絶望の予兆
「オン マリシエイ ソワカ!」
摩利支天隠形印から伸びる幻影術が俺たちの姿を陽炎へと包み、離れた場所で立ち尽くす3人の幻影が浮かび上がる。
奴はその姿を視認し高水圧のブレスを容赦なく放った。幻影が高水圧の息によって吹き飛ばされるが俺たちは無事だ。
今いる場所は石畳の上、敵意と殺意に後押しされて自ら乗り上げてきたこの隙を見逃す手はない!
刀が巨大ヒレを切り落とし、急所と思わしき場所を切り裂いていく。
『ぐもももももぐほぎゃあああああああ!』
喉元に埋もれた濡れ女の顔が苦痛で歪み青黒い体液を振りまいている。融合したことで避けきれず弱点を自ら晒している愚に気づかないのであれば間髪入れずに切り倒すのみ。
死角から飛び込み両目を切り裂くと、のたうち回る融合体ではあるが既に海竜は活動を停止し内部で蠢く濡れ女だけになっていた。融合で重要な器官を損壊していた可能性すらある。
「ユキノ!貫通力の高い呪文はあるか!?」
「えっと、うん、あるよみんな離れてね!!」
すーっとユキノが呼吸をするようにオルナを取り込む場面はいつ見ても圧巻だ。
周囲のエネルギーが力を貸しているかのようにユキノへ集まっていく。
牽制で放った風天神の烈風刃で援護しながらその迫力ある詠唱と魔力の動きに圧倒されている。
「法の頚城を放ち、今ここに収束せり穿つ力よ集まれ唸れ・・・アーマメーラスラグディーナ! インペリアルロストマジック! スパイラルソニックブレード!!」
圧縮された空気が真空の刃となって音速を超える速度で濡れ女のいる喉元へ炸裂する。
声を上げることさえできず、海竜の首したから腹部のあたりが巨大なソニックブレードの回転によって引き裂かれ爆散する。
しかし・・・・このような高等魔術を、大気を圧縮し狙いまで定めるこのセンス・・・・あの魔獄の騎士が脅威と感じ狙おうとしたのは頷けるほどだ。
すっとイクスが飛び出すと、”抜き取り君”で巨大な魔石を掴みだしてしまう。
「素体となる海竜が活動停止したことによる時間差のため、魔石の吸収が始まるまであとわずかでした」
濡れ女は巨大な蛇のような体を使った攻撃であればまだ対応が難しかったが、融合してしまったのが運の尽きだろう。
ジュウジュウと白い煙となって消滅していく妖怪の肉体と、残された海竜はイクスによって売れる部位が解体されていく。
ユキノと俺が周囲を警戒しているとさきほどまで流れていた滝が止まり、隠されていた通路へと導かれていた。
イクスによって解体された海竜の素材はかなりの高値が期待できる。ヒレや牙、角、皮など無事な部分は少なかったが優秀な素材ばかりらしい。データベースとして習得した解体術は完璧に極めたように見える。
警戒を怠ることなく、現れた隠し通路というより洞窟の内部をある程度進んだところで大きな部屋というよりホールへ出る。
そこは・・・・
「なんてことだ・・・・まじかよ」想像を絶する光景に思いもしない言葉が傷口から流れる血のように吐露されていた。
恐らくは、ここは宝物庫であったのだろう。実際にいくつかの剣や宝箱が存在していたが、ホールの三分の一ほどの壁に建物のようなものが・・・・生えているといったらいいのだろうか?
しかもそれは見慣れた日本の住宅の一部にも見える。
懐かしさと去来する不安な思い。
俺にはなんとなく分かっていた。この建物の一部がこっちに流れてきた理由・・・・
しかもまだ流れ着いて日が経っておらず、あちらこちらに海藻や一緒に流されたらしき瓦礫が挟まっている。
「311の悲劇がこんなところにまで・・・・!?」
俺は見つけてしまっていた。被災地の地名の入ったプレートが折れた柱にかかっていたのを・・・・
だがよく見ればこの建物は家じゃなく・・・・・なんだろう?
「イクス、すまないがこの建物の内部をスキャンして何があるか確認してもらえないか?・・・・もし遺体があるのであれば弔いたいんだ」
いつになく沈んだ表情の俺を見て察してくれたのだろうか。
静かにやってきたイクスはセンサーを稼働し、内部を様々な角度から調査し始めた。
「マスターへ、極めて小さい海生生物の死骸は確認できましたが人及びそれに類する遺体は発見できませんでした」
この報告にほっとはできない。いや、してはいけない。
イクスの話ではこの壁の向こうにまで建物があるわけではなく、一部がこの空間に食い込んだだけなのだろうということ。
「気になる物を発見しました。外壁を取り除き対象物を掘り出してみます」
「すまない、頼む」
ユキノは俺の様子が気になったのか、横にぴたっと寄り添い見たこともない建築様式の建物をずっと注視していた。
憶測にはなるが、あの圧倒的な破壊力によって空間が歪みこの建物の一部が流れ着いてしまったのだろうか・・・・・
あの日の津波の映像だけでも衝撃的すぎて、怖くてあれ以上見ることができなかった。
まさかこの異界であの悲劇の続きを見せつけられることになるなんて・・・・
漆喰?のような壁が波の威力で剥れ壊され、斜めになった建物の内部から何かがドサリ、ガチャガチャと落ちてきた。
まだ海水を含んだそれは・・・
「!!!」
「何これ?? 鎧みたいに見えるよ?」
そうか!蔵だ。蔵だったのか、そしてこれはどこかの蔵に保存されていた武者甲冑の一部と・・・・あった。やはり一緒にあったのか!
刀らしきものが二本、そして脇差が崩れた箪笥と一緒に転げ落ちてきたのだ。
「一つは、折れてしまっているか・・・・・」だが拵えや柄、その他は無事だ。
もう一本は残念ながら中身がさび付いており、芯まで腐ってしまっている。
貴重な刀が増えると思ったが・・・・それとも想像以上に海中に長くあったため錆びついてしまったというのか?
しかし脇差だけは無事であった。
濡れてはいるが拵えもあり一尺五寸の中脇差、無銘かとも思ったが師匠たちから受ける刀講釈の知識がどうやら粟田口の系譜らしいという推測を想起させる。
とりあえず錆びがない状態であったため、柄や目釘を外し内部と刀身を真水で洗ってから布で水分を綺麗に拭き取り刃だけは丁寧に収納することにした。
「レイジ、この綺麗な布って・・・・」
ユキノが手に取っていたのは・・・・・反物?いやこれは・・・・
「会津木綿か!? 朱赤の・・・・・」
懐かしさと災害の理不尽さが胸に突き刺さる。
会津木綿の朱赤反物と武者甲冑の無事な部分を回収し、蔵に向けて深くお辞儀をした後に合掌し鎮魂の祈りを込める。
申し訳ありません。生き延びるため、奪われた100万の魂を取り戻すためにお借りします。
これ以上墓標にも見える建物を荒らしたくはなかったので、宝箱の中にあった高純度のオルナ結晶と・・・・奇妙な宝石、さらには台座に納められていた魔法の剣を入手し俺たちはダンジョンを戻ることにする。
途中休憩を挟みながら、魔物の気配がほとんど感じられなくなったダンジョンを登った。
口数が少なくなった俺を心配しユキノが声をかけてくれる。
「俺の世界でさ、2万人以上が亡くなる大災害があったんだ。きっとあまりに強大なエネルギーだったため歪んだ空間にあの建物の一部が巻き込まれたんだろう・・・・」
「2万人!?・・・・・そんな災害があるなんて・・・」
オブラートに包んで話してみたが、津波という存在がそこまでの被害を生むとは思っていなかったようでショックを受けているようだった。
「回収した装備に関するメンテナンス及び再調整に関しては私が請け負います。この際入手した魔石などのアイテムを使用しても良いでしょうか?」
「構わないぞ、売るのは使わない物だけでいいしな」
何度か休憩を挟み外へ出ると、ちょうど夜明けであった。
地平線から昇る太陽が眩く力強い輝きで朝焼けを彩っていく。
ふと見惚れていた瞬間だった。
「マスター、動体反応、人型1」
ざっと柄に手をかけていると岩陰から見覚えのある人影が姿を現した。
仕立ての良いハードレザーに上質のコート、腰には年代物の由緒ありそうな剣を下げた細目の男。
「お前は、揉め事解決人じゃないか。こんなところで何・・・」
構えをとこうとした手に再び力を入れる。
ここに来ることはロッドさんにしか言っていないし、三度目の遭遇ともなればクレイトンに送りこまれた刺客?もしくは魔法の袋を狙ってきた相手か?
「多分レイジくんが考えていることは全部外れです。少しお話がしたいだけなんですよ」
<マスター、射撃可能位置に到着>
小声で待てと合図をすると、揉め事解決人ことファルベリオスは争うつもりはないとばかりに剣を鞘ごと外し岩の上に置いた。
「えっとですね、僕の雇い主というか上司の命令でここへ伝言を届けるようにって言われてきたんです」
「ここに俺たちが向かったという情報は一部の人間しか知らないはずだ。ギルドで聞きつけたとしてどうやって俺たちだと特定したんだ?」
「そんなに絡まないでくださいよ。そりゃ次期デュランシルト領主であるクレイトンを怒らせた英傑として、今レイジくんは人気者なんですよ」
「なんだそりゃ」
頭を掻きながらファルベリオスの目がやや開いた。
細目は強キャラ・・・・まあこいつはガチで強いが果たして敵か味方か、それとも灰色か。
「では伝言を・・・・・」
懐から手紙を取り出し、蝋で施された封印を解くと書状をぱらっと広げる。一瞬だけ目が見開かれたような気がしたが、一瞬の躊躇の後に口を開いた。
”
ヤガミレイジ殿へ。
タチモリアオイを殺したのは、目の前にいる ファルベリオスだ。
”
一瞬の静寂が海風と共に二人の間を裂くように吹き抜ける。
全力で斬りかかろうとして、ほんの数ミリの理性が左足の踏み込みを押しとどまらせた。
「な、なんでお前が葵衣の名前を知ってやがる・・・・・殺したって・・・どういうことだあああ!」
「・・・・ごめん、僕にも何のことか分からないんだ。何にかければ信じてもらえるか分からないが、そのタチモリ アオイという人は男性かい女性かい?
全身が怒りと絶望に震え、こいつを切り殺してやりたい衝動が抑えきれそうにない。
「女だったらどうするんだ!」
「なら安心してくれ、僕は生まれてこの方、女性だけは殺してはない。身に降りかかる危険を払うために山賊や盗賊の男たちは切り殺してはいるさ、だが女性には怪我さえさせたことはない」
「し、信じろっていうのか!!ぐぅ・・・・!」
「この場合、信じるとか信じないの問題じゃないはずだ。ねえイクスさん」
すっと銃を収めたイクスは、俺とファルベリオスの間に立ちはだかった。
「マスター、遺憾ながらこのファルベリオスという男の言う通り、重要なのは情報の分析にあると進言します。ですがご命令とあらばすぐに射殺いたしましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれよイクスさん! 僕はこうして剣も持っていないんだよ?」「でも魔法陣はしっかり仕込んであるようね?」
ユキノが魔法力をそのまま周辺の岩にぶつけると、魔法力で描かれた文様が浮かび上がり消滅した。
「ちゃんとルーンソードで対抗できるよう、念入りに重層魔法陣敷いてるじゃないの。性格悪!!」
「そんなぁ万が一のためだよ。そもそも傷つけるつもりならこんな真似はしないし、ダンジョン内から魔物が出てきたときのために必要な処置だったんだ」
<イクス、俺が怒りを抑えきれずに・・・・奴を切り殺そうとしたらスタンショットを俺に撃て・・・>
<・・・・・マスター・・・・>
「こんなことを言うのはあれですが、レイジくんが探しているアオイさんという方に繋がる情報を持っているのは僕になると思うんです。ここは一度引きますので、エルファベール中央通りにある青耳イルカという酒場でお会いしましょう、時刻は今日の夕方・・・でいかがですか?」
「分かったわ!じゃあさっさと帰ってちょうだい!! レイジを刺激するつもりならこの場で焼き殺すからね!」
「了解しました、退散するとします・・・・・最後に僕の推測ですがね、わざわざ殺したと伝えようとするということは殺されてないと主張しているようなものだと思うんです・・・では」
ファルベリオスが立ち去り、しばらくの間・・・・・俺は何も言うことができなかった。
だが突如胸の痛みが魂の痛みへ広がり、咆哮した。
「うああああああああああああああああ!!!!!!!!」
葵衣が殺されただと? そんなことあってたまるか!!
ありえねえ、ありえるはずがねえ!!!
俺より段違いに強いんだぞあいつは!!!
信じられないのか、
認めたくないのか、
絶望を受け入れる余裕がなく、
俺は既に狂ってしまっているのか、
それすらも分からなくなり、ただうずくまって耳を塞ぐしかできない。
あのぬくもりが、葵衣の笑顔が、この世から消えただと?
そんなことあって・・・・たまるか。
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