第24話 幼き聖女、笛子の帰還
美笛屋、お店は、中通り。
新河岸、西町、三丁目。
楽器が、いろいろ、ありますよ。
小笛は、お貸しも、しています。
音曲、好きなら、教室で、
いっしょに、お笛を、吹きましょう。
――美笛屋のうた――
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笛子は、おなかがすいていた。
わるい子だからといって、また、おひるごはんをくれなかったのだ。わるいことなんかしてないのに。ここにいるばあやは、すぐにおこって、笛子をしかる。うちのアサとぜんぜんちがう。どなったり、ぶったり、くらいとこへとじこめたり。だいじなお笛もとられてしまった。アサは、やさしいのに、ばあやは、いじわるだ。
ここで、さいしょに目がさめたときから、笛子には、わからないことばかりだった。
お外で、花火をみていたはずなのに、ぜんぜん知らないところにきているって、なぜ?
いっしょにいたママとパパがいなくなっちゃったのは、どうして?
笛子をひとりおいてきぼりにして、おうちに帰っちゃったの?
かなしかったけど、笛子はちゃんときいた。そばにいたおばぁさんに。
「ここ、どこ?」
「幸子様のお屋敷です」
「さちこさまって、だれ?」
「あなた様のお名前ですよ。わたくしのことは、『ばあや』とお呼びなさいませ」
「あたしは、笛子だもん。みふえやの笛子」
「美笛屋という店は、もうございません」
「三丁目にあるよ。パパが、きょうしつでお笛をおしえて、ママが、おみせをやってるの」
「お気の毒ですが、お二人とも、お亡くなりになりました。もういらっしゃらないのです。そこで、当家の慈悲深い旦那様が、あなた様を養女としてお引取り下さることになり、新しいお名前もおつけ下さったのです。幸あるように、幸子様と。ですから、幸子様とお呼びいたしましたら御返事なさいますように」
「笛子は、さちこなんかじゃないもん」
「いいえ、幸子様なのです。お教えしたことをきちんとおぼえられるまで、お食事はさしげませんよ。よろしいですね、幸子様」
笛子は、さちことよばれるなんてイヤだった。よその子になんかなるのは、もっとイヤだし、ママやパパが、もういないなんて、ぜったいぜったいウソだとおもった。ばあやは、ウソつきで、笛子をいじめているだけなんだ。
笛子がおへんじしなかったら、ばあやは、ほんとにごはんをくれなかったけど。そのばん、おなかがすいたまま、つめたいおふとんにいれられたあと、笛子は、シクシクないてしまった。こんなとき、アサだったら、だいてあっためてくれるのに。ママにしかられるときだって、パパは、ママのいうことをききなさいっていうけど、アサだけは、いつも笛子のみかただもん。それに、ばあやよりずっとおっきくて、とってもつよんだから、わるいばあやだって、きっとやっつけてくれる。
「迷子になられましたら、自警団か顔見知りの方、あるいは、アサと同じ獬豸族の女をお探しなさいませ。もし、誰も見あたらなければ、大きなお声で、『美笛屋のうた』をお歌い下さいまし。アサがすぐに駆けつけますので。どんなにお優しそうに見えても、何かを下さるとおっしゃっても、他の知らない方には、決してついて行かれませんように」
アサがなんどもいってたことをおもいだしたのは、そのつぎの日の朝だった。
アサにおこされた気がして、目がさめたときのこと。
「かぼちゃ。じゃがいも~。さつまいも~」
耳をすませたら、ものうりの声で、アサではなかった。でも、すごくよくにてる。かすれているけど、きれいによくひびく声。アサと同じかいちぞくの女の人だ。
きっと、たすけてもらえる。そうおもったとたん、笛子は、うたいだしていた。ママがつくった『みふえやのうた』を。ちからいっぱい、おっきな声で。
「みふえや、おみせは、なかどおり。しんがし、にしまち……」
そこまでうたったとき、おへやに、ばあやがはいってきて、キンキン声でどなった。
「なりません!」
こわくなったけど、笛子はうたいつづけた。目をとじて。耳をふさいで。そうしたら、うでをつかまれて、手をバチンとたたかれた。
「おだまりなさいませ!」
笛子はだまらなかった。ワンワンなきだしたのだ。だけど、だれもたすけにきてくれなかったし、カンカンになったばあやに、笛子はひきずっていかれて、せまくてまどのないところに、とじこめられたのだった。
それから、笛子は、うたっていない。おしゃべりもしない。ぜんぜん声がでなくなっちゃったので。おとなしくしていても、ばあやは、おこるけど。ぎょうぎがわるいとか、わがままだとか。きっと笛子がきらいなんだとおもう。
このおやしきには、ばあやのほかにもひとがいる。かわやにいくときだけは、おへやをでられるので、しってるひととか、やさしそうなひとがいないか、キョロキョロしてみる。でも、みんな、笛子とはおはなししてくれないし、笛子のほうをみようともしない。まるで、笛子がここにいないみたいに。
もう、やだ。こんなとこ、だいっきらい。はやく、おうちに、かえりたいよ。おなかいっぱいごはんをたべて。お笛もいっぱいふいて。ママといっしょにおうたをうたって。それに、パパから、あたらしい曲もならいたい。
『はやく、おむかえにきて。アサ』
笛子は、こころのなかでおねがいした。なんども、なんども。ゆびのかずよりおおくなって、かぞえきれなくなっても、あきらめないで。
そうして、ずいぶんたったころ、また、あのものうりふうの声がしたのだ。
「みふえや~。おみせは~。なかどおり~」
こんどは、アサの声だ!
まえより、ずっとちかくて、おにわのほうからきこえる。笛子は、さけぼうとしたけど、声がでなかった。
「お静かになさいませ!」
ばあやに、つよくつかまれて、口にてぬぐいをいれられてしまったのだ。いたくて、くるしくて、笛子は、なんとかにげようとした。
そのとき、うしろからシュッという音がして、ばあやが、ひっくりかえった。笛子もいっしょにたおれそうになったけど、だれかがつかまえてくれた。みあげると、しらないひとが、笛子をみていた。かわったかたちの黒いおめめで。
「お譲ちゃんが、笛子ちゃんかい?」
笛子がだまってうなずくと、そのひとも、うなずいて、にこっとわらった。
「よっしゃっ! もう、大丈夫だからな」
そういうと、笛子をだきかかえて、へやをはしりでた。ろうかのはしまでくると、ヒューンととびあがり、にわにあるたかいへいの上に、ポンとおりたって、さけんだ。
「人質、救出! 総員、撤収!」
たかいところからだと、ひろいお庭もよくみえた。ちょっと、クラクラするけど。あちこちに、ひとがたおれていたり、はしっていたり、けんかしたりしている。
「笛子様!」
そのなかに、アサがいた。いつもとはちがって、ものうりみたいなかっこをして、手をぶんぶんふってる。笛子も、手をふりかえそうとして、アサのうしろに、ばあやがいるのにきづいた。いつもより、もっとおっかないかおをして。なにかひかるものをにぎって、アサにちかづいてる。 「アサ! うしろ!」
笛子がさけぶと、アサは、ふりかえり、手にもっていたかぼちゃをなげつけた。おおきなかぼちゃは、ばあやのむねにあたって、ボキンと音をたてた。ばあやは、そのままバタッとたおれて、うごかなくなった。
やったぁ! やっぱり、うちのアサは、つよいでしょ。
「お見事! 女でも、さすが獬豸は怪力だなぁ」
笛子をだいてるひとも、ほめてくれた。そのまま、ひらりと、アサのそばにとびおりる。両手をさしだしてくれたアサの首に、笛子は、しっかりしがみついた。
あぁ。なつかしい、アサのいいにおいがする。
「ありがとうございます。何と申し上げていいか、本当に御礼の言葉もございません」
「礼はいいから、早く連れて行け。北上城の了解は取ってあるが、この家の連中はあくまで逆らう気だ。俺達は、生き証人を確保してから追いかける」
「はい。それでは、お先に失礼いたします」
アサは、笛子をだいたまま、門のお外にはしりでた。そこは、まがりくねった土のみちで、まわりには木がいっぱいはえている。ほかのお家やお店はみえなくて、美笛屋のある三ちょうめとは、ぜんぜんちがっている。
でも、そこには、ママとパパがまっていた。
「笛子! あぁ、笛子! 無事なのね!」
「大丈夫か、笛子。ケガはしてないか?」
ママがなきながら、笛子をぎゅうっとだきしめた。パパまでないているのに、笛子はびっくりした。ママもパパも、つよいおとなだから、なかないものだとおもってたのに。
笛子も、なみだがポロポロでてきてしまう。
「うん。だけど、とっても、おなかがすいた。それとね、笛子のお笛、だれかにとられちゃったの」
クスンクスンなきながらいうと、パパが、笛子のあたまをやさしくなぜてくれる。
「いいさ。笛くらい、また作ってやるから」
ママも、いつもみたいな、えがおになった。それから、たのしくうたうようにいった。
「そうよ。まずはおうちに帰りましょうね。そして、また一緒に、お笛をふきましょう」
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【 解説/戦国時代の基礎知識 】
1. 竜眼族は、同族殺しを共食いと同列に忌み嫌うため、折衝に時間をかける。
決闘に至った場合でも、剣でなくて神通力戦であり、気絶した方が負けとなる。
2. 女性や子供の身に危険があれば、保護するというのが竜眼族の不文律である。
従って、敵方の人質を取るとか、暴力で強要するという強硬手段は許されない。
3. 虹王一世の統治は百年を超え、曾孫の一人が虹王二世となった。
虹王二世の子や孫には中性が多く、男性二人も早世したため直系が絶えた。
4. 虹王二世の養子として三世に即位したのは、一世の
ところが、三年前、その三世が、王太子を立てることなく崩御してしまった。
5. 現在は、王位が空位のまま、貴族議会で後継を決める選定が続けられている。
成人した息子がいないと王位は継げないため、三世の息子達は条件から外れる。
6. 竜眼族の貴族は、表立って殺し合いはしないが、情報戦が非常に過熱している。
手足として動く武家は、対立する陣営と武力衝突をし、それが拡大しつつある。
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