第四区メカチーム

 ある日の朝、私が金属検査機の動作確認をしていると、機械に不具合が起きていることに気が付いた。


「あのー、これ調子悪いみたいなんですけど」


 私は別の機械の準備をしていた佐藤さんという人に訊いてみた。


 金属検査機は、ベルトコンベヤーの上に四角い門のようなものがくっ付いた形をしていて、商品がその門を通り抜けるときに金属が混ざっていないか判別できるようになっている。


 佐藤さんがこっちに来て確認してみたが、やはり反応しない。


「あー、これはメカチームにやってもらわないとダメね」

「メカチーム?」

「内線で呼ぶからちょっと待ってて」


 そう言って佐藤さんは作業場の隅にある詰所へ行った。言われた通りにちょっと待っていると、また戻って来た。


「すぐに来るって」

「メカチームがですか?」

「あなたはまだ会ったことないんだっけ? 機械がおかしくなったらメカチームを呼ぶのよ」

「はあ」


 要するに、メカチームとは機械を修理する人たちなのだと理解した。簡単な調整は自分たちでやっているけれど、それだけじゃどうにもならないこともあるのかもしれない。


 数分後に少し背の高い男の人がやって来た。

 年齢はおそらく二十代半ばくらいで、顔はちょっと不機嫌そうというか目付きがあまりよろしくない感じがする。作業服の胸の部分には「梶原」と刺繍してある。つまり、この人は梶原さんなのであろう。


「あー、来た来た」


 佐藤さんが手招きする。


「どうしたんすか?」


 佐藤さんは梶原さんに事情を説明した。

 梶原さんは「ふうん」と呟くと、金属検査機を調べ始めた。私はその様子を横からじっと見ていた。


「何をしているんですか?」


 試しに聞いてみると、梶原さんがこちらに顔を向けた。


「あんた、見ない顔だな。新人か?」


 そう訊かれたので、私は自己紹介をした。梶原さんは興味なさそうに「ふうん」と呟いた。


「それで、何をしているんですか?」

「感度の調整だよ」


 梶原さんはそっけなく答え、それっきり何も言わないまま作業を続けた。おそらく、金属を検出する力を調節しているのだろう。私は他にやることがないので、黙って成り行きを見守った。


「上げ過ぎるとノイズを拾っちまうな……」


 梶原さんは一人でブツブツ喋っているが、意味はよく分からない。

 しかし、ちょうどいい感度を見つけたのか、金属検査機が正常に反応するようになった。


「これでいいぞ」

「ありがとうございます!」


 金属検査機の調整が終わったことを佐藤さんに報告し、私たちはラインを動かし始めた。


 私の今日の担当は、段ボール箱にちゃんと賞味期限が印字されているか一つ一つ目視することだった。最も地味で退屈な仕事だ。


 今日は金属検査機の前に梶原さんが立っていた。私は退屈なので、段ボール箱の印字をチェックしながら話し掛けてみた。


「今度は何をしているんですか?」

「感度いじったから、問題ないか一応見てるんだ」


 梶原さんは金属検査機に顔を向けたまま言った。

 商品の詰まった段ボール箱が、整列して歩く子供たちのように一個ずつ通り過ぎていく。


 そこで、私は自分の異物コレクションの中にも金属製のネジがあることを思い出した。


「梶原さん、スパゲッティ工場以外にも金属検査機はあるんですか?」

「どこの食品工場も同じだよ。メカチームは他の食品工場も行くけど、包装したあとの管理方法には大体共通したノウハウがある」

「やっぱり、そうなんですね」


 この人は他の工場にも行ってるんだ。

 良い情報を得られたと思った。梶原さんにあのネジを見せれば、どこで使われていたものか分かるかもしれない。それなら、いつどこでどうやって見せるかを考えなくちゃ。


 ちなみに、おじさんがスパゲッティの中で見つけたという金属片については誰にも話さないことにした。

 おじさんが捨てちゃったから証拠がないし、私自身、現物を見てすらいないから議論のしようがない。最悪の場合、おじさんの勘違いという可能性もある。下手なことを言えば、私の方が信用されなくなってしまうと思った。


「大丈夫そうだな」


 そう呟いた梶原さんは、金属検査機には特に問題ないと判断したらしく、そのまま去っていった。


「ありがとうございましたー」


 聞こえているかどうか分からないけど、私は梶原さんの背中にお礼を言った。



 その日の夜、今日の出来事を小森さんに話した。


「それで、梶原さんにそのネジを見てもらおうと思うんですけど」


 小森さんは晩ご飯のオムライスを食べながら話を聞いていた。咀嚼していたものを飲み込み、口を開く。


「まず第一に」


 意味ありげに私の目を見た。


「雨の街で異物が発生しているという話は、あまり他人に話さない方がいい」

「それは、私もそう思います」


 私は頷いた。


「だけど、梶原ならまあ大丈夫かな」

「小森さんは梶原さんをよく知っているんですか?」

「同期なんだ」

「えっ、そうだったんですか!?」

「ああ。で、あいつは余計なことをぺちゃくちゃ言い触らすタイプじゃないし、そっけないけど根は真面目だから話をちゃんと聞いてくれると思う」

「それなら、ぜひ見てもらいたいです。あとは、どこで話をするかですけど……」

「うーん。工場に持ってくると、他の人に怪しまれるかもしれないしなぁ」


 小森さんはテーブルに肩肘を突きながら唸った。お行儀が悪い。


「それなら、今度の休みに三人で飯でも食いに行くか?」

「そんないきなりですか!?」

「風の色に来たお前の、歓迎会も兼ねてだ」


 歓迎会だろうとなんだろうと、まだ一度しか話したことがない人と食事をするのは少し気が引ける。


「なんだ、梶原と二人で行きたいのか?」


 小森さんが悪戯っぽく微笑む。


「そんなこと、一言も言ってませんけど」


 私は呆れたように笑った。


「とりあえず決定な、梶原には伝えておく。大丈夫、ちゃんと美味しい店連れてくから」

「ふふっ、期待してます」


 強引に決められてしまったが、悪い気分じゃなかった。風の色に来てから、まだ小森さんとしか仲良くなっていないし、もっと色んな人と交流を深めるのも悪くないと思った。

 小森さんも満足げな表情をして、オムライスを平らげた。


「なあ。ところで、その異物を私にも見せてくれないか?」

「あっ、いいですよ」


 そういえば、小森さんにはまだ異物のコレクションを見せていなかった。雨の街で集めたそれらは、小さなビニール袋にまとめて入れてある。

 その袋を自分の部屋から持ってきて手渡すと、小森さんはしげしげと眺めた。


「スクリューネジか、こんなのどこで使うんだ? あとは…紙片とかか……」


 私のコレクションの中には、ネジの他に三つの異物があった。いずれも私が風の色の食品を食べている時に見つけたものである。履歴書を書いているときに飲み込んじゃったかけらは、コレクションに加えられなかったけれど。


「やっぱり私には分からないな。でもまあ、梶原なら何か知ってるかもしれない」

「そうですか……」


 私は目を伏せた。

 すると、小森さんは異物の入った袋を私の手に握らせ、力強い眼差しを向けて言った。


「異物発生の原因を見つけよう。私と、お前と、梶原の三人で。私らも雨の街の水のおかげで生きているんだ。恩というものは、必ず返されなければならない」

「……はい!」


 小森さんの言葉に私は勇気付けられた。どんな困難も乗り越えられるような気がした。


 夕食の後片付けを済ませると、それぞれお風呂に入り、早めに眠ることにした。明日もまた工場で仕事をしなければならない。それで週末には、梶原さんに色々と話を聞かせてもらうのだ。


 ベッドに潜り込んだ私は、明日への強い意志を胸に抱き、瞼を閉じた。

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