最終話 結び④ 縁結び
そこは糺次たちが修業で過ごした小角の邸宅だった。
多く集った神仏たちが、帰って来た100万の魂から事情を聞きその壮絶な旅路に思いをはせていた。
「小角よ・・・・糺次と葵衣は俺たちの想像以上にがんばりやがった・・・・・特に葵衣!お前・・・なんて奴だ、ホツレ化してまで糺次を待ち続けるだと!?」
シュウが目を赤く腫らしながら酒をくらっていた。
「何があっても二人を引き裂くような運命はワシも、お主も、輪廻の法も許さんだろう・・・・」
「当たり前だ!!」
『 阿修羅王、そして神変大菩薩、お二方に報告がある・・・・あちらの世界で世話になった闇月の女神シルメリア殿から感謝と見舞いの念が届いておる・・・・二人は我らの世界の代表として誠に粉骨砕身してくれたのだな』
小角の庵に丘のように大きな仏がその姿を現す・・・・・
「千手観音とはな・・・・してどうするつもりだ?」
千手観音の大きな手には・・・・二人の赤子がすやすやと優しい寝息を立てている。
「この赤ん坊は!?」
『 生まれることが叶わなかった血縁のある肉体を掬いあげ、二人の魂を定着させたのです。特別な偉業を為したのですから、その面倒は須弥山で負わねばならぬが道理。ということで小角、そして阿修羅よ、持てる全てを注ぎ二人を育てなさい・・・・いうまでもありませんが、宿った魂は 糺次と葵衣ですよ』
「そ、そうか!そうだったか!!!よかった本当によかった!!!また会えたんだぞ葵衣!糺次!!!」
小角や天女たちが手を繋ぎながらすやすやと眠る赤子に心奪われていた。
いつしか、思念体の師匠たち、神将・・・馴染みだった天部たちがこぞって赤子を見物に訪れている。
夢翡翠の腕の中で糺次と葵衣が少し笑ったような気がした・・・・
「お帰りなさい・・・・・葵衣、糺次」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべる千手観音は小角たちへ静かに、思い出したように告げた。
『異界の女神シルメリア よりの言伝がもう一つだけありました。かの者たちの功績を称え、特別にレベルアップの理を許可すると・・・・持ち越し?とはいったいどういうことなのでしょう』
◇◆◇
レムロイド王国 グワルトネゲル城塞
いわゆる魔族の国と魔導王国ラザルフォードとの国境付近にある グワルトネゲル城塞。
現国王バラグ・エムの親政により発展と繁栄の波を享受してきた魔族であったが、ダルギーバ族の反乱により激しい内戦に苦しんでいた。
黒雲が空を覆い、淀んだ荒野に禍々しくそびえたつのがグワルトネゲル城塞である。
黒光りする黒鉄で建造された頑強な城塞ではあるが、経年劣化が激しく所々が赤い血潮を浴びたように錆びが広がりつつあった。
だがその劣化でさえ、見る者を恐怖させ近づこうとするものを拒む悪意を放出しているかのようだ。
その足元には10万を超える大軍がひしめき、ダルギーバ族だけではなく彼らが使役する妖人種や魔物、魔獣たちが雄たけびを発し魔族にふさわしい邪悪な気配を発していた。
葵衣と糺次が旅立ってから3年が過ぎ、病から回復した魔王バラグ・エムと彼を指示する種族たちの奮戦でダルギーバ族は国境付近に追い詰められつつある。
だがラザルフォード側も奴等の侵入を許すことができず、援軍という形でグワルトネゲル城塞前で激しい戦闘が繰り広げられていた。
「姫様、ラザルフォードの使者が見えたようです」
「通して」
簡素な天幕に入って来たのは細目のルーンナイト、ファルベリオスだった。同行者の一人は質の良いレザープレートを身に着けた橙色の髪が似合う女性と皮肉屋のような顔立ちをした剣士風の男だ。
ロナとグニールである。レイジに関わった縁がファルベリオスへと結ばれていた証だった。
「エスメラルダ姫、ご無沙汰しております。一段とお美しくなられましたね」
「あいかわらず口だけは達者なのね。それより奴等の中に妙なのが混じっているらしいわ」
「はい。既に我が軍の精鋭や冒険者から募集した遊撃部隊が奴一人に壊滅させられたとあります」
「魔剣士イシュバーン・・・・・あの糺次君でさえ引き分けたっていう最強の剣士・・・・そして奴に従う魔獄の騎士団」
「最強だろうが何だろうが袋叩きにしてぶち殺せばいいのよ」
「さすが姫様。ですが少々口が悪すぎますぞ」
「本当のことでしょう?ボッシュ、あなたなら勝ち目はありそう?」
「無茶をおっしゃらないでください。魔獄の騎士ならともかく、奴を見たら裸足で逃げ出しますよ。それに奴等の魔獣軍団をぷに太殿が単身抑えておいてくれているのでかろうじて戦線を維持できているのです」
あの歴戦の戦士ボッシュでさえこうなのだ、天幕で護衛にあたる騎士たちの表情も暗い。
あれからぷに太はユキノことエスメラルダ姫にマイと共に付き従い守護聖獣としての役目を全うしていた。
「脅威はそれだけではありませんわ、大規模召喚が行われ最下級ではありますがリトルデーモンという人型悪魔の大群が確認されております」
すっと天幕へ入ってきたのは、あの大預言者マイであった。
「大預言者様!我らに未来をお与えください!」多くの兵士たちが傅くなか、マイは静かにかぶりを振った。
「葵衣様の血の効果が薄くなりつつあり、未来は定かに見えません。ですが人は本来このような力を持つべきではないのかもしれない・・・ですが奴等に好きなようにされる理由もないのです」
「その通りよ! 私たちが負けたら後ろにいる民の命が蹂躙されるのは目に見えているわ。だから負けない、絶対に・・・・血を流してでも守らなければならない時、戦わなければならない時があるって私は大切な人に教わったから!」
ユキノ・・・・こと、エスメラルダ姫は戦装束の美しいローブと、あの精霊石が使われた杖を掲げる。
夜半過ぎ、リトルデーモンやレッサーデーモンたちの軍勢が城塞から出発した。
迎え撃つレムロイド軍とラザルフォード軍。
だが想像以上に劣勢である。
リトルデーモンの戦闘力が並の戦士クラスであり、多くの戦場経験の少ない兵士たちが蹂躙されていた。
小柄な痩せ型の体形ながらも、鋭い爪と目鼻の無い頭部、さらに大きく牙の生えそろった口によって噛み千切られ爪で引き裂かれている。
ユキノは最前線で魔法を駆使し戦線を支えていた。むしろユキノがいなければ壊走していたことだろう。
護衛につくファルベリオスとボッシュも奮戦していたが、リトルデーモンの強さ故に攻め込むことができない状況であった。
修練を積んだグニールとロナも必死に姫を守る戦いに身を投じていた。
闇月の女神の娘とまで称されるほどに魔導の才能に愛されたユキノであったが、それでも尚悪魔の軍勢相手に追い詰められている。
既にボッシュは負傷し、ファルベリオスも足をやられてしまっていた。
「くそ! こんなところで!」
本陣付近の被害まで甚大になりつつあり、悲鳴と打倒される音が徐々に近づいてきていた。
「諦めてはいけません、必ず希望は現れます」
どこかで聞いたことのある声・・・・
いつの間にか天幕にいた一人の女性・・・・フードを深くかぶり口元を隠したその姿。
「あなたは・・・え!?シュリア!?」
「はい、ご無沙汰してますねユキノさん・・・・いきますよ・・・・ヒールレイン!」
淡く緑色に発光する光の粒子が周囲に降り注ぐ。
「あれ?脚が・・・治ってる!?」
「わ、わしもじゃ!これはいかんもう終わりかと思ったが、傷が塞がっているとは」
「シュリア!! 来てくれたのね」
「はい、お告げにより・・・・希望を携えてまいりました」
「あなたが希望よ、ありがとう」
「いいえ、希望は私ではありません・・・・あなたが結んだ縁が今ここに結実する時。そうですよね大預言者様?」
「見、見えます・・・・みえ・・・あっ・・・・!?」
だがリトルデーモンとレッサーデーモンの軍勢がもう100メートルほど先にまで迫っていた。
「こともちろらぬ しきる ゆゐつわぬ」
「そをたはくめか うおえ にさりへて」
「のます あせゑ ほれけ ・・・・・」
「あの呪文は!!」
マイの脳裏に浮かぶ忘れられぬあの日の情景・・・・・山頂で絶望に震えていた小さく無力だった彼女の前に現れた一人の少女・・・・
「若雷! 鳴雷! 大雷!」
黒い瘴気が清浄なるユキノたちを覆い潰そうとしているかに見えた戦場であったが、その先頭にいた敵軍に対し防波堤のように出現した雷球が大地を溶かし悪魔共を一瞬で蒸発させていく。
「葵衣様ああああああああ!!!」
マイの叫びが虚空に響く。
だが、戦場は無常にも横腹を付くように奇襲を掛けて来た体長10m以上の巨大悪魔が戦斧槍を振り回し突撃してきたのだ。
逃げ惑う兵士たちが戦場を混乱に染め上げていくが、ファルベリオスとボッシュは突破してきたリトルデーモンの迎撃で間に合わない。
「グレーターデーモン!?」
うねり捻じれる大角が血に濡れている。耳まで裂けた口がうすら笑いを浮かべ黄色く濁った眼がユキノを見据えていた。
『魔王の娘よ、ここで死ぬがいい!』
臓腑が握りつぶされそうなほどの威圧感と迫力・・・
ユキノの反応がほんの少しだけ遅れていた。度重なる連戦で魔法を酷使しすぎたため、その消耗で詠唱へのタイミングが僅かに遅れてしまった。
間に合わない!?と思われたその時、視界の上を何かが凄まじい速度で通り過ぎたかに見えた。
「阿修羅王!!月華斬!!!」
ユキノの目前で青白い剣閃があの強大な悪魔を脳天から一刀両断に叩き切っていた。
「うそ・・・・この技って!?」
雷球によって敵軍前衛がほぼ壊滅した中、突出した一部の襲い掛かるリトルデーモンを青白く輝く反りのある剣で切り捨てていく人影が浮かび上がる。
「ユキノ、背伸びたな」
「うそ・・・レ、レイジ!?」
杖を投げ捨て全力で抱き着くユキノはあの日の幼い少女へ帰ったようにしか見えなかった。堰を切ったように泣き出した姫は、あの日の少女のままに見える。
「レイジイイイイイイイ!!!」
「よくがんばったな」
「その子がユキノちゃんね・・・・かわいい!」
「レイジ!レイジ!!! ずっとずっと待ってたんだから!!」
お互いに優しい笑みで頷きあう二人と、後ろから叫び駆け寄ってくる女性の声でユキノはこの人が葵衣さんという人なのだと理解した。
宝石のように輝く美しい黒髪とその容貌に、ユキノでさえ見惚れてしまう。
糺次はそんな葵衣を見て照れ臭そうな笑みを浮かべており、再会できた喜びに潰れそうな胸の苦しみをこのバカップルめという思いが感動を塗りつぶしてく。
「葵衣様ああああああ!!」
抱きつきあまりのうれしさに嗚咽し、興奮してゲロまで吐いたマイを葵衣が優しく背中をさすっていた。
「あおいざまああああ!!!! おげええええ!」
「もうマイったら相変わらずなのね」
グニールは俺の見込んだ奴なんだぜ!?と周りの兵士にに自慢し、ロナは少しだけ寂しそうな表情を見せた後いつものはつらつとした笑顔に戻っていた。
「皆さま、感動の再会でうれしいのは分かりますがもう少々、ご自重くださいここは戦場ですよ」
聞きなれた声、唐突に取り出された巨大な銃器。
凄まじいマズルフラッシュとオーラバレットがリトルデーモンの軍勢を薙ぎ払う。すると両足両肩背中に位相空間に収納されていたコンテナのようなものが装着される。
パカッと開いたその中身は・・・・・小型のマイクロミサイルであった。
「マルチロック・・・・・ターゲットリトルデーモン、射撃範囲内に人間の反応なし・・・・フルバースト!!!」
歌舞伎で見られる蜘蛛の糸のように葵衣が抉った先頭部隊の中間部へ着弾すると、凄まじい断末摩の悲鳴が荒野を揺らしていく
轟音と振動が、この黒衣の美姫と呼ばれた発掘人形の凛々しいポニーテールのリボンを揺らしている。
「射程内の殲滅完了」味方陣営から大地を揺るがすほどの雄たけびが轟いていく。
「イクス!!!」ユキノの目がさらに喜びの涙を導く。
「糺次くん! 生きていたのかい!ぼ、僕は葵衣さんを殺してしまったことでずっと苦しんでいたんだ・・・・・良かった、生きていてくれて・・・・それにイクスさん!!」
「違うわよ、私たちはちゃんと死んで、死ぬことができて、そして転生できたの・・・・糺次と一緒に」
自然と寄り添うように手を繋いだ糺次と葵衣・・・・
「がんばったご褒美にね、一緒にいさせてくれることになって・・・・」
「ホツレの因子を潰さないとまた別の世界まで被害を受けることになるからな、こっちの女神様の了解もらって援軍に来たってわけだ。今回はレベルアップの恩恵受けてるから、俺たちつえーぞ!」
「まあ御目付け役として俺もいるがな!!」
糺次と葵衣の背後に立っていたのは見慣れぬ服装をしたちょい悪親父風の男だった。
「この人は?」
「俺の数千倍、数万倍強い師匠・・・・シュウさんだ」
「へっ!久しぶりで腕がなるぜ!! 悪魔相手なら遠慮はいらねえ!!っててめえにお客さんだぜ糺次」
岩場の陰から歩む者がいた。
ラングワースの森で戦って以来のあの・・・・
「我が名はイシュバーン!! 宿命のライバル レイジ!!!貴様と再び巡り合うのを一日千秋の思いで待っていたぞ!」
「やっぱり来てたか暇人ストーカーめ」
糺次は腰から柄だけの霊刀 鬼凛丸を取り出す。
「糺次!!!これを!!!」
ユキノが両手で何かを空に投げる。
ゆっくりと回転しながら糺次の手に収まったそれは・・・・あの日失ったと思っていた愛刀であった。
「いつかこういう日が来ると思って、ずっと!!ずっと!!!待ってたんだから!!」
「ありがとなユキノ・・・じゃあおっぱじめるか!! 背中は任せたぞ葵衣!!!」「うん!!」
「私と糺次ならどんな敵だって怖くない!!」
グリフォン具足へと姿を変えた糺次、巫女装束に姿を変えた葵衣。
なんと凛々しく美しい二人だろう。
マイ、シュリア、ボッシュ、グニール、ロナ、ファルベリオス、ユキノ、そして戦場にいる全ての者が光輝く若者たちから視線を動かせずにいる。
「中二病魔剣士のくせに、痛さじゃこっちも負けてねえからな! バカップルなめんじゃねえぞ!!!」
完
君と輪廻の結び方 無適正者と鬼姫の異界捜記 鈴片ひかり @mifuyuid
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