呪いの傷

 逃げ帰ったクレイトンが本隊と合流しラングワースへ入った時、街の住民たちの反応は冷めきっていた。

 ほとんどのアンデッドはバイカウント バルシェマルンの邪気が断たれたことにより日の光で弱り三日目にはアイオン隊の奮戦もあって崩れ去っており、安全を確認してからやってきた彼らに侮蔑の視線すら投げつけている。


 アイオンらが我らを救ったのがヘブンズバードとローズウィップという勇敢な冒険者と、元凶の撃退に成功したレイジら3人の功績だと伝えていたからだ。

 あの地獄のような状況で物資を運び込み、食料を用意してくれた彼らこそ英雄だと皆が称えた。


 クレイトンは自らがアンデッドから解放した英雄だと喧伝させたが、住民たちからはまったく相手にされず歯向かったキャスとデクスターを解任しレイジたちこそ諸悪の根源だと言いふらすように部下に指示したが・・・・

 工作活動さえまともにできず、さらに住民たちの反感を買う始末だった。

 奴の醜さはこれに留まることなく、レイジたち3人を無駄に被害を拡大したとして拘束し処刑するようアイオンたちに命じてしまう。


 そしてアイオンらは・・・・


 旧指揮所に生き残り210名を完全武装で招集し、レイジたちが収容された臨時の治療院前に陣取った。


「俺たちは知っている!! あの状況で我が身の危険を顧みず、命がけでこのラングワースを救ったのはヘブンズバードとローズウィップそしてレイジ、イクス、ユキノらであることを!!」

『おおおおおおおおおお!』


「レイジは受けた呪いの傷で生死の境をさ迷っている!最も多く血を流し戦い抜いた男を守らずして何が王国軍兵士か、いやラングワースの民か!!」


『おおおおおおおおおおお!』

 既に復興準備に入っていたにも関わらず、ラングワースの生き残った住民4000人あまりと兵士がレイジら3人を守ろうと王国軍の援軍と睨みあっている。


 一触即発の事態に根を上げたのが本隊の指揮官であり小物のカヌンだった。貧相な髭面の小男はすぐにクレイトンに解散を命じると引き上げ命令を出しデュランシルトへ逃げ帰ってしまった。

 クレイトンは地団駄を踏みながら荒れ狂い部下を殴りつけながら撤退していったという。


 これで一安心かと思いきや、物事はうまくいかないものである。


 レイジは目を覚ましたが、魔剣による呪いの傷に癒しの呪文がほとんど効かず、イシュバーンから知らされた治療方法を行えるプリーストがいなかったのだ。

 しかも聖水が対アンデッド対策で底を尽き、早急にデュランシルトまで搬送しなければならなくなった。


 ラングワース領主のピアーズ伯がレイジのために高速馬車を用立ててくれることになり、伯爵自ら乗り込みレイジたち3人を輸送してくれるという。

 ピアーズ伯はクレイトンの横暴にブチ切れており、デュランシルト領主の甥という立場を利用した奴の所業を直接訴えるつもりだ。


 道中は伯爵の馬車ということで行軍中の軍を追い抜いて帰還することができたが、問題はその後であった。


 レイジの治療にリムーブカースという上位奇跡呪文を使えるプリーストが必要とどこからか聞きつけたクレイトンが、ギルドや神殿に圧力をかけ治癒が受けられない状態に追い込んでいった。


 ダイクさんたちが四方八方手を尽くし聖水を手に入れ呪い対策をしてくれていたが、肝心のリムーブカースで根治しなければ消耗死の未来しか待っていない。


 キャスとデクスターが直接プリーストに依頼をかけていたが、協力しようとしてくれたプリーストのギルドランクをBからEに格下げされたという情報が広まり手伝うという者が現れなくなった。

 怒りの涙を流しながらサファイアも心当たりをあたったがだめだったと、土下座せんばかりに泣きじゃくっていた。

 ・

 ・

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 サファイアが置いていったお見舞いの果物を見つめながらレイジが呟いた。


「そういえば礼を言ってなかったなイクス、ユキノ。お前らがあの悪魔と戦ってくれてなかったら、もう一人の黒髪って情報が手に入ってなかったよ。ありがとう」

「レイジ・・・・・元気になったら私も葵衣さんって人を一緒に探すの付き合うからね?そんだけぞっこんなんだもん、どんな人か会ってみたいし」


「私はどこまでもマスターに付き従うのみであります」


「まったく物好きだなぁ・・・・」

 口を開くのも辛いだろうに、全身に走る激痛で一日に数回意識を失うことすらある。


 そしてレイジへいつものように眠りの呪文をかけたユキノが商会の建物から出ていこうとした。

 ドアを開ける手にイクスの手が唐突に触れた。


「止めないでイクス。もう耐えられない・・・・クレイトンの居所が手に入ったのよ、これから館ごと破壊してやる」

「勘違いしないでくださいユキノ。マスターレイジがあの状況であれば臨時マスターの権限があなたにあるのですよ?さあお命じなさい、マスターユキノ」


「もう、イクスも考えることは同じなのね?」

「マスターレイジを救うためならば世界を敵に回そうが関係ありません」


 ぎゅっとイクスに抱き着いたユキノは、覚悟を再確認するかのようにドアノブへ手を伸ばした。



 だが、逆にドアノブが開かれ入り込んだ夜闇とひんやりした空気が肌に触れる。

 そして黒っぽいローブに顔をフードとマスクで覆った不気味な人影が目の前にあった。


 すっとイクスがユキノの前面に立ち、相手をスキャニングし始めた。


「夜分に申し訳ありません。ですが私はここに来なければいけなかったのです」

 すっと一歩中へ踏み込むと、ユキノに視線を合わせてきた。その鋭くも優しい眼に一気に警戒感が薄くなったことにユキノ自身が信じられない気分だった。


 そのままイクスが声で制止するも、ずかずかと二階にあるレイジの寝ている病室前までやってくる。


「ちょっと待ってよ何事なの!?」

「えっと・・・・そうですね、なんて言えば」


「これ以上マスターに近づくのであれば容赦なく殺害します、早く出て行ってもらいましょう」


「たしかにこれでは疑われても仕方がありませんが・・・・なんて言えばいいのでしょう、そうですね。私はリムーブカースが使えます」


「「え!??」」「本当なんでしょうね?嘘だったら焼き殺すわよ!!」


 ユキノが掴みかからんばかりに迫ると、その女性は優しく抱きしめ包み込む。

「その御方を心から大切に思ってらっしゃるのですね、私はお告げによりここへ参りました」


「ユキノ、その人は武器を帯びておりませんし、何か怪しい動きがあれば即刻射殺します」


「あの本当にレイジを助けられるの?」

「私が為すべきことを行うだけです」


 そっとユキノがドアを開けるとベッドの上で眠るレイジの姿があった。眠りの呪文をかけていてさえ痛みで顔をゆがめる姿に胸が抉られるような思いがする。


「この方なのですね・・・・不思議な力をお持ちのようです。大地母神よ、この者にかけられた忌まわしき呪いを払いたまえ・・・・リムーブカース・・・・」


 それは想像していた以上に静かな終わり方をした。

 淡い光の渦がレイジを包むと、あの黒く膿んだ包帯がするりとほどけ変色していない綺麗な傷口が姿を現した。

「フェザーヒール・・・・勇敢なる魂を肉体を癒したまえ」


 その女性が施した呪文により、レイジは穏やかな寝息になり顔色も見違えるほどに良くなっていた。

 この僅か数分で起きた事象に、ユキノもイクスも信じられない様子でしばらく見つめることしかできずにいる。


「あの、レイジはもう大丈夫なんですね!?」

「はい。強力な呪いでしたが、もう心配ありません。呪いの力が薄まっていたからかもしれませんが、こういった呪いを弱くさせる大いなる力の源はその人を思う心なのです」


 ユキノはレイジの手を握り堰を切ったように泣き出していた。さきほどまでクレイトン家に乗り込み大暴れしようとしていた少女と同じには思えない。


「あなたはいったい何者なのですか?多くのプリーストたちが圧力によってマスターを救うことを拒否していたのです・・・」

「圧力など関係ありません、なぜなら私は・・・・」


 ゆったりとした動作でフードを外しマスクをとったその姿に泣き出していたユキノが声を上げた。

「ダ、ダークエルフ!?」


「驚かれるのは慣れていますが、軽蔑なさらないのですか?」

「軽蔑する理由がないじゃない! あなたは恩人、いったいどれだけの報酬をお支払いすればいいの?」


 するするとローブを脱いだのはスリムな体形であるがツンと張った見事な形と大きさの胸が目立つ革鎧と白のブリーツスカートとニーハイブーツを履いている。


「お告げにより来ていますし、神殿には足を踏み入れられないので正式なプリーストではないのです」

「そんなのバカげてるわ!あれほどの癒しの力あるのに・・・・ほんっとに権力者って屑しかいないわ!」


「あのできれば・・・・・もう二日ほど何も食べていないので、少しでいいのでパン切れでもいいので分けていただけると・・・」

「あっ!ま、待っててね!すぐに持ってくるから!!イクスもぼーっとしてないで接待して!」


「マスターレイジをお救い戴きありがとうございます。つきましてはあなた様のお名前をおうかがいしたいのです」

「私は、プリーストのようなことをしております シュリア と申します」


「シュリア様、ただいま準備をしてきます。ユキノはお話し相手を」


 レイジの部屋は人が集まるので椅子が多めに用意してある。そこでテーブルにセッティングすると遠慮するシュリアを無理やり座らせる。

 よくよく見ると、褐色肌はユキノが良く見ていたダークエルフたちより薄く髪も絹糸のような美しい銀髪だった。


「シュリアさんてもしかして ハーフダークエルフ?」

「よく分かりましたね。私は人間の血が混じったダークエルフなのです。育ちはダークエルフでしたが、幼少の頃に妖人種に村を襲われさまよっていたところを師匠に救われたのです」


 にこりと微笑む姿はダークエルフらしくはないと思ったが、健康的な褐色肌と銀髪のコントラストが見事でダークレッドの瞳と合わせて非常に美しくかわいらしい女性だと思う。

 スタイルも抜群だし、きっとレイジが元気だったら鼻の下を1mぐらい伸ばして興奮するに違いない。


「もしかしてその人がプリーストの師匠なんですか?」

「はい、ダークエルフがプリーストなどと神殿では汚らわしいと石を投げられましたが、師匠は種族は関係ない、大切なのは心ですといつもおっしゃっていました」

「うわあ立派なお師匠さま!!」


 ユキノが褒めたことでシュリアは破顔しイクスが持ってきてくれたサンドイッチを貪り食った。

 干し肉や温めた山羊の乳なども悉く食い尽くして満足したシュリアはうとうとと眠りかけたので、ユキノが強引にあぶく玉を放り込んで付き添い用の簡易ベッドに寝かせてあげるのだった。


 ふぅとため息をつくと、ユキノもレイジが元気になったんだということを噛み締めまた泣きながらレイジの隣に潜り込んで眠った。


「今だけ・・・・今だけだから・・・レイジ・・・・いつも守ってくれてありがとう。居場所をくれてありがとう」


 イクスが見守る中、まどろみの優しい風に包まれ眠る人々。



 <モードエネミーサーチ・・・・・・動体反応あり。商会の屋根からこの部屋を目指していると推測。迎撃行動開始>



 静かに部屋の外へ出ると、近くの窓から逆上がりのように飛び出すと音も無く壁を両手の力で駆けのぼり四階部分に相当する平たい屋根に飛び出した。

 ちょうど煙突から侵入者の視覚になっている個所だ。


 <ハンドブラスター、消音モードへ。敵動体反応3・・・・スタンショットにより無力化し命令指示者の身元を特定させることを目標に設定完了>


 何かが風を切る音が聞こえた瞬間だった。スタンバレットが命中した侵入者たちは軽い呻き声をあげただけで崩れ落ちた。

 3人の男が口から泡を吐き僅かに動く眼球で敵の正体を知ろうとしていたが、それさえ敵わず頭から袋をかぶせられあっけなく拘束されていく。


 イクスが奴らを運んだのは近くの井戸底から数m上に隠された通路内で、スキャンデータで把握していたためバーミリオン商会に迷惑がかからぬようそこへ運び込んだ。


 壁に鎖とロープで拘束した男たちは年齢も肌、髪色もバラバラの暗殺者のようだった。


「ど、どこだここは?」

「う、動けねえ・・・・いったいどうなってやがる!?」


『お前たちの目的は何だ?』

 低い男の人工音声で問いかけられると慌てふためきガチャガチャと鎖を鳴らしていた。


「い、言えるわけねえだろ!こっちはプロだぞ!?」


『なぜバーミリオン商会の屋根に侵入した?』


 一人の首元に冷たい何かが押し付けられる。アサシンであるならこれが短剣の類であることは肌感覚だけで理解できるだろう。


「おいアブド!マーク!絶対言うなよ言った終わりだぞ!」

「うるせえジーン! 言わなくても終わりだ! 俺たち3人を姿を見せることなく無力化し運んだんだぞ!?数人がかりの凄腕連中につかまったてことだ!」


『なぜバーミリオン商会の屋根に侵入した?』

「ま、待て!!言う、俺は言うぞ!! レイジとかいう若造を始末するように依頼されたからだ!」


 その後3人は静まり返り、気配さえしない時間と無音の空間に恐怖心を募らせていく。



『誰が暗殺を依頼した?』


「そ、それだけは勘弁してくれ!」

「頼む!俺たちは依頼されただけで、恨みもねえんだよ!」


 サイレンサー付きのハンドブラスターが3発火を噴いた。

「「「ぎゅああああああああああ!!」」」


 呻き苦悶の叫びを漏らす3人のアサシンたちの右指が吹き飛んでいる。骨を覗かせ滴る血が固定された手首の拘束具を伝い腕を濡らしていった。

「た、たすけてくれえええ!!」

「言う!言うから!!雇い主言うよ!!」

「ぐああいてええええ!!」


『誰が暗殺を依頼した?』


 低い男の声を模した人工音声がまったく同じ抑揚で二度発せられる恐怖が、アサシンである矜持や覚悟までも見事に打ち砕いていた。


「デュランシルト次期領主候補の、クレイトンだ!!」

「このバカがああああ!言っちまいやがった!!」

「もう知るか!!くそがああ!」


 <血圧、発汗データにより偽証の可能性は低いと判断>


 3人の頭にかぶせられていた布袋が一気にはぎ取られる。

 だが、3人とも目を固く瞑って開けようとしない。


「眼を開けて良いのですよ」


 今までとは違う美しい女性の声に、3人は恐る恐る目を開ける。


「おい、まじかよ・・・・」

「黒衣の美姫・・・・」

「ああ、そうか俺たちここで終わりなんだな」


 彼らも暗殺者の端くれだ。ラングワースで鬼神の如き戦いをしたイクスの情報は把握していたし、本心ではクレイトン側になど付きたくはないが仕事と思い潜入してみればこのざまである。


「解放して欲しいですか?」


「してほ・・・い、いや・・・・ここまでだ。依頼主話した時点でもう俺たちは終わりだ」

「そうだな、こうして顔を晒した時点で先はねえよ」

「もう痛いのは嫌だ、楽にしてくれ・・・・」


 すっと背中の大鎌を自動展開したイクスの無表情な瞳に、3人は恐怖と美しいモノを見るような憧れにも似た気持ちを得ていることに驚いていた。


「ではご希望通り、生命活動の停止を実行します」

 発言後、寸分の狂いもなく3人の首が切断され乾いた音を立てて転がった。


「もっとも、マイマスターの命を狙った者を生かして帰すなどありえないのですが」


 位相収納空間から取り出した目薬ケースほどの金属容器を床に投げると、イクスはさっそうと井戸の抜け道から飛び出した。


 数秒後、猛烈な火力によって炭化した3体の遺体だけが残されるものの、それが発見されるのはいつになるのだろうか。







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