第25話 あの世、この世に。
前は、あの世が。
あの世、この世に。
今は、この世さ。
転生、めでたし。
誕生、めでたし。
――理教、出産祝い節――
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満開の時期を過ぎて、御霊樹の花が散りだしていた。
悠は集めた花びらの色分けに
ハラハラと
ふと、素朴な疑問を感じて、倫子は悠に聞いてみた。
「どうして、御霊樹を聖リンフジカと呼ぶの? ここにいるのは〈御大〉なんだろう? だったら、神霊の霊名をつけるべきだと思うけど」
「霊名は、みだりに口にするものではないの。特に、神霊の御名は、招請する場合だけね。呼ぶたびに、
「確かに、それは怖いな」
「それに、御霊樹というのは、
でも、倫子の臨終の時は、この樹に宿っていたのだろう。そして、鮮やかに輝き、道を指し示してくれた。倫子は、守護霊の霊名など知らず、あの世の父に祈っていたのだけれど。
(私を助けてくれて、ありがとう)
倫子は、悠と同じ言葉を守護霊に捧げた。無限の感謝をこめて。
未だに、自分が聖リンフジカの〈再来者〉だなどという実感はないが、あの時、祈りに答えて、あれだけの水が吹き上げられた以上、自分を守護してくれる何かがいるのは、間違いないのだと思える。
「あら、クレオジだわ。権現山に上がって来るなんて珍しい。どうしたのかしら」
悠がクレオジ院長の方へ走り寄って行った。杖をついた老人に手を貸そうとしている。本当に優しい子だ。これは親馬鹿ではない。まぁ、もう親ではないが。
だが、ほのぼのとした気分は、子供を愛するが故に、身を誤った母親を思い出して、重く沈んだ。
潮屋の勝子は、息子を城主にするためには、手段を選ばなかったようだ。聖女狩りを主導し、〈竜殺し〉の密売もした。どこまで自分で手を下したのかはわからない。火事の後、夜叉族二人組とともに、遺体が確認され、供述が全く取れなかったからだ。姉の秀美や家族、高峰屋の雇い人も、ほとんどが亡くなってしまったのだが、アンヤンの母親のお良が、重傷を負いながらも生き残って証言したおかげで、ある程度の事情は明らかになった。
アンヤンの実父は、先々代の北上城主に仕える九克教徒で、家督争いに巻き込まれて殺された。理教徒のお良は、生まれたばかりのアンヤンを連れて新河岸に逃げ、商家の乳母奉公に上がった。レンヤンはその主人の息子で、アンヤンとは異父兄弟になる。アンヤンが医寮生になってから、離れて暮らしていたため、亡き夫の弟――氷室征二郎から、息子が言葉巧みに引き入れられて利用されていることに、お良は気づかなかったらしい。
だが、聖女狩りの犯人を追っていた暴力団の闇組は、お良も仲間と思い込み、アンヤンの名を
お良によって、征二郎の家僕、耕介の存在が明らかになり、新河岸を脱出しようとしていたところを
その成果によって、重臣の家に献上された三人の幼女の居場所は、全て判明し、北上城と内密の交渉の末、取り戻すことができたのである。誘拐された子とは知らずに養子縁組したのであって、犯罪には加担していないと主張する北上城側の抗弁を受け入れ、表沙汰にはしないことを条件に、三人の聖女を速やかに親元へ返還させることができた。
問題だったのは、残りの四人目。美笛屋の笛子の連れて行かれた場所が、なかなかわからなかったことにある。お良が、征二郎は城下から離れた山の中に、内密の屋敷を持っていると小耳にはさんだことがあったが、それがどこにあるかまでは知らなかった。耕介の思考からは、場所が特定できずにいたところ、その情報は思わぬところから提供されたそうである。獬豸族の野菜売りが、人里離れた山荘で『美笛屋のうた』を聞き、新河岸の聖女がいるようだと連絡してきてくれたのだ。最終的に、屋敷の中に笛子がいる確認がとれた時点で、大斎院の瞬動力者や武官によって、救出作戦が決行されたという。
かくして、四人の聖女たちは、それぞれの家へと無事に戻ってこられた。お良の情報量は豊富だった。北上城の権力構造や、主だった家臣の屋敷の場所、果ては、交渉相手の性格まで把握していたので、必要な証拠と証人を集めることができて、談合はうまくいったのだといえる。北上城城主の顔はあくまでつぶさない形を取り繕い、誘拐された幼子達を取り返すことができたのも、全てはお良のおかげといって過言ではない。
だが、お良自身の長男は死んでしまった。二度と戻ることはない。
倫子は、悠が事故死した後の地獄を思いおこして、身につまされた。何とかしてやれなかったのかと自分を責め、あの時こうしていたらと苦しみにのたうち回るのだろうと。
しかし、お良は、『なぜ、私の子が?』と嘆くようなことはなかった。勿論、深く悲しんではいたが、理教徒ならではの信念から、現実を受容して、後悔はしないようだった。
「あの子とは、来世でまた必ず会えると信じています。守ってあげられなかった償いは、その時にできるでしょう」
転生してきた倫子には、実感できる真実だ。
もっとも、〈転生者〉なのか、それとも、〈再来者〉なのか、決着をみてはいないのだが。どちらであろうと、たとえ、どちらでもなくとも、別にかまわないと思う。それで、自分自身が変わるわけではないのだから。
「この度は、新河岸を火災より救済していただきまして、
クレオジ院長が、深々と頭を下げて言った。
いつの間にか、その後ろには、既に慣れ親しんだ人達の顔が並んでいる。パレヴァ、ジャレンリー、セイギまで。そして、勿論、悠もいる。
「遅ればせながら、
院長が、左手を斜め上に上げ、再度一礼する。
パレヴァが、仏頂面のセイギを流し目でちらりと見てから、倫子に笑いかけた。
「これで、三人目の上級位認証が得られました。追って、大斎院より、〈再来者〉として、正式の認定が下されることになるでしょう」
これは、他人の人生なのだと思っていた。何かの間違いで、入り込んでしまっただけだと。
でも、違ったようだ。ここには、自分が戻るのを待っていてくれた人達がいる。
まだ、タムシラキの素性は、五里夢中で判然としないけれど、彼の魂が、この身体に戻ることはあるまい。だから、多分、リンの新たな人生が、始まったと考えていいのだろう。もはや斉藤倫子ではなく、タムシラキの借り物でもなくリンフジカとしての人生が。
既に、日本は遠くなって、『この世』とは呼べなくなり、新河岸が、次第に現実的なものとなって、『あの世』という感じではなくなった。
今のこの感覚を端的に表現した、お誕生の言葉がある。理教徒は、産まれたばかりの子供を囲み、皆で唱和して聞かせるのだそうだ。
『あの世』が、『この世』になったんだよ、と知らしめるために。
『転生おめでとう』と祝いながら。
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これを持ちまして、第一章が終わりました。
ここまで、おつきあい下さいました皆様、本当に有難うございました。
第二章に移る前に、新作のライトノベルに着手しております。
どちらの作風が良いか、御感想をいただければ、非常に助かります。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
守護聖人リンフジカ再来記 彼方廻 @hoshinomiyakoku
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