第17話「筋トレと入り口」

 僕らはダンジョン攻略の準備として、まず酒場で、パンとチキンを買えるだけ頼んだ。

 本当はお金さえあれば回復薬を大量に買いたかったんだけど、僕とホルンのお金はもうほとんどないし、レアンとウルラもそこまでお金を持っていなかった。

 だから、食料を大量に買い込んだ。

 

 荷物になるほど食料を買い込むのは普通なら愚策ぐさくなのだけど、ウルラのスキルのおかげで、そういった心配はなくなっている。


 残るはレアンだけだ。


「さて、それじゃあ、レアン。僕の筋肉の知識を聞いてもらおうか?」


「ああっ! 望むところだ!」


 まず、僕は自身が保有している知識は異世界のモノだと告げた。

 そんなものは信じられないというレアンに対し、予想通り、ウルラが食いつく。


「母さんもそんなこと言っていました! これで文字化けスキル持ち2人が同じことを言ったとなれば、信憑性は高いですねッ!!」


「信じるかどうかはレアン次第だよ」


「ぐぐっ」


 レアンは突飛だが、2人も肯定している話を信じるべきか悩んでいる様子だった。


「レアンも知っていると思うけど、筋肉はすぐにつくものじゃないからね。僕の言った方法で試そうとすると時間が掛かる。だから手っ取り早く信じてもらう為に、筋トレの仕方を言うのはどうかな?」


「ん? 筋肉をつける為のトレーニングなど、どんな世界でも変わらんだろ?」


 僕は首を大きく横に振って否定した。


「ところがそうじゃ、ないんだよ!」


 酒場という衆人環視の中ではいささか恥ずかしいけれど、僕は僕の知識の中にある筋トレを行う。


 そして、その度にどこが鍛えられるかを説明していく。

 僕の説明を聞く毎にみるみるレアンの顔つきが変わっていく。


「シグノ……。どういうことだ?」


 あ、あれ? 逆に信頼を欠いたかな?


「素晴らしいッ!! まさに目から鱗だッ!! アタシの経験からいっても今の筋トレは実に理に適っていると言わざるを得ないッ!!」


「それならっ!」


「ああっ! お前が、理想と言う食事方法なら、信用しよう!!」


 こうして、レアンは僕が提案する食事方法。

 チートディと一日六食を伝授する。

 

 チートディは飢餓状態になって脂肪を蓄えないようにする為。

 一日六食はエネルギー不足になると筋肉を消費して人間は活動する。なのでエネルギー不足にならないようにする為だ。


「了解したっ! ふふふっ。この筋肉がさらに成長するのかっ!」


 レアンは我が子を見つめる母親のような目つきで、自身の腹筋を撫でた。



 準備も整い、なけなしのお金で馬車も用意した。

 僕とホルンの装備は変わらず。

 レアンは、ビキニアーマーとミスリルの剣。

 ウルラは学士のコートと村人の服。魔道書という装備だ。

 

「余分な体力の消費は抑えよう。代わりにお金の消費がやばいけど……。もう後戻りはできないっ! みんな、行くよッ!!」


 僕らはカンビャメント洞窟の入り口まで馬車で何事もなく、向かう。

 馬車の中でもレアンは筋トレと食事を行い、御者さんには迷惑をかけたと思う。


「おっ、着いたみたいだね」


 馬車の中から見える洞窟の入り口にはまるで、お祭りのように露店が開かれて、活気に満ち溢れている。

 ダンジョン前値段なのか、相場よりかなり高く食料やアイテムが売られているが、飛ぶように売れている。


 御者さんの話しでは、ここはボスがいなくならないダンジョンとして、かなりの数の冒険者が挑み続けるので需要が尽きず、もはや観光地のようになっているそうだ。


 馬車を降り、活気づく喧騒けんそうのなか、全ての物売りを無視し、洞窟へと入って行く。

 外の光がしっかりと入る場所までは、まだ観光気分で行けるのだが、光が届かなくなるほど歩くとそこは、途端に空気が変わる。


 ピリピリとひり付く様な緊張の中、先に入ったパーティが灯していったランタンの火と松明たいまつを頼りに進んでいく。


 魔物に出会うことはなく、最初の分かれ道へと辿り着く。

 道は左右2つに分かれており、その手前には何か彫られている。


「あっ! 見てください。この壁!」


 ウルラが指し示す壁には、確かに文字化けスキルと同じ文字が描かれていた。


「シグノさん。読めますか?」


 松明をかざして、しっかり見ていく。

 □□▲と普通に見たら見えるけど、文字化けスキルの知識と合わせると、


「これは、『右の道を』って書いてあるんだけど、意味は分からなくはないんだけど、誤字なのかな?」


 微妙に間違っていることに違和感を覚えながら、僕らはその指示に従い、右の道を選ぶ。

 そのまま進んで行くと、


「しっ!」


 先頭を進むレアンが指を口にあて、大声を出さないよう指示を出す。


「何か来るぞ」


 その言葉通り、通路の先からは3匹の小鬼。ゴブリンがそれぞれ棍棒や刃こぼれしたダガー、折れた槍を携えている。

 

「良しッ! 敵だッ!!」


 レアンは敵を視認すると、疾風のように飛び出し、ゴブリンに突っ込んで行く。


 そのまま、盾役となるか、もしくは全ての敵を切り伏せるかと思いきや。


「せいやっーー!!」


 ゴブリンの攻撃を全てかわし、挑発するように手招きする。


「まだまだーーッ!!」


 またも攻撃は一切せず、全ての攻撃を避けきる。


「いいぞっ! 唸れッ! 筋肉ッ!!」


 も、もしかして、筋トレとして避けてる?

 そういえば、レアンの元パーティの人もレアンの前衛を信用しないで行動したって言っていたね。

 その理由がわかった気がして、僕は次の1手を打つ。


「レアンッ! 筋肉は無酸素運動。つまり一瞬で激しい運動をした方がいいんだっ! そんな弱い魔物の攻撃を避けるより、最奥のボス魔物の攻撃を避けたり、攻撃したりした方がいいよッ!」


「何っ!? そうなのかっ!?」


 言うやいなや、レアンは剣を引き抜いたかと思うと、いつのまにかゴブリンは斬られており、その場に沈む。


「つ、強っ!!」


 思わず声を上げた僕に、レアンは涼しげな顔で告げた。


「だからアタシがいればダンジョン攻略くらいできるって言っただろ」


 筋肉や反射神経、それから場数をくぐった経験はレベルというステータスには反映されない。そういうことなのだろう。

 いくらレベルが低くとも、レアンの実力は一流冒険者並のようだ。

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