第7話「VS トロール」

 本来トロールは森の奥深くに住み、こうした平地に出てくることはほとんどないはず。

 これが弱い魔物ならまだいいけど、トロールは強力な腕力に、理外りがいの再生能力を持つ。


 こんなのに攻撃されたらひとたまりもない!

 とにかく、一刻も早く逃げなきゃ!


 ホルンの手をひっぱり、一心不乱に逃げる。


 トロールはどすどすっと重そうな音を立てているにも関わらず、素早いスピードでなぜかこちらを追ってくる。


「はやっ! このままじゃ追いつかれる! あと少しなのにっ!」


 僕も闇雲に逃げている訳ではなかった。

 なんとか街の壁にまで辿り着けば、魔物避けが張られているから、トロールも逃げてくれるはず!


 まるで僕らを追ってくるようなトロールの動き。

 その理由を考える間もなく、ギリギリのタイミングではあったが壁へと辿り着く。


「こ、これで、逃げてくれよ」


 僕はホルンを背後に隠すと、トロールと対峙する。


「コオォォォ!」


 臭い息を吐き出し、僕を見つめた後、壁をしかめっ面で睨む。


 良しっ! 壁の魔物避けが効いているようだ。


 トロールは一歩退いたのを皮切りに、そのまま下がっていく。

 

 どうやら退いてくれるようだ。僕はホッと息を吐き出す。


「ホルン。ゆっくり壁伝いに逃げよう」


 ゆっくり、スローにじりじりと横へずれていっていると、


「おいおい! ウソだろッ!!」


 トロールは退いた訳ではなく、勢いをつける為に距離を取っただけであり、まるで巨岩きょがんのような肉体が突撃してくる。


 トロールの突進!

 僕は防御しようと魔法を唱える。


「地のマナよ。MP10使い――。ダメだ間に合わないッ!」


 トロールのスピードは魔法を唱えることを許さず、咄嗟とっさにホルンを突き飛ばして、僕も横に跳ぶ。


 ドォンッッ!


 激しい轟音を鳴らし、トロールは壁へ激突した。


「ぐぅ、ああッッ!!」


 ギリギリで避け切れなかった左足に激痛が走る。


「かすっただけで、このダメージ……」


 もし直撃していたらと思うとゾッとする。


 トロールは壁へぶつかってもピンピンしてはいたが、魔物避けが不快なのか、地団太を踏む。


 もしかして、わざわざ距離を取って突撃して来たのは、子供が嫌いな野菜を勢いをつけて食べるように、嫌なところだから勢いをつけて来たのか?

 いや、そんなことより早く逃げないとっ!


「痛ッ!」


 左足の痛みで上手く走れない。それにさっきから頭痛も酷く、ズキズキと痛み思考がまとまり辛い。

 だけど、これは、どう考えても逃げ切れないね。でも――。


「ホルン! 無事?」


 突き飛ばされたホルンはすぐに起き上がると僕の方へ駆け寄った。


 この様子なら、無事だろうし、走れるね。


「ホルン、君だけでも逃げて! 僕は足をやられたから逃げられない。だから、せめてここでホルンが逃げる時間くらい稼いでみせるから」


 僕はハガネの剣を抜くと、トロールに向かって構えた。

 けれど、ホルンは逃げ出すどころか、僕の前へ立ち、トロールへ対峙する。


「ちょっ!? 何してるの? ホルンは逃げて!」


 ホルンは首をブンブンと振り、その場から動こうとしない。


「なんでッ!! ダメだ! ホルンだけなら助かるのに! そんなの理論的じゃないっ!!」


 僕がどれだけ言ってもホルンは動こうとしない。

 そんなホルン目掛け、トロールは無慈悲にも腕を振り下ろす。


「やめろぉ!!」


 叫ぶことしか出来ない僕の横を棒のような物が雷のような速度で飛翔ひしょうした。

 その棒はトロールの振り下ろす腕を正確に貫いた。


「ガアァァァ!!」


 弾け飛ぶように腕が切断されたトロールは叫び声を上げ、飛ばされた腕を取りに走る。


「えっ? なっ? 今のは、何? 誰?」


 色々な疑問が湧き出るが、頭痛が激しい今の状態で答えが出せずにいると、棒のようなものが飛来した先から、低く渋い声が掛けられる。


「おい。大丈夫か?」


 咄嗟に声の方を見ると、そこには北門を守る門兵が剣を抜きながら、駆け寄ってくる。

 先の棒を見ると、それは門兵が装備している棍であった。


「あ、ありがとうございます。助かりました」


「仕事だ。気にするな」


 僕が礼を告げると、門兵はトロールから視線を外さずぶっきらぼうに答えた。


「下がっていろ」


 門兵は目にも止まらぬ速度で、トロールへと向かっていく。


 眼前のホルンはペタンとその場に座り込む。


「ホ、ホルン大丈夫?」


 僕が近づくと、ホルンは涙を浮かべ、何かを言おうと口を動かす。

 コミュニケーションボードも使っていないし、まだ唇の動きも読めないけど、それでも何を言わんとしているのか判った。


『死なないで』


 母さんの「ちゃんと生きて、いいお嫁さんを連れてくるのよッ!!」という言葉も重なる。

 僕は2人で生き残る道をすぐに諦めた事を恥じ、唇を強く噛んだ。


「……ごめん。僕もホルンに死んでほしくなかったから。考えが足りなかったし、ホルンがここまで僕を心配するなんて想像もしなかった」


 浅慮せんりょで想像力欠如けつじょだったんだ。


「もう、こんなことはしないッ!」


 ホルンは目元をローブのすそでゴシゴシとこすると、ニッコリと笑みを作って立ち上がる。


「門兵さんが戦ってくれているし、今のうちに街に入って助けを呼ぼう」


 たぶん、これが3人全員生き残る最善策だ。

 ホルンは心配そうに門兵を見つめる。

 僕も一緒になって見ると、


「おおっ! スキル:超集中コンセントレイト!」


 門兵さんの動きが急に良くなり、瞬く間にトロールの左腕を斬り取り、次に首へと刃が迫る。

 ザンッと音を立てて血飛沫が飛ぶ。


「チッ。浅い」


 トロールの首に刃は入ったものの首を飛ばすまでは行かず、すぐに回復する。

 腕もすでに新たな物が生え、無傷としか思えない。


 トロールを倒すには、首をねるか弱点の炎で燃やすしかない。

 門兵さんが炎を使わないところから、属性が違う、もしくは魔法が不得手ふえてなのだろう。


 けれど、圧倒している。

 時間さえかければなんとか倒せるだろう。

 いくらかの安堵を覚え、僕らは助けを呼ぶ為、街へ行こうと退がった。


 そのとき、トロールはピクッと反応し、門兵の攻撃も無視し、大きく跳躍する。

 ドシンッと地響きを轟かせ、僕とホルンの行く手を阻む。


「くっ!」


 咄嗟に僕はホルンの前に腕を出して後ろに下がらせる。

 僕が体を張ってホルンを庇えばもしかしたら、ホルンだけは助かるかもしれない。


 だけどッ!!


「僕は、自分の命も諦めない!」


 とは言え、明確な打開策もない。ただ諦めていないだけだ。

 トロールは2人まとめてなぎ払う為、真横に腕を振るう。


「一か八かだ! 止まれーーッ!!!!」


 僕は腕を振り上げ、スキルを発動させた。

 スキルの効果うんぬんはともかく、発動時にはあの槍のような物が地面から現れる。それで攻撃を受け止めるっ!

 強度などは検証していないけど、今はそれにかけるしか、ないッ!!


 槍のような物が現れると、先端の形がいままでと違って逆三角になっている。

 そして、トロールはその槍のような物に触れることなく、ピタリとその動きを止めた。


「え? いったい、何が?」


 僕は予想外の出来事にポカンとしていると、


「ボーッとしてるんじゃあないッ!」


 動きを取り戻したトロールとの間に門兵さんが割って入る。

 凄まじい膂力りょりょくによって生み出される強烈な一撃に、門兵さん共々、僕らは弾き飛ばされる。


 木の葉のように宙に舞い、地面へと打ちつけられる。


「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ、うっ、痛つっ!」


 体中に激痛が走る。

 やばかった。あそこでトロールが動きを止めず、門兵さんがいなかったら、確実に僕らは2人とも死んでいた。


 そうだ。ホルンは!?


 痛む体もいとわず、ホルンを探すと、ホルンも僕を探していたのか、同時に目が会った。

 とりあえず、無事だった事に、ほっと胸を撫で下ろすけど、事態は1つも好転していない。

 トロールという脅威はいまだに、すぐ近くに迫ってる。


「おい。お前ら大丈夫か?」


 一緒に飛ばされ、僕らよりダメージを負う位置にいたはずの門兵さんはすでに立ち上がり、僕らに声をかける。


「はい。なんとか――」


 門兵さんに大丈夫と答えようとし、姿を確認すると、攻撃を受けた腕はぼろぼろで、なんとか立っているようにしか見えない。

 それでも門兵さんは僕らに背を見せ、トロールへと向かっていく。


「な、なんで、門兵さん、そこまで……。そもそもさっきだって僕らを庇わなければ、一人なら勝てたはずっ!」


 門兵さんは、顔だけ一瞬こちらに向けると、ふっと口角を上げた。


「少し前までオレは門兵として半人前だった。門兵の仕事は、通行人を受け入れ、送り出す事。門を脅威から守る事だ。だが、北門にはほとんど人が通ることはない。だから、オレは門を魔物から守ることしかしたことがなかった。

 そんなとき、そこのローブが通るようになった。オレにとって初の通行人だ。初めて全ての仕事をした。その瞬間オレは門兵として一人前になった。そして、2人目が昨日のお前だ。オレはお前らがいなければ門兵ですらなくなる。

 門兵である間は通行人も門もどっちも守る。理由なんてそれで充分だろ」


「あ、ありがとう、ございます」


 きっと門兵さんは、ホルンがハーフなのも気づいているはずだ。それに文字化けスキルの僕、忌み嫌われる2人にも関わらず、通行人だと、守ると、言ってくれた。

 そんな人を僕は巻き込んだ。

 自分がスキルを解明したいだけに、ホルンも門兵さんも。


 ズキンッ!!


 そのとき、強烈な頭痛が僕を襲った。

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