第21話 再来と転生、違いはどこに。
先祖が子孫に戻るの、
魂、赤子に移れば、
何処から、いつから、誰からか。 生まれ変わるの、変わらない。
――猩々族 酒盛りの唄――
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倫子は、胸がつかえた気分だった。
晴れて潔白だと認められたわけで、喜ぶべきなのだろうが、まるで嬉しくない。ミステリーのDVDを借りてきたら、ストーリーが
その上、今回は被害者なのだ。倫子自身、タムシラキの断末魔の苦しみを追体験している。彼の無念さも心残りも一緒に。そして、それは、他の十人全員に言えることだったろう。今まで、友子様ばかり気にかけていたのは、助けられる可能性が残っていたからであって、失った命の重さが、聖女と他の者達とで異なるわけではない。十一人分の命を奪った犯人がいるのだとすれば、断罪にしてもらわなければ、何としても許せない。勿論、遺族にしてみれば、死刑になったところで、許せはしないだろうが。
「よろしければ、あちらに席をお移り下さい。
院長の声に、倫子は物思いから覚めた。院長が〈龍殺し〉を抱えて、部屋の外へ出て行こうとしているのに気づき、急いで追いかける。
「すみません。あの……、院長様……?」
振り返って倫子と視線が合った院長は、近づくまで待ってくれた。
「御挨拶が遅れて申し訳ありません。先だっては、いろいろとお騒がせしてすみませんでした。それと、治療していただきまして有難うございます。お蔭様でかなり回復して参りました。その、治療代のお支払いの方ですが、お幾らになるのでしょうか」
院長は四角張った顔を
「おや、まだ説明されていなかったかな。新河岸では、治療代は取らないのだよ。原則として、薬代は実費で請求させてもらうが、君に関しては、傷の消毒と骨つぎくらいしかしていない。何しろ、獬豸に関しては知識が乏しくてね。どういう副作用が出るか、全くわからなかったので、痛み止めすら使えなかった。御礼ならば、同族の方達に言いなさい。知らせを受けると、獬豸の種族薬を持ってすぐに駆けつけ、三日三晩交代で看病してくれたのだよ。それも無償奉仕でね」
「交代で? では、アサヤオキの他にも誰かいたのですか」
「名前までは覚えていないが、女性ばかり、四、五名いたのではなかったかな。連絡先は、サーリャンが控えておいたはずだから、知りたければ彼に聞くといい」
「わかりました。そうさせていただきます。本当に有難うございました」
「いやいや、患者が元気な姿を見せてくれることに
そう言えば、アンヤンとは井戸の前で別れたきりだ。それが三日も前のことになる。散々世話になったのに、ツケを踏み倒して、逃げ出したと思われてしまったかも知れない。
「アンヤンには、とても御世話になったのに、挨拶すらしておりませんでした。近いうちに、説明に伺いたいと思いますが、院長様からも、よろしくお伝えいただけませんか」
「わかった。伝えておくよ」
院長が請け合ってくれたのと前後して、料理をのせた皿を持った給仕人が四人、開いた扉から入ってきた。色々な匂いが漂い始める。
「新院は理教徒が多く、質素倹約を
「はい、有難く御馳走になります」
頭を深く下げて院長を見送ってから、ダイニングテーブルの方に向うと、審問班の三名は、既に席について給仕を受けていた。食事もこの四名でとることになるらしい。
「第五の才か。成程、
セイギが皮肉まじりに口火を切った。
「あなたも、少しは見習ったらいかが?」
パレヴァがチクッと返した。
「幸い私の専門分野には必要ではない」
「社交上は必要でしょうに。ねぇ?」
同意を求められたジャレンリーは、居心地が悪そうに咳払いをして、回答をパスした。
「よろしければ、始めさせていただきたいと思いますが」
セイギとパレヴァが頷くと、ジャレンリーは倫子に座るよう促し説明を始めた。
「これは、種族嗜好研究の一環として、新院が主宰する会食会だ。参加はあくまで要請であって、強制するものではないことを先に伝えておく。先程、クレオジ院長様もおっしゃっていた通り、新河岸では、獬豸の生態はほとんど知られていない。そのため、獬豸系混血の治療についても進歩がみられず、患者の死亡率が圧倒的に高い。とにかく情報が少なすぎるのだ。今回、君に依頼するのは、食物に対する獬豸の嗜好を、明らかにして欲しいということで、具体的には……」
まだまだ長々しく続きそうな台詞を、パレヴァがうんざりしたように
「つまり、好きな物だけ食べて、嫌いな物を教えてもらいたい、ってこと。どうして、わざわざ難しく言おうとするの、ジャレンリー。セイギの真似なんてしなくていいのよ」
「要旨が明確で、なかなか上手い説明だと評価するがね」
「あなたはそうでしょうとも。でも、私はもうたくさん。歯が痛くなってくるわ」
パレヴァとセイギは、同世代の喧嘩友達という感じで、気安い仲ではあるらしいのだが、
同情した倫子は、せめて自分だけでもジャレンリーに協力すべく、料理の評価づけに取りかかった。まるで食欲はないが、この『要請』を断ったら、ジャレンリーの顔を潰すことにもなりかねないので、とにかく、一通り味見だけはするというスタンスで臨むことにする。
料理は全部で十六皿。お品書きでもあれば、材料の推測がつきやすかったのだが、ここは何でも番号を振るだけのようで、消化できない肉や魚を見分けるには、臭覚に頼るしかなかった。評価は、優(うまい)、良(ふつう)、可(まずい)、不可(食べられない)の四段階。解答用紙は、細長い巻紙で、文鎮を二つ押えに使って、左から右へと記入しては、端から丸めていく。ちなみに、筆記具は、インク壺に箸のようなペンを入れて、浸透させるタイプのもの。タムシラキは、この方式を使い慣れていたようで、ずんぐり短い指でも、すらすら書くことができた。
「達筆だな。読み書きは何処で習った?」
セイギに問われてハタと考え込む。これは日本の公立学校では習っていない。タムシラキは、どこの学校に通っていたのか。そもそも、獬豸の社会に、学校などというものがあるのだろうか?
そう思った時、
『教室には行かされてたけど、摂理の手習いはずっとさぼってる』
そうだ。理教徒の子供が通う塾のような教室。摂理を習いながら読み書きを憶える。
「摂理の教室――だと思います」
「それでは、理教徒なのか」
「恐らくそうでしょう。獬豸は七歳の祝いと同時に、入信する慣わしです。私だけが例外だったとは考えられませんし」
「何事にも例外はあるが。まぁ、確かに、言語能力から察するに、君は理教徒以外の何者でもないな」
その言葉に不服を申し立てるように、パレヴァが声を挟んだ。
「あら、一体どうして?」
「明らかに、高度な理論教育を受けているからだ。学院で言えば、既に副教官級にあたる。虹霓教徒のそろばん教室や、九克教徒の工作教室では、絶対に習得できない水準だ。その若さにしては稀な教養と抑制を身につけている。その上、説法術も磨いているな。ジャレンリーの判断は正しい。摂理師か、伝道師か、あるいは、まだ神学生か。何れにせよ、理教の総本山、転生院の聖職者だろう」
転生院――そう聞いた瞬間、古びた建物が脳裏に展開された。灰色の大きな図書館。五角形の屋根の講堂。電波塔のような高い尖塔。大小いくつかの宿舎。確かに馴染みがある。そこに住んでいたのかも知れない。それにしても、転生院とは。そこでは、生まれ変わりについて研究でもしているのだろうか。
「でも、渡し舟では、聖職者の衣など、着ていらっしゃらなかったでしょう。普通の商家勤めの服装で、理教徒が身分証明にしている腕輪や指輪の類も、一切身に着けておられなかったわ」
「それは容易に推測がつく。異教の聖職者が、虹霓教の霊域に入るなど、本来許されていないのだ。当然、新河岸に来る前に、その身分を示すものは全て取り去って、身元がわからないようにするはずだ。違うかね?」
倫子には肯定も否定もできなかった。タムシラキの個人的な記憶は、未だ霧の中にある。ただ、あの茶屋で、入領のための書類に、名前その他、全て嘘のでっち上げを書いた事実だけは、後ろめたい気分と合わせて鮮明だ。
「私には何とも申し上げられません。今の所、思い出せないとしか言い様がないのです。正直言って、虹霓教と理教の教義の違いもよくわからないもので。例えば、パレヴァ様は、私をリンフジカの生まれ変わりの〈再来者〉だとおっしゃいましたが、それは、理教が定義する〈転生〉と、どこがどう違うのですか」
パレヴァは説明が苦手なようで、肩を竦めると、視線でセイギに回答をまかせた。
「端的に言うならば、死生観の違いだな。虹霓教では、人は死んだら霊界に逝き、霊魂のまま留まるとされている。その中で、生前に功績があり、尚且つ復活を望まれる偉大な魂である〈樹魂〉だけが、血族の子孫として、この世へ再び生まれて来るというのが、樹宗の教えで、〈再来〉と呼ばれる。一方、理教では、魂は流転し、死んですぐ、別の生命に生まれ変わると信じている。これが、〈転生〉だ」
「別の生命に、赤子で生まれるのですか」
「原則はな。極稀に事故で、前世の記憶を持ったまま、魂が一度死んだ人の身体に入り込むことがある。それが〈転生者〉だ」
なんと、まさしく、倫子はそれだ!
「〈転生者〉は、理教における希少な聖者だ。命が、この一生限りで終わるのではなく、魂が流転していくことの聖なる証と尊ばれる。パレヴァは、君を〈再来者〉と見なしているが、虹霓教では、自称他称ともに〈再来者〉が多過ぎて、たいして重きを置かれない。大斎院が正式に認定したら、話は別だがな。それには、聖職者か霊能力者、七人以上の認証がいる。そうだろう、パレヴァ?」
「上級位認証であれば、三人で済むわ。今回必要なのは、あと一人だけ」
「あと一人? 君の他にも、先祖崇拝の物好きがいたのか。一体、誰だ?」
「あなたの教え子、ユウリよ」
「三毛が? あの子が上級位だと?」
「勿論。リンフジカ
「やれやれ。
「あら、セイギ。ユウリが認証したことについては、少しも驚いていないようね。あの内気で人見知りの激しい子が、見ず知らずの男性と話をするというだけでも、珍しいことでしょう? まして、こんな短期間に、霊名を告げるほど、心を許し打ち解けるなんて、信じてもらえないかと思っていたのに」
「予想を裏切って
「ジャレンリーが気を盗られたですって? まぁ、ほんと? そんなこと、初耳だわ」
「ほう、気がつかなかったのか。御霊樹の一件がある前から、リンフジカの弁護にまわり始めていたというのに。どうも、個人的な感情に振り回されているきらいがあるようだが」
ジャレンリーが顔を赤くして抗議した。
「私は、事故以前の記憶を失っているのは本当だろう、と申し上げただけです」
セイギは講義モードに変わって尋ねた。
「その判断の根拠は何だった?」
「私に接する態度より、セイギ様を前にした時の方が、緊張していたからです」
「どういう意味? 訳がわからないわ」
パレヴァが苛立った様子を見せると、ジャレンリーはパレヴァに向き直った。
「パレヴァ様、私は御覧の通りの赤毛です。新河岸においてさえ、銀髪であれば、赤毛を敬遠します。ましてや、純血種の獬豸は、身体を強張らせて、できるだけ口をきこうとしません。これまで出会った獬豸百余名、例外は一切なく全員です。ところが、彼は私と話をしました。一刻ほども。二人きりなのに、警戒することもなく。明らかに、彼は獬豸としての常識を失っている。もしくは、教えられたことがない。何れにせよ、一事が万事、獬豸にしては、あたりが柔らかすぎます。当初は、頭の怪我のせいで、混乱しているものと考えていましたが、どうも違う。彼は単に異質なのです。九克教徒の私には、他に解釈しようがなく、外国人かも知れないと思ったこともあります。そのため、パレヴァ様が、聖リンフジカの〈再来者〉だとおっしゃるのであれば、そういうものかと受け入れかけていました。ですが、只今のセイギ様の御説明を伺っているうちに、〈再来者〉というよりは、〈転生者〉という方が、しっくりくる気がしてきましたね。クレオジ院長様の証言を考え合わせると、より一層、
「クレオジ院長の証言って、一番最初に意識を回復なさった時のことかしら」
「ふむ。確か、こうだ。『彼は、自分の腕を呆然とした様子で眺めながら、私は女なんです、と言った。それから、興奮して鏡を貸してくれと叫んだ。鏡を渡すと、自分の顔を見て明らかに衝撃を受け、ここはあの世と呟いて、そのまま気絶してしまった』――私自身、学究的興味を抱いている。そう、先程の入室時の作法についてだが。妙なリズムで扉を叩くなどというのは、この国の習慣ではなく、書物で読んだことすらない」
セイギは倫子を見据えていた。あの異様な竜眼で。何もかも、見透かせそうな強烈な視線で。
「さて、リンフジカ。その弁舌の才を使って、
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【 解説/
1. 交差家系とは、一人の親が、〈
2. 理教徒である獬豸族は、父系相続のため、〈内子〉〈外子〉の区別はなく、異母兄弟でも等しく父親の家で養育される。
3. 虹霓教徒である施亀族、鹿蜀族、夜叉族は、母として産んだ〈内子〉のみに相続権があり、結婚していない相手に産ませた〈外子〉に対しては、扶養義務もない。 そのため、父母の違う姉妹の間には、母の内子の〈
①
一位
二位
②
三位
四位
③
五位
六位
※ 単に、姉妹と省略して言うときは、一位の同流姉妹を意味する。
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