ラングワース防衛戦①

 デュランシルトを出発して三日目。

 野営地では多くの冒険者たちが己の戦歴や自慢話に花を咲かせている。


 だが俺たちはDランクで下っ端のため雑用係でこき使われる始末。

 威張り散らすCランクの髭面集団など何度ぶちのめしてやろうかと思ったぐらいだ。


 イクスは多くの男たちに言い寄られていたが、手を触れた奴はその恐るべき握力で腕を掴み捻り上げ黙らせていた。

 逆にユキノはBランクの女性魔法使いが多いパーティーにかわいがられスイーツのおすそ分けをもらい、ちゃっかりくつろいでいる。


 そうですはい、ヴァイスの俺は地道に雑用がんばりますよ~だ。


 輸送用の荷馬の世話をして飼い葉と水桶、さらには蹄鉄のチェックとブラッシングをかけてやる。

 多くの馬は手慣れたブラッシングが心地よかったようで、俺を見つけてはブラッシング係だと顔をこすりつけてくるかわいい奴ばかりだ。


 一部では御者だと思い込んでいた冒険者も多いようで、打ち合わせに参加してる俺を不思議に思っていたそうだ。

 御者も技術のいる立派な仕事だからな。


 逆に御者たちからは干し肉を分けてもらったり、馬の世話が非常に丁寧で素晴らしいとお褒めの言葉をいただいた。実はこういう評価が一番うれしかったりする。


 参加冒険者100名 同行する王国騎士団と兵士25名。御者30名


 輸送用荷馬車 24台


 中々の大人数だが、その後に来る救援部隊の王国軍は500名近くになるらしい。

 それを考えると昔の戦ってのは相当な人員と物資が輸送されていたんだな。


 とうとう明日の昼頃には目的地である、ラングワース市が見えてくる。

 夕刻までには入城を終える予定だ。


 王国騎士団で今回の先遣部隊の指揮官 クレイトンという金髪お坊ちゃんが発言していたのを耳にしている。




 デュランシルトからラングワースまでの道のりは一か所だけ山道を超える必要があり、山賊や妖人種の襲撃が頻繁にみられる地域だ。

 だがこれほどの大人数で冒険者の数も多いとなるとさすがに山賊や妖人種も手に余ると見えて近づいてすらこない。

 イクスによると妖人種らしき集団が二回ほど引き返したとのこと。


 その山を越えると後はなだらかな平原と川沿いを進む道のりで、楔のように突き出した丘陵地帯を登りきるとラングワースを一望できる目と鼻の先に出る。

 今日の昼には丘陵地帯を超えラングワースの全景を確認してから、物資搬送の手順と警戒用の人員配置を割り振る手はずになっている。


 冒険者が街道の両脇に布陣し、物資搬送中の護衛警戒に当たる計画だ。

 当然俺たちも隅に追いやられるか積み下ろし要員になるのだろうと思っていたが、丘の上から見下ろした光景にほぼすべての人が言葉を失った。



 ラングワースの全景から見えるのはグルノアより一回り小さい円形状の城壁に囲まれた小都市である。

 円形状の一角だけは近隣の山裾から迫り出した岩壁がありそれを利用した形での城壁になっていた。


 人口は1万ちょいほどの都市の周囲は夥しいナニかに埋め尽くされ、本来であれば青青しい麦畑が赤黒い何かが蠢く身の毛もよだつ一場面だった。


 丘を下る道の先にはその蠢く何かが数匹うろついており、ここも安全ではないことが分かると悲鳴を押し殺しながら荷馬車隊を交代させる。

 すぐに見張りを立て、周囲の警戒をさせつつ指揮官のクレイトンと主だった冒険者たちが集められ軍議のようなものが開かれることになった。


「恐らくあれはアンデッドだろうが、なぜあのように大量にあふれ出ているのだ!?」

「そんなもの知るか! まずは状況を探らなければどうにもならんぞ。偵察隊を出して周囲の安全を確保しなければ!」

「これは一度大きく後退し本隊と合流しなければいけないのではないか?」


 と様々な意見が出ているようだが、俺たち下っ端は当然仰せ付けられるのは周囲の偵察であり多くの冒険者たちが押し付けあうという事態だ。


 俺はユキノが仲良くなった女冒険者のパーティー、ローズウィップに一時ユキノを預かってもらい、イクスと二人でラングワース周辺まで強硬偵察に出る腹を決める。

 どいつもこいつも適当な思い付きばかりで撤退風が吹き荒れている。


 まずは正確な情報と敵の正体の把握だ。


「イクス、俺は隠形印で姿を消せるがお前は高速離脱でなんとかなるか?」

 茂みを駆けながら問いかける。


 <60秒程度で動かない状態であれば位相フィールドを応用した光学迷彩が可能です。しかし無機物である私は奴らの認識対象になりにくいかもしれません>


「どちらにしろ索敵頼むぞ」

 <イエスマイマスター>


 夕暮れ前にある程度の情報を仕入れておきたい。

 そのため、丘を駆け降りるとすぐに奴らの集団を発見する。


 腐った死体だが、人間はあまり多くなくゴブリンやホブゴブリン、オークなどの妖人種がアンデッド化しておりオーク種などは人間のゾンビより強力だろう。

 俺は身を隠しつつ距離を少しずつ詰めていく。


 するとある一定距離、風上にいる状態で奴らは一斉に気付いた。

 嗅覚は存在する!


 急ぎ摩利支天隠形印を結ぶと奴らはしばらく立ち尽くしてから新鮮な肉を求めて徘徊を始める。

「イクスはどうだ?」

 <はい、動かずにいると木や障害物お同じように関心を示しませんが動くと食える相手かを判断しているようです。オーク種ゴブリン種ホブゴブリン種、そして人間のゾンビを確認しました>


「よし、もう少し奥で街を襲っている連中を確認してくる」

 <お供します>


 踏み荒らされた麦畑のあぜ道や農道を二人で通り抜けながら、ラングワースの状況をなるべく知るために近づいていく。

 すると城壁は思いのほか痛み城門も補修と修理を繰り返しなんとか防いでいる状態に見える。


 城壁の上から石を投げアンデッドを迎撃しているが、既に矢を節約もしくは尽きている状況なのだろう。


 <半周を凡そ計測いたしましたが、包囲総数3万弱になるでしょう>


 アンデッド3万か。


 農機具小屋に身を潜め、少し思案していた。

 だが、そのとき周囲を通り過ぎたのがゴーストやレイスといったアストラルボディのアンデッドたちだ。


 ゾンビやスケルトン程度では初心者冒険者でもある程度対応可能なほどに脆く倒しやすい。

 だがスケルトンからグールはまた大きな壁となって立ちふさがり、さらなる脅威として多くの冒険者をアンデッドにしてきた存在がこのレイス、スペクター、ファントム、等の半透明野郎たちだ。


 そいつらが昼間から漂えるほどにここ周辺の瘴気は重く体を蝕むほどだ。


 一度情報を持ち狩るべきだと判断した俺はラングワース突入を諦めイクスと追撃されていないかを確認しつつ、予想以上に大きく後退した部隊に帰還した。


「てめえらどこほっつき歩いてやがった!どうせ逃げようとして思い直したんだろうがな!」

「マスターへの侮辱は許しません」


 イクスの怪力を知っていたその男はひっと奥へ引っ込むが、クレイトンの部下とローズウィップのリーダーが心配してやってきてくれた。

「あんた、今まで偵察に出てたのかい?」

 女性スカウトのミネアがユキノの手を引いて現れる。


「レイジ、随分ゆっくりだったのね」

「君は今まで偵察をしていたのであればぜひ報告を聞きたい」

 騎士の鎧を重そうに着込んでいるのはキャスという小柄な男だ。


 ・

 ・

 ・


「不死化した妖人種と人間のゾンビ・・・・それは近くを見て回りすぐ帰ってきた連中と同じ報告だけど城門が確認できるほど近づいたのか?すごいな!」

「城門は既にぼろぼろだ。何度も修繕され補強され持ちこたえているが城壁の痛み具合も無視できるものじゃない」


「早急な救援が必要・・・・なのだろうけど、現状でそれができるほどの戦力は我々にはない。残念ながら」


「じゃあ救援物資も持ち帰るのかい?ここまで来て?」

 ミネアが苛立ちながら文句を言っているが、早期に撤退という空気になりつつあることを危惧しているようだった。


「君らのような勇敢な冒険者がいてくれたことは幸運だった。すぐにクレイトンたちに報告してくる、今のうちに休息をとってくれ」


 ミネアが仲間たちを呼んで俺とイクスに飲み物や甘い物を分けてくれた。

「ねえ、お願いだからユキノをうちで引き取らせてくれないかい? 絶対丁寧に育てるからさ」

「あんたらが良さそうな人だってことはすぐわかったけど、これはその子の保護者との約束でさ。曲げる訳にはいかないんだ、でも申し出はすごくうれしい・・・・ありがとな」


 その瞬間、ミネアの顔が真っ赤に染まったのでつい怒らせてしまったと謝ったが、すぐに森の中に走って消えてしまう。

「なあミネアさんって怒りっぽいの?」

「しーらない。でも預けないでくれてありがと・・・・」


「約束だ、当たり前だろ」

「そ、そう・・・・」


 暖かいココアに似た飲み物が心と体を温めてくれる。あの瘴気に身を晒すとどうしても体が芯から冷えて困るのだ。

 イクスは無口で怪力という評判が立ったのでおとなしく俺の後ろで控えていることが多い。


「消耗した霊力を補給してくぞ」

 すっと伸ばした俺の手を一瞬だけためらったように見えたが、ぎゅっと力強く握ってくる。

 勘ぐられないように、荷馬車に寄りかかりながら外套で見えないようにしておく。


 からかわれるのが面倒なだけなのだが、ちょっと恥ずかしい。

 <あと26秒でフルチャージ完了・・・・>


 そして腰ベルトに装着したホルスターのハンドブラスターに目をやる。

 この状況で術を使わない遠距離武器が手元にあるのは非常に心強い。


 キャスに報告後30分ほどして俺とイクス、ユキノのところにクレイトンが取り巻きを連れてやってきた。

「お前が城門近くまで偵察に行ってくれたっていうレイジか?」

「そうだが」


 なるほど陰口で金髪お坊ちゃんと言われてもしょうがないほどに幼く世慣れしていない雰囲気が漂っている。


「近くまで行っていないに決まっている、信用に値しないとキャスにも言ったのだが本当なのか?」

 こうバカにする態度がまき散らされてひどく気分が悪い。


 ユキノなどは露骨に不機嫌そうな顔で睨みつけている。

「クレイトン、彼らの話は本当だと思うよ。城門の様子を考えると本隊を待っている余裕はない」

「指揮官は僕だ! それもこれもそいつの意見を信じた上での話だろう? 嘘の報告をしたのだからお前の報酬はなしだ、記録しておけよキャス!」


「マスターは嘘など言っておりません。これが証拠になります」

 キャスへと差し出したのは枯れた麦の若い穂だった。


「これは!都市の近くまで行かなければ入手できないはず、分かったでしょうクレイトン!」

「どうせ風に流されて拾ってきたんだろう」


 この野郎・・・・・どうにかして救援をしない方法を探そうとしてやがる。


「そもそもあのアンデッド共に気付かれずにどうやって近づいたというのだ!手立てがあるならここで示してみろ!」


「本来なら人に見せるものじゃないが、多くの命がかかっているからな・・・・オン マリシエイ ソワカ・・・・・」

 すーっと認識が揺らぎ奴らにとっては陽炎の中にいるような感覚のずれが生じている。


「な、なんだこれは!!?」

「彼の使った幻影魔法でしょう、見事なものです」


 とんとんとクレイトンの肩を叩き、慌てふためく様子を見て思わず足でもひっかけてやろうとも思ったが、摩利支天の術をそういったことに使ってはならないと思い改め術を解く。


「俺の真偽を確かめる前にやることがあるだろう?思いつかないなら新たな偵察を命令したらどうだ?」

「口の減らない奴め!じゃあ夜の間に確かめてこい!」


「クレイトン、夜は奴らが活性化する!無茶な命令だとギルドから抗議がくるぞ?」

「知ったことか偵察に行きたいらしいから行かせてやるだけの話だろう」


「めんどくせえ、偵察出てくるわ。ミネア、後はユキノは任せたぞ(気を抜くな)」

「ユキノは大事に大事に守るから安心しておくれ、あんたとイクスも気を付けるんだよ」


「ああ」「ありがとうございます」


 こういうのが一番メンドクサイ!

 苛立ちを抑え深呼吸すると、ユキノが心配そうにやってきた。

「これからまた行くの?」

「ああ、ちゃんと待ってろよ」

「私だけ置いてけぼり・・・・・」


 しょんぼりしているユキノの頭を撫でてやる。

「いいか?恐らく冒険者たちのほとんどが逃げ出すことになるはずだ、その後に訪れる流れではお前が切り札になる。そのための温存だ、ちゃんと寝ておくんだぞ」

「え?私が切り札? うん分かった!!それと・・・・・オルナと魔力の流れがおかしいんだよね、あのラングワースの奥にある森からすごく意志を持って流れてくるような感じがする」

「・・・・負担にならない程度に流れを追っておいてくれ、じゃあ時間が惜しいいくぞイクス」

「イエスマイマスター。ユキノ、行ってきます」

「いってらっしゃい!」


 ああいうアホと話しているよりは戦場のほうが気が楽だと思うようになってるのは、この世界に順応しすぎているのか。

「イクス、城壁を超える手段はあるか?」

 <荷馬車からロープを拝借し、魔法鉄のワイヤーで補強済みになります。長さは30m、城壁の高さを考えれば十分であると推測>

「さすが相棒だ」

 <あ、相棒・・・・>


 日が落ち、山の稜線に太陽の残光が消えゆく中を俺たちは駆けた。

 さらに多くのアンデッドたちが城壁に取りつきつつある。


 まずいな明日までもたない可能性すら出てきている。

「イクス、取りつきやすいポイントを探してくれ」


 近くの石柱の陰に隠れた俺たちは、気づかれないようにゆっくりと距離を詰めていく。城門付近では兵士や義勇兵たちが怒声を上げながら抵抗しているようだ。


 <一番手薄なポイントでも取りつくまでに100体以上に囲まれるリスクがあります>





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