作戦会議
梶原さんへの食事の誘いはOKの返事がもらえたらしく、私たちは休みの日に会いに行くことになった。梶原さんのような人が了承してくれたのはちょっとだけ意外だったけど、私はその分嬉しくなった。
当日、私と小森さんは夕方頃に家を出た。
今から行くお店は車で二十分くらいのところにあるらしく、夕日に照らされた街並をいつもより飛ばして走った。さすがに毎朝出勤する時よりは道路が空いていて、窓を開けると風が心地良かった。
街中にある駐車場に車を停め、歩いて大通りに出る。道路沿いに並ぶお店を横目に歩道を進むと、若い男性が街路樹の傍に立っているのが見えた。
「おっ、先に着いてたな。おーい」
小森さんが声を掛けると梶原さんがこっちを見た。
梶原さんはグレーのVネックシャツの上に黒いジャケットという服装だった。白い作業服を着ている姿しか見たことがなかったから、私服姿の梶原さんは別人のように見える。
「おう」
梶原さんはいつものあまりよろしくない目付きで私たちを見た。梶原さんと小森さんがどのくらいの仲なのか知らないけど、いきなり歓迎会に付き合えと言われて彼も困惑しているのではないかと心配になった。
「こ、こんにちは」
「おう」
私がちょっと緊張気味に挨拶すると、梶原さんはそっけなく返事した。
「梶原と飯食うのは久しぶりだな。前の同期会以来か?」
「で、またこの店かよ」
梶原さんの口元が少し緩んだ。その視線の先にはこじんまりとしたレストランがあり、看板にはこう書かれていた。
『雨の街ダイナー』
その看板を見て、嫌な予感がした。それは限りなく確信に近い予感であった。
「ひょっとして、今から行くお店ってここですか?」
小森さんにおそるおそる訊いてみる。この予感が外れますようにと。
雨の街の料理は別に食べたくない。
「ああ、そうだよ」
ダメでした。
「そろそろ故郷の料理が食べたくなる頃だったろ?」
小森さんは気を利かせたつもりだったんだろうけど、正直に言えば少しガッカリした。私は風の色に来てから、料理のレベルの高さにも驚いていたのだ。だから今日は、その中でもとっておきの料理が食べられるのではないかと楽しみにしていたんだけど。
「いやー、ちょうど雨の街が恋しくなっていたんですよー」
仕方がないので、嬉しそうなふりをした。小森さんはそれを見て、「そうだろそうだろ」という顔をした。
まあ、雨の街の料理もそれはそれで美味しいから良しとしよう。
ひとまず私たち三人は店内へ入った。
お店の内装は、壁や天井に石が使われていて、雨の街の一般的な家庭を再現しているような感じだった。
雨の街では火のランプが使われているけど、それではさすがに暗すぎるのか、ここでは電気ランプがちょうどいいムードの明るさで店内を照らしている。
オシャレな制服の店員さんに案内され、木製のテーブル席に座った。鞄を荷物入れに入れると、気になるメニュー表を素早く開いた。
そこにはやはり、雨の街で馴染みのあるメニューがズラリと並んでいた。苔チップス、カエルのトースト、ヒトデのグラタンなどなど。どうやら本当に雨の街を再現したお店らしい。
風の色にこんなお店があるとは意外だ。私のなんとなくのイメージでは、風の色の人々は雨の街のことなど全然知らないのだと思っていた。
「決まったか?」
小森さんと、あーだこーだと相談した。梶原さんは黙ってメニューを眺めていた。
悩んだ末に私はザリガニのシチュー、小森さんはイモリのピラフ、梶原さんはラザニア・プラナリア、それから、みんなで摘める苔チップスを注文した。
「それにしても小森さん、川がない風の色で川の生き物が捕れるんですか? 雨の街からは水しか輸入していないって聞いてるんですけど」
私はメニュー表を見始めてから気になっていたことを訊いた。そもそも、風の色で雨の街の生き物が食べられることがおかしいのだ。
「ああ、それは養殖のやつを使ってるんだよ」
「ようしょく?」
聞いたことのない言葉だった。私がポカンとしていると、梶原さんが口を挟んだ。
「簡単に言えば、食用にするために人間が生き物を育てることだ。風の色には川がなくても、水辺の生き物を育てることができる施設がある」
「へぇー、そんなこともできるんですねぇ」
要は家畜と同じことなのだろうと解釈した。
風の色に来てから一週間が経ち、それなりにこの街のことを理解していたつもりだったが、まだまだ驚かされることばかりだ。
それから他愛のない話を続けていると、店員さんが木のお皿に盛られた苔チップスを持ってきた。
「きましたね」
「いやー、これがまた微妙に美味いんだよな」
そう言って、小森さんは苔チップスに手を伸ばした。褒めてるのか、そうでないのかよく分からない。
「微妙って何ですか、もう」
苦笑いしつつ、私も苔チップスを一枚摘む。
まじまじと見てみても、見た目は雨の街のものとそっくりだ。
「どれどれ」
パリッとかじってみる。
苔の独特の苦みが塩の味と上手く調和していて美味しい。雨の街の味をこれだけ再現できれば大したものだ。と、上から目線で評してみる。
「どうだ、プロの舌で味わった感想は?」 と小森さん。
「故郷の味と同じでビックリしています」
「へぇ、本場もこんな味なんだな」
梶原さんもチビチビとかじっているが、感情表現が淡泊なので美味しいと思っているのかは分からない。
その後、注文した料理が次々に運ばれてきた。ザリガニのシチュー、イモリのピラフ、ラザニア・プラナリア。どの料理も雨の街で食べた味と同じで、なんだかあの街にいた頃が懐かしくなる。私たちはあの不思議な街の不思議な味に舌鼓を打った。
「それで」
梶原さんが喋り出した。
「今日俺を呼んだのは、何か話があるからなんじゃないのか?」
そう切り出すと、小森さんが私に目配せした。
そうだ、今日の目的は梶原さんに雨の街で発生している異物を見てもらうことだ。雨の街の食生活を守るために。
私は落ち着いて一呼吸してから、静かに話し始めた。
「実は、梶原さんに相談したいことがあるんです」
「相談?」
梶原さんは全く見当がつかないという顔をしている。
「今、風の色から雨の街に輸出されている食品に異物混入が頻発しています。実は、私はその原因を調べるために風の色に来たんです。」
その話を聞いて、梶原さんは仰天したように目を見開いた。喜怒哀楽が表に出ない彼でも、さすがにこんな話を聞かされたら驚きを隠せないだろう。
「マジかよ」
「とても信じられないかもしれませんけど……」
「……いや、嘘を言ってるだなんて思ってない」
梶原さんは顎のあたりを手でさすっている。
「それで、食品というのは具体的に何だ?」
「加工された食品で、色々です。お菓子やらパンやら飲み物まで」
「……どういうことだ?」
梶原さんは明らかに困惑していたけど、無理もない。それだけ異常な現象ということだ。
「異物のサンプルを持ってきているんだ。まずはそれを見てほしい」
小森さんがそう言うと、私は鞄から異物が入ったビニール袋を出して、梶原さんに手渡した。すると、梶原さんはそれを指で摘み、顔に近づけて凝視したが、すぐに私に返した。
「何か分かりそうですか……?」
梶原さんがちゃんと見てくれていないのではないかと心配になり、おそるおそる訊いてみた。
「いや。この場合、何が混入したのかは大して重要じゃない」
それを聞いて、私の頭上に疑問符が浮かんだ。
「どうしてですか? 何が入っていたかによって混入の原因も変わってくると思いますけど」
「そうだな。普通の混入事故だと、ある一つの食品にある一つの異物が入っているのが見つかる。それなら、その異物がどの工程で入ったのかとか、どの機械から脱落したのかとか、管理方法に問題はなかったのかとか、調査することができる。だがこいつはどうだ。色んな工場で色んな異物が同時に発生するなんて、てんでデタラメだ」
「たしかに、それで私も頭を抱えていました」
「それから最も不可解なのは、これらが全て雨の街へ出荷された商品にだけ混入しているということだ。まるで狙ったかのように。だが通常そんなことはありえない。どの銘柄に入るのかを異物自身が選ぶことはないんだ。子供が親を選べないのと同じで」
「つまり、どういうことになるんですか?」
そう訊きながらも、私はもう薄々気付いていた。起きてほしくなかった最悪の展開に。
「間違いない。これは誰かがわざと混入させているんだ」
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