第三章 ヴァイス・レイジ

異界旅情①

 グルノアから最初の目的地は水上都市ロゥヴェールとなるらしい。名前だけでこうワクワクしてくるじゃないか・・・・船で観光案内してくれるような美少女と出会えたりとか!?

 そこまではルビーの薦めで隊商の護衛依頼を受けてから行くことになった。


 もしかしたらモーリスさんがいないかと思ったが、さすがに偶然は続かないだろう。

 旅の資金も確保でき、ロナが必要物資や保存食などの買い出しに付き合ってくれたので準備は滞りなく進んだ。


「わたしのパパとママね、遠くの鍛冶職人に弟子入りして修業してるの。二人が戻ったらわたしも好きにしていいって言われてるから、そうしたらレイジを追っかけちゃおうかな・・・・」

「俺はデュランシルトでがんばってみるよ。再会できるといいな」


 出発当日、ロナが早起きして弁当を作って来てくれた。

 イクスは食べないとわかっているので、代わりにある物を髪に留めてあげている。

「ロナ・・・これは?なんでしょう?」


「イクスも女の子なんだからおしゃれにも気を使うのよ?私が作ったアクセサリー、闇月の女神シルメリア様の髪留め」


 イクスの金髪に白銀の月の飾りと青い宝石が良く似合っている・・・・これ結構材料費高いんじゃないのか?

「レイジ、絶対また会おうね」

「ああ、縁は切れるものじゃないからないずれまたどこかで」


「・・・ロナ・・・・こういうときはどういう言葉で」

 妙なことにあのイクスが口ごもっている。


「笑えばいいと思うよって言いたいところだが、ちゃんとお礼を言え、ありがとうってな」

「ロナ・・・・ありがとう」

「うれしいこと言ってくれるじゃないイクス!」


 抱き着いて頬ずりしている二人は絵になるな。

 出発準備の鐘が鳴る。


 俺たちが担当するのは若い夫婦の荷馬車だ。


 総勢7台の馬車が隊商を組んで出発する。

 これから向かう水上都市ロゥヴェールまでの道は、近年危険度が跳ね上がっている危険地帯なのだという。


 荷馬車は無情にも別れを惜しむ暇もなく走り去っていく。

 ロナが大声で泣きながら手を振っていた。


 俺たちも手を振り続ける・・・・イクスは無表情に見えてロナのことをかなり特別な存在に思っているのだろうか。初めて出来た友達のような・・・・

 ふと風に靡くポニーテールと一緒に振り向いたイクスはどこか寂しそうに見えた気がした。


 素敵な人たちと出会えたな・・・・・思えばノームの森で死にかけたんだと思うと感慨深い。

 ロナ・・・いい子だったな。


 葵衣と出会っていなかったら、きっと君に恋をしていたのだろうか。



 ◇◇



「童貞らしい思い込みですね」

「!!??」


「と、さきほど他の馬車の商人が話していたのですがどういう意味でしょう?」

「し、知らんでいい」


 こいつ、人の心を読めるんじゃないかと思うような言動をしてくることがあるから怖い。

 大抵が偶然なのだが、どうにも警戒してしまう。


 俺たちが乗り込んだオーナー夫婦は最初俺とイクスのランクを聞いて表情が曇ったが、ロナのことを知っていたようで彼女が私より遥かに強いとお墨付きを与えるとほっと安堵の表情を浮かべていた。

 まあ当然だろう。生き死にに関わることだしな。


 事ここに至って警戒監視という意味でイクスほど頼りになる人・・・・アンドロイド?発掘ドール?はいない。


 半日ほど経過したが、魔物の発する異常な魔力反応を検知してくれるため警戒しつつも街道にまではやってこないケースが多いようだ。


 俺たちが同乗する荷馬車のオーナー夫妻はまだ20代前半だ。

 馴れ初めを聞いて驚いたのは、両親と一緒に隊商暮らしをしていたのだが戦乱で焼け出され泣いていた奥さんを両親が保護。

 一緒に暮らすようになり自然と夫婦になったというもの。


 俺の旅の目的を知った夫婦は、他人事とは思えなかったようで、黒髪少女の目撃情報を当たってくれるという。

 もし見つけた場合はデュランシルトの冒険者ギルド宛てに手紙を書いてくれるらしいけど、良い人たちだな。


 あの遺跡での一件で、トラブルも招きかねないから注意しなければとやたら過敏に警戒していたけど良い出会いもあるものだ。

 ご主人ばナーブさん、奥さんがエリーさんという。


 しっかり者の奥さんにどこか抜けているようで芯の強いご主人という印象。相性が良さそうだ。


 順調に思えたが、イクスに関しては若干・・・・


「目的地が一緒なので同行した冒険者仲間です」

「マスターレイジを守ることが我が使命」


「マスターって・・・・・君もしかしてこの子奴隷だったのかい!?」

「違いますってそんな金ないですってば」

「確かにそうだよね、お金貯まらなそうな顔立ちだもんね・・・」


 おい、さらりとひどいこと言ったぞ。

「イクスちゃん?あなたはレイジ君に何か弱みでも握られてるとかはないわよね・・・?」

「・・・・弱み。秘匿すべき惰弱性についてマスターが知り得ているかとの問いであれば、イエスと答えましょう」

「レイジくん?」


 奥さんのエリーさんまでん?という表情になってきた。

「えっとですね、こいつはその14歳頃の頭がおかしくなってしまう病が続いてまして・・・・チューニ病という」

「ああなるほど!主人もあの頃なってたわ!あれのことね、面白かったけどさすがにひどかったわね」」

「エリーあんまり言わないでくれよぉ」


「だって俺こそ魔王を倒すために生まれ変わった勇者だったとか言い出すのよ?」

「そ、そうだったんですね。まあ年頃はそうなりやすいって言いますし・・・・というわけでイクスはああいうモードになりたいらしいです。けど腕はいいので」


「ふふふふ、二人は良いパートナーね」


 夕暮れが近づいた頃、イクスが妙なことを言い出した。

「マスターレイジ、先ほどの発言には異議を申し立ていのです」

「異議?」

「アンドロイドは病気には罹患しません」

 そうなのだ、こいつは結構細かいことを気にするので面倒くさい一面もあったりする。


 なんとなく隊商の旅も、モーリーさんに仕込まれた馬の世話やブラッシングを披露するとナーブさんも非常に喜んでくれる。

「いやあレイジくん、馬が喜んでるのが分かるよ。ボクは慣れるのに大分かかったのにすごいね。もう顔をこすりつけて甘えてるよ」

「グルノアに来る途中で拾ってくれた商人に色々教えてもらったんです」


 何より雇い主を喜ばせるのは悪いことではないだろう。

 だが他の商隊に雇われている冒険者たちは、イクスのことが気になって仕方がない様子である。


 エリーさんもイクスのことをたびたび詮索されるらしいが、うまくごまかしてくれている。しかし俺への嫉妬と憎悪の視線がこう突き刺さるようで・・・・

「うらやましかろう・・・・分かるぞその気持ち」だが安心してくれ、イクスはアンドロイド。女性型ではあるが女性ではないのだ。


 イクス曰く、常時収集したデータの分析と測量を行っており詳細なマップデータを構築中なのだそうだ。ありがたやありがたや。


 野営中は後退で見張りにつくということにしてあるが、実際のところイクスが昼夜問わず半径300m四方を監視状態なのでやることがない。

 がんばって見張りしてます!アピールはかかさないが、イクスが邪魔するなという目でちら見してくるので居場所がない。



 隊商隊には三日目のお約束という諺があるぐらい、安定した旅程も三日目には何かが起こると相場が決まっているらしい。

 だからその日の朝は、皆がピリピリしている。

「おい新入り!調子にのって迷惑かけんじゃねえぞ死ぬなら一人で死ね」


 と先輩冒険者がイクスと組んでいる嫉妬なのかやたら嫌味に絡んできた。

 こういう輩には反論しても無駄なのでささっと逃げ去るに限る。


 出発の際は丁寧な挨拶もしたし、キャンプ地毎の冒険者たちの打ち合わせ情報交換の場には欠かさず参加しているし気になる情報(イクスサーチ)は伝えるようにしていた。

 毎回嫌味を言う奴らがいたものの、他の先輩たちに気にするなと声を掛けられていたがここ数回目に余る発言が増えている。


 俺とイクスなら何を言われても構わないが、ナーブさん夫妻に迷惑がかかるのは困る。


 そういう経緯があったので、若干イライラを貯めながらジンクスの三日目に突入した。

「ジンクス・・・・つまり確率的に三日目にトラブルが生じやすいという統計データが存在するということなのですか?」

「統計データというよりも、人の思い込みかもしれないな」

「その統計データはどこに保存されているのでしょう?可能であればダウンロードし再検証してみたいのです」

「きっとお空の上で神様が鼻くそほじってみてるデータかもよ」


「・・・・」


 そして唐突に、それはやってきた。

「マスター! 300m先右方向・・・・」なんだかカーナビみたいだな。


「人間とは異なる魔力反応がおよそ30、両翼に伏せて奇襲すると推測」


『待ち伏せだ!!停止させろ!』


 俺の声が次々と先頭車両に伝達され、先頭の荷馬車も停車したようだ。

 先頭にはベテラン冒険者4人がいるためもっとも迎撃成功率が高い。


 対して俺らは4列目。

 イクスと俺は既に馬車から飛び降り先頭馬車の冒険者たちに合流すると、すかさずあの嫌味な冒険者、戦士のグニールに殴られそうになる。

「てめえくだらねえ悪戯しやがって!!」


「悪戯じゃねえ、さっさと迎撃準備整えないと挟み撃ちにされるぞ!」

 仲間の冒険者が俺に突っかかるグニールに警戒を促すよう警告している。

「グニール、こいつの肩を持つつもりはないがこっちが風上でしかも両脇は潜みやすい岩がごろごろしてやがる」


 こういうのが一番面倒だ。口論している暇はない。

 すると前方から土煙が上がってきた。待ち伏せがばれたと感づいた奴らが耐えきれず力押しに出てきたのだ。


「まじかよ!?あの坊主の言う通りだぜ!?グニール!」

「分かってるよ!!てめえらはすっこんでろ邪魔だ!」


 敵の種別が判明した。

 オークの集団だった。イクスの索敵によれば数は30。妖人種と呼ばれる人に対し敵対的な本能を持つ種族であり、オークはいわゆる豚人間型の魔物だ。


 迎撃用の柵や弓手を配置できれば対応は違ったろうが、もたついている間に攻め込まれるのを待つだけになってしまっている。


「みんな荷馬車内のシェルターへ!」


 誰かが指示を飛ばすが荷馬車にはしばらく攻撃に耐えられる非常に狭い避難スペースがあり、金属板などで補強してあるために外へいるよりは安全なのだ。


「マスター、突出したのは右側だけで残り半数は隊商の横腹を突くつもりのようです」


 迎撃要員は俺たちを抜いて8人、正面のオークは15匹・・・・ギリギリ耐えられるか!?

 ならば・・・・


「距離は!?」「残り200m」

「俺たちで片付けるぞイクス!」


 飛び出した俺に寸分も遅れることなくイクスが叫ぶ「イエスマスター!」


 俺たちが見当違いの方向へ飛び出したことで、周囲の人間は逃げ出したと一瞬思ったほどらしい。

 だが草むらから姿を現したオークの集団に、隊商内に悲鳴が轟く。


 イクスは凄まじい脚力で先行すると、背中に背負った折り畳み式デスサイズ・・・・イクスの再調整魔改造品を自動展開する。


 多くの人々が、大鎌を軽々と操り一撃でオーク4匹の胴体を両断し斬り飛ばす豪快さに度肝を抜かれていた。

 その衝撃に立ち止まったオークたちの首を一刀ごとに斬り飛ばす俺の剣技も見て欲しいんだけどな。


 一瞬で7匹が血祭に上げられ機先を制しそびれたオークたちは混乱し、敵を見失っていた。

 素早く岩を蹴って跳躍したイクスは豪気にも敵集団の中央へ着地すると、まるで草を刈るかの如くオークを薙ぎ払った。

 血と内臓と、そしてオークの胴体が宙を舞い、イクスは静かに鎌を構えて次の索敵を冷静にこなしていた。


 既に別動隊の残りは2匹。

 荷馬車の近くまで来たオークに肉薄した俺は、いわゆる背比べ(宮本武蔵師匠直伝)を実践し密着するまで近づいてからオークを右袈裟一刀斬り倒す。


 返す刀で、いや小剣で斧を振り下ろすオークの腕を切り上げ、悲鳴を上げながらもたれかかるオークの首を素早い足さばきで後方に回り込んでから首を斬り飛ばす。


 小剣なのでやりにくいが、まあまあ動けたんじゃないかな。


「イクス!索敵!」

「残りは前方のオーク9匹です」「支援に行く、味方の冒険者を巻き込むなよ!」

「イエスマスター!}


 荷馬車前方では混戦となりグニールが敵のこん棒の直撃を受け荒い息をしながら転がっている。


 ”マスター射撃許可を”

「だめだ、白兵戦で処理しろ」

 ”了解”


 移動中、イクスが俺の耳裏に仕込んだ骨導端子インプラントでの通信だ。聴かれたくない内容のときはこういう対応をする。


 馬たちが混乱し嘶く中を駆け抜けるイクスと俺。

 荷馬車内の親子を襲おうとしていたオークに俺の左拳が炸裂する。


 ぶぎゃっ!!っと豚らしい叫び声を上げながら吹き飛んだオークときょとんする親子。


 あの感触では頭蓋骨がバラバラになってるから絶命しているだろう。残りは・・・・ってイクスさん!?


 短く折りたたんだ大鎌で乱戦に飛び込んだイクスは前線で暴れるオークを頭から両断すると、近くのオークを華麗な後ろ回し蹴りで吹き飛ばす。

 オークは岩へと激突しその衝撃で血しぶきを上げながら絶命している・・・・


 冒険者たちが傷つき怯む中、イクスは敵集団に突撃するとまた大鎌を自動展開し5匹まとめて両断してしまう。まるで血の鮮花を街道に咲かせたかったかのようだった。


「「「うおおおおおおおおおお!」」」


 あまりに豪快な力技に冒険者たちから歓声が上がる。俺はすかさず後方で指揮を執っていたひと際大きいオークリーダーの前に飛び出ると振り回す大斧を避け一瞬の隙に両手首を斬り落とす。


 ブモオオオオオオオオ!!! 戦場に響く咆哮が次に発せられることはなかった。


 怯んだオークリーダーの左肩口から入った大鎌が左袈裟掛けに体を切断してしまう。さすがに生命力の強いオークも即死だったようだ。


 俺たちが構えている間、イクスによる敵戦力のサーチが行われていたが・・・・

「敵戦力の殲滅を確認。オークの生命反応は全て消失しました」

「よし、イクス良くやった。つーか良くやりすぎだよまったく」

 なんだか犬が褒めてもらうのを待っているかのような表情をしていたので、頭を撫でてやる。


「・・・・マスター」


 何か言いたそうだったが、冒険者たちが俺たちの肩を叩き戦いぶりに大興奮している。

「被害はどのくらいだ?」

「グニールの奴が片肺を潰されて辛そうだが、しばらくは持つだろう。他は軽傷ばかりだが、なにせヒーラーがいないからな次の村までは辛抱するしかないだろう」

「・・・・・」


 俺は悩んでいた。臨時収入があったので、高値ではあるがヒールポーションを5本ほど購入していたのだ。

 提供することは吝かではないが、嫌味や勘違いをされるのが面倒だった。


「なあ、ヒールポーションを渡してもいいんだが、あんたが提供したことにしてくれないか?面倒ごとは嫌なんでさ」

「まじかよ、だがいいのか?あいつがごねたせいで迎撃態勢取れなかったんだぜ?」

「構わないよ。でも嫌味三昧はもうごめんかな」

「すまなかったな」


 グニールと同じパーティーのレンジャーがヒールポーションを受け取っていく。

 多くの商人たちは俺たちの、主にイクスの大活躍に感謝しまくっていた。

 それを微妙な顔つきでどう答えればいいのか悩んでいるイクスを見ているのもおもしろい。


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