再会

 私は、小森さんの家を出てから今までのことを順番に話した。


 買い物の途中、警官に追われたこと。

 カナデが魔法を使って私を助けてくれたこと。

 私にも魔法の力が宿っているとカナデに言われたこと。

 警察に危害を加えたことが報道されたこと。

 そのまま一週間、カナデの家で匿ってもらったこと。

 そこで髪の色を茶色に染めたこと。

 風の色の異物混入事件も、犯人が私という噂が広まったこと。

 二人で雨の街を目指したこと。

 カナデの研究所では、魔法で魂を操る研究をしていること。

 魂の移し替えには、記憶障害が伴うこと。

 雨の街に雨が降りつづけているのも、魔礫の力の影響だということ。

 雨の街では人々が私のことを覚えておらず、異物混入も数日前に起きた出来事になっていたということ。

 そして、雨の魔礫を探しにいったカナデが逮捕されたということ――


 全てを話し終えた私はふうっと息を吐き、小森さんに淹れてもらったコーヒーを飲んだ。一方、小森さんは話の途中から目が点になっていた。ちゃんと理解できているのか怪しい。


「小森さん、私の話聞いてました?」

「…………」


 小森さんは腕組みをして、俯いてしまった。


「小森さん?」

「だーっ! わかんねえよ!」


 やっぱり。


「異物混入だけでも大変なのに、なんでそんな大冒険繰り広げてきてんだよ!」

「まあ、そういう感想になりますよね」

「そもそも、魔法ってなんだよ!」


 私が最初に魔法の話を聞いたときと同じ反応だ。やはり小森さんも魔法の存在は知らなかったらしい。


「そんで? 結局アタシらはどうすればいいんだ?」

「目的は最初から何も変わりません。今起きている雨の街への異物混入をなくすことです。そして、それを達成すればカナデを助けてくれるとコウモリさんが言っていました」

「あー、こうもりさんってお前を風の色に連れてきた人だっけ? どんな人なんだ?」

「いや、人っていうか動物ですよ。コウモリなんだし」

「は? じゃあ、お前なんで動物と話ができるんだよ? 魔法少女か!」

「…………」

「どうした?」

「えぇーっ!」

「なんだよ! いきなり叫ぶな!」

「いやいや、コウモリって普通に喋りますよね?」

「喋るわけねえだろ、ファンタジーか!」

「だって、私が最初にここへ来たときも、コウモリさんに連れてきてもらったって言ったじゃないですか!」

「いや、普通人間だと思うだろ! 人間でもこうもりって名前あるじゃねえか、『幸』に『森』って書いて『幸森』とか」

「……すいません、ちょっと考えさせてください」


 どういうことだろう? 雨の街ではコウモリさんは普通に人々と話をしていた。だけど小森さんの話によると、こういうことになる。

 

 だけど、私は風の色の人も当然知っているものだと誤認していた。なんでだ?


「小森さん」

「なんだ?」

「そういえば、カナデはコウモリさんが喋ることは知ってたみたいですよ」

「だって、そのコウモリだってカナデって奴のこと知っているんだろ? 関係者なら、喋ることも知ってて当然だ」


 たしかにそうだ。じゃあ、なぜ? 何か重要なことを見落としている気がする……。


「なぁ。とりあえず、そのことは保留にしないか? 異物混入とは関係ないだろ」

「えぇ、まあ……優先度は低いです、けど……」

「けど?」

「コウモリさんは、全てのことが一つに繋がると言っていました。そのことがどうしても気になるんです」

「うーん。じゃあさ、梶原にも協力してもらお! アタシじゃお手上げだよ」

「梶原さん?」

「そう。あいつネットとかで色々調べんの得意だからさ、何か分かるかもしれないぞ」

「まあ、梶原さんなら……」


 正直に言うと若干気が進まなかった。私の今の状況を知っている人数は少ないに越したことはない。しかし、そうも言ってられない状況なので承諾することにした。


「そんじゃあ、何について調べてもらう?」

「そうですね……もし全てが一つに繋がるなら、全ての謎を明らかにしなければなりません」

「ふんふん」

「やっぱり、一番おかしいと思うのは雨の街のことでしょうか。私が住んでいたときとは、まるで状況が変わってしまっています」

「オーケー。じゃあアタシが電話するから、具体的な指示はお前がしてくれ」


 そう言って小森さんはスマホで電話をかけた。梶原さんが電話に出たらしく、二言三言言葉を交わして私にスマホを渡した。

 私はおそるおそる電話を代わった。


「お久しぶりです……」

「あぁ、元気だったか?」


 梶原さんはなんというか、いつも通りだった。もうちょっと驚いたりしてくれてもいいのに……。

 電話なので手短に状況を伝えた。


「梶原さんには、できれば雨の街について調べてほしいんです。何か事件がなかったかとか、変な噂とか、そういうの」

「あんまり暇じゃないから、ネットで調べるくらいしかできないけど、構わないか?」

「はい、なんでもいいんです」

「まあ、ネットじゃ雨の街の情報なんて、ほとんど入ってこないんだけどな」

「そこをなんとか」

「へいへい」

「ありがとうございます!」

「お前さ」

「はい?」

「初めて会ったときより、なんか逞しくなったな。電話越しでも分かるよ」

「え、そうですか?」

「ああ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「じゃあ、頑張れよ」

「はい、じゃあまた!」


 通話を終え、小森さんにスマホ返した。小森さんは私を見てニヤニヤしていた。


「何か?」

「お前がなんか嬉しそうだったからさ」

「べ、別にそんなことないですよ」

「梶原はなんて?」

「私が、初めて会ったときより逞しくなったって」

「ハハハ、お前最初はオドオドしてたもんな」


 小森さんがケラケラ笑った。


「えーっ、そうでしたっけ?」

「そうそう、アタシと初めて会ったのは工場の会議室だったな」

「あぁ、なんだかもう懐かしいですね。あの小っちゃい会議室で会って……」


 会議室で……。


「ん? どうした?」


 何か重要なことを忘れている気がする。そのときは何でもなかったけど、今となっては全く違う意味を持つような……。


 あの時……。

 会議室に行く前……。

 コウモリと玄関に来て……。


 あっ!!


 そのとき、私は大きな見落としをしていたことに気が付いた。


 でも、これはどういうことなの? これが一体何を意味するというの?


「ヒカリ、どうしたんだよ?」

「小森さん、ちょっとおかしなことに気付いてしまいました」

「……なんだよ?」

「さっきの話です。コウモリさんが喋るっていう話」

「ああ、そのこと?」

「私とカナデの他にそのことを知っている人が、風の色に一人だけいました」

「誰だよ?」

「課長です。うちの工場の神崎課長! 彼は、あの時小森さんが会議室に来る前、コウモリさんと普通に会話してたんです!」

「……マジかよ」


 そもそも私は、コウモリと課長が知り合いだから、あの工場を紹介されたんだった。


「課長がコウモリさんの関係者なら、何かしらの手掛かりになるかもしれません」

「それは飛躍しすぎじゃねえか?」

「そんなことありません。小森さん、私が課長と話ができるようにセッティングしてくれませんか?」

「それはいいけどさ。明日話してみるよ」

「ありがとうございます」


 もしかしたら、これが突破口になるかもしれない。私の予想が正しければ、彼はきっと……。



 小森さんと再会した二日後の夜、私は繁華街にあるレストランの個室に来ていた。個室ではあるが敷居が高いわけでもなく、一般的な価格帯のレストランだ。


 時刻は午後六時五十分、あと十分で小森さんと課長がここにやってくる。

 もちろん、課長は私が来ていることを知らない。小森さんから何か相談事を持ちかけられ、二人で話をするつもりでいるはずだ。


 小森さんが課長を上手く誘えるか心配だったけど、昨日は「色仕掛けを行使したら大丈夫だったぜ」と笑っていた。正直なところ、小森さんが色仕掛けをしているところが全く想像できない。普段とのギャップで何か奇跡的な作用でも働くのかな。



 ちょうど午後七時になったとき、個室の扉が開いた。私は一人で緊張し、息を呑む。


 まず小森さんが室内に入り、私に目で語りかける。それは励ましかもしれないし、心配の意味なのかもしれない。そして、背後にいるもう一人の人物を招き入れた。


 課長だ。久しぶりに会ったけど、相変わらず肌が綺麗に焼けている。私を見て目を見開き、言葉を失っているようだ。


 小森さんは課長が室内に入ったことを確認すると、個室から出て扉を閉めた。彼女はこれっきり戻ってこない。私と課長の二人きりだ。


「お久しぶりです、結原ヒカリです。少しお話を聞かせてもらえないでしょうか? 従わなければ、あなたに対して魔法を使用します」

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