ラングワース防衛戦③

 レイジからの通信が来た時、ユキノはこの状況を報告することにかなりためらいがあった。

 一番危険な戦場に身を置いてがんばっている彼にどうやって伝えればいいのか。


 言葉としてまとめようと、文言をまとめようとすると吐き気さえこみ上げてくる。

 かろうじてローズウィップはユキノと行動を共にしてくれるし、同じBクラスのヘブンズバードの冒険者も共同歩調をとるようだ。


 ローズウィップのリーダー ミネアは妙なことをユキノに聞いてきたのを覚えてる。

「あのさ、レ、レイジってさ・・・・その恋人とかいるのかな・・・・」

「いるわけないじゃん。イクスのスカート覗こうとしたりしてる変態スケベだよ」

「そ、そうかそうだったのね。なんていうか、約束を律儀に守ろうとする奴だったから気になってさ」


 ミネアはレイジのことが気になってるのかな?ユキノは恋心的なニュアンスを察することができるほどの人生経験はないが、恐らくローズウィップの人たちはレイジに好意的な人が多いとは思う。

 彼女はスタイルも良く、優しい目をした美人だと思うけどあいつには葵衣って人がいるらしいからなぁ・・・と複雑な気分になっていた。


 しかし取り巻く状況はひどくなる一方・・・・

 クレイトンを筆頭に8割の冒険者たちが撤退というより逃走を決め込んだ。

 そうなると乗り込む荷馬車の奪い合いという見るに堪えない争いがあちらこちらで繰り広げられていた。


「ユキノ!!」




 俺が名前を叫ぶと、ユキノはダッシュで胸に飛び込んできた。

「ひどい!ひどすぎる! みんな我先に逃げ出そうって荷馬車の奪い合い!!」


 半泣きで俺にそう報告すると、ユキノは思い余って泣き出した。

 見ればかがり火の下で争い、殴り合い、支援物資を降ろそうとさえしていた。


「ユキノ、これはチャンスかもしれん」

 慰めながら早足で言い合いをしているクレイトンとキャスたちの間へ割り込んだ。

「戻ったぞ!これがラングワースの指揮官アイオンからの書状だ」


「ちっ!」

 もはや隠そうともしない上っ面を捨てその書状を奪うとクレイトンは迷うことなくかがり火に放り込んだ。

「おっと風で手が滑ってしまったよ、このイカさま野郎が!あんなインチキしやがって!キャス!デクスター!お前らがついてこないというのであれば、後に軍法会議で処刑してやるからな!」


 部下を殴りつけてから駆け足で逃げ去っていく無様さに呆れつつ、キャスとデクスターが頭を下げた。

「レイジくん、君のような勇敢な人もいるのにな」

 キャスはしょんぼりと肩を落とす。


「せっかくの書状を・・・・すまなかった。実際中はどういう状態なんだ?」

 やや砕けた感じのデクスターだが、さすがに焦燥感を隠しきれてはいなかった。


「ってことでこっちが本物の書状です」

「「え!??」」


「あいつのことだから捨てるか千切るか燃やすかすると思って用意してたんです」

「おいおい、さすがだな。では見せてもらおう・・・・ふむふむ・・・これは!?」


 キャスと二人で眼を通すと、頷きあいながら覚悟を決めたようだ。

「責任は全てアイオン指揮官が取ると言っており、しかも作戦は君に一任するとあるが・・・・レイジくんどうなっているんだ?」

「では荷馬車に積んである荷物を全て降ろし、稼働可能な荷馬車を4台に絞ってください。あとはどうなっても構いませんが御者の安全だけは確保してあげたい」


 積み荷を降ろすという作業をキャスとデクスターが指示したことで、手持無沙汰だった御者たちも手伝い始める。

 ユキノにローズウィップやヘブンズバードにも手伝いを頼みに行かせると、意味が分からないがやることがないよりという理由で手伝ってくれた。


 約30分ほどで荷下しが終わり、既に降ろされていた荷物を含めて街道に物資が散乱している状況だった。

 クレイトンと冒険者たちの8割は逃走済みで、残ったのはキャスとデクスターに彼らの部下5名ほどとローズウィップとヘブンズバード合わせて10名だった。


 さらには御者たちはクレイトンに剣を突き付けられて無理やり連れていかれた者以外残留という状態だった。

「レイジ、これからどうするの?」

 ユキノからの問いかけに多くの者たちがその答えを待っていた。


「今から俺がすることを黙って見ててくれ、できればアンデッドを警戒しながらな」

 取り出した魔法の袋に片っ端から樽や木箱、麻袋をしまい込む姿に多くが驚きの声をあげ、俺がやろうとしていることに気付いてくれていた。


 すると皆がしまいやすいように荷物をまとめはじめ、キャスとデクスターが残存人員の確認と氏名を記載し始めた。


「すごいもんだね、あれだけの荷物がもう収納されちまったのかい?」

「ああ、隠すつもりはなかったが余計なトラブルは避けたいだろ?」

「あたしでも同じことするよ」


 これには全員が同意したし、この場で魔法の袋を利用しようという行為を称賛してくれた。


「俺とユキノで敵を引きつけている間にキャスさんたちは荷馬車でラングワースへ入って欲しい。中にはイクスたちが待機して俺たちの到着を待っているから開門準備はしてくれているはずだ」


「だ、だめだよユキノちゃんにそんなこと!」ローズウィップ全員が既に妹ポジションを獲得したユキノを守る体勢に入っている。

「どうだユキノ?」

「うん、思いっきり呪文ぶちかましていいなら楽でいいよ」


 それでも引き下がらないローズウィップにユキノは目の前で呪文を唱える。


「インペリアルユニオンマジック フレイムアロー!」


 最も基本的な火の攻撃呪文。多くの魔法使いがお世話になるこの基礎呪文だが、ゆえに威力や出現する矢の本数が実力を如実に現してしまう。


 一気に出現した14,5本の炎の矢は一本一本が太く、炎の密度が凄まじい。これを見ただけでBクラスのベテランたちは腰を抜かさんばかりに驚いている。

「シュート!」


 その矢は大騒ぎをして呼び寄せてしまったアンデッドの集団20体ほどに着弾し一瞬で消し炭にしてしまっていた。


『『『!!!!!!!!!!!』』』


「ということなんでユキノ、城壁や城門に当たらなければ好きなだけぶちかましていいからな」「いえーい!」


「え、えっと・・・・そのユキノちゃんって職業って魔法使い・・・よね?」

「うん、だけどアークウィッチとかいう職業でディメントって言われてる」

「なああああああ!!??」


 驚きの連続で感覚が麻痺してきた皆は今出来ることに集中しようと、残った荷馬車二台へと乗り込んだ。

 すると御者たちが自分たちはどうすればいいかと聞いてきた。


「皆さんは残った馬車で退避してください。こういうごたごたに巻き込んでしまって本当にすいません」

「いやそんなことは構わないが、副官殿・・・・できれば奪われた荷馬車の補償に関して一筆書いてもらえたらと思っているんだ」

 キャスとデクスターは頷くとすぐに書類をしたためる。


「準備はすぐに進めて欲しいが、もっとも奴らの動きが緩慢になる朝日が昇った直後を狙ってラングワースへの突入を開始したい」

「賛成だ」

 ヘブンズバードとローズウィップも同調し僅か20人弱の突入作戦が始まろうとしていた。

「ずいぶん減ってしまったが、ラングワースもがっかりするんじゃないか?」

 デクスターが疲れた顔で呟くが、俺は否定する。


「無能な味方は有能な敵より恐ろしい・・・・だったら俺たちは有能な敵80人を倒した以上の戦果を挙げてるってことだ。気楽にいこうぜ」

 大ウケしたのがデクスターで腹を抱えて笑っている。

「まじでその通りだぜ! ならクレイトンの奴がいなくなってるから大分脅威は減ったなぁ!」


 突入前の緊張が一気に笑いに包まれる。

「大丈夫、いけるよ!笑えるってことは生きてるってことだからね!」


 まだ周囲は暗く、ラングワースでの戦闘やかがり火がやけに幻想的に映っている。

 俺はユキノを連れて下り坂を超えたあたりで様子を探る。

「イクス、坂を下り終わったところだ。これからユキノと一緒に陽動作戦へと移る」


 <敵が再び城門付近に密集しつつありますが、守備隊も休息がとれたために士気も高くアイオン指揮官もはりきっております>

「イクス、俺たちが陽動をする際のポイントについて助言が欲しい」

「教えてイクス!」

 <西門から南にかけて敵集団が密集しつつあります。逆に北側はかなりまばらになっているようです。そこで南から東城門にかけての敵を引きつけ丘側へ誘導し、大きく北に回った荷馬車隊が手薄になった城門へ急行するというのはどうでしょう?>


「それで行こう、実行は早朝がベストだが持ちそうか?」

 <敵の脅威レベルが増大しています。このままでは早朝まで城門がもたないでしょう。早急な陽動作戦の開始を進言します>


 早朝作戦が厳しくなり、すぐさま荷馬車隊の指揮を執るデクスターにその旨を伝えると二つ返事で了承され、俺たちの出発と同時に北側へ回り込むルートへ入る。

 ユキノはローズウィップからかなり心配されているが、余裕の笑みを浮かべている。


「じゃあラングワースで再会しよう」

「ああ!」

 各員が再会を誓って握手を交わし、俺たちは陽動のため南側へと走る。


「まずユキノに結界をかけてから、俺が奴らを引きつポイントへ誘導する、そこへ呪文をぶちかませ!」

「うん、えっとここから撃てば城壁は無事で、この角度はやばいと・・・うんうん・・・・」


 俺はユキノに結界と隠形印の護符を持たせる。


「オン イダテイタ モコテイタ ソワカ」


 小麦畑の隅に隠れたユキノのそばから、韋駄天真言による脚力強化で俺は一気に駆けた。

 風になったようにアンデッド共の認識速度を超えて門前に到達する。するとイクスが牽制射撃をやめさせ、俺の陽動攻撃を待つ体勢へと移行する。


「不浄なる不死の魔物よ、望まぬ頚城から今解き放とう」

 オークゾンビと人間ゾンビの群れが俺に向けて集まって来た。


 住む世界が異なっても、不浄な存在となってしまった魂を救いたいという願いは届くはずだ。


「オン アミリタ テイセイ カラウン! 阿弥陀如来よ、闇に潜むものを浄化し救い給え!」


 俺の願いに淡く優しい光が周囲へ波のように広がっていく。

 それは亡者が渇望してやまない救いの光。


 プリーストが唱えるターンアンデッドに近いものがあるかもしれないが、俺の放つ弱い浄化の光でも多くの不死者たちが食いついたのを感じる。

 無数の救いを求める本能のような視線が突き刺さっていく。


 それはある時点で一気に洪水のように俺へ向けられ襲い掛かる。

 城門へ肉薄するような執着以上に呻きと涙と救いを求める哀れなアンデッドたちの渇望が波となって重なっていく。


 韋駄天呪のおかげで追いつかれずに済むが、その速度は今まで以上であり、イクスからの通信では門前周辺のアンデッドのほぼ全てが南方向へと向かっているという。


「イクス!陽動の距離と方向を俺とユキノに指示してくれ」

 <マスターはこのまま直進し、100m先の十字路を街道沿いに進みますがここで10秒ほど待機してください。より奴らを引きつけられるでしょう>


 <ユキノはマスターが駆けてくる街道にそって広域破壊魔法を。麦畑がありますが焼失はこの際忘れましょう>

「うん、奴らを殲滅させるほうが大切ね」


 よし、カウント10で走り抜ける! ユキノがいるのはこの先300mほど先だ。

 イクスの報告を聞く限り、磁石に引っ付く砂鉄のように俺へ群がっているらしい。


 <ユキノの魔法発動予測範囲とデクスターたちの荷馬車は十分に距離があるため安全であると思われます>


「もうすぐだユキノ!」


「ようし、とうとう私の出番、やってやろうじゃないの!!!」

 気合を込めたユキノの周囲に膨大なオルナが流れ込んでくる。


 びりびりと凝縮された魔力がユキノから立ち上り、美しくも力強い生命の躍動と若々しさがはじけ飛ぶような詠唱が続いていく。



「跳ね踊れ深淵の炎よ、猛烈なる嵐の刃を食い尽くせ! その身に宿せ荒ぶる嵐の御霊よ、灰塵と化せ大いなる煉獄の焔! インペリアルユニオンマジック! マキシマム フレイムバースト!」



 現状ユキノが唱えられる最上位の破壊魔法が炸裂した。

 耳がバカになるんじゃないかと思うほどの閃光、轟音と爆風。

 半径5,600mほどの範囲にいたアンデッドたちは間違いなく消滅してしまっただろう。


 周辺は地面が溶岩となって煮えたぎり、爆風で吹き飛んだ破片で周囲のアンデッドたちもかなりの数が巻き込まれている。

 ユキノの広域魔法一発で戦況が変わったと言ってもいい。


 だが・・・・

「おい、ユキノ!?」

 ふらつきながら俺にもたれてきた彼女の顔色が真っ青だ。

「ごめん、ちょっと一気に魔力を放出しすぎて軽い魔法力欠乏症に・・・ちょっと動けなくなって・・・」


 はりきりすぎたのだ。戦闘経験の少ないユキノに起こりやすいミスであったのを想定できなかった俺の油断だ。後悔の念ごとユキノをお姫様だっこした俺は駆けた。


「イクス聞こえていたら来てくれ!」

 <門前の残存アンデッドを排除しました、すぐに向かいます>

 急ぎぐったりとするユキノをイクスへ託すと俺は再び敵を引きつける行動へ戻る。


 すると北側からランタンの炎と魔法の明かりが強く発光し、街道沿いを荷馬車が夜闇を切り裂くように駆け抜けて来ていた。

 後は俺がどれだけ引きつけられるかだな。


 刀を抜いてオークゾンビ数体を切り裂くと、猛烈な勢いで掴みかかり噛みつこうとするゾンビの小集団が倒れたアンデッドを踏みしだきながら迫ってくる。

 なるほど、足か・・・・

 一度刀を鞘に戻し、印を結びながら後方に飛び下がり距離を取った。


「ナウマク サンマンダ ボダナン バヤベイ ソワカ! 風天神 烈風飛刃!!」


 吹き抜ける突風がかまいたちによる刃を生み出し、超低空で迫りくるアンデッドの足を切り刻んでいく。


 雪崩を打って倒れ込みさらにのしかかるように乗り越える。


 俺は少しずつ距離をとって奴らの目の前にぶら下げられたニンジン役に徹する。

 気功発勁を撃ち、肉薄してきたゾンビやスケルトンを抜き打ちに切り捨てイクスからの通信を今か今かと待つ戦い。

 逃げすぎてもだめだし、引きつけすぎても飲み込まれる。


 神経をすり減らすような戦いが俺を追い詰める。だがここにユキノがいなかったことを若干幸運だと思うことにした。

 このような地獄を体験させずに済むからだ。


 <マスター、ただいま開門作業を全力で実行中です。ユキノは救護班に預け私も護衛任務でアンデッドを排除していますが、後方のアンデッドがこちらに近づきつつあります>

「時間にしてどれくらいだ!?」


 <路面の破損が激しく難航しています、時間予測現在不明>

「イクス!要は救援部隊がラングワースへ入ったという事実が大切なんだ。言っている意味が分かるな? 荷馬を中に入れ冒険者たちが中へ入れば目的はほぼ達成になる!」


 <イエスマイマスター!>


 荷馬が無事なら荷馬車を放棄しても構わない。これは前から考えていたことでもあり城門に取りつかれるよりは数百倍ましだ。

 だがこちらも戦線が伸び切り奴らの食いつきが弱くなりつつある。城門に人が集まってきたため奴らの嗅覚が戻りつつあった。


 これ以上はきついな、限界が近い。


 <マスター、大勢の住民たちの協力で荷馬車の搬入が完了。ただいま閉門作業が終わり補強作業へ移行中です、ユキノも一過性の魔力欠乏症なので30分もすれば元気になると>

「よし、じゃあ俺はこれから街へ戻るから帰還ポイントの選定を頼む」

 <城門北側150m先で回収準備>


 摩利支天隠形印で姿を陽炎に潜めた後、俺は逆方向へ幻影を走らせる。

 するとゴースト系やゾンビ100数十体ほどが引かれて幻影を追いかけ始めた。

 そのまま早足で城門を目指し、なんとかイクスのロープでサルベージされ一息安堵・・・・


 緊張の糸が切れると、がくっと座り込み水筒の水をあおる。なんだか今でも多くのゾンビたちに囲まれているような気になってくるほど神経をすり減らしていたのかな・・・

 すぐさまアイオンたちが駆けつけよくやってくれたと感謝の涙を流してくれる。


「話は聞いたが、逃げ出した連中なんぞ役に立たんからむしろ帰してくれて助かったぞ」

「ふぅ・・・・そう言ってくれて安心したよ。とりあえずユキノの様態が気になるから案内してほしい」





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