ラストシーン

 三十分後、私たちはバイクでショッピングモールまで来た。

 第四区で一番大きい商業施設。ここへ来るのも久しぶりだ。

 案内板を見てみると、目的のお店は一階にあるということが分かった。


 そのお店に辿り着くと、カナデはもの珍しげに店内を見回した。


「ふーん、ペットショップなんて初めて入ったな」


 店内では様々な動物がケージに入れられ、綺麗に並べられている。この中から一つの動物を選ぶのはなかなか骨が折れそうだ。


「コウモリはいないのかな」


 カナデは楽しそうに歩き出した。


「ごめん、コウモリはちょっと色々と思い出すからやめて……」

「冗談だって」

「もうっ。あっ、猫可愛い」


 愛くるしい猫たちが、私たちを見つめている。

 でも、動物になると言ってもカナデの家のペットになるつもりはない。そこまで迷惑は掛けられないから、野生で逞しく生きるつもりだ。

 だから、猫はやめよう。なんか車に轢かれそうだし。


「これなんてどうかな?」


 カナデが指差した先には水槽があって、中にイソギンチャクがいた。私に、これになれというのか。


「カナデの脳みそをかち割ってイソギンチャクみたいにしてあげようか?」


 お調子者の弟を持つと苦労するものだ。


「だから冗談だって。ほら、あそこが鳥コーナーだよ」

「ほんとだ」


 お店の一角に、鳥類が集められた場所があった。


 インコ、オウム、カナリア、アヒル、九官鳥……。どれもペットとしては申し分ないけど、自分の体にするにはちょっと頼りない。


 やはりペットショップで見繕うのは無理があったか。そんなことを思いながら探していると、端の方に比較的大きい鳥がいるのを見つけた。


「カナデ……これがいいかも」

「結構大きいね。シラユメドリっていうんだって」


 説明書きによると、ハヤブサを品種改良した鳥らしい。体長は五十センチメートルくらいで、見た目はまさに真っ白なハヤブサだ。雑食で、寿命は二十年だと書いてある。

 このお店にいる動物の中では一番良い条件のように思える。店員さんに聞いてみると、この子は今三歳で性別はメスだそうだ。

 私はますますこの鳥が気に入った。特に性別は重要だ、気持ち的に。


「この子にしよう!」

「うん。これなら強そうだし速そうだし、他の野生動物に食べられることもないんじゃないかな」


 いきなり不安になるようなことを言わないでほしい。


 ともあれ、私はこのシラユメドリの他に、持ち帰るためのケージも買った。

 シラユメドリはなかなか良いお値段だったので、私の所持金はほとんどなくなった。まさか初任給の使い道が鳥になるとは、貰ったときは夢にも思わなかっただろう。


 帰るときは、ケージに紐を通してなんとか背負い、カナデのバイクの後ろに乗った。通行人に不審な目で見られ、めちゃくちゃ恥ずかしかった。



 家に着き、とりあえずケージをテーブルの上に置いた。シラユメドリは温厚な鳥なのか、鳴き声も上げずに大人しくしている。


 今から自分がこの鳥になるのだと思うと、複雑な気分だ。あまりにも未知の世界すぎる。私は上手く飛んだり、食べ物を見つけたりできるのだろうか。


「ヒカリ、姉さんの魂を小さなカプセルみたいにしてくれないか」

「分かった」


 カナデから魂のカードを受け取ると、それを薬のカプセルの形に変化させた。


「ヒカリの魂がシラユメドリに移ったあと、すぐにこのカプセルを姉さんに飲ませる」

「うん」

「そうしたら、もうヒカリが人間に戻ることはなくなる。何か人としてやり残したことはないかい?」


 人としてやり残したこと……。


「あの、変なことお願いしてもいいかな?」

「なんだい?」

「ちょっと……恥ずかしいことなんだけど……」

「うん」

「抱きついても、いいかな?」

「抱きつくって、僕に?」

「だって、人の姿じゃないとできないことだし……」

「なるほどね。いいよ、僕でよければ」

「うん……」


 私はカナデをそうっと抱き締めた。カナデの形と温もりを全身で感じた。人間という生き物であることを、肌で味わった。


「なんだか懐かしいな」


 カナデが私の耳元で囁く。


「懐かしい?」

「小さい頃も、姉さんにこんな風に抱きつかれてた」

「そうなんだ」


 カナデから見れば、今だって姉に抱きつかれているのと何ら変わらない。


 そう、だからこの気持ちも、姉弟愛ということにしておこう。

 私には家族と呼べる存在がカナデしかいない。だから、これくらいしてもいいよね、想ってもいいよね。


 想っても――。


 あ……。


 私、思い出しちゃった。

 思い出さなくてもいいこと……。



 魂を移しても、強い想いや記憶は元の体の方に残留する――。



 私の魂を移したら、カナデに関する記憶はユカの体の方に残っちゃうよ。

 私、絶対カナデのこと忘れちゃうよ。

 こんなに強い想い、他にないもん……。


 でも。

 魂の残滓としか呼べないような私の心が、こんな風に人を想うことができてよかった――。


「カナデ」


 私もカナデの耳元で囁く。


「なんだい」

「……なんでもない」


 そう言って、私はようやくカナデから離れた。


 それから、しばらくの間カナデの顔を見つめた。カナデも私のことを見ていた。


 けど、私は急に我に返り、慌てて目を逸らした。


「じゃあ、始めよっか!」


 ケージの前の椅子に座り、シラユメドリを出してあげた。


「その鳥、暴れたりしないんだね」

「うん、とってもいい子」


 シラユメドリの頭を優しく撫でる。


「シラユメドリを抱きかかえて、体の力を抜いて。体重を背もたれに預けるような感じで」

「分かった」


 カナデに言われた通りにした。私の魂が抜けたあと、体が椅子から落ちないように。


「カナデ」

「なんだい」

「窓を開けておいて。私、鳥になったら、すぐにこの部屋を飛び立つから」

「どうして…………あっ」


 カナデは何かに気付いたあと、切なそうな顔をした。私が考えていることを察したのだろう。


 ベランダの窓を開け、私の横に戻ってくると、私を見下ろしながら微笑んだ。


「それじゃあ、目を閉じて、顎をクイッと上げて、顔を上に向けて」

「ちょっと……何する気!?」

「だから魂が移ったあと、カプセルを飲ませるんだよ」

「ああ、そっか」


 紛らわしいなぁ、もう。


「ふふっ」

「どうしたんだい?」

「ううん。ねぇ、カナデ」

「何?」


 辛いこともあったけど、最後にこれだけは言っておきたかった。


「私を創ってくれて、ありがとう」

「……こちらこそありがとう、ヒカリ」


 私たちは互いに笑顔を交わすことができた。


「うん。じゃあ、いってくるね」


 私は目を閉じた。

 そして、イメージした。私の魂が手を伝ってシラユメドリに流れ込むところを。


 次の瞬間、強烈なめまいに襲われ、五感がぶちんと切れるような感じがした。


 こうして、私の短いは幕を閉じた。

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