十柄

 肌に触れる感触と今自分がどこかで横になっているという身体的フィードバックに気付いた時、俺はどこかのベッドの上にいた。

 何故!!? 鼓動が破裂したかのように思いが弾け、愛しい人の笑顔と後ろ姿が胸を焦がす。

「あおいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!」


 飛び起きた俺はすぐさま転げ落ちてしたたかに脛をぶつけて呻くも、イクスに助け起こされる。


 するとイクスは正座をし、床へ頭をこすりつけた。


「マスターへお詫びしなければなりません。あのときマスターは極度の混乱状態にあり落ち着かせる必要があったためユキノへスリープの魔法をかけてもらうようお願いしたのです」


「頼まなくても私が勝手にかけたんだから、イクスを怒ったらまじで許さないからね!!」


「・・・・ごめん・・・ありがとう二人とも」

「レイジ・・・・大丈夫?」


 思考がうまく整理できてはいないが、確実に言えるのはあのときよりましだということ。

 イクスに状況説明を求める。



 ”

 ファルベリオスがタチモリアオイを殺害したと記載された書状ですが、問題点がいくつか存在します。


 何故殺したとされる本人をレイジ様に直接合わせたのか?。


 1:マスターを混乱させること


 2:ファルベリオスをマスターに殺させること


 3:マスターが絶望し、自害すること


 これらの事態が生じた場合、全てに共通するのはタチモリアオイ様の捜索が中止されてしまうということです。


 さらにファルベリオスという男の真意は分かりかねますが、あの時点で行動阻止が目的であれば嘘の情報を教えることもできたはず。


 ですが書状を渡すことで自らの命が危険に晒されるという事態に追い込む理由が不明です。


 これはファルベリオス自身も罠にはめられた可能性が考えられます。


 ”


「以上を持ちまして、マスターへの進言です。あと27分後に話し合い予定のファルベリオスから情報を引き出せるだけ引き出したいと思います」


「私も賛成!ぶっころすのはいつでも出来るからね」


「はははは・・・お前らにはかなわないな。俺一人だったらとっくに野垂れ死に・・・・ノーム族やモーリスさん、ロナやグニールたち・・・・そしてダイク夫妻・・・・」

 立ち上がって短パンとTシャツ姿になった俺は奴と会うために霊糸の衣である鎧を着込む。


 腰に刀をつけようとして・・・・・一瞬ためらってから刀をイクスに預けておくことにした。


「怒りで我を忘れて奴を切らないよう、イクスが持っていてくれ」

「かしこまりました。ほかの武器を用意しますか?」


「・・・・いや装備をつけずに行く。奴だって剣を外して俺と対話しようとしたんだ、その心意気だけは買ってやらんとな」


 酒場に行くと端の席に座り、甘そうなケーキをも食べている奴の姿があった。

「ずいぶんと余裕だな」

 つい声が強張ってしまう。もしかしたら本当に葵衣を!!


「レイジ君、武器を持たずに来たのか・・・・さすがだよ。うん、この時点で僕が取れる対抗策はもう何もなくなってしまった。素直に話し合おうじゃないか」


 果実水を頼み、口をつけ・・・・数秒葵衣の面影を思い出しながら問うた。


「ファルベリオス、お前は日月葵衣を殺したのか?」

「殺していない」


「そうか、じゃあ何故殺したなんて手紙をお前自身が持ってきた?」

「やっぱりそこなんだよね・・・・僕もさ腸が煮えくり返ってるんだよ。この手紙を託したのは僕の師匠に当たる人・・・・魔導王国ラザルフォードにいるルーンナイトさ」


「詳しく話してくれ、もしお前が葵衣を殺していたなら生まれてきたことを後悔させてやるほどの痛みを味合わせてから殺してやるが、無実ならば情報が欲しい」


「そうストレートに感情をぶつけられると、うん・・・・話そう。まず君を監視するように手紙が届きだしたのが数カ月前からだ、あの村で出会ったのは偶然じゃなくて必然だね」


 潮の匂いと料理の香が酒場の中へ漂っている。

 飲み始めた連中や旅人たちが次々と席につくなか、ファルベリオスの話す内容は衝撃だった。


「もっとも審判役を押し付けられるとは思わなかったし、何故ああも未来を見据えたような指示が出来たのか僕にも分からない」

「ファルベリオスの推測を聞かせてくれ」


「推測か・・・・・うん、恐らく予言者の一族が絡んでいる可能性があるね。魔導王国ラザルフォードならさもありなんだ」

「そうなのか?」


「これは間違いないと思ってる。あそこのダンジョンが見つかった時期とほぼ同時期に書かれたことは特定済みなんだ」

「背中にナイフを突きつけられたまま霧の中を歩いているようだ」


 しばしの沈黙の後・・・・

「レイジ君、気づいているよね?」

 <動体反応は往来客や旅行者が多く、特定できません。魔力反応・・・・ノイズが多く反応微弱>


「手の込んだ真似をしてくれてる奴がいるな、妨害系スキル持ちか」

「さて僕らは丸腰な訳だが戦う手段は・・・・おっとこれは失言。武器がなくても非常識な強さだったよね」


「お前もそうだろう。酒場に迷惑はかけたくないんで外に出る。イクス、聞こえているなモードはスタンショットだ」


「ん?何?」


 ちょうど港まで通じる表通りの坂道に出たあたりで、黒いフードローブをまとった男たちが6人。

 俺たちを挟み撃ちにするよう、待ち構えていた。


 住人たちは揉め事の臭いを感じ、関わり合いになりたくないと距離をとって物陰から盗み見ている。


「ヴァイスのレイジ・・・そしてファルベリオス・ローエンだな」

「違うよ?僕はピンで彼はキリ 二人合わせてピンキリでーす」「おい」


「その減らず口、ファルベリオスで間違いない。殺せ」


 まるでテンプレのような暗殺者に軽く感動してしまう。

 <相手が攻撃を仕掛けてくるまでしばし待て、俺とこいつならまず大丈夫だ>

 <了解しました。ユキノにも言い聞かせます>


 毒を塗ったであろう小剣をこうも人の多い街中でどうどうと・・・・つまりそれだけ焦っている、なりふり構っていられない何かが存在するということか。

 同時に両脇から二人ずつ俺たちに襲い掛かる。


 大仰にも飛び上がり奇声まで発してくる俗物だ、そういう奴らの実力はたかが知れている。


 着地と同時に回り込んで一人の喉元へ拳を叩き込むと鈍い音を鳴らし吹き飛んだ。後ろ回し蹴りが二人目の頭部へクリーンヒットし酒場の柱に激突し昏倒していた。


 ファルベリオスはルーンソードで敵を切り裂き戦闘不能に追い込んでいるようだから心配なさそうだ。


 イクスにスタンショットを指示しようとした時だった。

 ファルベリオスの背後にいた小男が震える手で握った水晶玉のようなものを地面に叩きつけてしまう。その後着弾したスタンショットで痺れる様子もあったが広がる煙が意思あるように蠢き小男の体を包み込んでしまう。


 悲鳴と何かが砕け引き裂かれる音が静かな港町の表通りで起きている。

 逃げ惑う人々と、駆けつけた巡回中の衛兵も何事かと驚きを隠せずにいた。


 残った刺客たちは恐れおののくように逃げ去ったがイクスのスタンショットで拘束され路地裏に引きずり込まれている。


「なんだかまずそうな気配ですね」


 煙の中から姿を現したのは、あの小男ではなく鎌首をもたげた巨大なムカデであった。軽く二階建ての商家を超える高さに頭部が見えている。


 しかも外鋼殻が金属製にも見え、いたるところに刃がついた棘のようなものが突き出し顎や背骨、百足との表記を想起させる無数の足も鋭利な刃がギラリと怜悧な輝きを放っている。


「ブ、ブレードセンティピード・・・・・いわば刃ムカデだね、こいつはAクラス冒険者でも逃げ出すレベルの相手だよ」


 怪しく紫色に光る眼が明らかに俺とファルベリオスをターゲットにしているようだった。


 奇妙な威嚇音を口元で出し続ける刃ムカデは髭のような触手をふりまわし、さらに自らがとぐろを巻くように仲間であった刺客たちに襲い掛かる。

 一瞬で頭部から脇腹までを切り落とされ絶命する威力と切れ味、何より街中というのが最悪だ。


「イクス!」

 <刺客数人の拘束完了。これから支援に向かいます、戦闘フィールドに関してはここから坂を下りた先にある噴水広場が候補にあげられます>


 動き出した刃ムカデの攻撃で近隣の店舗や酒場が次々と破壊され、人々が逃げ惑っている。

 <今ユキノが広場で避難するように魔法で人を散らしています。マスターとファルベリオスはターゲットですので広場への誘導をお願いします>


「ファルベリオス! 噴水広場まで誘導するぞ!!」

「は、はい!」


 さっそくルーンソードで斬りつけつつ、俺とファルベリオスは広場へと駆ける。奴は巨体をのたうちまらわせながらこれでもかと建造物を破壊し追いかけてきた。

 魔法の刃であってもあの外鋼殻の表面を傷つけるのみで、大したダメージは与えるには至っていない。


 食いついてはいるが、奴は俺より足が遅い。現地の人間にしてはかなり早いほうではあるが、このままじゃ体がなます切りにされてしまいそうだ。

 ファルベリオスからはまだ聞かなければならないことが山ほどあるので、ここは仕方がない!


 体を回転させながら水天印を結び 水の流れと感謝の念、そして人々に犠牲を出したくないという思いをのせて真言を唱える。海の近くでもあるので水気が力を貸してくれていた。


「ナウマク サンマンダ ボダナン! バルナヤ ソワカ! 水天神 水刃烈破!」


 水の刃が幾重にも刃ムカデに叩きつけられ、その衝撃で足が止まり呻き吠えるものの外装甲に傷がつく程度しかダメージが与えられていない。


 当然だ! 水天神の優しい水の術を使ったのは建築物に被害を与えないためであり奴が水を嫌がるのかを確認するためでもある。それにだ・・・・


「ひえええええ!!レイジくん呪文まで使えるの!!!反則だああああ!」「うるせえ早く走れひき肉にされるぞ!!」


 下り坂を駆け降りるとユキノによって追い払われ無人になった広場が見えてきた。


「ファルベリオス!ここで仕留めるぞ!!」

「いいけど、こいつは手に余るんじゃないか!?」


「だったら引っ込んでろ!!! 町の人に犠牲を出してたまるか、奴等の思い通りにはさせねえ!!」


 奴は俺に狙いを定めたのが視線から伝わってくる。噴水広場の柱に頭から突っ込み無傷な化け物だ、相手にとって不足はねえ!


 振り回す尻尾と無数の足、そして髭のような触手が避けそこなったグリフォンレザーを傷つけていく。

 想像以上のスピードと殺意の重さがじっとりと余裕を切り取っていく。


 さてどうやって奴を仕留めるか・・・・その時だった。全身をうねらせくねらせながら奴が全身の力を使って跳躍し飛び掛かってくる。


 間一髪。まさに間一髪で避けられているが、グリフォンレザーでなかったら腹部のダメージは相当にやばかった。

 次撃が襲ってこようとしたとき、聞きなれたあのイクスの声が響く。


「マスタアアアアアアア!!!」

 イクスが投げてくれた刀が宙で回転し俺の手に収まる。そして・・・・振り回された鋭利な棘のついた尻尾が迫った刹那。


 抜き打ちに尻尾の吻合部を切り落とし、払いぬける。

 人の血のような赤い体液を吹き出しながら奴は苦悶の咆哮をあげつつのたうち回った。


「インペリアルマジック! ブリッツシュート!!」


 ユキノの雷撃呪文が奴の濡れた体に直撃した。

 最高だぜユキノ!ちゃんと俺の狙いを分かってくれたか!!


 ブリッツシュートの直撃を喰らってもなお、全身を焦がしつつ俺とユキノを喰らおうとその巨大なアギトと刃だらけの体をぶつけようとしてきた。


 だが振り回された触手が宙で千切れ飛ぶ。

 イクスが大鎌で切断し、ユキノの護衛についてくれていた。


「クリスタルブレイク!!」


 突如無数の光の剣が刃ムカデに襲い掛かる。一見すると硬い鋼殻に阻まれているようにも見えるが、数本が接合部に突き刺さり魔力放射をぶつけていた。


「僕だってね、これぐらいはできるんです! 倒しましょうレイジ君!」


 逃げたんじゃなかったのか・・・・まあ戻ってくるだけ此奴を信じてやってもいいか、そう思えていた。


 この刃ムカデの強固な装甲を打ち破るには・・・・思い浮かんだのはこれしかない。正面から力技でぶつかる!

 意外にもこういう戦法は俺の好みだ!


「ナウマク サンマンダ ボダナン イシャナ ヤ ソワカ!」


 二人で両翼に分かれ、俺は伊舎那印を結び 真言を唱える。

 そうあの偉大な伊邪那岐の命とされる伊舎那天の力を!!


「伊舎那天! 十柄霊王の力いまここに授け給え!!!」


 刀に神気が宿り、いかなることあっても欠けることのない強靭な十柄の剣の力が宿っていく。


 俺が何かをやろうとしていると悟ったファルベリオスとイクスによって俺への注意が拡散されていた。


 だが強大な力に反応しその全身凶器の頭から突っ込んできた奴に向けて放つ!


「喰らえ化けムカデ!おらあああああああああ!!!」


 巨大な剣の気が奴の堅牢な鋼殻をいとも簡単に斬り割り、頭から腹部までを見事に一刀切り裂いた。


 咆哮することさえ敵わず、わずかに呻いたのち、奴はドサンと広場に落ち大量の赤い体液をまき散らしながら息耐えた。

 絶対に欠けることのないと言われた十柄の剣・・・・あのイザナミの命が佩いていたとされる霊剣がいま術によって形を成し邪悪な化けムカデを断ち割ったのだ。


 だがその体はすぐに煙となって消え去っていき、残ったのは頭から腹部までを両断された小男の死体だけになっている。


 それは多くの住民たちも目撃していたことで、しばらくの間何が起きたのかも理解できないまま沈黙が流れることになった。




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