無心で出来ることはないかと思い、昨日の続きを行うことにした。

 ディスクから木の板を取り出すと、そこに絵を彫り込んでいく。


 ホルンのように上手くは彫れなかったけど、それでも何を表しているかは判別できる。と思う。


 すっかり全部彫り終わる頃、ホルンが目を覚ました。

 ホルンは自分の姿を確かめると、バサッと素早く服を直す。


 それを確認した僕は改めて向き直り、せっかく作った木の板を見せる。


「ホルン。見て、こういうのを作ってみたよ」


 何を作ったのか分からないようで小首を傾げる。


「これはコミュニケーションボードっていう意思疎通する為の板だよ。ホルンにも分かるように言葉の最初が同じ絵をつけてあるから。例えば――」


 僕は声を出しながら、「お」「は」「よ」「う」と指差した。

 ついでに、「お」は音符、「は」は歯、「よ」は鎧、「う」には馬の絵が描いてある。


「これを指差してくれれば、ホルンの言いたいことが誰にでも分かるよ。あと、ちょっとお願いがあるんだけど」


 僕はずいっと顔を近づけ、口元をじっと見る。


「何か言いたい事があるときは、口も一緒に動かしてくれないかな。ちょっと訓練したいことがあるから」


 ホルンはたじろぎながらもコクリと頷いた。


「それじゃ、はいっ!」


 僕がコミュニケーションボードを渡すと、ホルンはすぐに文字を指差す。


『あ・り・が・と・う』


 それと同時に口も動かしてくれた。

 口の動きを一瞬たりとも見逃すことなく凝視する。


 もう少し、練習しないとわからないね。


 僕は、「どういたしまして」と応えると、これからまた角ウサギと戦いに行くことを告げる。


『き・け・ん』


「そうだね。でも、僕のスキルを解明するには多少の危険は覚悟しないと。昨日は助かったよ。ありがとう。でもホルンまで危険な目に会う必要はないから。ちゃんと使えるようになったらまた会おう」


 僕はハガネの剣を背負うと小屋から立ち去ろうと、ホルンに背を向けた。


 ぐいっ!


「うわっ、ととっ」


 服の裾をいきなり掴まれ、バランスを崩しそうになる。


「ど、どうしたの?」


 裾を掴んだ相手、ホルンに問いかけると、まるで母さんが怒った時のような表情で、コミュニケーションボードを叩きつけるように指差す。


『つ・い・て・い・く』


「ホルンまで危険な目に会う必要は――」


 ぎゅっと裾を掴む手に力が入る。

 そして、何を言っても聞かないという強い意志のこもった瞳に、速攻で僕は根負けした。


「わかったよ! 僕はパーティを組むことが出来ないから、今は形だけの仲間だけどよろしく!」


 ホルンは驚いたように、くりっとした目を見開く。


『な・か・ま』


 恐る恐るといった感じで指が動く。


「うん。仲間。もしかして嫌だった?」


 ホルンは首をブンブンと何度も激しく横に振る。


「よかった。もしかして、もう仲間とかいるかと思って、聞くの結構ドキドキだったんだよ」


『そ・ん・な・わ・け』


 ホルンはまるで過去の辛かった出来事を思い出したかのように、口を真一文字に結び、拳に力が込められる。


「そうだよね。ハーフならそれなりに辛い思いもしてるよね。……ごめんっ! 配慮が足りなかった。理論的に考えればすぐ分かったことなのに!」


 僕が深く頭を垂れて謝罪する。

 ホルンは、慌てて僕を起こすと、Cボードを突きつけ、『い・ま・ち・が・う』と言う。

 さらに続けて、


『し・ぐ・の・お・か・げ』


 シグノのおかげって言いたかったのだろう。


「僕なんて、ホルンに助けてもらってばっかりだし、文字化けだし。でも、それでも僕が何かホルンの役に立ててたって言うなら、協力関係、それこそ仲間じゃん!」


 僕は、ホルンの瞳を見つめて、宣言する。


「僕には追いつかないといけない相手がいる。そこに辿り着くには信頼出来る仲間が必要なんだ。だから、文字化けスキルをさっさと解明して、仲間を探すつもりだった」


 僕は自分のディスクをホルンへと差し出す。


「僕のこの能力値で良ければ、文字化けスキルが解明できた際には正式に仲間になってくれないかな?」


 ホルンは僕のディスクを受け取る前に、自分のディスクを差し出す。

 何も言わなくても気持ちが分かり、お互いにディスクを受け取り、差し込む。


・ホルン=ドラート

 LV:3

 HP:107

 MP:63

 パワー:D スピード:D スタミナ:C 器用:B 魔力:A

 適性属性:火・水・地


スキル:B 魔法詠唱省略~魔法の詠唱を一語にまで省略して行使できる~


 僕より高いステータスに少し悲しくなりながらも、スキル欄に目が行く。

 本来魔法は、属性、使用MP、形状を詠唱しなくてならない。

 けれどこのスキルは一言で魔法を発動できる強スキルだ。ランクBなだけはある。本来は――。

 声の出せないホルンにはこのスキルは……。


 ホルンが今まで仲間がいないのはハーフというだけではなく、このスキルも起因していたのだということを理解した。それと同時に、彼女の自己評価の低さも納得がいった。


 ホルンは僕がステータスを見て失望しないか心配なのか、一瞬たりとも僕から目を離していなかった。


 確かに心配になるよね。僕だって似た状況だし、気持ちは手に取るように分かる。


「ホルン。魔力Aって凄すぎないッ!? 本当に僕とでいいの?」


 ホルンは真っ直ぐ僕を見つめて、しばらくしてから頷いた。


「それじゃ、これからよろしく。今からパーティ組むのイヤだって言っても、もう遅いからね」


 なぜだか分からないけど、ホルンの能力を見たとき、落胆する気持ちは微塵も起きず、逆に、なにか凄いことが起きそうな、そんな予感がしたんだ。

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