タビダチ
思い返せば剣術修業と言っても、弟子入りする思念体によってその手法はまったく異なるため、一から学びなおすような苦行を強いられるケースも多かった。
だからこそ、北辰一刀流開祖の千葉周作師匠の教えは斬新で新鮮、しかも理詰めで今まで身に着けた剣術を生かした指導を行ってくれた。
君の学んだ剣術は君だけのものとして心と体に染みついているから自信を持っていいと背中を押してくれた先生だ。
他の先生に比べれば年代が近いという側面もあるかもしれないが、俺の剣術は千葉先生の教えによってある一定のレベルとして完成されたと思うようになった。
須弥山外縁部は触れただけで肉体がバラバラになるようなとてつもない速度の風が吹き荒れている。
だが、時折開く歪みによって邪妖や悪鬼が入りこむケースが近年多発していた。
そういうとき、俺は神将たちに連れられ物の怪退治を手伝わされた。
きっと実戦経験を積ませるためなのだろうということは分かったが、こうなると葵衣は手慣れたもので才能をさらに伸ばした退魔術によって難なく焼き尽くしていく。
初陣の時にはさすがに緊張し、がちがちになっていたと思う。
他の神将が振るう戟で傷ついた餓鬼が追い込まれ、俺の目の前に転がり込む。
与えられた刀を構えるが、手が震え足が震え・・・・一歩も動けなくなるんじゃないかと思ったとき、餓鬼が鋭い爪で飛び掛かってきたのだ。
膨れた腹部と醜く崩れた顔、そしてぶよぶよの皮膚が恐怖の刃となって心に突き刺さってくる。
悲鳴にも似た絶叫を上げ、俺は無我夢中で餓鬼を切ったのだと思う。
朧気な記憶しかなく、ただそのあとにシュウさんから踏み込みと間合いが甘いと叱られたことからそれなりに動けたのかな?
葵衣はその様子を自分のことのように緊張して見ていたと夢翡翠が後で教えてくれたが、それ以降・・・・なぜかヴェータラという凶悪な邪鬼相手でも取り乱さなくなるほどには経験が積めたようだ。
須弥山での修行は辛くもあり、楽しくもあった。
葵衣が退魔術の修業をしているとき、ふと聞いてみた。
「葵衣はどこで修業したんだ?あの化け物相手にも結構戦えてたみたいだけど」
「私の血にはね、なんだかめんどくさい血統があるらしくて。それで幼い頃から修業させられてきたの」
「めんどくさい血統か、あるだけいいじゃないか。うちの実家は普通の農家だよ?」
「地に足がついた生き方をするのが一番尊いのよ。よく言うでしょ?突然改心したヤンキーより、普段から真面目に過ごしてる人の方がえらいって」
「それな」
葵衣は器用に丁寧に折られた折り鶴を取り出すと、小さく呪言を唱える。
すると、俺の目の前で青い羽を持つ小鳥へと姿を変えてしまう。
「すげ!」
「安倍晴明先生に教わった陰陽道よ。なんだか私は剣術はさっぱりだけど、呪術系は相性いいみたいね」
「俺の退魔術は偏より過ぎているって怒られてるよ」
「天部や八部衆の術との親和性が高いって逆にすごいんだけどね? 私は明王系や陰陽道などが相性いいみたい」
なんとなく、お互いにカバーしあえる関係になっているんだという実感はかなり早い段階からあったと思う。
そのころからかもしれない。
俺の着替える時の半裸姿を天女たちが見物に来るようになったのは。
袖で口元を隠しながら何やら話し込んでいるのが少々しゃくだったので、ここぞとばかりに美人揃いの天女たちの水浴びを覗いてやろうとたくらんでもおあいこじゃね?
って思わないか?
「・・・・ごめんなさい」
天女たちにふるぼっこにされたあげく、変態と罵られたまでは良かった。
葵衣の能面のような表情、あのゴミを見る目で見降ろされたときの絶望感は・・・・・
「へぇ? だから覗いたの?」
「い、いえその・・・反省してますんで・・・・」
「反省??何を?? ああ、そうよね天女のみんなはおっぱい大きいもんね!! はいはい!私はどうせ小さいですよーだ!」
「ふぎゃっ!」
頭を踏みつけられて、呻く俺を足蹴にしてからどこかへ走り去った葵衣は、しばらく口をきいてくれなかった・・・のは懐かしい思い出だ。
天女はたしかにキレイでプロポーションも抜群だが、昔から水浴びを覗かれるも仕事の一つみたいなとこあるじゃないか。
葵衣の水浴び覗いたらまじで殺されるからなぁ・・・
なんでそこ分からないかな。
「分かるわけないじゃない」
と右ストレートを喰らったのは言うまでもない。
そしてその一撃で見事に気絶したことも、当然の結果である。
こういう日々がたまにあったり、がんばったごほうびにと小角やシュウさんが天女や天人、馴染みの天部や神将を引き連れピクニックに赴いたことが何度かある。
そういうとき、葵衣は多くの天女たちに囲まれ、おしゃれを一緒に楽しんだりしている。
とにかく葵衣は男女問わず人(神仏)に好かれる才能があった。
性格的にはガサツで料理洗濯はがんばるのだが、畳み方が下手だったり味付けが薄すぎたり、逆に濃すぎたりと意外に不器用なのだ。
目立とうとするタイプではなく、ぼーっと何かを考えているのやらいないのやら。
方向音痴でずっこけてたり、漢字が読めなかったり書けなかったり。
ポンコツな面のほうが際立っている気がするが、負けず嫌いで嫉妬深く剣術の稽古で俺に打ち負かされるとその日の夕飯のおかずを必ず一品奪い去っていく執念深さもあったりする。
でも、なぜか多くの思念体の先人たちや神仏たちから可愛がられるのだ。
お前も葵衣を見習って愛嬌を磨けと言われるが、あいつは愛嬌をなんて特に考えておらず纏っているオーラというか雰囲気が人を引き寄せる何かを持っているんじゃないかと思う。
かくいう俺も引き寄せられて離れられない一人なんだと思う。
聞くところによると格闘ゲームが好きでアケコン複数台持ちの死体蹴りはとことんやらないと気が済まないというピーキーぶり。
「何か私の悪口を言ってる気がするんだけど?」
「何のことでしょう?」
縁側で寝そべり、稽古で作った打撲に痣に軟膏を塗りこんでいたときだ。
そうなのです。
こいつは、やたら勘がいい。
人の心を読めるのかってぐらいだ。
「・・・そのポニーテール、ずっとしてればいいのに」
あわわわっと急いで髪を解いてロングに戻す・・・・
「恥ずかしいのよ、だっていっつもポニテにしてポニテにしてって」
「おい、ポニーテールこそ至高。ポニーテールこそ女性を最も美しく見せる髪型なり!」
「そういう言い方するから逆にしたくないのよ、修業の時は先生たちの手前仕方なくしてるんだから」
そうなのです、奴は頑固なのです。
あの美しい目でゴミのように睨まれると・・・・結構くせになる。
◇
意外に細かく世話好きなシュウさんが、あれこれ神将や知り合いの八部衆、天部などを渡り歩いてかき集めてきた神器や武具の数々。
得意げに爽やかな笑顔で俺の前に突き出した。
「レイジよ、色んな奴から借りパクしてきたやったぜ。特に帝釈天からヴァジュラ!勝手に借りてきたからよ!使い倒してこいや」
「阿修羅王!何やってんですか!また戦争なっちゃいますってば!」
部下の天人が滝のような冷や汗を流しながら慌てふためいている。
「シュウよ、いいか?外界との盟約でな、武器の類は持ち込めぬ決まりなのじゃ・・・・・」
「なんだと早く言えよ!! じゃあお前、全員に返しておけ」
「た、たたたた帝釈天にはなんて言えばぁ!!??」
「あ、すいませんこれ家の前に落ちてましたって言えば通じるんじゃね?」
「そんなあ!!!」
「えっと、シュウさん。左腕借りてるだけで十分すぎるよ、ありがとう」
「武具がだめなら何ならいいってんだまったくよ!」
そこで小角から渡されたのは、絹や霊糸で縫い上げられた小さなお守り袋だった。
「これはのう、わしが全国各地の縁結び神社の神々に頭を下げ、強力な縁結びのお守りを作ってもらったのじゃ。並大抵の力ではなく、お主が必要としている人や物へ導いてくれるじゃろう」
俺はうれしく受け取ったが、葵衣は微妙な顔をしている。
「そ、それって、例えばレイジ君に運命の人を引き寄せるとかそんなんじゃないですよね!!?ね!??」
「安心せい、旅に関する縁を深める類の守りじゃ・・・・葵衣よ、心配いらんわ」
「運命の人って何??ライバルとか?」
「そ、そういうことよ!ちゃんとしっかりしてよね!」
「お、おう・・・」
夢翡翠が持ってきてくれたのは、霊糸の衣と呼ばれる非常に貴重な天上界の衣服だという。
見た目はただの浴衣ぐらいにしか見えないが、制服を思い描くとそれぞれの高校の制服へと姿を変えてしまう。
「あなたたちがここに来た時に来ていた服を取っておいたの。そして霊糸の衣に吸収させたからいつでも任意にその服に着替えられるわよ」
天女の羽衣や須弥山に住まう竜神の髭、希少な霊花の繊維などを使った品で下手な鎧などより丈夫であり洗濯いらずというのはありがたい。
あちらに合った服装をしたいときは手に入れてから変化させればいいというのは便利だ。しかも多少の傷ぐらいなら自分たちの霊力で自動修復できるらしい。
武器だけは持ち込めないというのは辛いところではあるが、手に入れるまでは呪術や気功発勁等で乗り切るしかないだろう。
異界への扉は、あの光る滝の近くの草原に開けるという。
俺と葵衣はいつの間にか手を握り合っていた。
学校からの帰り道、偶然あの踏切を渡ってから始まったこの状態。
高校に戻るとかそういった些末な事情はどうでもよくなり、生き延びることを目的に俺と葵衣は旅立つ。
そして魂を取り戻すために。未練がないと言えば嘘になるが、息抜きにと野口英世や福沢諭吉という偉大な先人の授業を受けたことで大学進学に価値を見出せなくなったというのが大きいのかもしれない。
振り返ると、涙ぐむ小角とシュウ。
馴染みの何度か水浴びを覗かせてもらい、ふるぼっこにしてくれた天女たちが大泣きしていた。
夢翡翠も堪えきれずに泣きじゃくっていた。
世話になった師匠たちが、遠くから見守ってくれていた。思念体でも涙をこらえてくれている姿は・・・・そのぐっとくるものがある。
俺たちの何倍もの身長がある四天王たち、退魔剣術の修業を付けてくれた八部衆の面々、世話になり面倒見の良かった天部の神々・・・
見守り続けてくれた菩薩たちや、葵衣がとくに世話になった八百万の神々が多く見送りに訪れてくれている。
俺も何神かの神々から特別な技や術を授けてもらったので深く感謝を込めてお辞儀をしておいた。
ふと気付くと帝釈天がシュウさんに何かを問いただしているようだが、すっとぼけたシュウさんに一笑に付されている。
「後悔はないな?」
「うん」
澄んだ笑顔だった。いつまでも脳裏に焼き付けておきたい、そう思わせる笑顔だ。
握った手の感触。俺のより小さく、そして優しい気持ちが流れ込んでくる指が絡む。
「じゃあ、みんな! 全力を尽くしてくるよ。奪われた魂を取り戻して、みんなの来世への道を開く、そして俺たちも」
「私たちにこのような慈しみと援助をしてくれてありがとうございました。必ず糺次君と戻ってきます」
滅多に見ることのない観音様と明王が、気合を入れ俺たちの周囲の空間に穴を・・・・異界への道を作っていく。
『レイジ!葵衣! 我ら神仏はいつでもお主らを見守っておるからな!!』
須弥山に響くような大きく優しい声が合図となり、俺たちは吸い込まれるように穴へと堕ちていく。
◇
「葵衣!!!絶対手を放すなよ!!」
「でもレイジくんあれを!!」
荒れ狂う竜巻の中を飛ばされているような感覚だった。
塵や埃が舞う中、たまに飛んでくる石ころが体に当たっていくが霊糸の衣のおかげで怪我を負うまでには至っていない。
必死に抱き合ってやり過ごそうとしたが、土石流のような風の塊にぶち当たるため体と体の隙間が強引にこじ開けられていく。
恥ずかしさなど微塵もなく俺たちは必死にしがみ付いた。
だがそのたびに引き剥がされ、それでも諦めることなく必死に手を握り返す。
そのぬくもりが、絶対に離されてなるものか!という気合を高めてくれる。
葵衣の目は生きる気力と活力に満ちている。凛々しくもかわいい瞳が大丈夫と訴えていた。
それは唐突に訪れた。
巨大な鉈を想像させる鋭利な刃物のような割れ方をした岩塊が勢いよく俺たちに迫っている。
風の流れに逆らうことさえ難しい二人に直撃すれば、手足など簡単に千切れ飛んでしまうことは明白だった。
その刹那の瞬間は・・・・・葵衣の瞳に大粒の涙が浮かんでいたような気がした。
掴んだ手をほどき、互いの心とは真逆の行為に、お互いが離れるという決断を強いられたのだ。
その岩塊が通り過ぎた時は、己の心が引き裂かれたような胸の痛みさえ感じたように思う。
風に体がねじ切れそうになっても、俺は必死に風を泳いだ。
葵衣も服が乱れていることなどお構いなしにひたすら手を伸ばす。
きっと、あの岩塊が通り過ぎたことで暴風の流れが変化し、二つの気流に分岐してしまっていた。
みるみる離されている葵衣の姿に悲鳴に近い叫びを発していた。
「あおいいいいいいいいい!!」
「レイジイイイイイイイ!!!!」
一緒に過ごした穏やかな日々と、辛く苦しい修業後の愚痴と強くなる二人の絆・・・
何気ない葵衣の仕草を見ただけで、心が激しく波立って・・・・それがきっと、あのことなんだと気付いた。
それらが手から離れていく。
体にいくら石がぶつかろうと、風で腕が引きちぎれたって構わない!
だが、世界と世界の間に開けられた異空間の暴風は一人の人間の力ではどうにもならないほどに暴力的で無常だった。
「大きい街で!!できるだけ大きい街で再会しよ!! 私が!!わたしがああああああ!!絶対にレイジくんを見つけるからああああああ!!」
「俺が見つけてやる!!! 大きい街だぞ!!!!迷子になるなよ!!あおいいいいいいいい!」
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