黒い染み
魔導王国の港町ノーヴェルト
ファルベリオスのコネで入手したチケットはなんとごく僅かに許されている直行便のものであった。
遥か雄大なる海を渡り辿り着いたその港町で驚いたのは、獣耳をしたいわゆる獣人族を多くみかけたことだ。
あの耳もふもふしてぇ!という衝動を抑えながら、獣耳の子供たちが遊ぶ様子は童話の一場面のようにわくわくしてしまう。
「こっちの大陸じゃ獣人族が多く暮らしてるのか?」
「えっと、レイジくんは知らないんだね・・・・・多く暮らしてるというか東じゃ獣人族を忌み嫌うため生き残れなかった・・・と言うべきだろうね」
「まじかよ!!ひでえな」
ノーヴェルトはエルファベールとはまた違った異国情緒、異界情緒に富む港町だ。東は西洋風、北欧風の情緒が強く出ていたがこちらに来ると若干だがアジアテイストも感じさせる服装を見かけたりもする。
あらゆる物が行き交い往来し、すれ違うこの港町はよそ者の俺たちでもすんなり受け入れてくれる一種独特の包容力があるなと感じる。
「僕は高速馬車の手配をしてきますので・・・・後でちょっとでいいから金払ってもらえるとうれしいのですが・・・・」
「ああ、後でな」
「それ後で払う気なさそうな言い方じゃないですか~」
と言いつつも久しぶりの故郷の地でうれしそうな表情は隠しきれない。
「少し何か屋台を回ってみるかユキノ」
「よし食べ歩き!・・・・いつも思うけどイクスも食べられたらいいのにね・・・・うちらだけいつもごめんね」
「私はマスターから直接エネルギーを頂けるので何も不満はありませんよ」
「そういうことじゃなくて・・・ね?」
「じゃあ魔石をさばいた金もあるし7万レーネまでなら好きなの買っていいぞイクス」
「!!」
ぱっと表情が明るくなり、周囲の発掘ユニットをサーチし始めたイクスは少し探ってきますと跳ねるように駆けていった。
「イクスにとっては発掘ユニットがスイーツ扱いね」
「なんかあいつ、表情が明るくなってきたよな。いいことだけど」
「ああ、それ私も感じてた。なんかうれしい」
と言いつつ目の前にクレープに似たスイーツを目敏く見つけたユキノにせっつかれ注文し、生地に見たこともない真っ赤な果実の切り身とクリームを挟み込んでいく姿を見物していたそのときだった。
微かに縁結びのお守りが震えたことへの反応が遅れた僅かな隙をついて、何かが俺へと迫っていたのだ。
胸に刺さった焼けるような痛み。
右胸に何かが突き刺さり、その衝撃で倒れかけなんとか踏ん張るも・・・・・その突き出た物の正体が矢だということが認識できるまでには多少のタイムラグがある。
ユキノの悲鳴とスイーツ屋の店員が驚きクレープを落っことしてしまうところなどが、スローモーションで通り過ぎる。
もったいない!って思えるほどに余裕があった訳でもなく矢で射られる痛みは耐えられる痛みだが、体全体が受けたショックがここまでとは想像を超えていた。
切られるかも、と身構えることなく”撃たれる”ことが肉体と精神に与えるダメージの大きさを痛感していると、大袈裟なことになんと意識が朦朧とし始めた。
ああやばい・・・・これショック死とか勘弁だよ・・・・
◇
突然街中で倒れたレイジは世話好きの商人たちによって治療院へと運び込まれた。
傷は致命傷ではなく毒もないようであったが、目を覚まさない状況に治療院でも何度かヒーリングの呪文をかけてもらう。
一番ショックを受けていたのは、どう見てもイクスだ。
レイジの手を握りひたすら祈るように、そして謝るようにうなだれている。
「私が目を離したばかりに、申し訳ありませんマスター。意識が戻りましたら・・・・」
「イクス、気持ちは分かるけどさ、あのレイジに矢を撃ち込むなんてものすごい達人たちだよ。イクスがいても防ぎきれたかどうか分からないんだよ?」
「たしかにユキノの意見には聞くべきところがありますが、発掘ユニットに気を取られマスターを放置するなどあってはならぬこと・・・・」
ガチャリとドアが開き、驚いた様子のファルベリオスが安堵のため息をついていた。
「聞いたときは驚きましたが、命に別状はないということでほっとしています。しかし目を覚まさないのには理由があるのでしょうか?」
「治療院のヒーラーたちはきっとショック状態だったから目覚めるのにも時間がかかるんじゃないかって」
「イクスさん、状況が状況です。落ち込む暇はありませんよ。今こそあなたの力が必要ではありませんか?」
はっとした表情でファルベリオスを一瞥すると立ち上がりいつもの表情へと戻ったように見える。
「・・・・マスターに対し撃たれた矢はボウガンによるものでしょう。ターゲットとしてマスターが選ばれたのか、もしくは他の人物か」
「僕の推測ではユキノちゃんかレイジくんだろうね。だが狙われる理由が不明だ、しかも撃たれた方角方向的にユキノちゃんの可能性は限りなく低いんだよ」
「そうなの?」
「ああ、だって矢が刺さったとされる角度と位置を再確認してきたけど、あのクレープ矢の主人を貫通しないとユキノちゃんは狙えない位置取りということになるんだ」
「・・・・・」
「僕の推測では、犯人は明らかな意図を持ちレイジ君を狙った。しかも右胸を」
「つまり致命傷を与えることが目的ではないというのですね?」
「うん、だがこれが何を意味するのかを読み解くことが非常に困難であることも事実です」
◇
俺が目覚めたのは三日後のことだった。
船旅で疲労がたまっていたためだろう、ということになり傷もヒーリングの呪文によりすっかり良くなっている。
イクスは土下座して謝罪したが、次にそんなことをしたら怒るからもうやめなさいと注意した。
なんだか人間ぽくなってきてるなぁ・・・うれしいけど、あまり思いつめないで欲しいな。
「俺が隙だらけだったのが問題なんだよ、急がせたのに足止めさせちまって悪かったな」
「レイジが無事ならいいんだよ、心配したんだからね!」
「ごめんごめん、ファルベリオスも悪かったな」
「気にしないでください。それから魔導反応検査では呪詛等は検出されなかったみたいです」
その後治療院で支払いを済ませ、宿へと引き上げ明日には出発する旨を皆に告げた。
「大丈夫なの?」
「休憩時にでもファルベリオス相手に稽古してリハビリするさ」
「本当びっくりしたんだからね」
ユキノは目の前で俺が矢で撃たれたことにかなりショックを受けていたらしい。随分心配させてしまった・・・・
ブラッディーローズのメンバーがあのような最期を遂げてしまってから、ユキノは悪夢でうなされることがたびたびある。
魔法力の大きさは精神力の強さに比例するらしく、タフな精神構造をしていると思っていたがやはり年頃の少女である・・・・気遣いが足りなかった。
ユキノはミルフィに何度か会いに行って皆の弔い用に自分の報奨金を全額渡していた。
この子なりに受け止め前に進もうとしているのは、見習わなくてはならない。魔族の権力闘争の中にいたために日本の同世代と比べれば肝の据わり方が違う。
だからこそ今回は心配ないのだということをちゃんとユキノに伝えて安心させておいてやりたい。
街の衛兵たちも犯人捜索には協力してくれていたが、気配や痕跡もなくイクスでさえ追跡できなかった凄腕だ。
そして、イクスは俺のためにある物を用意していてくれた。
「マスター・・・・私の一存で補修し再調整した新しい鎧になります。様々な機能を追加しておきましたのでどうか身に着けてください」
と、半ば無理やりに身に着けた装備・・・・
ベースはグリフォンレザーではあるが、その形態は大分変ってしまっている。
ダンジョン最下層に挟まっていた蔵から発見された鎧の一部を再加工し、グリフォンレザーへと取り付けられ動きやすさが重視された当世袖が目を引いた。
より甲冑武者らしさが匂い立つが、胴体部のレザーもミスリル繊維を織り込んで強度を大幅にアップさせているという。
ブーツについた脛当ても軽く丈夫な素材に変更され、カラーリングも落ち着いた色合いだが腰の草摺と袖がサンゴールド色に染められ紺色とマッチしている。
さらに驚いたのは・・・・
「あの悲劇を二度と繰り返さないために、私の一存でこれを作成しました」
イクスが差し出したのはあの時回収した会津木綿の反物??
「こうして身に着けてください」
まるで世話女房のように朱色の布をマフラーのように結びつけると、ふっと笑みが零れる。
「会津木綿という素材の優秀さがありましたので、これにナノクリスタルから精製した自律式の迎撃AI繊維を組み込んだカウンターマフラーとなります」
「は??」
「例えば・・・・ファルベリオス、そこのペンをマスターに投げてください」
「本当に投げていいの?」「早く全力で」
「・・・じゃあしーらないっとえい!!」パンッ!!
それは驚くべき性能だった。俺の視界を邪魔しないように背後から伸びたマフラーが滑らかな挙動でペンを弾いたのだ。
「マスターの視覚と運動知覚をモニターしているので、意識をマフラーに向け強く意志を込めれば随意的に稼働させることは可能です」
「すげえ・・・・ってこれ俺が撃たれたから必死に作ってくれたんだな・・・・ありがとうイクス」
なんて健気な奴なんだ・・・・思わず頭を撫で感謝の思いを込める。
「あわわわ・・・・・マスター・・・・」
「ねえ私も」
ユキノまでが頭を撫でてもらいたく甘えてきた。
「心配させて悪かったな・・・・」
「これからは大丈夫だよね。ちょっと派手だけど似合ってるかも・・・・」
俺はこの鎧をグリフォン具足と名付けることにした。
◇
港町から魔導王国ラザルフォードの王都までは乗合馬車で5日の距離にある。
ここは王国にとっても重要な街道のため冒険者たちによる魔物退治と定期的な間引き、王国軍の演習を兼ねた駆除作戦によりかなり安全が確保された街道となっていた。
イクスからの通信もほぼ動物や行きかう旅人や荷馬車の類しか警戒すべき点はないという。
時折地中から迫り出したような水晶の柱に似た物が見えるが、オルナ結晶が一時的に地表へ出たもので加工には適さないそうだ。
だがオルナ結晶柱がまるでラザルフォードまでのかがり火にも見えており、魔法世界の凄まじさを改めて見せつけられている。
ラザルフォードまで後一日という最後のキャンプ地・・・・・ついファルベリオスと話し込んでいた。
こいつが葵衣を殺したという可能性がゼロではないが、ほぼシロだという確信は持っていた。
「ラザルフォードについたらお前は実家とその師匠の調査で忙しくなりそうだな」
「そうなりますね。でも黒髪の少女に関する捜索はローエン家にも依頼しておくので安心してください」
連絡は冒険者ギルドにある待ち合わせ掲示板などを使う予定だ。
もしかしたらここに葵衣からのメッセージが書かれている可能性すらファルベリオスは指摘していた。
たしかにありうる。
最悪なのは葵衣が東大陸へ渡ってしまうことであったが、バーミリオン商会のエルファベール支部に黒髪少女が来たら保護するように頼んであるので一応の予防線は敷けていた。
以前は可能性があるだけで走り出そうとしていたのに、今のこの感情は何なんだろう?
走り出したい気持ちがないわけはないが、胸の奥底から染み出してくる黒い染み・・・・それが恐怖の霧となって胸の奥を浸蝕してくるような気がしてならない。
もし、人違いだったら・・・・
獅子人族の男と恋人同士になっていたりしたら・・・・
俺に止める権利はあるのか?
ちゃんと言葉にしたか?
思えば思うほどに黒い染みが増えていく気がしてならない。
葵衣に限ってそんなことはないと、いうのは男の勝手な理屈だ。
限界を超えた状況になって結ばれてしまう男女など・・・・くぅ・・・・胸が痛い。
俺だってロナのセクシーさに興奮してるような変態だ・・・ いや俺は何を考えているんだ。
これ以上傷つかないように予防線でも貼っているっていうのか?なんて卑怯で小さい男なんだ・・・・俺って・・・・
「私にはマスターが何を思考しているのか、少しだけ分かる気がします」
「え?イクス?」
「私は何があってもマスターの味方です」
「こんなに情けない・・・・俺でもか?」
「イエスマイマスター」
イクスが、何度かされたように俺の頭を撫でてくれる。
心地よく・・・・悩みや不安な思いが流されていくかのようだ・・・・
葵衣、もう少しで君に・・・・
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