死闘

「すごく邪悪な魔力が収束してる・・・・やっぱりここで間違いないよ」


 目の前には森の中で佇む砦の遺構が木漏れ日に照らされ浮かび上がっている。

 だが砦前の広場は夥しい血の跡があり、戦闘が一方的であったことを物語っていた。


「いいか、仲間に当たらなければ砦がぶっ壊れようが森が焼けようが構うことはないからな」

「話の分かるリーダーで良かった。もう手加減する気なんてさらさらないからね!」


 ちょうど砦の門跡であったであろう石組みの残骸を抜けようとした時だった。


 人影が突如目の前に現れた。悠然とゆっくりと歩むその男は静かに枯れ葉を踏みしだきながら立ち塞がる。


『雇い主は侵入する者は全て殺せとおおせだ、貴様らにも死んでもらうとしよう』


 剣士風の男・・・・しかも中二病患者御用達のメタリックブラックで彩られたやたらトゲトゲした鎧に身を包んでいる。

 数年前に中二病を罹患したときならかっくいい!!!って叫んでいたかもしれないが今となってはかなり恥ずかしい鎧にしか見えない。


「俺向きの相手のようだな、あっちもそう思ってくれてるようだが」

「じゃ私とイクスは奥でしこしこやってる根暗をぶっころしてくるね」

「全力でユキノを援護します」


 奥に進む二人を背にしながら奴を警戒していたが、剣を抜くこともなくこちらの様子を窺っている。兜の隙間からわずかに見える口元に笑みが浮かぶ。肌は青色だからやはり悪魔か魔族なのだろうか?


「行かせて良かったのか?雇い主の命令は?」

「なあに心配させてすまなかったな、貴様を相手にするほうがおもしろそうだ」


 奴が抜いた剣は黒い刃のシンプルなバスタードソードだ。左手には小さめのヒーターシールド。

 案の定、突きから横なぎか縦切りを仕掛ける気か!?

 と思った時には寸前で避けた突きの後、縦切りと横薙ぎが同時にくるかのような豪速の剣が襲い掛かった。


 抜き打ちに剣撃を弾き、距離を取る・・・・凄まじい打ち込みだが本気ではないだろう。

 口だけじゃない本気で中二病体現しちゃってる系か? めんどくせえ。ユキノの追手であった魔獄の騎士たちとは格が違う強さのことだけは間違いない。


「おもしろい、あれを受けるか。我が名は魔界一の剣士イシュバーンなり!」


「・・・・名乗れってことね、俺はレイジだ」


 魔獄に魔界にダークな中二設定のオンパレードじゃねえかよまったく。魔獄とか魔界とか紛らわしいっての!!


 基本的に受け太刀はしない方針を取っている。

 異世界での戦いになると師匠たちへ相談した際に、ほぼ全ての師匠が受け太刀をしない戦いをすることを推奨した。


 だがただ一人、本当の強者と出会った場合の対処法と奥義を授けてくれた。

 受け太刀からの鍔迫り合いに移る刹那のタイミング。


 至極の難度と自ら刃に飛び込むような覚悟と気迫、全てがそろった時にこそ放てる秘剣。


 キィーンと甲高い音が森に響き、俺は横軸をスライドするかのように滑りながら切り抜ける。

「ぬっぐお!」


 奴の剣が中ほどから折れ、鳩尾のあたりから青い血が噴き出した。


 膝をつかないだけたいしたものだと思う。


「貴様、何だ今の剣は!?」


「秘剣 雨霧」


 魔界剣士は剣を投げ捨てると、背中から同じような剣を抜き構え始める。血は収まったがそれなりのダメージは受けているだろう、いると信じたい。

 ようはゼロ距離で剣を胴薙ぎしてみせたのだ。刀だからこそ可能な一瞬の覚悟が生み出す至極の剣技。


 避けきれぬ雨霧の雫がごとし必殺の刃なり。



「まさか俺様の剣と鎧を同時に切り裂くとは・・・・恐るべき剣技、そして畏怖すべき剣よ!」


 奴の気が変わった。濃密な絡みつくような殺気が剣に乗り始めている。


「だがこの俺様を本気にさせたことを後悔させてやろう・・・・右手の封印を解く時がきたようだ」

 おいおい、まじで中二病を体現しちゃってるのかよ!


「俺の背負っている剣は、師匠たちの思いから育まれた剣技だ! 魔界ごときの剣術に負けられねえんだよ!」



 ◇◇




 <ユキノ、私が正面からぶつかります。呪文のタイミングは把握しているので気にせず撃ちなさい>


「震えよ大地、燃え上がれ業炎!  イペリアルユニオンマジック! ボルケーノサーペント!!」


 一瞬で床と大地が煮えたぎる溶岩になるとそれが意思を持った巨大な蛇となって対象へと絡みつこうとそのアギトを開く。


『この小娘共め!我になんという攻撃をぉお!! あのバカはいつまで手間取ってるのよ!!』


 巨大な風船のような体格をし角を生やした人型?の化け物が宙を滑るように移動していたが、イクスがすっと横へ避けたところへ溶岩の蛇が化け物に絡みつく。


 灼熱のマグマが容赦なく奴の肉体を焦がし焼き尽くしていく。

『ぎゅあああああああああ!おのれええ!』

 体にかなりの火傷を負ってはいるが、ふんっ!と溶岩蛇を吹き飛ばしてしまう。


「さすがは自称悪魔貴族を名乗るだけはあるわね」

 <追撃に入ります>


 間髪入れずにイクスはハンドブラスターを二丁持ちすると負傷部位に容赦なく撃ち込んでいく。

『痛い!痛い!!!痛い!何それ痛いじゃないのよ!!』


 風船のような体格の悪魔が怒りをあらわに衝撃波を放つ。イクスがユキノを抱えてエネルギー破の隙間を縫うようにかわしていく。

 口から吐いた消化液で近くの柱が煙を上げて溶け始めている。さらに周囲に暗く淀んだ黒い魔力が集まると、黒弾が次々に射出される。

 イクスがユキノを守るようにハンドブラスターで撃ち落とす様は華麗だった。


 隙をついて詠唱していたユキノのフレイムアローに対し、悪魔の放つアイシクルジャベリンの撃ちあいが続き四方の壁が崩れ破片をまき散らしていく。イクスのフォローで防がれていたが、ユキノの怒りが乗った魔法の凄まじさに周囲の大気が震えている。

 ユキノが着地し、怒りを堪えながらも叫ぶ。

「さあ白状しなさい!! みんなに何をしたの!生き残りはどこよ!!」


『みんなとはああ、あれのことかえ? ぬふふふふ、良く泣き良く絶望し、良く激痛の叫びを発してくれたあの人間たちのことであるな? わざ逃がした連中以外は美しきアートになりましぞ』


 腰から取り出した袋をぽいっとゴミでも捨てるかのように放り出す。

 ぐちゃりという嫌な音が聞こえ、石畳が血に濡れていった。


 <ユキノ、これは奴の精神的な攻撃の手段です。取り乱さず倒すことだけに集中しなさい>

「分かってる・・・そうだよね悪魔だもんね・・・・ローズウィップの妹分としてお前を迷うことなくぶっころおおおおす!!!!」


『ほっほっほ・・・・このバイカウント バルシェマルンを倒すとな! 人の小娘にしては多少魔術を扱うようではあるが、あの街からたっぷりと絞り取った絶望と悲しみの感情が我をとことん強化してくれたのじゃ』


「やっぱりお前かこの根暗野郎!!」


『ぬふふふふ、あのお方のために誠意を尽くして絶望の宴を開いたのじゃ。不死に囲まれ仲間が食い尽くされていく様は至極の喜劇でありましたぞぐあっははあはああ!!』



「舞い踊れ大気の精霊よ、勇壮なる大空を穿ち滅びの叫びを天の怒りを示せ・・・・アーグメレムサーガ・・・・」


 ユキノの周囲の空気が渦を巻き濃密な魔力が迸っている。

『何!?そ、その呪文は!?? 人如きに扱えるものではぐあはああああ!!』


 イクスによる射撃と大鎌が奴の腹部を切り裂いた。

 まき散らされる腐臭のする血と臓物がだらりと垂れ下がるが、それでも大した痛みを感じていないようで、ボールのように弾みながらイクスを嘲笑していた。


「ナルエーグバルファイード・・・・・インペリアルロストマジック!  ライトニングストーム!!!」


 無数に着弾した電撃が密集し火花と凄まじい電荷を生じながらうねり収束し、あの悪魔を呑み込み電撃でのダメージを与え続けている。


『ぎゃああああああああああああ!!!!』


 今までの悲鳴とは違う本物の絶叫。


 腕が目が破裂し肉が焼ける臭いが充満していく。

 腹部も内部から弾け、右半身に直撃すると爆散し床に叩きつけられる。


『ぐおおお!こ、このままでは・・・・くっこい・・・・従僕ども・・・』


 残った左手で床を打ち付けると同時に、巨大な魔法陣がバイカウント バルシェマルンを包み黒い瘴気と共に無数の小型レッサーデーモンが数十体出現してしまった。


「何がこようと容赦しません」

 イクスは位相収納空間から取り出した大型銃器を滑らかな手つきで構え迷うことなく斉射した。


 彼女がスカートの丈を短くしてまで作り上げたオーラガトリング砲。

 フォトン粒子でコーティングしたオーラバレットで貫通力を高め、100発/秒 毎分6000発というミニガン並みの凶悪さを誇る。


 魔界の悪魔であるレッサーデーモンがいかに30数体襲い掛かろうが、その圧倒的火力の前においてはただの肉塊に等しい。


 無表情で斉射するイクスによってレッサーデーモンたちは痛みを感じる暇もなく爆散し、肉片へとなり果てる。

 それはバイカウント バルシェマルンについても同じことでオーラガトリング砲の直撃により肥大した体を削り取っていく。


「す、すげえ・・・・・」


 思わず魔力回復中のユキノも唸るほどの威力。


 射撃を一時中断し、砲身がその熱量に耐え兼ね真っ赤に焼けていた。

 余力で回り続けるその砲身から煙が立ち込めるが、イクスのモニターでは異常は見つかっていない。


「ユキノ、魔力測定を奴はまだ健在です」

「分かってる!」


 何かが黒い瘴気を纏いながら起き上がる。


『おやおや、人間界にもこのような悪魔にも等しい力を持つ輩がいるとは驚きですね。まあ今回はあのお方にお届けせねばならないモノもありますゆえ失礼いたしますよ』


 ずるりと顔の肉が崩れ落ちべちゃりと床に落ちる。


「本体ではないのですか・・・・」

「多分本体じゃないわ・・・」


『ぬふふふふ、本体をこんな汚らわしい場所に持ってくるわけありませんことよ。でもあの体、結構気に入っていたのに残念ですわ・・・・・ひとまず勝負は、お・あ・ず・け ということにして差し上げましょう』


「お前の背後にいるのは誰よ!」

『さあ、教える訳ないでしょうに。でもねえ、あの黒髪の坊や・・・・まったく今回も邪魔してくるのは黒髪なのね。黒は大好きな色なのに悔しいですわ!』


「黒髪って・・・・」

 すかさずイクスがハンドブラスターで奴の頭を撃ちぬいた。効くとは思っていないが、話をさせるためにイクスが取った行動だ。

「言いなさい。その黒髪がどこにいるかを」


『あらまあこれはおもしろい、あなたたちはあっちの黒髪とは関係がなさそうね。これはおもしろい・・・でも教えてあーげない!じゃあね~』

「待てええええええええ!」

 ユキノが無詠唱で放ったフレイムアローが炸裂するが、もうそこに本体は欠片もなくただ腐肉の塊がぶちまけられているだけであった。


『おっと、最後に大事な大事な忘れ物・・・・・あなた方へのちょっとしたプレゼント、受けとってくださいませ』


「ユキノ!!」



 ◇◇



「ダークレクイエムスラアアアアアッシュ!!!」

 黒い斬撃が周囲の木々を斬り倒し、それをかいくぐってイシュバーンの右篭手を切りつけるが避けられる。


 何度かお互いの剣の読みあいが食い違い、空を切る剣士の駆け引きがそこにあった。


「ここまで俺様の肉体に傷をつけた相手は初めてだぞレイジ!」

「うるせえ!てめえがタフすぎんだよ、それになんだその剣は! 斬られたところが泣きたくなるぐらい痛えじぇねえか!!」


 既にその身に数創の剣傷を負い、霊糸の衣を持ってしても防ぎきれない剣撃だった。

 しかも斬られた傷が泣き出したくなるくらい痛い!

 そして血が全く止まる気配がないのだ。


 人間同士の戦いであったのであれば、俺の圧勝だろう。

 イシュバーンは俺に左手を斬り落とされ、それを拾ってまた繋げるなどという非常識プレイをやってのけるのだ。

 しかももう20以上は刀傷を与えている。そのうち人間ならば致命傷となっているであろう撃ち込みは半分を超えている。


「雇い主がお前らの仲間と戦い撤退を決意したようだ・・・・ふむ、中々やるではないか。よし勝負は預けるぞレイジ」

「ちっ!逃げるのは得意だな悪魔さんよ」


「煽っても無駄だ。それにお互い手の内は見せておらんようだしな・・・・俺様の右目の封印が解けぬままで命拾いしたものだ」

 まじで中二くせえから困る。


「そうだな・・・・戯れではあるがお前のその傷な、放っておけば我が魔剣バルムスティーグの呪いによって死ぬことになる。まあ生きたければ聖水とプリーストのリムーブカースを受けることだ」


 腰から奇妙な玉を取り出したイシュバーンはにやりと笑いながら姿を消した。恐らく転移魔法が込められた魔法道具なのだろう・・・・

 くっ思わず膝を付き猛烈な痛みを発する怪我に耐えながら無駄とは分かっていても袋から包帯を取り出し主だった箇所へ巻きつけようとした時だった。


 猛烈な爆発の衝撃波が俺を襲った。思わず吹き飛ばされ大木へ体ごと打ち付けられる。声にならない呻きでしばらく呼吸ができなかったが、なんとか気力を振り絞って立ち上がった時、二人の顔が視界の奥に浮かび上がった。

「ユキノ!!イクス!!」


 走りながらまだ衝撃の余波が残る砦奥を目指す。

 通信に反応しない!? 「イクス!!聞こえるか!?イクス返事をしてくれ!!」


 <・・・・ ・・・    ・・・・・ ・ >


 何か雑音が激しく聞き取れない!?激しい耳鳴りが邪魔をする。

 くそっ!!


 全身の痛みを忘れ土埃が舞う砦の中庭らしき場所へ辿り着く。

「ごほっごほっ! イクス!!ユキノオオオオオ!!!」


 何分ほどだろうか、俺は泣き叫びながら周囲を探した。

 嫌だ!また誰かと分かれるなんて嫌だ! 返事をしてくれイクス!! ユキノ!!


「・・・・イジ・・・・」


 一部のほこりが風に流されていくことでようやく視界が開けてきたが・・・・そこにはユキノに覆いかぶさりぴくりとも動かないイクスの姿と、意識が朦朧としているユキノがはっきりと見えた。

「イクス!!」


 シュンッと目の前でイクスが展開していたであろうバリアフィールドが消滅し、小刻みに震えながらイクスが崩れ落ちた。周囲にはバリアと衝撃を受けた境界がくっきりと残り石畳が抉り取られている。


「おい、嘘だろイクス!? ユキノ!??」


 ユキノに目立った外傷は見当たらなかった・・・・・だが衝撃により脳震盪を起こしたのだろうか、ぐったりと横になったままだ。

 急いでヒールポーションをユキノの口に含ませるとやや呼吸が落ち着いたようだが、イクスは!?


 <・・・・・セーフモードによる再起動準備・・・・・マスターへ報告、ユキノを保護するためオーラリアクター内の全エネルギーをバリアフィールドの構築に回したため現在・・・稼働効率0,7%未満・・・・さ、さい・・き>

「もうしゃべるな!!すぐに霊力をあげるからな!!唇がよかったんだっけ、大丈夫だ俺が絶対お前を死なせないから!!」


 イクスのひんやりとした形の良いアンドロイドとは思えないほど魅惑的な唇に、唇を重ねた。

 最初は少しだったが、徐々に勢いよく俺の霊力を吸っていく。


 まるで俺の記憶をくすぐられているような気持ちになるが、無事でいてくれ元のお前に戻ってくれ、よくユキノを守ってくれた・・・・・

 そんなことばかりを考え俺はイクスを抱きしめ続けた。


「・・・・・・システム再起動準備・・・・」やけに機械的な音声がその口から洩れてきた。

「サブシステムによる霊子力反応炉の再立ち上げ順調・・・・稼働効率34%まで上昇中・・・・システムチェック・・・・・」


 とりあえずイクスはなんとか大丈夫かもしれない。

 ユキノは落ち着いたようで呼吸も安定している。


 まだ安心できない、イクスが回復次第 ユキノの身体状態を徹底的にチェックしてもらおう。



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