第8話「覚醒」

 勉強はそこそこに得意だった僕は、出された教科書に書かれたマークを暗記するのは、そこまで苦なことではなかった。


 四角に青色に『レ』は安全地帯。

 菱形、黄色に『!』はその他の危険。

 丸に赤色、『-』は車両侵入禁止。


 何度か紙に書けば覚えられ、当然試験は合格した。

 待望の車を手に入れ、ルールをしっかりと守って運転する。

 一時停止があり、停止線前できっかり3秒止まっていると、眩いライトの光りが飛び込んでくる。

 次の瞬間、僕の車はまるでビリヤードのボールのように、ぶつかってきたトラックによって弾かれる。

 車は僕の体を巻き込んで半分以上ひしゃげていた。

 刹那せつなで死を悟った僕だったけど、弾き飛ばされる車の中、進行方向に親子の姿が確認出来た。


「おいおいおいおい。ウソだろ」


 僕が死ぬのはまだいい。運命を受け入れよう。だけど、僕に巻き込まれて誰かが死ぬのはイヤだ!


 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ。


 足はブレーキペダルをベタ踏みするが、そもそも弾かれて進んでいる為、止まる気配はない。


「頼む。止まれ! 避けてくれッ!!」


 ガシャン!!


 車は何かにぶつかり、くの字に折れる。ちょうど親子はその間に入っており、子供が泣きわめいているが命に別状はないようだ。


「良かった」


 僕は薄れ行く意識の中、最後に車がぶつかった物を見た。

 それは、『止まれ』と書かれた、一時停止の道路標識だった。



「ハッ!!」


 白昼夢はくちゅうむのように見えた映像。

 今のがなんなのか、さっぱりわからないけれども、全部理解出来た。


 なぜホーンラビットが強くなったのか。

 なぜトロールに襲われたのか。

 なぜホルンに出会えたのか。


 それは、スキルの効果だ。

 あの菱形の槍は、黄色に『!』のマークだった。

 意味は、『その他の危険』があるという事だ。


 最初のとき、僕はあのマークを見た。そしてホーンラビットも共に。

 だから、僕にはホーンラビットが強くなるという危険が襲い、ホーンラビットにはホルンが現れるという危機が訪れた。

 そしてさっきはホルンに見せた。その所為でトロールが現れた。


 全部、全部、僕の所為だ!

 文字化けスキルが自滅スキルとはよく言ったものだ。


 後悔もある、懺悔ざんげもしなくてはならない。

 僕は僕の為に皆を巻き込んで危険にさらしている。


「でもっ! それはまず生き残ってからだッ!!」


 今の、今の僕らならトロールにだって勝てるはずだ!


「ぐぅうっ! ああっ!!」


 激痛をこらえながら立ち上がると、ホルンへ手を差し伸べる。

 ホルンは僕の手を掴むと、そのまま立ち上がった。


「ホルン。僕を信じてくれる?」


 一切の躊躇ちゅうちょも見せず、コクンと頷いた。


「ありがとう。今から作戦を言うね――」


 僕の作戦を聞いたホルンは驚愕の表情を見せた。

 確かに荒唐無稽こうとうむけいな話だと思う。それでも勝つ確率があるのはこれしかなかった。


「お願い信じて!」


 僕の目を見たホルンは、コクンと神妙に頷いた。


 僕はディスクを取り、回復薬を出す。

 そして、ディスクをそのまま自分に指し、能力を確認する。


 きっと今なら、全部分かるはずだ。


・シグノ=メーラ

 Lv:2

 HP:33/126

 MP:27/37

 パワー:D スピード:C スタミナ:D 器用:C 魔力:C

 適性属性:地・風

 

スキル:甲 道路標識 ~道路標識を見た相手にルール通りの事象を与える~ MP10


 全部読める。やっぱり思った通りだ。


 僕は回復薬を門兵さんへ投げる。


「僕が動きを止めます。その間に回復をッ!」


「何を言って」


 狼狽ろうばいしつつも、しっかりと回復薬をキャッチする門兵さん。

 僕はハガネの剣を構える。


「風のマナよ。MP7を使って、剣を投擲しろ」


 剣をトロールに向かって投げつけると、そこに風が加わり速度を増す。

 狙いも雑だし、威力もいまいち。ただただ当てて注意をこちらに向けるのが目的だ。


「こっちを見ろッ! この巨漢ファッティがッ!」


 トロールは攻撃プラス罵倒ばとうをした僕の方を見る。


「止まれッ!」


 僕は腕を振り上げると、『止まれ』と書かれた道路標識をトロールの前に出す。

 良し。明確に意識すれば思い通りの標識を出せる!


「一時停止は3秒です。その間に回復を!」


 門兵さんに回復を促し、足止めをお願いする。


「なんだかわからんが、お前に賭けてやるよ。スキル:超集中」


 足止めと聞いて愚直にトロールの足を切断しにかかる。

 その間に僕はスキルを一度収め、ホルンに目で合図を送る。


 ホルンは駆け足で、トロールの真横に向かう。


良しっ! 完璧な位置取りだ!


「門兵さん、強烈な魔法が行きますから、その隙にトロールの首をッ!」


「分かったが、魔法?」


 門兵さんの疑問には答えず、僕はホルンの視線の在処を確かめた。

 バチリと目が合い、心が通じた気がした。


「行くよ! スキル発動:道路標識! クラクション!!」


 丸く、中にベルが鳴っているような絵が描かれた標識が目の前に現れる。

 これは、音を出さなくてはならないマークだ。


「ホルンッ!! 今だッ!!」


 ホルンは口を大きく開け、叫んだ。


「炎ッ!!!!」


 ホルンの口から、しゃがれてはいたが、可愛らしい少女の声が響くと同時に特大サイズの火球がトロールを襲う。


 ホルンの魔法詠唱省略と僕の道路標識クラクションの合わせ技だ!


「グオォォオォォォォォオオオオッッ!!」


 火球はトロールへ当たると爆ぜ、体の半分以上を一瞬で燃やし尽くした。


「なんて、威力だ」


 あまりの威力を眼前で目の当たりにした門兵さんは呟くように言った。


「グッ、グググッ!」


 弱点の火はトロールから回復能力を奪い、もう死を待つだけの体へと変貌させた。

 しかし、それでも持ち前の生命力で、通常の生物なら即死の攻撃を受けても生きながらえていた。


「このまま苦しんで死なせるのは忍びない。剣を交えた仲だ。今、楽にしてやる」


 門兵さんは、素早く正確にトロールの首をねた。


 ゴトンッと首が落ちると、バランスを取る機能を失った体がゆっくりと倒れた。


「か、勝った……。勝ったよホルンっ!!」


 僕は嬉しさのあまり体の痛みも忘れ、ホルンへ駆け寄る。

 ホルンの顔を覗き込み、共に喜びを分かち合おうと思ったそのとき、ホルンの頬をなく涙が伝っていた。


「えっ? えっ!? どうしたの? どっか痛めた? 大丈夫?」


 僕はおろおろとしながら聞くと、ホルンはふるふると首を振る。

 そして、コミュニケーションボードを取り出すと、震える指で、2文字を指し示した。


『こ・え』


 この文字で僕は全てを理解し、思わずホルンを抱きしめた。

 

「良かった。本当に良かったね」


 ホルンは生まれてこの方、声を出せないように縛られていた。

 周りが当たり前に出来ることが、出来ない辛さを何度も味わったのだろう。

 それが、一瞬とはいえ、声が出せた。

 その喜びは推して知るべし事柄だった。


 僕らはこの瞬間。生き残った事、スキルが解明できた事、声が出せた事、それら全てを共に分かち合った。

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