最低のミステリー

「私、雨の街に住んでたとき、チョコレートに混入してたかけらみたいなの飲み込んじゃって、それが魔礫だったのかもしれません!」

「ちょっとちょっと、落ち着いて話してよ」


 そう言われて一度深呼吸をした。そして、冷静になって当時の状況を話した。

 あれ以外に石みたいな異物はなかった。石のようなものは私が飲み込んだ異物だけだ。


 それに、もしかしたら大雨の夜に会った子が飲み込んでしまったのも魔礫だったのではないだろうか。


「うーん」


 私の話を聞いた課長は首を捻った。


「どうでしょうか……?」


 課長の意見をおそるおそる訊いてみる。


「魔礫がチョコレートのラインに混入したというのは、ちょっと考えづらいな」

「どうしてですか?」

「まず、魔礫がチョコレート工場に持ち込まれるというのがありえない。あれはケストアークと国家の一部の人間しか管理していないからね。どう考えてもチョコレート工場とは関係ない。それに、仮に持ち込まれたとしても、チョコレートのラインだって厳重な異物管理をしているんだ。小石のかけらみたいなのが入るわけがない」

「ええ、それはもちろん……意図的に入れなければの話ですが」

「あと、その女の子が飲み込んだのも魔礫じゃないと思う。魔礫を飲んだからといって、催眠状態や夢遊病のようになるわけじゃないし……」


 課長さんは腕を組んで何かを考えているようだった。


「とりあえずこの話の結論は、今は出ないと思うな」

「そうですか……」

「とりあえず、チョコレートに入ってたのが魔礫だったという線は捨てていいと思う。ただ、君に魔力が宿っているのはケストアークが関係している可能性はある」


 課長の言っていることは本当だろうか。私はもう何を信じればいいのか分からなくなっていた。


「……大丈夫?」

「はい。一つ思ったのは、魔礫って一体何のために存在しているんでしょうね」

「難しい問題だ」


 課長は軽く咳をして、「失礼」と小声で言った。


「これは僕個人の仮説なんだけど……魔礫はだと思っている」

「自壊装置?」

「ああ。世界にも生き物のように寿命があるという説だ。この世界の生き物たちが魔礫という強大な力を使って争い、やがて世界が終わるように仕組まれているんじゃないかな」

「じゃあ、いつかそういう未来が来るということですか?」

「まあ何の根拠もないから、聞き流してくれて構わないよ」

「…………」


 どうなんだろう。私には何も分からないけど、絶対にないとは言い切れない。そういうものなのかもしれないし、そうではないのかもしれない。


「他に何か訊きたいことはあるかな?」

「いえ、もう大丈夫だと思います」


 この人から聞き出せることはこんなものだろう。


「君はこれからどうするんだ?」

「そうですね……実は、カナデが雨の魔礫を探しているときに逮捕されてしまったんです」

「なんだって!?」


 課長が目を見開いた。

 私は雨の街に帰ってきたときの出来事を話した。課長は真剣に話を聞いてくれた。


「……というわけで、今起きている異物混入を解決したら、カナデを助けるとコウモリが提案したんです」

「たしかに、国家と繋がりのあるケストアークならそれも可能かもしれないが……」

「今でも、雨の街向けの商品で異物が出ているんでしょうか?」

「今でもというより、最近いくつかの食品工場からそういう話を聞くようになった。雨の街から連絡があったって」


 やっぱりそうなのか。この前雨の街で聞いた話と一致している。

 数ヶ月前から起きていたはずの異物混入事故が、なぜか最近起き始めたことになっている。

 おそらくこれが最も重要なポイントなのだろう。そして、その鍵となるのがコウモリの言っていた“最後のピース”。でも、それを握っているのは残念ながら課長ではない。


「それに、気になる情報があってね。それらの異物を混入させたのは、反雨派の者たちなんだ」

「そうなんですか!?」

「雨の街の人間である君が異物混入を起こしたっていう噂を受けて、同じ方法で雨の街に報復しているらしい」

「…………」


 私が異物混入を起こした後に、反雨派も異物混入をやり始めた。

 その話が本当だとすると、それも私の予想とは時系列が逆になっている。

 だが、いずれにせよ、一刻も早く止めなければならない。


「この件はまだ情報が規制されているから、これ以上のことは今は話せない。今の話も正直、話すか迷ったんだけどね。続報が教えられるようになったらまた連絡するよ」

「分かりました。私の方でも調査を続けて、カナデを助けようと思います」

「ケストアークのことはどうするつもりなんだい?」

「別にどうもしませんよ。私は正義の味方じゃないし、悪の組織を倒しに来たわけでもありません。私は、私にできることしかできないんです。今の私にできるのは異物混入を解決することだけなんです」

「気を付けてくれよ……」


 課長はやれやれという風に頭を下げた。


「……そろそろ行きましょうか」


 話も食事も終えた私たちは個室から出た。お勘定はなぜか課長が支払ってくれた。

 店の外へ出ると、街の明かりが夜空に浮かぶ星のように輝いている。雨の街では見られない光景だ。


「すいません、騙して呼び出したのに御馳走になっちゃって」

「いいよ、これくらい」


 課長はポケットに手を突っ込み、爽やかな笑顔で言った。


「あの、自分から聞き出しといてアレなんですけど、色々と私に喋っちゃって大丈夫だったんでしょうか?」

「君はそのことをケストアークにバラすつもりかい?」

「いえ、そんなことは絶対しません!」

「なら問題ない。それに部下の面倒を見るのは上司の大事な役目だからね」

「え……」


 そう言われると胸が苦しくなる。

 この人はまだ私のことを自分の部下だと思ってくれているのだろうか。


「それじゃあ、僕はこっちだから。いつかまた会おう」

「……ありがとうございました」


 課長の後姿が、行き交う人々の中に消えていく。

 私は去っていく彼に向かって頭を下げた。文字通り頭が上がらないなと思った。



 小森さんの家に帰ると、彼女はリビングでテレビを見ていた。


「ただいま」

「おう、大丈夫だったか?」

「はい、色々と話を聞けました」

「ホテルに誘われなかったか?」


 小森さんが下衆な笑みを浮かべている。一発殴ってあげようかと思ったけど、グッと堪えた。


「何言ってるんですか、もう」

「あー、それとなんか梶原から連絡が来たぞ。ネットで気になるもん見つけたって」


 そう言って、突っ立っている私に向かってスマホを投げた。

 私はそれをキャッチし、乱暴だなぁと思いながら画面を見た。

 すると、どうやら梶原さんが気になるサイトを見つけたらしく、URLを送ってくれていた。


 そのサイトは、小森さんが読んでいた小説投稿サイトであった。私もカナデの家に住んでいるときに少しだけ見たことがある。


 読んでみると、私は言葉で表すことのできない不安に襲われた。


 なに、なんなの……これ……。


 今までにも、不吉な予感や不穏な違和感を覚えたことは何度もあった。けど、今見ているものはそれらを全部足して百倍にしたくらいの恐ろしさを秘めているような気がした。


「それどういうことなんだろうな? アタシにはよく分かんなかったよ」

「ちょっと、自分の部屋でちゃんと読んできます。しばらくスマホ借りますね」


 私はそそくさとリビングから自室へ逃げた。とにかく一人になりたかった。


 ベッドの上に座り、高まる鼓動を感じながら、スマホの画面を見つめた。

 これ以上読み進めれば、自分が本当に後戻りできないところまで行ってしまうのかもしれない。正直言って読みたくない。

 しかし、この先へ進まなければ、結局どこにも行けやしないのだ。

 私は最後の勇気を振り絞って、サイトの続きを読み始めた。



 その文章を読み終えるのには三十分ほどの時間を要した。読み終わってしまうとベッドで横になり、更に三十分かけて考察をした。そして、改めてその文章の作成者の名前を見て呆然とした。


 私はこの異物混入事件の全貌を理解することができた。六年前に失くした記憶についても。

 けど、達成感やカタルシスのようなものは全く感じなかった。そこにあるのは絶望と虚無感だけだった。


 私のやってきたことは一体何だったのだろうか。どうやって異物混入をなくせばいいのだろうか。

 いや、方法はなくはない。ただ、なんだかむなしいだけだ。


 私はゆっくりと立ち上がり、机の引き出しを開けた。そこには、私が雨の街で集めた異物のコレクションがビニール袋に入れられたまま仕舞ってあった。小森さんは私の私物には手をつけないでいてくれたみたいだ。彼女には本当に感謝しかない。

 私は異物の入ったビニール袋をポケットに入れ、おぼつかない足取りでリビングへ戻った。


「来たか。遅いから心配したよ」


 小森さんは一時間前と同じようにテレビを見ていた。


「小森さん」

「ん? お前顔色悪いけど大丈夫か?」

「探偵ドラマで、事件が解決できずに主人公の探偵が悩んでいたとするじゃないですか?」

「え、何の話だ?」

「でも、一番重要な最後の手掛かりが、ネットで検索したら出てきた」

「…………」

「そんな物語だったらどう思います?」

「そりゃあ、しょうもねえな」

「そうですよね、最低のミステリーですよね……」


 最後のピースがあんなものだったなんて……。

 私はわけもなく天井を見上げ、自虐的に笑った。


「大丈夫か、お前?」


 小森さんが心配そうに私を見る。


「小森さん、今日は私、カナデの家に泊まっていきます。ちょっと確かめたいことがあって。誰もいないけど、合鍵は持っていますから」

「それはいいけど、用が済んだらちゃんと話せよ」

「ええ。全部話します。明日ゆっくり話しますから」


 私は小森さんに向かってニッコリ笑ってみせた。小森さんは少し困ったような顔をしていた。



 小森さんの家を出てから一時間ほど歩き、カナデの家まで辿り着いた。


 中へ入ると、さっそくカナデのお姉さんの部屋に行き、ベッドを調べ始めた。私の考えの通りなら、この家のどこかにアレがあるかもしれない。


 木製のベッドを隅々まで調べていると、ベッドフレームの継ぎ目の部分に一箇所、補強用のネジが外れているネジ穴があった。

 私はポケットから異物のコレクションを取り出す。その中にある、先端の尖ったネジ……いわゆるスクリューネジ。ベッドの下に潜り込み、それを慎重にネジ穴に入れてみる。


 やっぱり……。


 指で回すだけでも、スクリューネジはネジ穴にぴったり入った。ネジの直径もネジ山の間隔も一致している。

 そのことを確認するとネジを外し、ベッドの下から出てきて、今度はベッドの上に寝転んだ。すると、やっぱりベッドが軋む音が聞こえた。


 どうりで軋むはずだよ。


 これで決定的だと思った。本当のことをいえば、今すぐヒステリーを起こしてこのベッドを蹴り飛ばしたいとすら思った。


 しかし、私は明日コウモリに会わなければならなくなった。朝日が昇る頃に、あの緑の丘で。だから今日はゆっくり休もう。

 大丈夫、明日には全てが終わる。

 この事件も、私の生活も、なにもかも全部全部――。


 最後のピースとは「雨の街から」というネット小説の作品であった。

 作者は、カナデの姉である椎月ユカ――。

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