無適正者<ヴァイス>

「新規登録をしたいんだが」


 ちょうど背を向けて書類を見ていた職員が振り向いた。




 テンプレでは非常にかわいい受付嬢が活躍する主人公に一目置いてお近づきになるなんて話がでてくるのだろうが・・・




「あら、かわいい子じゃないの。あたしは受付嬢のルビーよ、気さくにルビーちゃんって呼んでちょうだいね」


「・・・・ああ」




 立ち上がり書類と器具を取り出すその人物・・・・受付嬢?の身の丈は190cm近くあり筋骨隆々で手入れされた口ひげと黒いタンクトップ姿だ。




「この書類に分かることだけ書いてちょうだいね」


「お、おう・・・」


 差し出されたのは羊皮紙ではなく、昭和世代にはおなじみらしい藁半紙程度の質だった。




 文殊印によって読み書きは自然とできるため、鉛筆に似た魔法道具? がすらすらとインクを排出しまるでボールペンだと感心した。




 名前、年齢、冒険者規約に関しての同意事項の署名、現住所など。




 最期に掌に収まるほどの小さめな水晶玉を台座ごと手前に置かれる。




「これに手を触れてちょうだい。そうすればあなたの現在のレベルと適正職業を表示してくれるわよ。基本的に一人につき複数出ることは稀でほとんどが1つね」




 人気小説ではここで隠蔽手段を用いて偽装したり、勇者と判明したり、最上位の希少職業になったりと一応のイベントがあるのだろう。


 俺は若干の・・・・多少の・・・・えっと少しだけそういう期待をしながら水晶玉に手を触れてみた。須弥山修業したし免許皆伝もらえてるしなぁ・・・・




「・・・・」


 水晶玉は何やら霧がかかったような白く濁った状態を続けており、それを見たルビーは青ざめた表情で俺を見つめている。




 あれ?もしかしてやばい職業適性でちゃった?


 聖騎士とかさ、勇者とか!?? でも現実的な職業となれば・・・やっぱり退魔剣士とか?? やばいかっけえ! 抑えていた中二心が疼くぜ!








「・・・・ごめんなさいレイジちゃん・・・・あなた・・・・・適正職業、ないみたいなの」




「・・・へ?」なんだろう・・・・・やばいちょっと泣きそう。






「そ、そんなに悲観しなくてもいいのよ、支部の判定水晶は廉価版だから本部で確認するっていうこともできるしね」


「なあ、適正なしだとそんなにまずいのか?」




 そのときのルビーの微妙な表情からなんとなく察することができた。


「本来、適正職業として成長してきている要素があるはずだから無適正という人がどういう能力を持っているか、いえ成長する機会を失っているかは・・・・」


 なるほど、成長機会を損失してきたって思われてるのか。




「無適正だと冒険者登録はできないのか?」


「それはできるけれでも・・・・本当にいいの?」


「構わない、登録を頼む」




 ほどなくしてルビーから手渡されたのは、冒険者ギルドの証である蝶のシンボルとそれがはめ込まれた白木のプレートだった。


「この白いのって?」


「えっと・・・・ギルド証を適正職業をイメージした型にはめ込む形で完成するものなの。でもレイジちゃんの場合はその・・・・適正職業がないから無適正という扱いでその白い木枠になるの」


「へえ・・・・いいじゃないか白いのも」




 内心ちょっとだけ、ほんの少しだけ、全然気にするほどでもないけど、まあ少しも期待してなかったって言えば嘘になるけどさ・・・・帰り道ちょっとだけ泣きべそかいちゃうかもだけど・・・




 受け取ったギルド証をルビーが革ひもに通し、俺の首にかけてくれた。




「レイジちゃん、分不相応な依頼に挑戦して命を落とす冒険者はたくさんいるわ。あなたの身の丈にあった依頼を重ねていくことも大切よ?」


「ありがとうルビー・・・・ちゃん。そういう堅実な助言くれる人っていい奴が多いからな、担当があんたで良かったよ」


「まあ!!!・・・・・くぅ~・・・・・た、たまんない!!かわいい!! もうレイジちゃんの専属になっかうからぁ!!」




 その時、背後で爆笑の渦が巻き起こっていた。


 入り口付近でたむろっていたガラの悪い連中10数人が主に俺に対し侮蔑と嘲笑のバカ笑いに花を咲かせていた。


「ぎゃははははは!! おい聞いたか!?こいつ ”無適正者<ヴァイス>だってよ!!」




 つられて巻き起こる笑いに、他の受付嬢たちからも無適正者として向けられる軽蔑の視線が容赦なく突き刺さる。




 どこにでもいるなこういう奴らは。


 他人を馬鹿にし嘲笑しないと自身の心の均衡を保つことすらできない連中。


 自己肯定の代替え手段としてのバカにするという行為。




 以前の俺ならばこのような状況、絶対に耐えられず逃げ出していただろう。だが須弥山での修行や教え、そういったものが心を魂を鍛えあげてくれたからこそ無意味なものとして受け流せる。




 なるほど、こうやって見てみるとどれだけ醜い行為なのかがよく分かる。




「なんだヴァイスって?」


「おまええヴァイスも知らねえのかよ!!」




 夕暮れの落日が象徴するような夜に向かいつつある連中の人生への皮肉にも見える 紅の光景。




「なあヴァイスってなんだ?誰でもいいから教えてくれよ」




 たまりかねたルビーが暗く沈んだ声で語りだした。


「ヴァイスっていう白くてとても堅い木があるの・・・・でも固すぎて建材としても、家具としても加工が面倒すぎて使えず、薪にもならない役立たずって意味で使われるの・・・・・」




「役立たずだってよ!!その通りじゃねえか!ぎゃはははは!!」




 受付から出てきたルビーはそっと俺を中に通して奴らと引き離してくれる。


 奥の事務所でお茶を出してくれると、薄暗くなりかけた外を眺めながらルビーはしょんぼりとした声で語りだす。




「ああいう輩とは関わっちゃだめよ。相手を罵りバカにすることで自分が偉く、強くなったと勘違いしたいだけの愚か者」


「分かってるさ、俺は冒険者になることだけが目的じゃない。行方が分からない幼馴染(葵衣のことね)を探すための情報依頼を出すために登録したんだ」




「へぇ・・・・ちゃんと目的がある冒険者ってのも珍しいわね。あることにはあるのよ故郷の村に病院を建てたいとか有名になって王国の正規騎士になりたいとかね」




「だからヴァイスだろうが俺にはどうでもいいことだ。気にしてくれてありがとな・・・・・そうだ数日宿を取りたいと思ってるんだがおすすめあれば教えてくれないか?」




「そうねぇ一番のおすすめは私の・・・・ベッドよ。って何よその顔は、まあ分かってたからいいけれども・・・・・そうねここから5軒先の酒場の隣に猫の腰掛っていう宿屋があるわ。小さいけどあそこの女将は面倒見がいいわ。あたしの紹介だって言いなさい」




 ルビーに礼を言うとひとまず宿で部屋を取ろうと直行した。既に酒場では食事と酒を楽しむ人々や冒険者らしき者たちで埋まり始めている。


 5軒目・・・と・・、あっこれか。




 酒場とレストランの間に挟まれたこじんまりとしているが、小さなかわいげなランプに年季の入り磨かれた扉を開けると女将さんの元気ないらっしゃい!という声が出迎えてくれる。


 カウンターと入り口にある小スペースのテーブルセットが小さなペンションを想像させてくれる。そういえば猫は見かけないようだが・・・・




「あの、冒険者ギルドのルビーさんの紹介できました。部屋をとりあえず3日ほど取れませんか?」


「あら、あのルビーが紹介なんて珍しいわね。部屋は空いてるわよ、食事なしで150レーネ。食事付きだと内容によって変わるわね」




「じゃあ三日分と、食事はその都度払います」


 恰幅のよい女将さんが直接部屋に案内してくれる。二階で道側の1人部屋。


 ベッドは清潔で寝心地が良さそう。調度品も使い込まれてはいるが清掃が行き届いており日本人の俺でも満足な部屋だった。




 このままベッドに倒れ込んだら、すぐに熟睡してしまいそうだったので階の食堂に降りるとすぐあたかいシチューと黒パンを出してくれた。


「旅で疲れてるみたいだからな、そういうときはあまり脂っこいものを食べると腹を悪くしちゃうもんだ。これをお食べ」




 強引に頼みもしない料理を差し出されるが、ホワイトシチューに似たあたたかくやわらかい野菜や鶏肉のような食べやすい具がとてもおいしい。


 味は薄めだが、旅で疲れた体にはこれぐらいのほうが消化がいいらしい。黒パンとの相性もよく、腹の調子も良好だ。




「ほら、あぶく玉だよ」


「助かります」


 このあぶく玉という庶民が気楽に使えるほど安く手に入る魔法アイテムなのだが、口に放り込むと非常に丁寧で念入りなブラッシングをしてくれた挙句、最後にポンっと煙が口から出て終了というなんとも便利なアイテムだった。


 こいつを使って日本で商売してえ!と思わせるほどの便利さに最初は唸ったものだ。至極のオーラルケアアイテム!




「ありがとう、体も心も温まりました」


「うれしいこと言ってくれるじゃないかい!よし、明日の朝食は無料にしとくからね、寝坊したら叩き起こすから覚悟しときな!」


「は、ははははは」




 女将さんから桶一杯の湯とタオルを借り、自室で今までの汚れを落としていく。


 霊糸の衣は自動洗浄機能という謎の便利機能がついているため洗濯いらずで、多少痛んでも俺の霊力を吸って自動修復してしまうからいいとしても体の汚れはずっと気になっていたからさっぱりする。




 なんだか、縁結びのおかげで良い人たちに出会ってばかりな気がする。


 女将さんも強引だがこちらを心配してくれる気持ちが伝わり、胸がこう暖かくくすぐったくなるものだ。




 念のために聞いてみた黒髪少女の情報に関しては、顔の広そうな女将さんでも見たことすらないというものだった。




 少しだけ・・・ほんの少しだけ、葵衣のことが頭から離れる時間ができて、そのことにひどく罪悪感を感じるような気がしながら瞬く間に眠りに落ちていった。






 ◇






 翌日、日が昇ると同時に女将さんに叩き起こされた俺は、寝ぼけふらつきながら支度をし顔を洗って食堂に降りていくと香ばしいパンの焼ける匂いが覚醒を促してくれる。


「ほら、寝坊助は出世しないよ。あんたも冒険者なんだろ?なら早く起きて体を慣れさせておかないといけないんだからね」


 昔はこういう女将さんがたくさんいたのかな。




 焼きあがったパンと具だくさんの野菜スープが食欲をそそる。トマト系のスープの酸味がほどよく胃を刺激し食欲を増進させてくれた。


 しかし焼き立てパンにチーズを練り込んであるので、香ばしさとチーズのうまみが溶けてなんとも言えないうまさだ。




「あんた、見たところこれから武器を揃えるのかい?ならアシナの爺様の店で見繕ってもらいな。あそこは他のぼったくり屋とは違って本当に良品しか置いてないからね」




 これは良い話を聞けた。武器・・・・刀は望めなくても片刃の重心が近い剣が見つかればと思い悩んでいたところだった。


「店の場所を教えてください!」


 にやっと爽やかな笑顔を見えた女将はささっと藁紙に分かりやすい地図を書いてくれる。




 まずはギルドに顔を出して依頼がどのようなものかを確認して、店が開店した頃を見計らって訪れるとしよう。


 出発前に女将さんに無理やり口に押し込まれたあぶく玉のブラッシングを味わいつつ、モーリスさんにもらった外套を羽織って人が集まり始めているギルド支部を覗いてみた。




 昨日見かけた連中もいたが、依頼争奪戦をしているためこちらに構っている暇はないようだ。




 もらいそびれた新人冒険者ガイドに記載してあるギルドのシステムについて読み始める。




 冒険者ギルドの禁止事項や罰則事項が細かく書かれているが、要約すると所在地を統治する国の法を遵守すること。


 つまり反社会的な依頼を出したり受けたりはだめということ。




 当たり前なのだが、依頼を破棄する場合の違約金や行方不明時の捜索保険など結構細かく行き届いたシステムがあるものだ。




 そしてギルドランクというシステムについて。




 おおよその目安ではあるが、




 Sランク レベル50~


 Aランク レベル40~


 Bランク レベル30~


 Cランク レベル20~


 Dランク レベル10~


 Eランク レベル1~9




 となっているらしいが、状況によっては除外事項が存在するようだ。




 当然俺はEランク。


 受けられる内容はグルノアの街周辺の薬草採取や簡単な魔物退治。ゴブリンはこのクラスでは強敵という扱いになる。


 主に小麦を狙って現れる大型モグラ、モゲモゲ退治。




 安全でそれなりの報酬しかもらえないが、新人たちにとっては生きるための稼ぎとして人気のある依頼だ。




 俺がぼんやりしている間に人気依頼はすぐになくなり、不人気な甲殻蟲退治や地味な薬草採取が残っているのみ。




 まずは情報収集と他のDランク依頼も確認してみると、さすがにゴブリンやコボルト討伐、オーク討伐など冒険者らしい仕事が増えてくる。


 これは人探し依頼を俺からギルドに頼むまでにかかる時間を考えると焦るばかりだが、悠長に下働きをしている余裕はないため唯一の選択肢なのだろう。




 モゲモゲ退治を当分こなしてギルドランクをまずDに上げることが優先されるな。




 そうなると武器はやはり使い慣れた剣、しかも片刃を探さないとだな。


 あのロングソードなどの直剣はどうにも肌に合わないし、変な癖がつきそうで遠慮したい。




 女将さんに書いてもらった地図を頼りにギルドから離れた城壁近くの路地裏に足を運ぶ。


 歓楽街から離れ、商業地区と工業地区の中間付近に位置する店は注意してみないとうっかり通り過ぎてしまような狭い店舗だ。




 申し訳程度にドアの脇に”訪問販売お断り”的なノリで、アシナ武具店と小さい標識が打ち付けられていた。


 時間的には昼前なので大丈夫だろう。




 鋲や金属棒が取り付けられた重い扉を開けると、店内は魔法光の照明や天井の明かり窓から差し込む光で照らされ陰湿な感じは皆無だ。


 様々な種類の剣が所せましという感じではなく、厳選された品々が展示されている。




 長剣から短剣、両手剣。斧やハンマー、槍、斧槍、弓など様々な武器があり見ているだけで童心に帰らさせてくれる。


 ざっと見た感じだと、片刃の剣を見かけない。




 ロングソードやブロードソードといった品が目立つ。


 店主や店員は留守のようだし、聞いてみるか・・・・


「あのすいませーん、少し聞きたいことがあるんですが~」




 奥で何やら金属がこすりあうような音が数度聞こえた後、すたすたとやってきたのは意外な人物だった。


「何? オーダーメイド?」




 眠そうな目を擦って現れたのは、たわわに実った果実を薄いタンクトップの下に押し込めた輝くような巨乳少女だった。




「で・・・・でか・・・い」


「はぁ?」




 お日様のような橙色の豊かな髪をアップにし腰には作業用エプロンとホットパンツ。身長は俺が178cmだから恐らく160cm程度。




 南国の海のような澄んだブルーの瞳が大きくかわいらしい眼に良く似合っており、髪色との対比も素晴らしい。


 街で見かける人間族の女性たちと比べても、彼女の美貌は群を抜いていると言わざるを得ない。




 そうしばらくぶりだ。




 最近はむさい男やノーム、ルビーのような色物ばかりでこういう正統派(巨乳)美少女と出会う機会がなかった!!どうした縁結びのお守り!?


 と内心不満であったのは内緒だがようやく来た!


 しかもなんだその・・・・・反則級のおっぱいは!!!




「おっぱい最高」


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