旅は道連れ、ピンクショック

 水上都市ロゥヴェール

 この名前を聞いて抱くイメージとはいったいどのようなものか?

 きっと水の都ベネチアとか、映画や各種ファンタジーゲームに出てくる清らかな水の街を想像するだろう。


 いたるところに透明感のある清浄な水が流れ、水路を活かした生活と夜は水面に反射した美しい星空がまるで星海のような広がりを見せる幻想的な世界・・・・

 かわいい女の子が船でしてくれる観光案内とか・・・・夢見ていたなぁ。


 高低差を利用した滝や噴水が綺麗な虹を作っているのかな?なって想像した俺が浅はかだった。バカだった。


 ナーバ夫妻に楽しみです!って言ったときのあの微妙な表情から察するべきであった。

 ユキノも遠目で見たきりで近くに立ち寄ったことがなかったことから、街の内情を知って顔をしかめている。

「レイジ、ここにいたら病気にならない?特に人間は病になりやすいって」

「確かに・・・・次の隊商を手配しようと思ったが、ウォービスたちが俺たちのあらぬ噂を流しやがって探すのが面倒だ。ここは乗合馬車か最悪歩きで行くしかないな」

 まあ俺と葵衣は旅先で病に罹らないよう薬師如来の加護を受けているので、不摂生や衛生状態をある程度注意していれば問題はないだろうが、ユキノへの配慮は出来る限りしておいてやりたい。


「マスターレイジ、ユキノ・・・・・水質をチェックする前に水を飲むのは控えてください。オナカぴーぴーになりますよ」


 俺とユキノがきょとんとした。

「ぴーぴー?」

 思わずユキノが聞き返すと、イクスは不思議がることもなく繰り返す。

「人間は消化器系の不調で”ぴーぴー”という症状になるとデータにあるのですが」

「それはいわゆる幼児言葉だ、下痢とかお腹を壊すって言ったほうがいいぞ・・・・」


「データ修正・・・下痢予防のため井戸水等でも飲まないように。むしろ葡萄酒のほうが安全性が高いとも言えます」


「たしかに・・・・」


 水上都市といえば水上都市なのだが・・・・このロゥヴェールはいわゆる三角州に作られた水上都市なのではある。一応。

 しかしロマール川は川幅が広く港が作れるほどに港湾部は水深もほどよくあるのだが、ジョフマッドというナマズに似た巨大魚が多く生息し、汽水域なため豊富な貝を餌としていることから水底をかき回す習性があるのだという。


 大量のジョフマッドにより河口周辺は濁った泥水が流れる汚い川へとなり果てる。

 そして水上都市の港から陸揚げされるのは主に奴隷や麻薬、交易品の薬草類も一定数あるがいわゆる無法都市的な印象が強い。

 そうなると街中はゴミで溢れ排泄物は川へ垂れ流し、貧民街は悪臭と治安が悪すぎて立ち入ることさえ困難。


 俺が抱いた水の都のイメージを返してくれ・・・・

 ナーバ夫妻ら隊商がなぜ危険を冒してここに来るのかと言えば、ヒールポーションの原材料になる南方大陸の薬草がここでしか手に入らないためなのだ。

 これを各地に持っていくことで大幅な利益が望めるという。


 そこでナーバ夫妻やグニールたちから聞いたまともな商店で食料を多めに仕入れ、あの魔法の袋へ収納することにする。


 水はロゥヴェールから少し離れた農場にある井戸で汚染されていない清潔な物を販売していたためあえて足を運んで買い入れた。

 食料は安全性の高い干し肉や果実類を購入し、街はずれで一泊2000レーネもする高級宿屋にあえて宿泊し身の安全を確保することを優先する。

 なによりユキノがいるので下手な場所には止まれない。


 寝袋とテントも購入しておいたから、野営となれば俺の結界とイクスの監視でなんとか対応できるだろう。

 やはり魔法の袋は素晴らしいとしか言いようがない。

 必要な物なら荷造りすることを考えてしまうが、ある程度袋に詰めて放り込んでおけばいいのだ。

 大きい水瓶もそのまま放り込んでおけば割れることはないし、テントや寝袋も同様。

 そこで魔法道具のコンロと食器、調味料を仕入れておきいざとなったら俺が料理をしようと思い立った。せっかく魔法の袋があるのだから調理をしない手はない。


 高級宿屋のベッドの寝心地に別れを告げ、魔法のバッグを身に着けているのでフェイク用のリュックをそれぞれ背負いつつ俺たちはデュランシルトへ向けて街道を歩き始めた。

 これからは中継地の村まで、基本街道を歩くことになる。


 グニールたちはロゥヴェールで一仕事あるらしく、後でデュランシルトへ行く予定だからまた会おうとかなり懐かれた。


 雇い主がいる荷馬車では会話にかなり慎重になっていたが、歩きとなればまず聞かれることはないだろう。

「聞き忘れてたんだが、ユキノはデュランシルトへついたらどうするつもりだ?」

「冒険者になって魔法の腕を鍛えたいの」


「では我々と目的が一致します。ユキノの内包魔力量は非常に高いと計測していますが、魔法職の判定基準データを私は所有しておりません」

「ん~私も家庭教師に教わったりお父様の配下で、魔導将軍からたまに教えてもらってたぐらいだから」

「大分エリート教育だったと思うが」

「そう?」


 と、多少ずれてはいるがユキノは素直に俺たちと行動を共にしてくれている。

「冒険者になって強くなりたいってことか?」

「そうよ、そしてお父様やお姉さまのお役に立つの」

「そうか・・・だったら、魔法学校とかそういうのないのか?」

「バカにしているつもりはないけど、人間の魔法学校じゃ学べることってほとんどないんじゃないかな・・・・」


 ユキノが話した内容は後日、驚きを持って知ることになるのだが、とりあえず彼女の目的が俺たちと一致することはうれしい。

 しかしまだ幼い子を連れていくというのはどうにも罪悪感がすさまじいな。

 それにどれほどの実力なのだろうこの子は。



 ◇



 ロゥヴェール・・・既に水上都市などという似合いもしない表現など二度と口にしてやるものか・・・・を出発して二日目の夜。

 持ってきた大きめの木桶に向け、水天神の真言を唱え多めに水をどばっと降らしてみた。


 ユキノは目を丸くしていたが、すぐに思い立ち水系呪文で水を出す方法をすぐに学んだようだ。

 そして俺が金属製の棒とシーツを組み合わせて簡易のシャワーカーテンのようなもので木桶の周りを覆ってあげる。

 さらにはイクスがその水を適温のお湯へと変えると、ユキノは声を上げてはしゃいでいた。


 王族暮らしで野営はきついだろうと、何かできないかずっと考えていたことだ。

 ニコニコ顔でお礼をしてくれるユキノはやはり妹とどこかかぶってしまう。


 寝るときには虫よけの魔法をユキノが詠唱できるので周囲にかけてもらうが、これはかなり助かっている。

 虫が耳元を飛んで眠れないなどということが起きないからだ。


 テントや寝袋もそうだが、イクスは寝ることがなく一晩中監視してくれている・・・・本当に感謝しかない。

 ユキノはすっかりイクスに慣れたようで土埃やメイド服についた汚れを丁寧に拭いたり髪をとかして面倒を見ている。

 これがきっとユキノなりのアイデンティティーや居場所の確認なのかもしれないと思った。


 王族とはいえ父親の教育が良かったんだろうな。人を馬鹿にするという態度がまるで見えないし手伝いもする。

 面倒くさがることはあるが、理由を説明するとこくりと頷き自分の中で消化しようとしている姿は俺がその当時の年齢を思えば恥ずかして口に出せない・・・。


 出発前にイクスの両手を握り霊力チャージを完了すると、いつもあいつは機嫌が良さそうにしばらく手を離さない。

 なんというか他所の馬車で身を縮めているより、自分たちの足で風景を楽しみながら進む旅も悪くないなと思い始めている。


 ユキノも、「歩きだと魔法のバッグから好きなだけ出し入れできて、お湯で体洗えるし夜はイクスのおかげでぐっすり休めるし・・・・歩きのほうがいいなぁ」

 などと言ってくれる。

 俺とイクスもユキノのペースに合わせてはいるが、基礎体力が違うため大したペースダウンにもなっていない。


 グルノアからアマミ村までの危険エリアと違い、ここは護衛冒険者を付けずに荷馬車を飛ばす商人たちもいるぐらいで三日目の野営時には夜お湯で体と頭を洗いすっきりした後はある料理を作ろうと気合を入れていた。

 猫の腰掛亭の女将さんから教わったパンの焼き方をベースに、魔法のコンロをレンガで囲って簡易窯を作ってみる。

 そして発酵用に使うポミの実についた白い粉を使ってパン生地に混ぜ込み、風呂の間に二次発酵まで終わらせておいたのだ!


 ユキノはまた変なことをしていると言いながらも興味津々で覗き込んでいる。この少女は好奇心が強く、なにでも興味を持てる活発なタイプだ。

 大人しそうに見えるが、こういう面は誰かに似ているなぁと思わなくもない。


 一緒に食べようと作っておいた酸味が効いたトマト風の野菜を使ったスープも、ちょうど良い塩梅だ。


「どれどれ・・・・いいじゃないか、いい感じに焼けてるぞ!」

「・・・・すごい!パンだ!!焼き立てパンだぁ!!」


 ユキノの笑顔を見て、苦労して作ったかいがあるなと・・・・世のお父さんたちはきっとこれ以上の感覚で娘にあれこれ愛情を注いでいるのだろうなと思った。


「マスター、せっかくですが荷馬車が近づいているようです。警戒に出ます」


 街道から荷馬車につけたランタンの灯りが近づいてくるのがわかる、たしかにイクスの言う通り警戒したほうが良さそうだ。

 刀を腰に差し、ユキノを守るように立ち上がると荷馬車が俺たちのキャンプ地の前で停止する。


 御者台にいたのは疲れた顔をした初老の夫婦だった。

「こんばんは、申し訳ないが私らもお邪魔させてもらっていいですかなぁ・・・・実は孫娘が熱を出してしまいまして休めるところを探していたのです」

 焦燥感が感じられたのはそのせいだったのか。


「どうぞこちらへ」

 イクスが馬車を誘導し、ご婦人が6,7歳ほどの女の子を抱っこするとご主人が毛布類をとって寝かせようとしている。

「テントがあるから、中へ入れてあげましょう。すぐ組み立てるんで」


 ささっとユキノが手慣れた様子で手伝いテントを立ち上げると、申し訳ありませんと夫婦が孫娘を寝かせている。

「お婆ちゃん、大丈夫だよちょっと疲れちゃっただけ・・・」


「ユキノ、パンとスープを持ってきてあげて」

「うん」


 ささっと手際よくスープと焼き立てのパンを皿に入れて持ってくるユキノ。

 その様子に驚いたのが老夫婦と孫娘もだ。

「焼き立てみたいなパンだ!!」

 病気ながらも驚きが隠せないようで夫婦も驚きの表情で俺たちを見つめている。


「実は魔法のコンロで作ってみたんです、ご夫妻も良かったら召しあがってください。実は調子に乗って作りすぎちゃったんです」

 孫娘も焼き立てパンと暖かいスープを目の前にしては食欲も動いたようで、半分ほどしか食べられなかったが、あぶく玉を放り込んで安堵するとすぐにすやすやと眠りについた。


「ああ、なんてお礼を申し上げたらよいか・・・・」

 老夫婦は頭を下げっぱなしだ。


「いいんですよ。俺も彷徨って辿り着いた焚火にいた商人に助けてもらったことがあるんです、今度はこっちの番だと思って」

「あらあらまあまあ・・・・なんというお人なのでしょう・・・」

「ご夫妻も召し上がってください」


 こうして自分が作ったパンは、かなり良い出来なんじゃないかと思う。

 実際ユキノは感激していたし、老夫婦も絶品だと太鼓判を押してくれる。


 イクスは突然の来客に周囲の警戒をしていたが、とりあえず大丈夫なようだ。


 老夫婦はご主人がダイク、ご婦人はヒラルさんという。

 二人とも身なりが良く品の良さからも行商人ではないのかもしれない?と思い始めていた。なにより荷馬車の積み荷があまりないのだ。


 孫娘はメアリーといい、淡いベージュ色の髪にあどけない寝顔は天使にしか見えない。

「レイジさん、なんとお礼を申したらよいか。こうしてメアリーを安心して寝かせてあげられます」

「いえ、作りすぎたので丁度良かったのですが・・・・何やら訳ありとお見受けします」


 ダイク夫妻は顔を見合わせ事情を語りだした。


 ”

 実はこの子は私の遠縁の子になるのです。兄の嫁の弟の・・・・えっとなんだったかな、嫁の兄の・・・とにかくその子の両親が農作業中に魔物に襲われ帰らぬ人になってしまったそうなのです。


 近縁で引き取るところがなく、奴隷として売られる寸前に私共にその情報が入りまして急いで引き取りに行ったという、なんともお恥ずかしい話なのです

 ”


「メアリーちゃんはダイクさんたちにすごく懐いているように見えます。子供は本能的に守ってくれる人が分かるんです・・・・お二人を心から尊敬しますよ」


 思わず涙ぐんだヒラル婦人はありがとうと手を握る。

「レイジさんたちはどちらまで行かれるのですか?」


「私たちはこう見えて冒険者でして、デュランシルトへ向かう予定です」

 イクスもこくりと頷いている。

 ダイクさんが意を決したように呟いた。


「あの・・・・非常に勝手な申し出なのですが、よろしかったら私共の荷馬車でご一緒にデュランシルトまで向かいませんか?」

 メアリーの様子をずっと近くで見守っていたユキノまでがえ?っと振り向いた。


「本当は護衛を雇いたかったのですが、メアリーを保護することで頭がいっぱいで旅の危険を失念してしまっていたのです。冒険者であれば臨時の依頼として護衛も兼ねてお受けしてもらえないでしょうか?」


 悪い話ではない。むしろ渡りに船だろう。


 ”マスターレイジ、積み荷のスキャンは済んでおりますが食料や水が三日分ほど意外に特筆すべき品、武器などは見当たりません”


「イクス、ユキノ、ダイクさんからの申し出だが俺は受けてもいいと思う。お前たちはどうだ?」

「マスターの指示に従います」

「えっと・・・そろそろ歩くのも疲れてきたから馬車もいいと思う」


「ということです、こちらこそありがたく依頼をお受けします。警戒監視はイクスが非常に得意としている分野なので安心して休んでください」

「おお、ありがとうございます!」


 翌朝、さっそくメアリーのためにも焼き立てパンを用意すると食欲を取り戻しすっかり俺にまで懐いてくれる。

 着替えや湯浴みを手伝ってくれたユキノにお姉ちゃんと懐いているあたり、この子の人懐っこさが印象的だ。


 元気になってユキノの隣でいっぱいお話をしてくれるメアリーは、ニコっと笑いかけてくれるだけで心が癒されるようだ。

 ユキノ自身もメアリーに頼られるのがうれしいらしい。


 時折御者を代わり、夫妻にも休んでもらう。

 依頼料は、到着時に2万レーネ。分割ではなく一人頭だ。


 この夫妻の人の良さやメアリーに対しての愛情の注ぎ方を見ても、人情味のある優しい心根が感じられる。

 何より縁結びのお守りが穏やかな温もりを発している事も決め手だった。


 しかし、トラブルというのはやはりやってくるもので。

 それは次の日の野営地で起こった。


「あああ!!ユキノお姉ちゃん!!」

「え?ん??どうしたの???」

「いやあああああ!お姉ちゃんの髪があああ!!!}


 叫び声に慌てて駆けつけると、ユキノ・・・!?


「おいユキノ!!お前の髪どうしたんだ!?」

「髪髪ってどうしたの?」

 ヒラル婦人が手提げバッグから手鏡を取り出すと、恐る恐るユキノに手渡した。


「あああああああ!うそおおおおおお!」

「ね、ねえ、メアリーちゃん?もしかしてあのジュースをユキノちゃんにあげたの??」

「え、えっと、前にもらったブドウジュースがおいしくて、そのユキノお姉ちゃんにも喜んでほしかったから・・・・」


 ユキノの髪が根本から変色してしまっていた。

 あの真夏の紺碧のような鮮やかな青色が、薄い桜色のようなピンクに・・・・

「最初は驚いたけど、これってすごくかわいい!!なんかね、青色ってさちょっと重くて一族の特徴出ちゃってて気になってからちょうどいいね!!」

「軽!ってかお前それでいいのか?」


 するとユキノが俺の耳元にやってきてこしょこしょと話し出す。


「あのね、あの青色の髪って魔王の一族ニュクス族の証だったりするの。だから追手のこと考えるとこっちのが都合が良いくらい」


 なるほど、トラブルとはいえこれは良い方向に転ぶかもしれない。

 ユキノはしょんぼり反省するメアリーにいいでしょ、かわいいとかなりご機嫌な様子だ。


「あの大丈夫でしょうか・・・・」

 ダイクさんがかなり申し訳なさそうに頭を下げてきた。

「安心してください、当の本人が喜んでいるんですから何も問題ないですし、我々としてもピンク髪のほうが都合が良かったりします。しかしあれは何なんですか?」

「甥がやっている魔法薬の試験品を一部預かっていたのですが、ブドウジュースの瓶と隣り合わせになってしまったようです・・・・なんともお恥ずかしい」


 こうしてユキノは唐突にピンク髪になってしまった。



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